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肌寒い風が、窓を揺らした。
少年が窓の外に視線を移せば、そこにはシンシンと振り続ける雪が見えていた。
雪が降り続ける宗教大国、エルタニア教国のとある館に、少年は父親と共に足を運んでいたのだ。
いつも見慣れてしまっている館の中と同じようにな装飾が施されたその場所は、自分の住んでいる場所と何一つ変わりない。
ましてや、彼と関係がない人間などほとんどいない。そんな場所だった。
引っ込み思案である少年にとって、他人と会ってしまう可能性のある場所はとても居づらい、というのもある。
少年のそう言う性格もあるせいか、煌びやかに装飾された見慣れた景色には彼の好奇心には響かなかったのだ。
何をするでもなく、少年は暖を取るために暖炉の近くに長椅子に腰をかけていた。
少年は、ただただ燃える暖炉の火を見つめる。
どれだけの時間。そうしていたのだろうか。
少年はふと口を開いた。
「あの、お父様」
「どうした」
「どうしてこの場所に来たのか、って思いまして……」
「ふむ……」
何かを考えるように彼の父親は顎に手を当てていた。しばらくそうしていると、何かを決めたのか、頷くと少年へと視線を向けた。
「そうだな、これも良い経験だろう。お前も来るか」
「ど、どこに、でしょうか?」
「そう怯えるな、怖い場所ではない。来ればわかる」
言われたまま、彼は父親の後について館内を通る。
館、と言ってもそう広くはない。
客室の廊下の行き止まり。
父親がそこで立ち止まり、何かをしていた。
少年が不思議に思ってその光景を見ていると、突然、父親の前で廊下の行き止まりが開き、父親がその中へと消えていったのだ。
消えた父親の姿に不安を覚え、そっと近づくと、その場所には大きな『穴』が口を開けていたのが見える。
まるで、大きな怪物が、父親を飲み込んでしまったかのように。
穴の中には階段状の石が敷き詰められており、どうやらこの館の地下に通じているようだった。
カツーン……。カツーン……と、父親の階段を下りる音だけが、響いてきた。
固い靴底が、石の階段を下りる音。
その奥に、階段が続いているのは確かなようだった。
ゆっくりと間口を開けているその階段に、少年は恐るおそると近づいてみる。
「どうした」
「い、今行く……」
急かされた少年が慌てて階段を下りていくと、父親の姿はもうなく、暗くなってしまった階段の先は行き止まりになっていた。
否、行き止まり、というわけではないようだった。
壁からはいくらか光が漏れ、その先に通じる扉が少年と光の行く手を拒み、行き止まりに見えていた。
ゆっくりと少年が扉に手を伸ばして、
唐突に向こう側から扉が開いた。
「ひっ……」
「ほら、早くしろ」
そこには、待ちくたびれてしまったのか、扉の取っ手に手をかけた父親の姿があった。
少年が声を出してしまったのは、その父親の顔には顔を覆い隠してしまうほど大きな仮面がされてしまっていたからだ。
青いラインに縁取りされた目だけが出た白い仮面。
まるで、本の中に出てくる化け物のような顔だった。
「ご、ごめん……なさい」
少年がおずおずと扉の間に身を滑り込ませると、父親がその後ろで扉を閉めた。
そして、少年が顔を上げる。
「うわぁ……」
そこには、まるで別の世界が広がっていた。
ある種の殺風景だった屋敷内の景色とは違い、派手に装飾された赤い幕や絨毯。
その上を歩く何人もの仮面をつけた人々。
まるで仮面舞踏会を蜂起させるその光景は、普段、城にこもらされている少年には子供らしい好奇心と恐怖を覚えてしまうには十分な光景だった。
「こちらをどうぞ」
「あ、え……」
中へと入った少年の前に、父親がしているのと同じ白い仮面が差し出される。
頭の先から靴の先まで、真っ黒に覆いつくされているボーイのようで、どうやらここにいる参加者に白い仮面を手渡すように言いつけられているようであった。
困惑したまま、受け取るか迷っていると、父親に背を押されてしまう。
「受け取りなさい」
「はい……」
父に言われた通り、少年は仮面を受け取った。
「…………」
「ほら、こっちに来なさい」
「あ、うん……」
父親に連れられて、少年は奥の方へ、奥の方へと歩き出す。
奥に行けば行くほど、人々の空気が濃いものとなっていく。
それは、熱気、と言えばよいのだろうか。
否応なく、人々が何かに興奮をしているのだと気づかされてしまう何かがそこにあった。
ゆっくりと父親に連れられて、一番前の方の席へと案内される。
そして、少年が見ていた先にはいくつもの商品が並べられていた。
盗まれたはずの国宝の宝石、誰かの首にかかっていたはずであろうネックレス。
どれもこれもが少年たちの席に近い場所に飾られ、目立つように後ろからろうそくで照らし出されていた。
そして、人間だけでなく、亜人も含まれたさまざまな種族の子供たち。
奴隷という名の、戦争孤児や、様々な理由によって親と別れてしまった種族の子供たちが、商品として、その場に陳列されていた。
ボロ布を着せられたまさに奴隷……という言葉がピタリとはまるような外見であった。
それぞれの特徴をつけるためか、彼らにはアクセサリや眼鏡と言った物がつけられ、『お買い上げ』に間違いのないように配慮がなされていた。
どの子供も、まるで目の前に座る大人たちを化け物や、悪魔でも見るかのような恐怖心を隠そうともしない。
ちらり、とその中の子供たちの数人の肌に青あざや、凍傷のあととみられる傷が、ボロ布の間から見ることが出来た。
ほとんどの者が意味も分からず連れてこられ、直前まで拷問された者や、裸で荷物部屋に置かれた子供たちであろうことは誰の目にも明白だった。
それが客席に座るお客様たちの熱をさらに上げていた。
少年はそんな異様な光景を飲まれて、表情を歪ませる。
それはいわゆる闇オークション、と呼ばれるものだった。
誰もが仮面をつけたその場所で、各々が気に入ったものに値段をつけていく。
それは健全なものが見れば吐き気すら催してしまいかねない、とても残酷な風景だった。
金におぼれた貴族たちが、己の欲求や不満を解消するがために行う娯楽だ。
「これは、これは……いつもお世話になっております」
「ん……。ああ、君か、久しぶりだな」
「えぇ、覚えて頂いて光栄です。しかし、どうしてあなたのような方が……」
「いやなに。今回のような物に目を通すのも、悪くはないかと思いましてな」
ふと、気が付くと、少年の父親が、知り合いの誰かと話しているようであった。
何故相手が父親に気づいたのだろうか。
父親も相手も白い仮面をかぶっているはずなのに。
そう思っていた少年が視線を上げると、すぐに理由に気が付いた。
父親はいつもの正装でこの催しに参加をしている。
父はいつも決まって制服に教国の紋章の入ったマントをつけているので隠している意味がないに等しいようだった。
少年がその男に視線を移すと、小太りの豪奢な服に身を包んだいかにも貴族である装いをしている人間だった。
へこへこと少年の父親に頭を下げている、ということは少年の父親の地位がそれだけ高い、ということだろうか。
「もったいない言葉でございます。しかし……」
父親の知り合いであるらしい中年の男は、視線を一度少年のほうへと向け、すぐに父親に戻した。
「お子様を連れてくるのは、すこしいかがなものかと……」
「息子ももう十二だ。そろそろ社交の一つでも――」
それ以上聞いているのが嫌になり、少年は仕方な舞台のほうへと視線を戻した。
少年の目に、再び『商品』が映し出された。
余りに異様な光景に、少年はうつむきそうになりながらも『商品』を一通り見ていく。
それは父親の行為を真似ろ、と言われた故の行動であったが、少年としてはあまり心地の良い行動、とは言えなかった。
順番に、左端の方からその『商品』を眺めていき、そして、一人だけ違和感のある『商品』を見つけてしまった。
少年は不思議に思い、その人を顔を見ようとして、
彼は、一目で魅了された。




