表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ボヌール

作者: 藍



いつものようにシャッターを切る。

撮った写真を眺める、目を閉じる、想像する。



僕は写真部に所属している。部員は5人、少ないけどこのくらいがいいと思う。葉っぱが赤く色づき始めたから、毎年12月に行われる写真展に向けて、皆シャッターを切り続けている。

その写真展では、1人3枚まで飾ることができる。またそれぞれの写真の下に封筒を置き、感想を入れれるようにしてある。これがまた結構しんどかったりする。『こんな写真誰でも撮れる』だの、『なにを伝えたいかわからない』だの…。でも反対に褒められると素直に嬉しい。自分の感性は間違ってはいないんだって自信がつく。

僕は今回、赤く色づいた紅葉の浮かぶ池にかかっている橋を撮ることにした。すこし錆の生えた風情のある景色を。


風が吹く。葉が舞う。まだ緑だったり黄色だったり。僕は春よりも秋のが好きで、サクラよりもモミジやイチョウの方が好きだ。だってサクラはピンクとか白とか一色じゃないか。色づき始めた葉ほど綺麗なものはない。真っ赤に色づいたモミジほど心を揺るがされるものはない。舞い散った葉を踏んだ時のあの音がたまらない。管理人さんがほうきで掃いたあの葉の山が恋しい。


僕は秋を求めている。秋に僕は求められているのだろうか。


そんなことを考えながら僕は夢中でシャッターを切り続けた。



ある先輩に言われたことがある。

『君はどんな写真を撮りたいの?』と。

写真部の見学に行った際に言われたのだ。

僕は写真部に入りたいなんて思ってなかった。写真を撮ることは好きだしカメラに触れることも好きだったけど、中学の時にやっていたテニスを続けるつもりだった。

『僕、見学しにきただけです。』

ちょっと冷たかったかなと反省しながら先輩の顔を恐る恐る覗くと、先輩は花が咲いたような笑顔で、

『でも写真が大好きなんでしょう?』

と言った。僕は少しだけ頷いた。いや、少しだと思っていたが実際は深く頷いていたかもしれない。

だって僕は写真が好きだから、大好きだから。



写真を撮るきっかけは父だった。父は出かける時、いつも重そうなカメラを首から下げていた。幼い僕が触ろうとすると注意された。代わりに軽くて小さなお古のカメラをくれた。僕はそれが未知のものにしか見えなくて、理解せずただひたすらにボタンを押していたのを覚えている。まあやはりブレた写真しか撮れなかったのだが。

父は僕を写したがった。風景写真はあまり撮らなかった。いつも僕に、ここに立てだの、ここを向けだの。納得のいくポージングを僕にさせ、満足な写真が撮れたら僕にお菓子を買ってくれるのだ。僕はそれのために父のモデルとなっていたのだ。まあ別に嫌ではなかった。

僕が大きくなるにつれてその大きなカメラの使い方を少しずつ教えてもらえるようにもなった。


父が突然写真を撮らなくなった。というより、ずっと首にかけてたカメラを売ってしまったのだ。僕が何故売ったのかと聞くと父は悲しそうに『撮れなくなったのだ』と言った。当時の僕はその意味がわからなかった。僕なりに考えて考えて考えたんだけど、答えは一向に出てこなかった。


答えがなんとなく、いや、はっきりと分かったのは父が入院した時だ。そう、父は病気を患っていたのだ。病名は『脳梗塞』。カメラを使う時に絶対必要な右腕が動かしずらくなり、右目が見えにくくなったのが前兆。そこからだんだん体が重く感じ、とうとうベッドから起き上がれなくなったのである。残された時間も少ないらしい。僕は泣いた。父がいなくなることに対してだけじゃなくて、父が写真を撮れないことに。同情の涙なんか悔しくて流したくなかったけど、それでも、カメラ越しの父の眼差しを、撮り終えた後の笑顔を、僕と一緒にお菓子を食べる横顔を。僕はひとつ残らず覚えている。父の生きがいは家族とカメラだった。父に聞いたことはないが確信をもって言える。そしてそんな父が僕は大好きだったのだ。いや、今も大好きなのだ。


半年ほどして父は旅立った。寒い冬の日、すごく穏やかな顔を残して。


僕はしばらくの間、自分の部屋にこもって父が撮ってくれた僕の写真を眺め続けた。



懐かしい扉を開けた。父の匂いがする。

ここは父がカメラを売った店だ。店長は父の知り合いだったから僕のことも知っていた。だから僕をみて

『大きくなったなあ、ますますお父さんに似てきたな』と声をかけてくれた。

僕は照れ笑いしながら用件を伝えると、店長は顔をくしゃくしゃにして笑って、奥から1台のカメラを出してきた。僕は目を輝かせた。これだ、これだ。

僕の用件は 父が売ったカメラを買うことだった。もう売れてるかと思ったけど、父の病気を知った店長が奥の部屋にしまったらしい。とてもありがたかった。

店長はお金はいらないと言って僕にカメラを持たせた。僕は涙が出そうになりながら ありがとうございますと頭を下げて、重いカメラを抱えてとある公園に向かった。

寒いからか人は少なかった。僕にとってそれは好都合だった。僕は手にしたばかりのこれを使って何度も何度も写真を撮った。父に教えてもらった方法で。枯れた木、少し凍った池、誰も座っていないベンチを。

その日から学校後、毎日カメラを持って出かけた。母はそんな僕を見て嬉しそうに泣いた。


そんな生活が始まって半年が経とうとしていたある日、僕はいつものように風景の写真を撮っていた。ガンガン注いでくる日光を浴びて汗をかきながら、それでも地面に這いつくばって撮り続けた。でもあまりに暑かったから、近くのカフェに入って珈琲を飲みながら、今まで撮った写真を見返していた。

不意に、ポチャン、と音がした。珈琲に円が広がる。僕は涙を零していた。ああ、僕は。



僕は結局写真展には1枚しか出さなかった。橋の写真。我ながらうまく撮れたとは思う。

写真展当日、思ったよりも人が多くて嬉しかった。終わった後、封筒の中身を部員でチェックした。みんな入れられていた紙を見て、唸ったり、笑ったり、さまざまな表情をしている。僕の封筒の中には5枚入っていた。そのうち4枚は『素敵です』のようなことが書かれており、素直に嬉しかった。だがもう一枚。見たことのある字だった。『誰を想像したのですか』

去年も一昨年もこの質問が入れられていた。同じ字で。インパクトが強かったからよく覚えている。字のバランスが極端にいい。はね、とめ、はらいが強調されているような書き方だ。おそらくこの人は習字を習っていたのだろう。あくまで僕の予想ではあるけれど。


家に帰ってそのメモを手に、僕は考えを巡らせた。誰を想像したのですか、かあ。そんなの答えはひとつに決まってる。

無性にこの字の主に会いたくなった。会って、今までのことを全部話したくなった。字の印象だけだけれど、なんだか心惹かれたのだ。でも、偶然会えるわけ無いし、仮に奇跡的に会えたとしてもこの字の主だなんて分からないだろうなあ、と小さくため息をついた。



部活を引退した。引退後もカメラを持ち続けていたから引退した感じはしなかったが。しばらくしてOB会に誘われた。僕は人付き合いはなんだか苦手な方で、そういう人がたくさん集まるようなものに参加したことがなかったから断ろうと思った。でもなにか、なにか引っかかって参加すると言ってしまっていた。いや、本心は参加したかったんだ。僕には、写真の話ができるのは写真部しか居なかったから。


40人くらいが部室に集まった。見たことのある顔とそうでない顔といたし、50代くらいの男性もいた。写真部は結構前からあったらしい。幹事である30歳くらいの男性の掛け声とともに『乾杯』。といってもまだ学生なのでお酒は飲めない。あと校内なので成人していてもお酒は飲んでいなかった。

ふと目に付いたのは、左端にぽつんと座っていた20歳くらいの女性。白いワンピースを着て銀のネックレスをしている。ノースリーブから伸びた腕は白く、なんだかワンピースと一体化しているような気さえした。そんなことを考えながらぼんやりと眺めていたら、彼女がこちらを向いた。目が合った。彼女はにこっと微笑むとこちらに歩いてきて、僕の隣に座った。

『こんにちは。覚えて、ないかな?』

僕は正直に 覚えていないと言った。

『君、見学に来た時に私に話しかけられたでしょう?明らかに困ったような顔をして、僕入部しませんから!って。そんなに言わなくてもいいじゃんって思ったよあの時は、!』

思い出した。そうだ、この人だ。

少し大人っぽくなったけど、表情も仕草も声もそのままだった。

感情が表に出ていたのか、彼女は嬉しそうに微笑むと

また会えてよかった と僕に言った。

僕はずっと心に引っかかっていたことを聞いた。

『なぜ僕が写真を好きってわかったんですか?』

『だって、写真を眺める目が違ったんだもの。それにその時君が眺めてた写真、私が撮ったやつだったから無理にでも入部させたくて。』

写真を眺める目、僕は側から見るとそんな風に見えたのか。


僕は彼女ともっと仲良くなりたくて、思い切って連絡先を聞いた。彼女は僕の真剣さに少し驚きながら、またあの笑顔を見せて快く教えてくれた。

そしてこの日から僕はこの人のための写真も撮るようになった。2人で出かけたりもした。僕はきっと恋に落ちていたんだと思う。でも、恋人になるとかそういうのはちょっと違くて、2人で写真の話ができたらそれで幸せだったんだ。


ある日、駅前のカフェに行くことになっていたのだが、僕は2時間の寝坊をし、急いで待ち合わせ場所に向かった。そこで待っていたのは、マスク姿の彼女。どうやら昨夜、失恋した友達のストレス発散のためカラオケに付き合い、喉を痛めてしまったらしい。よって今日は筆談となった。

初めて見るはずの彼女の字を、僕はどっかで見たような気がした。いや、3ヶ月ほど同じ部活だったので見たことはあってもおかしくないのだが。でも、そうじゃない気がしたのだ。違う、どこか他の場所で。

少しトイレに行ってくると言って席を立つと、トイレの個室にこもって考えた。今考えなきゃダメだと思ったのだ。2分ほどして今日は諦めようと個室を出ようとしたら、僕の大事なカメラを置き忘れていたことに気づいた。危ない と思いながらカメラを持ってトイレを出た。その時、僕は思い出したのだ。カメラを見て。

そうだ、あの質問ってまさか、、。


僕は席に戻ると彼女に言った。

『あの質問、先輩だったんですか?』

彼女はくすくす笑って、

『そうだよ』と書いた。

僕はその瞬間、彼女を抱きしめたくなった。愛おしいと思った。そんな僕をよそに彼女はペンを走らせている。僕の好きな字だ。

『いつも誰を想像しているの?』

僕は 話が長くなりますがいいですかと聞き、承諾を得てから、写真を撮るきっかけとなった父について話した。途中で涙が出てきたけど、彼女はそっとハンカチを出して僕に手渡してくれた。決してバカにせず、話終えると彼女まで泣いていた。それがあまりに嬉しくてもっと泣いた。最後はおかしくなって2人で笑った。


僕は、僕を想像して写真を撮っていたのだ。

今の僕を。

カメラを構えてる僕は、僕ではなく『父』だ。カメラ越しの僕に優しい眼差しを向ける『父』だ。

あの日撮った橋も、ベンチも、道も、全てその真ん中には僕がいるのだ。写ってはいないけど僕がいるのだ。父のカメラで、父の姿で、父の眼差しで、父の笑顔で。僕は父になりたかったのだ。

このことは、今年の夏、暑すぎたあの日、カフェで気付いたのだ。彼女はそれを僕の写真からくみ取っていた。そして封筒に質問してくれていた。優しい字で。



不思議なことに、彼女の筆談は長引いた。2週間ほど経つが、声が一向に出ず、喉が痛いらしい。僕は彼女の字が好きだったから、あまり気にしなかった。彼女の声が聞きたいと思わなかったわけじゃないけど、字から伝わる彼女の人柄が愛おしかった。というより会えるだけで充分だった。


僕はこの日、彼女にあるお願いをした。

『写真の、モデルになってくれませんか?』

彼女はひどくびっくりしていた。

『君じゃないよ?私は。』

そうだ。僕は『僕』を撮ってきたのだ。今までは。

それは『父』を演じてきたに過ぎない。僕は彼女と出会って、彼女が新しい表情を見せるたびに思っていた。いつかこの人を撮ろう、って。

僕は『僕』とはおさらばする。『父』をきちんと思い出にする。僕は僕で、僕が撮りたい人を撮るのだ。

彼女に想いを伝えた。

僕は君が好きだと。君をこれからずっと撮っていきたいと。

彼女はぽろぽろと涙を零しながら、頷いてくれた。何度も何度も。


この日から撮影の日々がスタートした。


彼女の表情はもう数え切れないほどで、僕が指示をしなくても彼女はいい感じでモデルをしてくれる。ありのままでいてくれる。まるで経験があるかのように。でも本人によると、とても緊張しているだとか。

毎週水曜日は僕の家で、金曜日は彼女の家で夜ご飯を食べた。水曜日は僕が作り、金曜日は君が作る。

僕はカレーライスしか作れなかったが、彼女は僕の作るカレーライスがこの世で1番美味しいとまで言ってくれた。メニューを変えたら怒られもした。僕がヤキモチを妬くくらい、彼女は僕のカレーライスが好きだった。

逆に僕は、彼女の作るオムライスがとても好きだった。卵のとろとろ加減がとてもいい感じで、甘さもちょうどよかった。彼女は僕の美味しそうに食べる姿がとても好きだって言ってくれた。



冬の寒い土曜日。今日は公園で撮影の予定だったが、風がびゅうびゅうと吹きいかにも寒そうなので、急遽カフェにしようと思い、僕は携帯を取った。すると昨晩、彼女からメールが来ていた。

『今日、病院に行ってくるよ。撮影キャンセルしてごめんね。』

喉の病院だろうと思い、僕は 了解 とだけ打って彼女に送信した。


その夜、彼女からメールが来た。僕はその内容を見て、思わず携帯を閉じた。信じられなかった、いや、信じたくなかった。

彼女は癌に侵されていたのだ。

『喉頭癌』

彼女の喉に癌細胞がいるのだ。メールの中の彼女は元気そうに、『大丈夫!手術すれば治るよってお医者さんも言ってくれたし!心配かけてごめんね。また撮影しようね!』と僕に言っていたが、果たして泣いてはいないだろうか。あんな華奢な肩を震わせながら、1人で閉じこもってはいないだろうか。

僕は、病院名と室番を聞いて、お見舞いに行くことにした。遠くの病院だからいいよ、と彼女に言われたが、なんとしても彼女に会いたかった。


病室の彼女は、メール通り元気そうだった。久しぶりに見た彼女の字に僕は心を揺さぶられ、突然彼女を抱きしめてしまった。彼女は一瞬びっくりしてから、僕のことを抱きしめてくれた。あったかかった。


彼女と付き合い始めて3年が経とうとしていた。彼女は2年前に喉頭癌を患ったものの、手術を終え3ヶ月ほどすると声が戻ってきた。今では普通に戻った。彼女と同居し始めた。お互いの大学に近い場所にして、通いやすいようにした。彼女の親も僕の親もすんなりとこの関係を受け入れてくれた。僕は足を痺れさせながらすごく緊張していたが、彼女の両親は朗らかな感じで僕を迎えてくれた。幸せだと感じた。


僕は今夜プロポーズするのだ。定期検診を終え、病院から自宅に帰ってきた彼女に。胸が高鳴る。僕は本当に幸せものだ。

だが、彼女は一向に帰って来ず、代わりに電話がかかってきた。


僕は急いで病院に向かう。診察室に入ると肩を震わせている彼女と主治医らしき男性がいた。僕は彼女の隣に座った。

彼女の体のあちらこちらに、癌が転移していたらしい。もう手術は不可能だというところまで進行していた。彼女は僕に笑いかけた。『半年...だって。』

笑うことないじゃないか。もっと僕に縋りついて泣けばいいんだよ。僕はそう思った。でも彼女は笑っている自分が好きなのだ。前に話していたから。だから僕はそのまま彼女の背中をさすり続けた。僕も涙を流しながら。


彼女は僕に手紙をくれた。

震える手で書いたのだろう。字は僕の好きな字とはかけ離れていた、見た目は。でもその字から汲み取れる感情は、変わっていなかった。



お元気ですか。って書くのもおかしいね。毎日お見舞い来てくれてるもんね。でもこういう手紙を書く機会なんてそうそうないから、この出だしで始めたかったんだ。

君は私の字が好きだと言ってくれた。私が好きだと言ってくれた。私、君のあの写真を見る眼差しに見惚れたんだよ。だから入部させて、少しでもきっかけを、君と仲良くなれるきっかけを作りたかった。だけど学年も違ったし部活もほとんど部室にいなかったから絡むこともなくて、引退、卒業してしまったなあ。

OB会で君が来た時はびっくり。だってそういうの来なさそうな顔してるもん。でもやっぱり君は静かに座って、楽しそうな顔一つしなかった。でもなんか視線を感じるな〜って思ってふと見ると、君が私を見てるんだもん。思わず笑っちゃった、嬉しくて。だって写真を見てた時と同じ眼差しで、私を見てくれてたから。思い切って君の隣に行って正解だったな。

だって君は私に素晴らしい日々をくれたから。君といた毎日が本当に、本当に、大好きで。


私はもうすぐお迎えが来ます。

君のことだから私がいなくなったら泣いちゃうでしょ?今も私の見えないところで泣いてるんでしょ?君、目に見えないけど感情豊かなんだからさ。もうすこし表に出してもいいと思うよ。


これからは、『私』を撮り続けてください。かつて君が『君』を撮ってきたように。『私』という人間は君の中で生き続ける、君のカメラの中で生き続けるよ。

私、君が大好きだよ。

今までありがとう、そしてこれからもよろしくね。

またね。


もう一枚の紙切れ。


P.S. お父さんのように思い出になんかしないでね。


僕は泣いた。これまでで1番泣いた。

これからもよろしくね、またね、って。君は今から死んでしまうのに。僕の横からいなくなってしまうのに。僕は君がいない写真なんか撮りたくない、撮りたくないと思ってしまうんだ。君の言う通り、僕は感情豊かなのかもしれない。でもこれはやっぱり、君のおかげだと思うんだ。君といて、たくさんの新しい感情に出会うことができた。死ぬなよ。なあ。


違う。彼女は、僕の中で生きると言っていた。

もう1人の僕が僕に呟いた。

懸命に生きてるんだよ彼女も。君と一緒に居たいから。君と離れるのが嫌だから。

僕は溢れ出す感情を止められなかった。『愛しさ』と呼ぶのが相応しいのだろうか。


思う存分泣いた後、僕はカメラを手に持ち君の居ない公園に出かけた。なかなかシャッターを切ることはできなかった。手が震えて、また涙が出てきそうで。笑ってる君が居ないことがこんなに恐怖だなんて。君の存在は僕には大きすぎたんだ。


その日撮ったのはたったの2枚。散りゆく桜を背景に君はなんて言うのかな。


2ヶ月ほどして、彼女は旅立った。




夏が終わる頃だった。日が短くなり、夕日が綺麗だった。

僕はカメラを構える。何度もシャッターを切る。


照り輝く夕日を背景に君はなんていうのかな。

僕の方を振り向いた君は、笑顔かな、それともお腹が空いたと怒ってるのかな。


『夜ご飯は何にしようか。』


カメラに向かって僕はそう言った。


今晩はカレーライスだ。


君の好きな、僕のカレーライスだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ