014.揚げ海老
「はいよっ、お待ち!!」
注文をしてしばらく経つと、トリンさんが両手いっぱいに運んできました。
「炭酸水。まぐろのタルタル・スライスバゲット載せ。揚げ海老ですっ」
勢いよく並べられ、テーブルの上はあっという間に手狭になります。
飲み物は無糖炭酸水。
銀色の丸い平皿の上。トーストされたスライスバゲットには、たっぷりとピンク色のタルタルが載っていました。
おすすめされた揚げ海老は、頭も殻もついたまま。湯気だけではなく弾けるような音も立てています。こちらは紙を敷いたかごに、山盛りになっています。
ほぅ、とイオライトさまが感嘆を漏らします。
「どれも美味しそうだ」
それから銀色のボウルもふたつ、隅に置かれました。
「海老の殻入れがこっちで、手を洗うための水がこっちね」
「なるほど。ありがとう」
すると、トリンさんのピンク色の瞳が大きくなりました。
「トリンさん? どうかしましたか?」
「水竜王様という伝説の存在からお礼の言葉をいただけるなんて。今日はすばらしい日だわ。ごゆっくりどうぞ!」
上機嫌でトリンさんが席を離れます。
「言葉のひとつで感激されるとは、うれしいものだな」
「イオライトさまはご自身がこの国の守護竜であるということをお忘れになっていませんか……?」
かくいうわたくしも若干忘れかけていました。
しかし、水竜王さまというのはこの国に欠かしてはならない存在なのです。
「忘れてはいないさ。さぁ、食べようか!」
炭酸水のグラスを掲げるイオライトさま。応じてグラスの縁を軽く合わせます。
そういえば、乾杯をするのはこれが初めてです。
炭酸水は冷たいだけではなく、レモンの風味が効いています。
喉を通っていく爽快感は実に心地いいです。
「まぐろの、タルタル?」
「生の赤身魚をたたいて、玉ねぎのみじん切りなどと混ぜ合わせたものです。どうぞ、そのままバゲットごと召し上がってみてください」
「ふむ。いただこう」
大きく口を開けて、イオライトさまはバゲットごと一気に頬張りました。
トーストされたバゲットの割れるいい音がします。
イオライトさまが鼻から空気を吸い込んで、ゆっくりと咀嚼します。喉が上下した後、イオライトさまは瞳を輝かせました。
「なんだこれは! 初めて食べた! 美味しい!!」
タルタルです、と言いかけて説明したことを思い出します。
「ねっとりとしている魚と、歯ごたえのある玉ねぎのバランスがいい。少し酸味の効いた味つけが絶品だ。スライスバゲットに、合う」
しきりに頷いています。
わたくしも手に取り、半分だけ口に運びます。
「魚の生臭さもないですし、玉ねぎの辛みもなくて、食べやすいですよね。メニューにある日は必ず頼むようにしています。初めてわたくしが食べた生魚料理です」
故郷では生魚を食べる習慣もなければ、切り身も見たことがありませんでした。
トリンさんから最初におすすめしてもらった料理です。たたいた状態だと生魚らしい見た目はないけれど味はしっかりと判る、と。
「海老も食べてみよう」
イオライトさまが揚げ海老に手を伸ばしました。
表面にしっかりと甘辛ソースがついている海老。
大きくてもイオライトさまの手のなかにあると、小さく見えてしまいます。
頭を折る軽快な音が響きます。イオライトさまはそのまま器用に殻を剥いていきます。
タルタルと同じように目を瞑って味わいます。
「こちらも美味しい。表面についているはずのソースが身まで染みている」
わたくしも一尾に手を伸ばします。
甘辛ソースは粘度が高め。しっかりと海老を持ち、頭を折ります。
殻はやわらかくて剥きやすく、あっという間に身だけになりました。
指先についたソースがそのまま海老についてちょうどよさそうです。指先も、ボウルの水があるので安心です。
口を開けて、海老の身を運びます。
弾力があって、噛むたびにいい音がします。
甘辛ソースはフルーティーな香りの奥に辛みを感じて、海老の淡白さとの相性が抜群です。
これは手の止まらない美味しさです。
そっとイオライトさまを見遣ると、どんどん食べ進めていました。
それぞれが殻を剥く作業に集中していると、テーブルに新たな料理が置かれました。
運んできたのはピネルさんです。
「これは、サービス」
「お気遣いありがとうございます、ピネルさん」
ガラスのココット二個の中身は、純白のパンナコッタです。
「口直しによさそうだ。ありがたくいただこう」
「……どうも」
ピネルさんは少しも笑うことなく、イオライトさまを一瞥して去って行きました。
「お気になさらないでくださいね。ピネルさんは誰に対してもあのような態度なのですが、悪い方ではないのです」
「まったく気になどしていない。寧ろ、言葉に裏がない。彼は誠実な人間だ」
豪快に指先を舐めながらイオライトさまが満足そうにしています。
「はい、そうなんです」
大事な友人を紹介できて、わたくしも満足です。