017.理由
常に暑いパライバでも、夕方になると風が涼しく心地よいものに変わっていきます。
魔石商会を後にしたわたくしたちは、陽気亭を訪れていました。
黄昏時も変わらぬ賑やかさ。
道路にはみ出たテーブルのひとつは、トリンさんがわたくしたちのために空けておいてくれた特等席です。
「いつも賑わっているな。景気がいいのはいいことだ」
最初に声はかけてくれたものの、トリンさんもピネルさんも忙しそうです。次々と注文を受けては料理を運んでいました。
「そうですね。帰るときにまた挨拶しましょう」
すると、会話を聞いていたかのようにピネルさんがわたくしへ視線を向けました。
厨房に声をかけて、お盆に皿を載せてこちらへ歩いてきます。
ピネルさんは今日も無表情で丁寧にテーブルを彩ってくれます。
「炭酸水。それと、とりあえずクラッカー。甘エビの刺身。パエリアは今作ってる」
まず頼んだのは、クラッカーの上にさまざまなディップが載ったもの。
今日のおすすめ、と言われて頼んだものは甘エビのお刺身です。
平らな丸皿に放射線状に並んで、明かりを反射して煌めいていました。
「追加があれば遠慮なく言って。アネットのことはいつでも気にかけてるから」
「はい。いつもありがとうございます」
大きく頷いて、ピネルさんは去って行きました。
「わたくしたちもいただきましょうか。……? どうかされましたか?」
イオライトさまが炭酸水のグラスに手を添えたまま固まっていました。
珍しいこともあるものです。
「イオライトさま……?」
「……なるほど。だから、この店でも静かに食事ができていたのか」
言葉を発したかと思えば、神妙な面持ちです。
あまり触れないほうがいい何かがあるのかもしれません。
わたくしの予想が当たっていたのかいないのか、少し経つとイオライトさまは本来の調子を取り戻したようです。
わずかに眉が下がっているものの、しっかりと笑みが浮かびました。
「あらためて、今日の幸運に乾杯」
イオライトさまが炭酸水のグラスを掲げたときでした。
「こちら、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
「メラルドさん」
続いてわたくしたちの席に現れたのはメラルドさんでした。
「散策していたらおふたりの姿を見つけまして。お邪魔でしたら退散しますが」
メラルドさんがイオライトさまに視線を向けます。
わたくしは立ち上がって、メラルドさんに頭を下げました。そして、空いている椅子を引きます。
「邪魔なんてことはございません。どうぞおかけください」
「心遣いに感謝します」
そこへ、今度はトリンさんが近づいてきました。
「アネット。知り合い? 見かけないけど」
「初めまして。この度、パライバ魔石商会に異動してきたメラルドと申します」
「あぁ! なるほど。噂には聞いてます。初めまして、陽気亭のトリンです。飲み物は炭酸水でいい?」
「はい。お願いします」
「かしこまりましたっ。追加注文も遠慮なくどうぞ」
去って行くトリンさんの後ろ姿に、イオライトさまが呟きました。
「ふたりとも接客業の鑑だな」
「繁盛しているのも納得できますね。パライバは活気があっていいことです」
すぐに運ばれてきた炭酸水を受け取り、メラルドさんは目を細めました。
「アネット嬢もですが、僕は貴方とも話をしてみたかったのです。水竜王イオライト様」
「如才ないな」
イオライトさまはイオライトさまで、小さく鼻を鳴らしました。
「私としてはアネットとの食事を楽しみたい気分ではあるが、せっかくの機会だ。魔石商の仕事内容について話を聞いてみたい」
わたくしも、気になっていたが故に声が張ってしまいました。
「わたくしもです。いくら宝飾用とはいえ、透明な魔石は初めて見ました」
「すべての色が含まれているのだろう? かなり強力な魔物の心臓だったと考えられる」
「その通りです、イオライト様」
メラルドさんが手を叩きました。
「ルベライでは火竜王の守護の外へ行き、わざわざ魔物を狩って心臓を捕ってくるという職業があるのです」
「魔物の心臓を、ですか」
初めて耳にする情報です。
横に視線を向けると、イオライトさまも驚いているようでした。