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「イキシア、イキシアはいるかい?」
倉庫までたどり着いた彼は、不安そうな表情で倉庫の中を見渡していた。
周囲に人の気配はなく、それほど大声を出さなければ、きっと誰にも見つかることはないであろう。
やがて、近くの箱の影が動いたかと思うと、呼ばれたイキシアがそっとこちらを除きこんだ。
彼は安心して、そっと彼女の近くまで歩き、ひざをついた。
「ああ……よかった……ちゃんといるんだね、イキシア」
「はい? ああ、はい。私はまだ買われてないので、しばらくここに居ますよ」
「よかった……君が居てくれて……」
「……あの、どうか、しましたか?」
眉根をよせ、とても心配そうにイキシアは彼の顔を覗きこんだ。
ちらりと、ボロ布の服が揺れて少女の肌が垣間見える。
ちゃんとした、人間の肌が。
自分は馬鹿なことを考えたんだ、そうに違いない。
彼は頭を振ってそう思いこむことにした。
「ああ、うん。さっき商品――奥のほうを見に行ったんだけど……」
「行った……んですか」
「えっと、うん。だけど、君のことを話したら……そんな者はここにはいないって……」
「いえ、いましたよ」
「え?」
「居たじゃないですか。ずっと私のほうを見てくれてたの、見てたんです」
「えっと……でも主催者の人は君はいないって」
「いましたよ」
じっと、イキシアは彼を見つめた。
強烈な、違和感を感じた。
まるで、自分の認識が間違っていたのではないかと、思わせる強烈な、記憶への違和感。
確かに、言われてみれば彼女は居たような、そんな気分がしてくる。
「そう、だね。うん。確かにいた気がする……」
「……疑って、いるんですよね」
「え?」
「いえ、当然なんです。私みたいな奴隷が、貴族の息子であるあなたに信じてもらおうなんておこがましいにも――」
「そんなことない!」
倉庫に響き渡りそうな声で、少年はそう叫んだ。
「っ……」
「そんなこと、ないよ。きみがどんな生まれで、こんな場所に居るからって、そんなの――」
「関係がない、本当にそう言えますか?」
「あ、当たり前だよ」
「あなたも、家というものに縛られているのに? 私の言葉のように、あなたも今の家にしがみつきたいからですよね」
「っ――」
少年は意表をつかれて、言葉に詰まってしまう。
「知っていますよ。お父様が怖いって。自分を縛ってしまう相手が怖いって。逃げ出そうって。思っているんですよね?」
「僕は……退屈なのが嫌なだけで……」
「あはぁ、あなたはとても嘘がお上手ですね。他人を騙すのも、自分を騙すのも……」
先ほどまでとは違う、明らかに心の奥底から笑っているイキシア。
恍惚に満ちた彼女の表情は、人形なんてまがい物の表情ではなかった。
作り込まれた彼女の表情は、まるで人間だった。
くるりと、少女がその場で回転をする。
舞台の上で踊る人形のように、演技がかった動作で彼の表情を覗きこむように雨後⒲キを止めた。
「怖ガりさん、怖がりサン。どうして私に嘘をつクんですか」
「う、嘘なんてついて……」
「本当は逃げたいのではなくて? 解放されたいのではなくて? 嗚呼、可哀想なお人形さん。私が、私ならあなたを人間にしてあげられるのに」
「イキ、シア……?」
「あなたが欲しくて、欲しくて……ほしくてホシクテほしくて欲しくて! 欲しくてたまらないのです! こんなにも努力を、我慢を、全てをなげうってでも私に会いに来ようとしてしまっているあなたの顔が、体が、心が! 恐がってしまうあなたの手を取るのが、こんなにもじれったいなんて思いもしませんでした!」
興奮をしたように、少女は少年の手を握る。
少年があたっていた暖炉のように、温かい手だった。
「でも!」
少年は、そっと見下ろした。
自分にそう喋りかける彼女のほうへ。
彼女の瞳に、金色の海の中に浮かぶ、深海を見た。
「でも、私はあなたのような人間が好きなのです。ひたむきに我慢をするその強さが。聖画の中で、神に立ち向かう英雄化のようなあなたの強さはが、とてもカナしい!」
だから、と少女が言葉を切る。
「一緒に逃げましょう、――××」




