016.無色透明
「ははは! 水竜王様はアネット嬢のことを心底大事にしていらっしゃるんですね」
ようやく場が収まり、四人で席に着きました。
わたくしの向かいにはメラルドさんが腰かけます。
今の時間だけで寿命が縮まった思いです。
温かな紅茶が染み入ります。
甘酸っぱいベリー、カスタードクリーム。ココア生地のタルトも、心労を和らげてくれるようでした。
メラルドさんはメラルドさんで、イオライトさまに興味津々のようです。
「僕は火竜王の守護する地・ルベライの出身なのですが、竜王様というのがこうも気さくとは思いませんでした」
「人間に親しいのは私だけだ。火竜王ぺリアルは四竜王の中で最も威厳を重んじる」
ルベライ。スフェーン王国の南に位置する都市です。
魔石商会は王国全体に支部があると聞いていますが、随分と遠い地から転勤してこられたということが分かりました。
「そうなんですね。いつかお目にかかれたらいいものです」
こほん、とローライト商会長が咳ばらいをしました。
「失礼しました。そろそろ本題へ入りましょうか」
メラルドさんがわたくしへ顔を向けます。
わたくしは火の魔石が詰まった瓶をテーブルの上に置きました。
「今日は、火の魔石をお持ちしました。よろしくお願いいたします」
「拝見します」
オレンジ寄りのものから、ピンク寄りのものまで、さまざまな赤色の魔石が詰まった瓶。
白い手袋を嵌めると、メラルドさんは一番上に入っていた魔石を取り出しました。
小さなルーペで眺めます。
先ほどまでとは変わって、真剣な表情です。
「ほぅ」
優秀な商会員だと説明されているメラルドさんです。
おそらく、宝石として扱われている魔石も見てきているに違いありません。
そんな方に海辺で拾った魔石をお見せしてよいものか甚だ疑問ですし、緊張します。
手のひらにうっすらと汗が滲みます。
魔石から顔を上げて、メラルドさんがわたくしに微笑みを向けてきました。
「実に立派な魔石ですね。内包物も一切見当たりません。これまで屑と評価されていたのがおかしいくらいです。研磨に出せば一流の宝飾用魔石となるでしょう」
宝飾用魔石。信じられない感想です。
ほら、と言わんばかりにイオライトさまが頷いてきました。
「商会長の判断は正しいですよ。これは僕の担当です」
ずっと黙っていたローライト商会長が口を開きました。
「質のいい魔石といい水竜王様といい、アネット様は何かを引き寄せる力をお持ちなのかもしれませんね」
「……とんでもないです……」
引き寄せる、だなんて恥ずかしさが上回って思わず俯いてしまいました。
「研磨の予約状況を確認してきますので、少し席を外しますね」
メラルドさんが立ちあがり退室します。
ローライト商会長は髭を撫でながら微笑みを向けてきました。
「早速打ち解けたようで安心しました。今後ともパライバ魔石商会を宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
わたくしは両手を膝の上に置いて、深く頭を下げます。
「私としては近づきすぎだと思うが」
左を見ると、イオライトさまが両腕を組んで頬を膨らませていました。
「イオライトさま?」
決して睨んではいないのですが、見つめたら、うなだれるように肩を下げました。
まるで子どものようです。
それにしても、他の竜王さまたちは人型になったりするのでしょうか。
少し気になるところではあります。
火竜王さまは威厳を重んじる、ということでしたが……。
メラルドさんはすぐに戻ってきました。
魔石の代わりにテーブルの上には支払書が差し出されます。
「失礼します。無事に予約が取れましたので、こちらは研磨後に金額を確定します。いったん、見込みの金額でお支払いさせていただきます」
「こ、こんなにですか」
「おそらくこれより上がるかと思います。そのために、一流の職人へお願いするつもりです」
提示されたのは衝撃的な金額でした。
しかしローライト商会長が動じていないということは、無茶な決定ではないのかもしれません。
「宝飾用魔石は年々需要が高まっていますからね。ご覧になられたことはありますか?」
「はい、何回かは」
故郷では式典の際に母が身に着けていた記憶があります。
あのジュエリーは今どうなっているのか、考えると胸が痛みました。
するとメラルドさんがテーブルの中央に箱を置きます。
「せっかくの機会なので持ってきました。こちらが、今、当商会にある宝飾用魔石で最も値打ちのあるものです。おそらく、かなり強力な魔物の心臓だったのでしょう」
両手で開かれた箱の中央に収められていたのは、無色。
色がないのに光が溢れている、不思議な魔石です。いえ、見る角度によっては七色の光を反射しています。
身を乗り出して見つめてしまいました。これはまさしく、宝石以上の宝石です。
「! ……これは」
イオライトさまも驚いているようです。
すぐにメラルドさんは蓋をして、わたくしたちへ笑顔を向けました。
「アネット嬢には、期待していますよ」