第7話 知恵と変化
今日も朝がやってくる。
いつものように朝の少し冷える時間に楓琉は宿舎を飛び出し、月影の執務室へやってきた。
そして普通なら一日で終わらせるなんて到底無理な雑用を押し付けられる。
だけど、ここ数週間で分かったことがある。
初めて雑用をしたあの日月影はこう言っていた。
『お前は自分のするべきことの順序を考えて行動しろ。少しは頭を使え』
そう、頭を使えばこれくらいの雑用すぐに終わらせることができるのだ。
まずはいつもの水やりである。
最近気付いたが、ここにある植物には青桐以外全て毒がある。
鳥兜や毒芹、彼岸花など。
小型のものから大型のものまで多種多様だ。
どうやら退魔師の中には毒で戦う人もいるらしい。
毒草はだいたい常に湿っていないと育たないので、いつもやっている水のやり方ではいつか枯れてしまう。
そこで楓琉は自動加湿装置を作った。
水瓶の周りに鉢植えを並べ、それをこよりでつなぎ合わせる。
それだけだ。
この世界には繊維と繊維のすきまのような細い空間を、重力や上下左右に関係なく液体が染み込んでいく現象がある。
植物が根から水や養分を全身に運ぶ力と全く同じ現象だ。
それを利用してこよりに水を染み込ませていつでも湿った状態を保つ、ということだ。
退魔院の水瓶は大きいのでなかなか水が減ることはない。
これで、数日に一回水瓶の水を変えるだけで済むのだ。
次に書類の整理。
この時期は異常なほどに風が強く、せっかく整理した書類が吹き飛んでしまうことがある。
それで少し工夫をした。
木の板を重ね、箱を作りその中にさらに木の板を置いて仕切りを作る。
その箱の中に分けた書類を入れていくのだ。
そうすると分けた書類が風で飛ぶ心配もなく、仕切りのおかげで書類の種類も分かりやすくなった。
月影はこの箱を見つけたようだが何も言わずに見逃してくれた。
悩んだ結果この箱の名前は〝仕切りつき書類箱〟にすることにした。
次は退魔院内部の掃除である。
退魔院は大きく、それなりに塵が出る。
なので塵を入れる袋も重くなり、持ち運びにくくなる。
もちろん何も入れていない袋は軽いので先ほどの書類のように飛ばされる危険もある。
塵を入れる袋を支える箱を竹で作ってみた結果、なかなかうまくいきそうだった。
木の板というのはなかなか高価で、分けてもらえたものは全て仕切りつき書類箱に使ってしまった。
なので今回は竹を使って細長い板を作り、それを袋が支えられるほどの高さになるまで繋ぎ合わせて持ち手をつけた。
それに袋を取りつけると塵で重くなっても持ちやすくなり、風にも飛ばされにくくなる。
さらに繋ぎ目を緩くすることで折り畳むこともでき、掃除道具箱に入れるようになった。
この箱の名前は〝折り畳み式塵箱〟にしようと思う。
これらの工夫は全て宿舎で寝る間も惜しんで考え抜いたものである。
その甲斐あってか最初は一日かけて行っていた雑用が多くは午前中に終わることができたのだった。
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午前の仕事が終わって退魔院へ戻ったとき、月影は妙な景色を目にした。
隣の藍天も驚いているようだった。
退魔院内全ての雑草がなくなっていたのだ。
とても綺麗に、満遍なく。
「司令、午前の訓練終了しました」
そのとき退魔師たちがこちらにやってきたのでとりあえず事情聴取することにした。
「ああ、ご苦労様。......ところでこれがどういうことか分かる人、いる?」
あの新入り一人でやったとは考えられない。
それに昨日まではまだ草むしりに手をつけているようではなかった。
一日で終わらせるなんて月影でも無理だろう。
「あれ? 司令の命令じゃなかったんですか? 白い羽の新入りが伝えにきましたよ」
「術を使って草むしりをすれば、鍛錬になると」
「あの新入りも慣れない手つきで刈ってましたけど」
全て一人でとは言わなかったがその発想はなかった。
藍天は月影の隣でしばらく思考停止状態になり固まっていた。
「あの新入りは、勝手に命令を出したのですか?」
「そのようだ」
月影は湧き続ける疑問に苛立ちを感じながら長い廊下を早足で歩いた。
そしてしばらくしてその疑問は一つの自分の発言によって解かれたのだった。
『お前は自分のするべきことの順序を考えて行動しろ。少しは頭を使え』
ああ、なるほどそういうことか、と月影は発言に気づかなかった自分に呆れた。
楓琉はただ単に頭を使っただけだ。
何も特別なことをしたり、特別な能力を手に入れた訳ではない。
月影の言った通りにしただけだ。
月影はふっ、と笑い独り言ちた。
「......あいつ、成長したようだ」
これは育ててみるのもありだなと月影は思い、急いで藍天に楓琉を探すよう命じた。
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「呼び出し、ですか?」
折り畳み式塵箱を抱えた楓琉は藍天に呼び止められた。
月影の執務室へ来いとのことだ。
何かやらかしたかと思って仕事の合間に執務室の資料をこっそり読み漁ったことが頭に浮かぶ。
楓琉はとりあえず塵箱を置くと、藍天について行った。
執務室では月影がいつもの無表情で執務机に突っ伏していた。
「話を聞いてやる」
月影が放った第一声はそれだった。
「草を刈り終えたのだろう」
「ああ、その件でございますか」
やっと納得がいった楓琉に月影は視線で先を促した。
「もうお話はありません。困ったこともなくなったので」
「そうか」
この執務室はあまり居心地のいいところではなかった。
質素で必要最低限のものしかなく、貴族の屋敷のように豪華ではないところは好きだったが月影がいるときの張り詰めた空気が息苦しかったのだ。
月影がそれ以上何も聞いてこなかったので退出しようとすると待て、と止められた。
それから少し間を開けて告げられる。
「お前、正式な退魔師になる気はあるか」
【用語解説】
・青桐—アオイ科(従来の分類ではアオギリ科)アオギリ属の落葉高木。
・鳥兜—日本三大有毒植物の一種。キンポウゲ科トリカブト属の多年草。
・毒芹—日本三大有毒植物の一種。セリ科ドクゼリ属の多年草。
・彼岸花—有毒植物。ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ)学名からリコリス・ラジアータとも呼ばれる。
・繊維と繊維〜でいく現象—毛細管現象。
・仕切りつき書類箱—楓琉が作ったファイルボックスである。
・折り畳み式塵箱—楓琉が作ったゴミ箱、ダストボックスである。




