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019.帰途



 

 朝市からの帰り道。

 すっかり陽は高く昇っていて、今日も暑くなりそうです。

 滲む汗を拭いながら、日陰のない道を歩きます。

 買ったものを詰めた麻袋は持ち手が長いので肩にかけて歩いてきたのですが、どんどん肩に食い込んできました。

 帰宅したら冷たい物を飲んで涼をとりたいものです。


 すると肩が突然軽くなりました。


「持とう」

「イオライトさま」


 いつの間にか後ろにはイオライトさまが立っていました。今日もまたおへその出ている服を着ています。どうやらお気に入りの恰好のようです。

 肩には釣り竿を持っていました。昨日までは見なかった持ち物です。


「釣りに行かれていたんですか?」


 釣り竿を見ながら尋ねると、イオライトさまも顔を横に向けて釣り竿を見ました。

 右手で竿を持って軽く振ってみせます。


「あぁ、これか。釣りが目的というよりは、パライバの民と話せるかと思って用意したんだ」


 イオライトさまは数百年ぶりに人間の姿になったということで、わたくしの知らないところでも交流関係を広げているようでした。

 先日は貰い物だと言って、たくさんの帆立をお土産に持ってきてくださいました。そのコミュニケーション能力の高さには、心から尊敬の念を抱きます。


「おかげで色々な話を聞けた。面白かった」


 釣果はないようですがイオライトさまはご満悦の様子です。


「それよりも、アネット。こんなにたくさん何を買ったんだ? 言ってくれれば、ついていったのだが」

「いえ。お手を煩わせる訳には」

「そう言ってくれるな。寂しいではないか」


 頬を膨らませるイオライトさま。時々子どものようなあどけなさを見せます。

 わたくしは苦笑いで応じます。


「よかったら中をご覧ください」

「これは、梅の実か?」

「はい。昼食後に、梅酒を仕込もうと思いまして。イオライトさまはシロップよりもお酒の方が好まれますよね?」


 するとイオライトさまの表情が明るく輝きました。


「大好きだ! ありがとう、私のことを考えてくれたんだな」

「そ、そうですね」


 そんなことで感謝されるのも気恥しいので、思わず、イオライトさまから視線を逸らしてしまいます。

 そして、どちらからともなく家に向けて歩き始めました。


「供え物も酒が多いし、最もうれしいのだ。酒は楽しいときも悲しいときも、いつでも美味い。アネットが作ってくれるなら、殊更最高だ」

「すぐには飲めませんから、ゆっくりお待ちくださいね」

「勿論、いくらだって待てるさ」


 わたくしに合わせて炭酸水を飲んでいる印象が強いので、敢えて提案してみます。


「食事のときも、遠慮せずにお酒を嗜んでくださってかまわないのですよ?」

「いや、アネットと食事をするときは、そのこと自体を楽しみたいからな」


 そうですか、と小さく答えます。


「釣りをしながら、どんなお話をされるんですか?」

「他愛のない話だ。どの魚が好きか、から始まって。どんな暮らしをしているのか、何か困っていることはあるかなど」


 イオライトさまは会話を思い出すようかのように目を細めました。それから、わたくしを見つめて微笑みます。


「何百年経っても同じようなことで悩んでいる。人間という種族は実に愛おしい」


 海岸に差しかかると潮風が吹いてきました。

 見上げると、鷗が飛んでいます。

 穏やかな波音が水平線からこちらへと絶え間なく届きます。

 今日も海は凪いでいて、陽の光を受けてところどころ白く煌めいています。


「今日もいい日だ」


 海辺の人々を眺めて、イオライトさまが呟きました。


「はい。海も空も、美しいです」



 

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