8
イキシアと呼ばれた少女は目の前で硬直した少年にそう言った。
彼の名前と、彼が望んでいた甘美な言葉で誘惑して。
少年は、教えてもいないはずなのに。
少女は、少年を見上げた。
まあるい、まあるい瞳が少年を見上げる。少女の瞳を覗き見る。
そこには深海があった。
深い、深い青に彩られ、少女の瞳にすべてが吸い寄せられ、押しつぶされるかのように少年を魅了した。
少年は、その先に何があるのかを考えてしまった。
少女と過ごす、自分の姿を。
「逃げるって、どうやって」
「隠し通路が、ここにあるんです。だから、一緒に逃げましょう」
少女は、荷物を数センチ横にずらすと、そこには奥へ抜けるための横穴が存在した。
すべてを飲み込んでしまうかのように、暗い、暗い横穴がその場所には存在していた。
まるで、父親を飲み込んだ地下室への扉のように、その穴はそこにあった。
「でも……」
「どうしましたか?」
「お父様が、なんて言うか。それに、見つかったら――」
「大丈夫。逃げて、一生懸命逃げればいいの。私と一緒に居れば、捕まることなんてありえないんですから」
「ほん、とに?」
「はい」
「本当に、つれてって、あの場所から逃げて……」
「あはっ、もう、ずっと離しませんから。死んでしまっても、潰されたとしても、たとえ誰かに壊されてしまったとしても、ずっと、ずっと一緒なんですよ?」
「ああ、その先にイッテミたい。行く。連れテって僕を、先に……」
「もちろんですよ。一緒にイきましょう?」
少女の口元が、ゆっくりと笑みの形へと変わっていく。
スローモーションがかかっているかのように、ゆっくりと、大きく。
少女の笑みに魅かれていくように、少年は、彼女の伸ばされた手のひらに、自らの命をつなぎとめる片手を添えた。
ぎゅっと、温かい、人間の血の通った温かさが、少女の手にはあった。
少年が、イキシアの手に引かれて奥の暗がりへと消えていった。
そして――、




