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018.食文化





「火竜王の加護をわざわざ抜けてまで魔石を求めるとは、よほど死に急いでいるのか?」


 イオライトさまが肩をすくめて、息を吐き出します。

 怒っているようには感じられませんが、声の調子は低めでした。


 対するメラルドさんは薄い微笑みを崩さないまま、身を乗り出してイオライトさまに近づきました。


「少し違います。ルベライの民は、美しいものに目がないのです。それから、自らが富むことにも」


 それから、わたくしの方を見ていっそう口角を上げます。


「しかしアネット嬢が安定して質のいい魔石を見つけられるのであれば、非常に価値のあることです。危険を冒さなくとも、宝飾用魔石を手に入れられるようになるのですから」

「いえ……。そんな」

「謙遜は不要ですよ、アネット嬢」


 するとメラルドさんの話を遮るようにイオライトさまが立ち上がり、わたくしの両肩に手を置きました。


「アネットを危険に晒す訳にはいかない」

「き、危険ですか?」


 振り向いて顔を上げると、イオライトさまと視線が合います。

 イオライトさまが真剣なまなざしのまま頷きました。


「今の話を総括すれば、アネットを捕らえて魔石を集めさせようとする輩が現れるかもしれないだろう」


 言及されてようやく恐ろしさに気づきました。

 ただ、あくまでもメラルドさんの推測にすぎないことです。

 わたくしは敢えて眉を少し下げて、メラルドさんへ顔を向けました。

 メラルドさんは杞憂と言わんばかりに首を横に振ります。


「大丈夫です。このことは口外いたしません。その代わり、今後もパライバ魔石商会のメラルドをどうぞ御贔屓に」

「うまいことを。つまるところ、結論はそれか」


 イオライトさまが肩を竦めてみせます。

 そしてわたくしから手を離してくれ、席に戻りました。


「……」


 なんともいえない雰囲気です。

 話題を変えようと口を開こうとしたときでした。


「パエリア、お待たせっ!」


 トリンさんの快活な声が降ってきました。

 運ばれてきたのは、たっぷりと湯気を立ち昇らせている黒い鉄皿です。


「イオライト様。メラルドさん。ゆっくりしてってくださいね、もちろんアネットも」

「ありがとうございます」


 ウインクをして、トリンさんは去って行きました。


「メインも来たことですし、食事にしませんか?」

「あぁ、そうだな」

「メラルドさんも、是非」


 クラッカーの上にさまざまなディップが載ったものは、まるで小さな絵画のようです。

 緑色はアボカドのペースト。

 黄色はゆで卵サラダ。

 ピンク色は、生ハムとクリームチーズです。


 まずは、ゆで卵サラダから。

 ひと口で頬張ると、クラッカーは軽く、塩気が効いています。マヨネーズで和えたゆで卵はねっとりとしていて、その中心は黄身の濃厚さが効いています。


「美味しいですね。自分でゆで卵サラダをつくっても、こんなにちょうどいい味付けにはなりません」

「クリームチーズを生ハムで巻いたものも美味い。こんな食べ方があるのか」

「クラッカーに載っているから重たく感じないのがいいですね」


 イオライトさまにもすっかり笑顔が戻っています。


「メラルドさんは、いかがですか?」


 するとメラルドさんは甘エビを前に固まっていました。


「こ、これは、どのように食べればよいのですか?」

「甘エビのお刺身です。こうやって、身だけを吸うように召し上がってみてください」


 小皿にはオリーブオイルとハーブ塩。

 甘エビの尻尾を指先でつまんだら、先を小皿に一瞬だけつけます。

 すぐに口に含むと、まるで弾けるように甘エビの甘みがいっぱいに広がりました。


 手本を見せてみたものの、メラルドさんはまだ手を伸ばしません。

 眉尻が下がって、困っているように見えます。


「もしかして、ルベライも生の魚介類を食べる習慣がないのですか」

「はい。よく分かりましたね、アネット嬢」


 メラルドさんが驚いたようにわたくしを見つめてきました。


「わたくしも故郷では同じだったからです。陽気亭の海鮮はすべて新鮮なので、安心して召し上がってみてください」

「そうだ、美味いぞ」


 イオライトさまも甘エビへ手を伸ばします。

 塩だけをつけるのがお気に入りのようです。


「……」


 まるで意を決したかのように、メラルドさんはわたくしたちを真似しました。

 

「……!」


 咀嚼し始めると、徐々に瞳が輝いてきました。

 気に入っていただけたようです。


「とても瑞々しいですね! 生のままでエビを食べたのは初めてです。ご指摘の通り、ルベライは海に接していないので、今の今まで生で食べられるということすら知りませんでした」

「新たな発見をしたということか。私もそうだ。食文化というのは奥が深い」

「イオライト様。おっしゃる通りです。ルベライの主食はライ麦のパンで、煮込み料理が添えられます」


 話を聞く限りでは、ユークレース公国と食文化が近いのかもしれません。


「ライ麦のパン?」

「見た目は黒く、酸味があります。薄くスライスして、煮込み料理の具材を載せたり、スープに浸して食べるのです。さらに言うなら、魚より肉が食卓に上ることが多いです。肉も、身の部分だけではありません。牛の胃を煮込んだものなど、内臓の調理方法は多岐にわたります」

「パライバの白いパンとはまた違った味がするのでしょうね」


 食文化の話になって、ようやく打ち解けてきたような気がしました。

 友人が増えるのはうれしいことです。


「さぁ、メラルドさん。パエリアも召し上がってみてください。こちらは米料理ですが、魚介のエキスをしっかりと吸っていて、旨みをたっぷりと感じられますよ」

「香りが既にたまらないです。これは、確実に好きになりそうですよ」


 有頭エビ、イカの輪切り、ムール貝。

 各々で好きなように取り分けていただくことにしましょう。



 

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