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011.アンチョビ




 仄暗く照らし出された空間。地下ですので、窓はありません。

 壁に備えつけられた棚は、わたくしの腰の位置から上に三段あります。

 謝って物が落下するのを防止するために、各棚の手前には棒がついています。


 保存食の詰まった瓶は、種類ごとにこの棚に置いています。

 油漬けの肉、魚。

 砂糖漬けの果物。

 酢漬けの野菜。


 棚のない低い位置には風通しのいい木箱を置き、冷暗所を好む野菜を保存しています。

 主に、根菜です。


 当然ながらわたくし以外が足を踏み入れたのは初めてのことです。

 狭い地下室です。立派な体格をしているイオライトさまが両手を伸ばせば左右の壁に届いてしまいそうですが、窮屈そうなそぶりは見せませんでした。


「まるで宝物庫のようだ」


 イオライトさまが瓶のひとつを手に取ります。

 その瞳は真剣さを帯びていて、揶揄ではないことが伝わってきます。


 本物の宝物を知っているだろう水竜王さまに褒められて、少しむずがゆくなりました。


「ありがとう、ございます」

「そのうち私にも保存食の作り方を教えてくれ」

「教えるだなんて……。難しいことはございません。容器をきちんと消毒して、日持ちするようにたっぷりの砂糖や油を使うだけです」

「それだけで日持ちするなんて、食材というのは面白いものだ」


 イオライトさまは一通り地下室をご覧になられて、満足したようでした。

 火の魔石を回収しながら一階へと戻ります。

 光源として利用する場合は半永久的に使えるので、無駄にはしないのです。


 窓から差し込む光はいつの間にか朱色に変わっていました。

 今度は室内用の籠に火の魔石を入れます。


「では、晩ご飯の支度をしましょうか。わたくしとしては恐れ多いのですが、お手伝いをお願いいたします」

「もちろん!」


 地下室から持ってきた保存食は、アンチョビです。


 新鮮なかたくちいわしを、三枚におろして塩漬け。

 水分を抜きながら発酵させた後に、たっぷりの油に漬け込んだものです。


 それから、アンチョビ以外にも持ってきた食材はにんにくです。

 キッチンの冷蔵庫からは、葉のやわらかなキャベツを数枚取り出します。


 わたくしはエプロンを着けますが、イオライトさまにも何か用意すべきでしょうか。

 おいおい考えることにしましょう。


「では、手を洗ったらはじめましょうか。今から作るのは、アンチョビとキャベツのパスタです。まず、イオライトさまはこの大きな鍋にたっぷりのお湯を沸かしてください。途中で塩を入れて、沸騰してきたら乾燥パスタを一気に入れて茹でていただきたいのですが……」


 真面目な様子でイオライトさまが何度も頷いてくれます。

 わたくしは二人分のパスタを束にして両手で持ってみせました。


「持つときに少しひねるようにしてから、鍋の上で一気に離すと、きれいにパスタが広がりますのでやってみてください」

「分かった。アネットは?」

「わたくしは具材を担当します。にんにくは薄切りにして芯を除きます。アンチョビは粗めに刻み、キャベツは食べやすい大きさにちぎります」


 フライパンにオリーブオイルを注ぎます。


「オイルににんにくの香りを移したいので、火加減は弱火です。それに、焦がしてしまうと苦くなりますから。香りが立ってきたらアンチョビも入れます。辛いものが平気でしたら、にんにくと一緒に赤唐辛子を入れてもいいでしょうが……すみません。わたくしが辛いものは得意ではないので」

「何故謝る?」


 当然の質問でした。

 謝らなくてもよかったのです、わたくしは。


「そうです、ね」


 イオライトさまと話していると、気づかされることがいろいろとあるものです。


 やがて、勢いよく湯が沸いてきました。


「湯が沸いてきた! やってみよう!」


 イオライトさまが乾燥パスタを両手で持ち、鍋の上で少しひねった後に手を離しました。

 まるで花が咲いたかのように鍋いっぱいにパスタが広がります。


「おお! できたぞ、アネット!」

「はい。お上手でしたよ、イオライトさま。では時間を計っていただいて、少し前にちぎったキャベツも入れてください。一緒に茹でて、パスタにもキャベツにもほのかに塩味をつけましょう」


 そして茹で上がったところでざるに上げます。

 茹で汁はすべて捨てずに、ほんの少しだけフライパンに加えます。そうすることで全体のなじみがよくなります。

 しっかりと水分を切ったパスタとキャベツをフライパンで合わせたら、パスタの完成です。

 白くて深さのある楕円形の皿に盛りつけます。


 飲み物は、無糖の炭酸水にしました。

 それから、残りの丸パンもお出しします。


「出来上がりました。さぁ、食べましょうか」


 火の魔石のおかげで室内は明るさを保っていますが、外はすっかり暗くなっているようでした。

 

 フォークにパスタを巻き付けて口に運びます。

 アンチョビもあるのでパスタを茹でるときの塩は控えめにしましたが、それが幸いしてちょうどいい塩辛さとにんにくの風味を感じます。

 やわらかなキャベツは茹でてもやわらかな食感を残しています。

 そして、何よりも主役のアンチョビです。

 生臭さは一切なく、コクがあり、とろけるようです。 


「美味しい……すばらしい……」


 イオライトさまも満足そうです。

 わたくしも、このパスタは大成功だと思いました。


 

 

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