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夢幻泡影神話 〜陰陽祖神〜  作者: 太陰幽榮
第零章 幼き頃の記憶
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第2話 化け物


 冬も間近に迫った寒気の下、街はその寒さに負けぬ賑わいを見せていた。

 多くの店が軒を連ねる大通りでは商人たちが声を上げていた。

 道行く人たちもまた、それを聞きながら品定めしているようだった。


 「薬草はいかがかね! 種類もたくさん、効果も抜群!」


 「服は足りてるかい? ここらで一番いい絹使ってるよ!」


 「茶器に皿、花瓶に壺まで! 陶磁器をお求めならうちへ!」


 久々に街に来た楓琉は物珍しげに店先の商品を眺めていた。

 ここまで楓琉を連れてきてくれた楓焔はというと楓琉にきちんとついていってはいるが、先ほどからずっと虚空を見つめていた。

 きっと人混みがあまり好きではないのだろう。

 今日の大通りは油断すると流れてしまいそうなほど人が多い。


 「......あ、大事なこと思い出した」


 突然正気を取り戻した楓焔に少し驚きながら何か用事があったのかと身構える。


 「鍛冶屋行かないと、刀を打ち直してもらってたんだった」


 なんだそんなことかと思い、楓琉と楓焔は鍛冶屋へ向かったのだった。



 楓琉は大事そうに腰の刀を撫でる楓焔を引っ張りながら大通りを抜けようとしていた。

 楓琉は人混みを抜ければ楽に歩けるだろうかと思ったが、この時期どこでも人が多いのでどこに逃げようかと考え始める。

 が、そのとき不意に大通りに見慣れた人物がいたことに気づき足を止める。


 「あれ? 楓琉と楓焔さん?」


 近くにいくと、向こうも気づいたようでこちらによってきた。

 突然の夜華の姿に楓焔も一旦刀から目を離して話しかける。


 「あ、夜華。納品に行ってたのか?」


 「うん、お給金と道具貰ったよ」


 そう答えながら夜華は懐から銅銭の束と刺繍道具を取り出した。

 普段家で針仕事をしている夜華はその刺繍の腕を認められ、たくさんの人々から好評で高く売れる。

 ある程度作ったものが溜まったら街に納品に行くのだ。

 その際、家が貧しく刺繍道具すらまともに買えない夜華に支給品として店側はさまざまな道具を貸してくれる。


 「そうか。じゃあそろそろ帰るか、暗くならないうちに」



 三人揃って家路を行き、やがて里まで辿り着くそのとき。


 「焦げ臭い」


 夜華が静かに呟いた。

 その瞬間里のあるところに光の柱が立った。

 轟音が鳴り響き、目が眩む。


 「......俺が先に里に行く」


 見上げると稲妻を纏った一匹のドラゴンがその巨大な体躯の頭だけを上空に出して咆哮を上げていた。


 「絶対にここから動くな」


 楓焔はその場で赤い鳥へと姿を変え、竜を追うように空へと飛び立った。

 上空は暴風が吹き荒れ、黒雲が渦を巻いていた。

 四方八方に稲妻が迸り耳はすでに役目を果たしていない。


 「楓琉、私も行く。里の人たちを助けないと。だから......」


 夜華は一瞬だけ顔を歪め、すぐに黒い羽の鳥へと姿を変えた。


 「楓琉だけでも生き延びて」


 夜華はそう言い残すと飛び立ってしまった。

 一人残った楓琉は少しの間思考停止していた。

 一人落雷の中残されて不安だったし、里の人たちを助けに行った夜華や楓焔のことも心配だった。

 そして何よりも、自分も楓焔と夜華の役に立ちたかった。

 そう考えたときにはもう楓琉は誰よりも美しい羽を持つ鳥に姿を変え、飛び立っていた。

 飛ぶのは久しぶりで幼い頃の記憶を蘇らせながら感覚で翼を動かす。

 風切羽を掠めるようにして迸った稲妻に一瞬肝を冷やしたが、それは楓琉ではなく里の方へと落ちていった。

 楓琉は必死に稲妻を縫うようにして里へ向かった。


 やがて里の入り口に辿り着いたとき、楓琉は息を呑んだ。


 そこにはまるで、地獄のような光景が広がっていた。


 立ち並んでいたはずの質素な家からは一つ残らず火柱が上がっている。

 まだ昼のはずだが陽光は一切見えず、夜のように暗いのに轟音と共に降りしきる雷と炎のせいで周囲は不気味に照らし出されていた。

 その中を体に火の移った人たちが水を求めて走り回っている。

 それも、一人や二人ではない。

 家を飛び出す者、のたうちまわる者、助けを求める者。

 親を呼んでいるのか子どもが泣き叫ぶ声が聞こえたが、それは落雷の音に紛れて聞こえなくなってしまった。

 炎に包まれる村の中央からは巨大な竜が。

 あまりの大きさに全貌は見えない。

 ただ、その腹には銀色の鱗がまばゆく輝いていた。


――化け物だ。


 首の中の辺りまで裂けた口と里を包み込むほどの大きさの一対の翼を開けて落雷の音よりも大きな咆哮を上げる。

 それと同時に竜の体から金色の稲妻が迸り、周囲を焼き尽くす。


 「楓琉......? なんでここにいるの?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 声のする方を振り向くと、夜華が信じられないといった様子でこちらを見ている。

 その側にはひどい傷や火傷のある人たちが並べて倒されている。


 突然、落雷とは違う金属音が響いた。

 楓焔が竜の鱗に刀で一撃を与えたのだ。

 楓琉は兄は強いと思っていた。

 どんな怪物でも兄に勝てるものはいないと。


――だけど、兄はその怪物に勝てなかった。


 楓焔が与えた一撃が硬い鱗に耐えきれず刀は砕けてしまった。

 その瞬間、楓焔に雷が落ちる。

 楓琉の目の前に兄だったはずの酷い有様の人間が倒れていた。

 皮膚は黒く焼け爛れ、うっすらと白い煙が上がっている。

 肉の焦げる香りがした。


 「楓琉......駄目!」


 飛び出そうとした楓琉に夜華は叫んだ。

 その瞬間怪しい光を宿す紫檀色の瞳と目が合った。

 竜はこちらに気づくと真っ直ぐに雷を落とした。

 とても大きな雷だった。

 咄嗟に目をつぶったはずなのに刹那、視界が青白く染まる。

 それは音というよりも衝撃そのもので、凄まじい地響きと熱が楓琉を襲った。


 しばらく何もできなかった。

 恐る恐る目を開くと、楓琉は息を呑んだ。

 自分を庇うように倒れた小さな体。

 もう生き物の原型をとどめていないその体は夜華のものに違いなかった。


 気づくと楓琉は走っていた。

 本能がこう言っていた。


――こんな化け物勝てるはずがない。


 目の前を、とりあえずその化け物から離れないとだけ思っていた。

 弱い自分が情けない。

 何もできずに逃げるだけの自分が。



 だから、このとき楓琉は〝誰かを守りたい〟と本気で思った。

 叶わぬ願いだとしても楓焔と夜華、里の皆の思いを背負って。

 身体が弱くても、誰かを守れるのだと信じて。

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