010.梅シロップ
館に戻って最初にすることといえば水分補給です。
汗をかけばかいた分だけ、水分と塩分は失われます。ここでの暮らしに熱中症対策は欠かせません。
「座ってお待ちくださいませ、イオライトさま」
「私だけ座っていていいのか?」
「はい。飲み物を作るだけですので」
さて。
キッチンの冷蔵庫は開けるだけで涼しくて気持ちがいいです。
こちらも魔石商会と同様に、水と風の魔石で密閉された大きな箱です。
取り出したのは、二本の瓶。
一本目には氷砂糖で仕込んだ梅シロップ。
清潔なレードルで一杯すくってカットガラスのデザインが美しいグラスへ入れたら、しっかりと冷えている無糖炭酸水をもう一本の瓶からたっぷりと注ぎます。
細かい炭酸の泡が弾ける様子は見ているだけで涼しい気持ちになれます。
「どうぞ。梅シロップの炭酸ソーダ割りです」
「爽やかな果実の香りがする。ありがたくいただこう」
とはいえ、やはりイオライトさまは汗をかいていません。
ほんの少し羨ましく思います。
グラスに手のひらを当てるだけで体全体が冷えていくような感覚が心地いいです。
そして、炭酸効果もあって喉ごしが抜群です。
「美味しい……。待ってくれ」
「はい?」
イオライトさまのグラスの中身は既に半分まで減っていました。
気づいたのですが、気に入った食べ物に対しては瞳が大きく見開かれるようです。
「飲み物まで美味しいとはどういうことだ?」
「お気に召していただいてよかったです。梅シロップも、保存食のひとつです」
わたくしはお酒を飲みませんが、イオライトさまはどうなのでしょう。
もし好まれるようならば、梅酒も漬けてみたいところです。
「お代わりされますか? もしくは、赤じそもございます。梅より落ち着いていて上品な香りがします」
「迷う……。赤じそも飲んでみたいな……」
「それでは、赤じそジュースもお出ししますね」
梅シロップも赤じそジュースも、故郷ではなくパライバで教えてもらったものです。
梅シロップは、傷つかないよう丁寧に下処理した梅と氷砂糖を、煮沸消毒した大きな瓶へ交互に詰めるだけ。
氷砂糖がゆっくりと時間をかけて溶けていき、シロップができあがるにつれて梅が浮いてきます。
かびないように様子を見守りながら、蓋を開けずに世話をします。
最後に梅の実を取り出して鍋でひと煮立ちさせれば完成です。
一方で赤じそジュースは、煮出して作るのでより手軽です。
しっかりと水洗いをしてきれいにした大量の赤じそ。はちみつで甘さを、りんご酢で酸味を。
保存は効かないのですぐに飲み切りたいジュースです。
どちらも透き通った液体ですが、薄い黄色の梅に対して、赤じそは濃い赤紫色をしています。
赤じそジュースは酢も入っているのでとてもさっぱりとしています。
梅と同じように、冷えた炭酸水で割ってお出しします。
「いかがですか?」
「梅はしっかりと甘く、赤じそは酸味が効いている。どちらもすばらしい」
わたくしも梅シロップの炭酸ソーダ割りを飲み終わったところで、いよいよ地下の冷蔵室に案内します。
丘の上に建てられたわたくしの住まい。
外から見ればパライバでは珍しい屋根付きです。
青い屋根と白い石造りの二階建て。
実際は地下室付きの三階建てです。魔石による冷風システムは、地下の冷蔵室に集中させています。
この家は、お父さまがくださった数少ない贈り物のひとつ。
わたくしのことは愛していなかったかもしれませんが、こうやって、最低限の生活の基盤を与えてくださったことには感謝しかありません。
床にある地下室への扉を開けて、階段を慎重に降ります。
「ついてきてくださいませ」
壁に備えつけた拳ほどの小さな籠に、不透明で濃い紅色の魔石を入れていきます。
火の魔石は、熱源だけではなく光源となってくれるのです。
「天井が低いので、頭をぶつけないように気をつけてください」
地下室への階段は、仄暗いだけではなく天井が低いのです。
イオライトさまはわたくしよりも遥かに背が高いので、怪我をしないように促します。
「わかっ」
た、という言葉よりも先に、鈍い音が耳に届きました。
先を歩いているので見えませんでしたが、早速どこかをぶつけたのでしょう。
階段を降りたところで、室内用の、拳よりも大きな魔石を壁の籠に嵌めました。
すると一気に視界が明るくなります。
「おぉ、これは壮観だな……!」
隣に立ったイオライトさまが感嘆を漏らしました。
4月17日の活動報告でいただいたファンアートをご紹介させていただいております。
合わせてお楽しみくださいませ。