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夢幻泡影神話 〜陰陽祖神〜  作者: 太陰幽榮
第一章 伝説の始まり
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第1話 夢幻泡影


 【夢幻泡影】

 

 忘れられた世界に伝わる最も有名な故事成語である。

 人生や世の中の物事は、夢、幻、泡、影のように、実体がなく、非常に儚いという意味だ。

 故事の所以は二つあり、創世紀に神によって創造された二羽の鳳凰の物語と新世紀に名を馳せたとある退魔師の物語とされている。

 この書では主に後者を語っていく。

 弱き体の持ち主だが美しい純白の羽をなびかせ全宇宙を震わせることになった退魔師の楓琉。

 秀でた容姿と能力から世評に登ることになった彼はその驚くべき過去によりさらに知られることになった。

 楓琉の過去に潜む少女、夜華。

 その少女との儚い過去について公になったとき人々は驚愕した。

 そして、街の市場を歩いていたとある旅商人の小鳥がこうさえずったのだった。


 「まるで夢幻泡影のようだ」


 と——。



 「ねえ、いつまで寝てるの? やる気がないなら出てってほしいんだけど」


 氷のように凍てついた視線がいくつも向けられる。

 楓琉フォンリウは肉体的にも、精神的にも限界を迎えた身体を立ち上がらせながら目の前にいる人物を強く見据えた。


 「弱い奴はいらない。無駄な命を落とすくらいなら宦官にでもなったら?」


 目の前にいる背から八つの蛇を生やした男性は呆れを通り越して怒り気味に言った。

 おそらくこの人はこの星の住民ではないだろう。

 底知れぬ闇色の瞳や熱のない無表情。

 何だろう、顔立ちが整っているぶん冷たくされると打撃ダメージが大きいと感じるのは自分だけだろうか。


 「......ったく。前代未聞だよ。こんな雑魚にも勝てずに試験受けにきた奴」


 楓琉の前には八寸《二十四センチ》ほどのかんという猫の化け物を模した傀儡パペットが。

 傀儡といっても巧妙に作られており爛々と光る独眼やしなやかに動く三つの尾など、本物とほとんど変わらない見た目だ。


 「お、お願いします......まだ諦めたくないんです」


 どれだけ冷たく言われようが、倒されようが楓琉は挫けない。

 挫けてはいけないのだ。


 「......っ、退魔師になって果たさなければいけないことがあります。だから......」


 楓琉は喉の奥から声を絞り出した。

 

 この世界には生ならざるものが存在していた。

 人の血肉を喰らい長らく人々を苦しめてきたその化け物は『幻妖』と呼ばれている。

 多種多様の禽鳥が棲むこの星では古来から幻妖の被害に悩まされていた。

 数年前、突如楓琉の里に現れた巨大な幻妖は楓琉の全てを奪った。

 安全、居場所、仲間、生きる意味など。

 何もかも失った楓琉は弱い自分を捨てて新しい自分に変わろうとした。

 そしてこの認定試験に合格すれば一歩先に進めると思っていた。


 「......だから何だっていうの?」


 だけど、目標は自分が思っていた以上に遠かった。

 初めから分かっていた。

 体の弱い自分が退魔師になれるはずがないと。

 自分も弱いのに他の人たちを救うことなどできないと。


 「......だから、もう一度、お願いします!」


 その瞬間目の前にいる人物の眼光が一瞬だけ緩んだ気がした。

 けれど、楓琉が気づいた頃にはその人の背から生えた八つの蛇さえも楓琉を睨んでいた。


 「君の根性は認める。俺がお前を手伝ってあげるよ」


 その人は面倒臭そうに言ったが、その言葉に楓琉は泣きそうになる程安心した。


 「でも、勘違いするなよ」


 低い声で話しかけられ楓琉はびくりとする。


 「覚悟や根性だけで生き抜けるほどこの世界は甘くない。俺は強い者だけを育てる。だから」


 それまで抑揚のなかった淡々とした声に少しだけ熱が加わった。


 「お前に伸びしろがないと分かったら、すぐに追い出すからな」


 「......はい!」


 そのまましばらく無言の睨み合いが続き、背に蛇を生やしたその人は深いため息をついた。

 そして先ほどから後ろで事の成り行きを見守っていた青い羽の人——試験用の傀儡を動かしていた傀儡師に手で合図をした。


 「それでは、試験を再開する」


 * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 崑崙城こんろんじょうの内奥、いわゆる後宮と呼ばれる場所でこの国の宰相である金龍——蒼牙チャンヤーは半透明な金色の尾をうねらせながら歩いていた。

 男が後宮という女の花園を歩いてもいいのかという疑問はあるが皇帝からの勅命なので大丈夫だろう。

 ちらちらとこちらに熱っぽい視線が送られているのは気のせいではないだろう。

 後宮の女官や妃たちである。

 彼女たちの目には綿のようにふわふわとした金色の髪、流れるような輪郭、柳のような眉、さらに右が群青色ウルトラマリンブルーで左が翠玉色エメラルドグリーンの瞳というあらゆる珍しい要素を詰め込んだ蒼牙の顔が映っているであろう。

 そんな顔に優しい笑みを浮かべて振り向くと女官や妃たちは目線があったや否や顔を赤く染めながらそそくさと仕事へ戻っていった。

 自分で言うのもおかしな話だが、蒼牙は自分の容姿には自信があった。

 昔は奇怪な自分の容姿が気に食わなかったが今はもう割り切っている。

 容姿だけでなく蒼牙はこの星の住民ではないのにこの国一番の宰相という職に就いている。

 おまけに蒼牙は龍である。

 龍の一族は皆大の戦闘好きである故、蒼牙は基本的な武術も心得ている。

 非の打ち所がないとはまさに蒼牙のことだろう。


 武術においてはあの蛇野郎に勝ることはないだろうが。

 蒼牙は一人の人物を思い浮かべた。

 あの蛇野郎、というのはこの国で唯一蒼牙の他に禽鳥ではない人物のことである。

 確か今は退魔師をしていたはずだ。

 あの無表情を思い浮かべるだけで自然と腹が立ってくる。

 

 あ、そういえば、と蒼牙は大事なことを思い出した。

 今日の今頃、その蛇野郎の元へ退魔師認定試験を受けにくるとある人物について。

 認定試験はしょっちゅう行われているが今回は珍しい人物が受けにくるようだ。

 その人物は鳳凰なのに煌びやかに着飾ったり、傲慢な態度をとったりせずに普通この国の頂点である鳳凰は嫌がるであろう退魔師という職に就きたがるそうだ。

 ましてや赤い翼を持たず、美しい純白の翼と七色の羽を持っているらしい。

 

 どれどれ、仕事の息抜きにでもその変わり者を見にいこうかなどと考えながら蒼牙は足を速めるのだった。

【用語解説】


・この世界—忘れられた神話の世界。神獣を中心として成り立っている。一つの銀河系。


・多種多様の禽鳥が棲むこの星—鳥の棲む星。この星の住民は翼羽を持っている。


鳳凰ほうおう—中国神話の伝説の鳥、霊鳥である。五色絢爛な色彩。霊泉(甘い泉の水)だけを飲み、60-120年に一度だけ実を結ぶという竹の実のみを食物とし、梧桐の木にしか止まらない。羽ある生物の王である。


退魔師たいまし—幻妖を倒す人。


幻妖げんよう—生ならざるもの。人の血肉を喰らう。


宦官かんがん—後宮につかえた去勢された男の役人。


かん—中国に伝わる怪物。西方にある翼望よくぼう山に棲むといわれている。姿は狸のようで、輝く隻眼を持ち、尾は三つだとされる。いろいろな声で鳴くことが出来、ほかの生物の鳴き声を真似することも出来るという。この讙を食べると黄疸に効果があるともされる。


・一寸—三センチ。


崑崙城こんろんじょう—この大国で一番大きな城。


後宮こうきゅう—后妃などの住む宮殿。


女官にょかん—宮中に仕える女の官吏。


きさき—皇后の次に位する後宮の女性。


宰相さいしょう—総理大臣のこと。首相。

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