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国境よりパンをあなたへ

国境よりパンをあなたへ(短編)

作者: 神代 風

以下、あらすじと同じ。


__全世界の人口の4パーセントを滅ぼした、霊龍暴走事件から丁度一年。

パン屋を営むツキ、アーリは、実は霊龍暴走事件を収束させた当事者で[東の傭兵]、[西の魔女]と民衆の間で英雄化されていた。しかし事件解決後は二人とも姿を消し、行方が分からない状態となっていた。しかし実際の所は、二人とも同じ家に住んで、この世界に元々存在していなかったパンを焼きながらのんびりと生活していた!?


人間最強、魔女最強と立場の違う二人。けれども一年前からずっと心は繋がっており、惹かれ合うものの一年間進展はなく…そんな2人の本業[人助け]から始まるこの短編は、後に世界を幾度となく救う大英雄と讃えられる2人の勇者の最初のほうのお話。

首都から馬車で2時間、魔法を使った動力路の車で1時間程。徒歩なら恐らく4時間以上は掛かるであろう、森の中も中、一度入ればある程度土地勘が無ければ出るのも簡単な事ではない。隣の国、エースト国の国境と丁度接しており、道中でモンスターが出ることも珍しくはない。恐ろしく不便な立地で、周りには民家の一つも見当たらない。そんな環境にありながらも未だにこの店が潰れないのは、時々採集に来たりする冒険者や旅人からすれば不思議に思うであろう。店の名前を示す「Panya(読み方はそのままパン屋)」だが、初見の客は大抵パーニャと読み違える。この世界の住人は俺が元々いた世界よりもどこか訛りや癖が強いような気がする。


  「今日も来ないね、お客さん」

  

  「そんなものさ、本業ってわけじゃないんだから、アーリもそろそろこの営業形式に慣れなきゃな」

  

  店に並べる分のパンは一日に10~20個ほどしか焼くことはない。それでも売れ残るのほうが多く、晩御飯は決まって付け合わせとして余ったそれを二人で食べることになる。

 

  「とは言ってもさ、予約ばっかりでつまんないかなあ、新規さんを開拓したいところでもあるね」 

  

  「じゃあまた街の方まで降りてパン屋台でも出すか?」

  

  「ああー、それいいかも! 最近暇だもんね~」

  

  お得意様がいないわけではない。むしろ街の同業者達の店々と比べれば多いほうだろう。しかし遠いことと道中が危険なこともあって、どれだけこの店のパンが好きであろうが、毎度毎度通えることができないのも重々承知。そこで始めたのが鳩づたいで予約を受け取り、注文の分だけ別でパンを焼いて郵便屋に届けてもらうシステムだった。これのお陰で今のところは男女二人が暮らす分には不自由しないほどの利益が上がっており、開業して一年経った今だが、「パン屋」としての成功を収めたと言っていいだろう。

  

  「とは言っても、やっぱりお客さん来ないと暇だよねえ」

  

  「この時期になるとちょいちょい草花も出てきて、採集する人とかが来る頃だろうと思ってたんだがなあ」

  

  「草花が出てくるってことは、モンスターさんも出てくるってことなんだよ、ツキくん」

  

  

  そう言いながらおさげでくくった白銀色の髪の先の方を指で絡めて遊びながら言うのは、かれこれ丁度1年ほど同居している相棒。名はアーリ。この世界でも珍しい髪の色で、街へ下りればやはり目立つので、最近はこの店の周辺でしか足を動かすこともない。背は小さめ(本人が気にしているため口にはしない)で、魔女の証明にもなる、火を八角形で囲んだような魔法陣の大きな紋章が首筋から見えるのが最大の特徴だろうか(やはり目立つ)。顔は童顔でかなり整っている為、時々するパン屋台をしていても、ナンパ目的に近寄ってくる客の方が多い。そのせいで実年齢は19だが、いつも3つか4つ程下に歳を間違えられて、本人はその度にふくれっ面になり少し気を悪くする。

  

  「このあたりのなんてそこまで強くないだろうに、ある程度護身の心得があれば誰でも来れるだろうよ」

  

  「ツキくんは強いからそんな事が言えるんだよ、もっと一般の人の気持ちになって考えてみようよ」

  

  そう言いながら並んであるクリームパンを一つ手に取って、もぐもぐと食べ始める。

  

  「杖も魔力も尽きた私が、バイバイベアーと遭遇して生きて帰れると思いますか?」

  

  「ああ、それはお疲れ様って感じかもしれないな」

  

  「そういうことですよ、普通の人なんて街の中にずっといて戦うことなんて滅多にないんだし、みんなそのくらいの戦う力しかないよ?」

  

  「成程な…かく言う俺も魔法相手ならそんなもんだがな」

  

  「ベアーに魔法属性がついちゃったら、ツキくんも街中の一般人レベルだね」

  

  「確かにな、そうなるとアーリがいないと外にも出られなくなるな」

  

  

  魔法。ファンタジーの世界なんかでよく見てきたソレだが、実際に目にすると恐ろしいものだ。知識と声さえあれば小さなものは数秒で発動可能な上、多岐にわたる使用法と応用力、そして火力。物理的なものでは渡り合うのにも限界を感じる時がある。

  

  「ツキくんが魔法使えちゃったら、それこそ世界のバランスが崩れちゃうと思うけどね」

  

  「大げさだなあ…」

  

  「いやいや、大げさとかじゃなくてさ」

  

  「そんなこと言ったら、アーリも訓練しまくって筋肉ムキムキになって鍛錬を積めばある程度は肉弾戦もできるようになると思うぞ」

  

  「ええ、いやだよ… そういうの性にあわないっていうか、そもそも体動かすのがほんとに苦手なんだから… それに筋肉むきむきはいやだ」

  

  「なんでだよ、筋肉はいいぞ」

  

  「杖を振るのに筋肉なんていりませんーー」

  

  

  そんないつものような他愛ない会話をしていると、ドアのベルが勢いよく音を鳴らした。いらっしゃいませと言葉を出そうとした二人だが、それよりも早くその客は言葉を発したため、どことなくばつがわるかった。

  

  「国境のパーニャとは、ここのことでしょうか!?」

  

  「いらっしゃい、普通に〔パンヤ 〕だがな、まあこの世界に元々パンが無かったし、仕方がないと言えば仕方ないのだろうけどな」

  

  事実、俺がこの世界に来た時は小麦はあってもパンというもの自体が存在しなかった。こっちも世界に来て最初に住んでいた王宮にいた時代に、王さんに言って宮廷料理人に作り方を教えて、半年程でこの国を中心に世界中に広まった。やはりパンはどの世界でも必要なものなのだと、元の世界でもパン狂いの俺は改めて思った。

  

  「も、申し訳ない、パンヤの主人。でも思っていたよりも若いのだな…あ、その、違うんだ、馬鹿にしているとかではなくてだな」

  

  40-50代と言ったところだろうが。少し無精髭が生え、ある程度肉付きもよい。歳の割には落ち着きが無いような気もするが、その態度からもどうやら焦りが見えていて、ひとまず状況を掴むことを優先した俺は問いてみることにした。

  

  「用件はなんだ、パンが欲しいってわけじゃ無さそうだな」

  

  「ああ、そうだ、これを渡せばいいんだな」

  

  そう言って男が渡してきたのは一枚の封筒。手紙を入れるようなよくある封筒だが、紙一つを見ても上等な物を使っている事がわかり、裏には王族の、それの一部だけが押すことを許される証印。

  

  「やっぱりそっちか、アーリ、頼んだ」

  

  「開封だねえ、分かったよ~」

  

  

  そう言って男から手紙を受け取ったアーリは、ぶつぶつと呟いて封を開け始める。実はこの封筒には魔法が仕組んであって、ある魔法を唱えながらでないと大げさに爆発する仕掛けになっている。機密情報の保護の為だが、魔法を使えない俺はアーリに頼まないと手紙一つすら読めない。まあ、送られてきた元が元なので仕方ないと言えば仕方がないのだが。

  

  出てきた紙は3枚。依頼書、王さんからの手紙、それと写真が一つ。

  

  「に、西の魔女… ほ、ほんものだったのか…ということはあんたは東の〔あの傭兵 〕か…?」

  

  どうやら男は少し動転しているようだが、俺は気にせず内容物に目を通す。至急ソノ男ノ助ケ差シ伸べヨから始まる文で、文字の筆蹟からも王からの直の分であることが分かった。

  

  内容を訳すとこうだ、どうやら城下町で起こった事件らしく、3日前の夜8時頃、更に栄える街の中、ある酒場で盗賊一行のジャック、つまり店の占拠があったらしい。この国でそんな事が、しかも城下町で起こるなんて本当に珍しいことだが、やはりよその国の者達らしく、今はさらに東の方に向かって移動しているとのこと。その盗賊さんらに目に物見せてやれ、というのが大まかな内容であった。

  

  「アーリ、やっとだ、〔本業 〕が始まるぞ」

  

  「ええぇぇぇぇぇやだなあ、3日くらいで終わる仕事ならいいなあ」

  

  「おめでとう、2日で終わるぞ、恐らく9割は移動の時間で消えるだろうがな」

  

  「本当に!? よかったあ、遠足レベルの距離で」

  

  手紙を送ってきた男はポカンとつっ立っており、どうやら会話についていけない様子だ。

  

  「あの、よく分かりませんが、どうかよろしくお願いします。奴らは散々俺の酒場を荒らして行ったんだ、どうしても許せねえ。」

  

  そう言う男は悔しそうに拳を握りこんで、歯ぎしりをしていた。よっぽど悔しかったのだろう、どうやら生傷が多いと思ったらそういった経緯だったのか。

  

  「大丈夫さ、1週間後を楽しみにしといてくれ、きっと前よりたいそう大きな酒場になるだろうさ」

  

  「とは言ってもよ、盗賊っつってもかなりの規模だったんだ、そりゃこの国の城下町で悪さ起こすくらいのやつだ、よっぽど調子に乗ってやがる。人数が多い上に魔法まで使いやがるんだ、たちが悪いったりゃありゃしない」

  

  「成程な…東のそのまた先の海越しの連中だろうな、そんな怖いもの知らずの連中って奴らは」

  

  「お、おい、確かにお前さんたちの噂は凄いのを聞いてるんだ。でもな、あまりにも物量が違いすぎるというか、無茶なんじゃないのか?」

  

  「まあ、一週間後を楽しみにしといてくれ。この国の王は寛大だからこういう時のケアも十分ってことは知ってるだろうに」

  

  「そうだよー、カリアは凄いんだから、きっとその分のお金も沢山くれるよ」

  

  自分の今住んでいる国の王を呼び捨てにするアーリを横目に、男は少し驚いていたが(最も国民に支持されている王のため、無礼をする人間を見たことが無かったのだろう)、そろそろこのパン屋の、というより二人の空気感に慣れてきたのだろうか、その事には触れずに俺達に一任することにしたらしい。

  

  

  「分かった、あんた達に任せるさ。ただ、その、無理はするなよ。王はああ言ったが、やはり凶悪だと思うんだ、あの集団は」

  

  「凶悪だからこそ俺らに頼んだんだろうさ、さあ帰った帰った、一週間後、いや、四日後くらいを楽しみにしといてくれ」

  

  「また鳩さんづてで手紙とか送ると思うから、その時まで待っててね~」

  

  

  

  そう言って心配する男を見送り、姿が見えなくなったところで俺達はそそくさと準備を始めた。3時を回ったあたりだったが店はさっさと閉め、研いでいるばかりで素振りしかしていなかった、実は色々と凄いが普段は使う機会がない為、どこかしら寂しそうにしている愛剣を、どこにでもありそうな皮の鞘ごと掛け棚から外し、必要な物を揃えていく。

 

  アーリは久しぶりの遠足だあ、と嬉しそうにはしゃいでおり、1ヶ月ほど出番のなかったリュックを引っ張り出してきて色々なものを詰め込んでいる。

  

  「宿使うし、寝袋はいらないからなー」

  

  「わかったー、枕だけ持っていくー」

  

  と1階と2階ごしで会話を交わす。2階は俺とアーリの生活スペースになっていて、1階は全部店になっている。実はパンを売っている隅っこの方に錬金台もあって、一応使えるように掃除もしているのだが、最近アーリがそのあたりの仕事をしているのを見ていない。恐らく道具は揃えたが、飽きたのだろうなあと思いつつ、しかし錬金術と魔法は根本的に色々と異なるとも聞いていたので仕方ないのか、ならば使ってないなら俺が試しに今度使ってみるか…なんて思いつつ、残ったパンを保存用の皮袋につめていく。

  

  出発は明日の早朝。ひとまず今日は二人ともある程度身体を動かせるように、恒例の〔アレ 〕をやっておくことにした。

  

  

  

  

  店を長く開ける準備もでき、郵便屋やお得意先に長く開ける旨を伝えた専属伝書鳩も送り、明日からの〔遠足〕の準備もできたところで、店の表に出る。俺は木刀を一本、アーリは本を三冊持って。

  

  「ハンデは何秒がいい?」

  

  俺は問いながら準備運動を始める。久しぶりなので、この恒例行事を少し楽しみにもしている。

  

  「んんー… その剣、木でできてるんだよね、じゃあ10秒くらいかな」

  

  「OK、じゃあいくぞ」

  

  

  カウントダウンを始める。1,2,3,4,5____

  彼女は有り得ないほどの早口で小さく何かを、正確にずっと呟き、一つ一つの詠唱が完成する度に彼女を包む光の膜の量が多く、そして大きくなっていく。こころなしか前回よりも光の量が多いような気がして、内心うへえと不平を漏らしてしまいそうになるが、数秒後には乱戦、気を引き締めて行かなければ負けると思い、見える右目だけに集中力を高める____

  

  

  

  

  この世界の理に、物理<魔法 という絶対の不等式がある。どうやっても物理的な干渉は魔法的な干渉に勝てない、一定のラインというものがあり、それを越えるにはどうすればいいのかと俺はこの世界に来てから考え続けた。

  

  解決法は見当たらなかったので、それならば自分も魔法を使おうとしたが、素質の無い物はそもそも知識を取り入れたところで一切の発動すら叶わない。やはり俺は物理的な力の使い方の鍛錬に戻り、さらに磨きをかけた。

  元の世界よりも、より恵まれた環境に囲まれたお陰もあってか、とうとう俺はその方面においての極地に立てたらしい。魔法を撃つのにも詠唱がいるのでその前に叩けばいいし、撃たれても当たらなければ撃たれていないのと同じだ。魔法の壁でも膜でも集中して一点を叩けば案外脆いものだ____

  

 

  元の世界の事はあまり思い出せない。というより、思い出したくない、脳が思い出すことを拒否していると言うほうが正しいだろう。血生臭い闘争、権力を巡っての争奪戦、当然の権利のように行われる死体撃ち____いわゆる裏の世界の日々。そこで培われたものは、数ある修羅場をくぐり抜けたことによる、比喩表現無しの並外れた動体視力と、それについていけるよう作り上げた肉体。そこに度胸くらいだけのもだ。元の世界でオリンピックに出られるなら、全部出てやって金メダルを両手に何十も提げて帰ってこれる自信がある。

  

  そんな極道を走っていた俺だからこそ、今ここに到達出来たのだと思っている。今ではそんな経験が役立ち、人助けばかりやってパン屋までやってるなんておかしい話だとは自分でも思うが。

  

  そんな事を思いながら、俺はよしと大きな声で、自分に喝を入れるのも兼ねて勢いよく発した。同時に右足を大きく踏み込んで一気に前へと体重を傾ける。バリアは9,10枚と言ったところか。1秒につき一枚展開される計算だが、実績のある成績の良い国家専属の魔法使いでも、これより脆いものを一つ作るだけで1分は掛かる。

  木刀を防御姿勢で前に構えながら、高速でこちらへ飛んでくる氷のつららや炎の球,およそ40ほど全てを右の目で追いつつ、これは大変なバッティングになりそうだと少しうんざりしながらも、前へ走り続け木刀を振り回し続けた_____

  

  

翌日。早朝。

  

馬車に揺られながら、アーリは隣で眠そうに目を擦っている。ふあーっと言いながら大きなあくびをして、頭をぽんと俺の肩に乗せてきた。彼女がいつも使っているシャンプーの匂いがふわっと舞う。なんかの花の匂いだったが、こちらの世界のもので名前を覚えていない。まだこっちに来てから数年しか経っていないので、花の名前を覚えていないくらいのことは仕方がないと思う。元の世界でもそこまで興味のあるものでは無かったし。

  

  「あーあ、いつも後ちょっとの所で負けちゃうんだよねえ、昨日のは本当に惜しかったなあ」

  

  「ハンデの時間がミスってるんだろ、別に1分でも30分でも1時間でも待つぜ」

  

  「1時間もかけてやる詠唱とか、星まるごと一個無くなっちゃうよ」

  

  そう言ってにへらーと笑ってドヤ顔をかましてくる。

  二人でやる恒例行事〔腕試し 〕は、本来は成立しないであろう物理と魔法との戦い。ハンデありとはいえ、肉弾戦になっても魔法で対抗できるアーリの力はやはり本物であると言えるだろう。

  

  「星一個分でもなんでもかかってくればいいさ、まあ当たるなら、の話だがな」

  

  「あーーーもうそういうとこむかつく!!次はハンデ20秒ね!!」

  

  20秒ならワンチャン負けるなあとも思いつつ、次に手合わせする時はそろそろ剣を鉄製のやつとかにしておこうかと検討している所、アーリが、

  

  「あ、そうだツキくん、カリアから他の手紙も来てたんじゃなかったっけ?」

  

  と聞いてきたので、はてさてどうだったか全く覚えていなかった為、もう一度我が国の王(ほぼ友達)から手紙を確認する。

  

  「ああ、どうやらその盗賊集団達、今何処の国も手を焼いている奴ららしくてな。移動を繰り返しながら略奪をし続けて回ってる、相当な手練らしい。だがまあうちの国に来たのは失敗だったな。」

  

  「カリアの怖さを知らないんだよ…まあ遠くの国の人からすれば、平和ぼけしてる国って勘違いされちゃうのも仕方ないのかもしれないねえ」

  

  「目にもの見せてやれ、だとさ。珍しく随分とご立腹だことよ」

  

  「それはそうでしょう、あの人ほんっっとに国を大事にしてるんだからさ」

  

  「よくできた人なこった、俺なら3日過ぎる前に辞めてるね」

  

  「そんなこと言ってツキくん、始めたらなんやかんや言ってもきちんとするタイプじゃん」

  

  「自分の好きな事だけだよ。やりたくもないことをずっとやってるほど暇人でも善人でもないぞ」

  

  「んーどうだか。物好きだからなんとも言えないねえ。」

  

  「それをお前さんが言うのか…」

  

  

  そんな会話をしている間に1つ目の経由する街に入ったらしい。大通りの右手側にも左手側にも煌びやかな服を着た人々で溢れかえっており、並ぶ店一つ一つに活気が満ちていて、野菜を売る旦那や花を売る婦人の目にも光が満ちている。

  この国は他の国と比べるとそこまで広くは無く、かなり小さめなのだが、それでも端から端に移動するのには馬車を使って丸一日掛かる。俺達の店があるのは田舎も田舎で国の右端にちょこんと点在しており、今回の依頼では上の端の国境付近の山沿いまで行かなければならないので、正直な所、移動が面倒で仕方がない。

  

  「ここは都市ピューレ、私達の行きたい山沿いの街のマカローまでまだまだあるみたい…」

  

  「まあまだ三分の一って所だろうな。着くのは夕方になるだろう」

  

  「馬車さんの補給もあって時間あるみたいだし、ちょっとだけお店回らない?」

  とキラキラした目で聞かれたので、本当はずっと馬車で眠っていたかったのだが、

  「ああ、まあ少しくらいならいいか」

  と承諾してしまった。やったーとはしゃぐアーリを見て、あの頃と比べると感情が豊かになったものだなあとしみじみ思う。

  

  馬車が一度止まり、補給の間1時間程回れる時間があったので、アーリと相談した結果近場をぐるりと一周することにした。旅行者用のパンフレットを馬車の旦那から受け取って、今どきなお店の並ぶ通りを二人並んで歩く。

  

  「あっツキくんみてみて!チュロスいっぱい売ってる!」

  

  「そんなのうちの上の方に行った街でもあるだろ」

  

  「違うよ!これ凄いよ、チョコレートのエスカルゴ煮味だって! ツキくん食べてみようよ」

  

  「絶対嫌だ、自分で食え」

  

  「えー絶対いやだ」

  

 …結局普通のチョコレート味のチュロスを一人に一本ずつ買って、食べながら歩き回ることにした。

  

  商業の栄えている街で若者受けする店が並んでいる通りなだけあってか、男女の2人組が並んで歩いているのにすれ違うことが多い。

  

  「ね、ねえツキくん。やっぱりこう、私達もこんな感じで並んで歩いてると…」

  そこで言葉が止まる。

  「並んで歩いてるとどうした?」

  「い、いや、やっぱりなんでもない!」

 そう言って顔をこちらとは反対側にぷいっと向ける。

  

  大体予想は着くのだ。私達もカップルに見えるかなあとかそういう感じの言葉が続くのだろうなあと。しかしあまり言及はしない。それがこの数年間の間にできた二人の暗黙のルール。恋愛に関する話、話題はお互い避けるようにしていた。

  

  だが最近になってアーリは[あえて]そういう話題を突きつけようとしてくる。そろそろ潮時かな、とは俺も思っている。

  

  

  

  お互いそういう感情があると分かっていても、口にしたりはしない。要因の一つとして、魔女と普通の人間が交際する事は、全ての国で禁じられている。魔女も元は魔の勢力、つい一つ前の世代までは最も恐れられていた種族の一つ。人間に受け入れられ始めたのも最近のことで、未だに人街に降りてくる魔女を迫害し、嫌悪する人も少なくはない。

  

  そう、例えば、こんな感じに_____

  

  「おいそこのお前、白い髪のお前」

  

  先程までの通りの楽しげな雰囲気が一気に去ってくような感覚。

  三人組の、俺達よりも歳が5つ6つ上、20代後半だろうか。品のないアクセサリーで身を飾っており、一言で言うなら[たちの悪い奴ら]だ。

  

  「あ、えっと、なんでしょうか…」

  

  「おいおい魔女様がこんな所で何やってるんだかよお。大人しく森にでも帰ったらどうだ?」

  

  魔女は特有の紋章のせいで誰から見てもすぐに判別がついてしまう。

  

  「やめとけって、怒って火でも吹かれたら焦げちまうぜ俺たち」

  

  「それはまずいなあ、じゃあ消化しねえとなあ、こんなふうによ!」

  

  持っているジュースをぶちまける。地面にではない。ここにいる魔女、つまりアーリに向かって。

  

  「魔女だったら魔法使えるんじゃねーのかよ、ほらやってみろよ、濡れた服とか髪くらいすぐに乾かせるんじゃねーのかよ」

  

  俺の頭でなにかがぷつりぷつりと切れる音がしたが、このような時ほど冷静にならなければならないというのが、俺が元いた世界の師の、いつもの口癖だった。

  

  「アーリ、行こう」

  

  目を濡らして下を向いて、一切口を開かずぐっと堪えて立ち尽くしていたアーリの手を引こうとするが、一向に動きそうにない。

  

  「仕方ないか…」

  

  アーリの膝の下のほうまで左手を回して、ひょいと持ち上げて右手で支えて抱える。歳は俺の二つ下だが、あまりにも軽いのでほんのことで壊れてしまうのではないかという感覚に陥り、いわゆる[お姫様抱っこ]をしてしまったわけだが、その時に初めて、アーリが涙目になって泣くのを必死に堪えているその目と視線がぶつかってしまった。この時に俺は、どうしてでも彼女を守らなければという使命感と、自分でも気付かないように追いやっていた愛おしさを現実的な感情へと引き戻した。

  

  「おうおうかっこいいねえ、魔女を連れ去る勇者様って所かあ!? おいおい笑わせてくれるねえ最高じゃねえか!」

  

  「魔女様につくナイトってか?余興も大概だな!」

  

  

  なるべくアーリの耳に入らないように腕の中で寄せて、その場を離れることにする。だが、このちょっとした騒動で俺達の周りに人だかりができており、離れようにも道がない。ここではあまり力も使いたくなかったが、仕方なし、一気に事を片付けてしまおうかと思ったその時、

  

  「お兄さん、こっちきて!」

  

  と面識もない10歳くらいの少女が通りのかなり狭い路地から叫んでいる。成程よく分からないがパッと見たところ悪意はなさそうだ。どちらにしろ今はついて行くしか道は無かったので、その方向にアーリがあまり揺れないように気をつけながら走る。

  

  3人組はまだ罵声をこちらへ浴びせ続けていたが、聞かないようにして路地のほうへ直行する。少女の足はかなり早く、右、左、右、左と入り組んだ道を縫うように走り抜けて行く。普通のこの歳の女の子の出せるスピードでは無いような気もする。

  

  「俺じゃなきゃ確実に置いてかれてたな…」

  

  走り抜けた先に出たのは、町外れの違う通りだった。ここからなら馬車の補給地点にもすぐ行けるので、かなり助かった。

  

  「わざわざありがとうな。お兄さんもお姉さんも凄く助かったよ」

  

  そうお礼を言うと、

  

  「ん」

  

  と言いながら向こうを指さす。何をしているのだろうかと指先を見ると、カフェだろうか、かなり年季の入った店だ。看板にはコーヒーの絵が描かれており、この距離からでも芳ばしい香りがする。

  

  「あの店がどうかしたのか?」

  

  「ママにいったら、たぶんたすけてくれる」

  

  成程、どうやら善意の塊でこの子は構成されているらしい。アーリはこの状態でも腕の中で何一つ抵抗しなかったので、俺としてもどうすればいいのか分からず、ひとまずそのまま少女に連れられ店に入ってみることにした。

  

  「いらっしゃいませ。…あら、魔女なんて、珍しいお客さん」

  

  カウンターでコーヒーをいれて客と喋っていたその婦人はこちらを見て、だが特に驚く様子もなく、少女と言葉を交わす。歳は30後半といったところだろう。

  

  「ママ、この人とても困ってる」

  

  「なんとなく、見れば分かるわ。少しお話を聞かせてもらってもいいかしら?」

  

  

  

  

  

  

  

  「成程、その人達は最近このあたりで目立ってる貴族の息子達ね…ことある度に悪さをしてはその身分を利用してなかったことにして、大きい顔をして歩いているの」

  

  テーブル席を婦人と少女、またいでアーリと俺で囲んでコーヒーを飲む。

  

  アーリがやり返さなかったのは流石だと言える。魔女が人々に受け入れられはじめているとはいえ、未だに立場としては弱い。何もしていないのに一方的に悪いことにされるケースも多々あると聞いた。しかしまあ考えて、彼女の性格からすれば、やり返しなんてするたちではないなとも思えた。

  

  ひとまず馬車の旦那には、今日はここに留まるのでこの先の道はもう大丈夫だという旨を伝えて、荷物を回収してここまでの道の運賃を払ってきた。その間にアーリはシャワーを借してもらい、服も婦人の者を今は代わりに着ている。

  

  「すみません、こんな事を聞くのも失礼だとは思うのですが…どうしてここまでしてくれるんですか?」

  

  「んー、夫の影響かねえ。私も最初はこんなにおせっかいでもなかったんだけど。正義感が強くて、人の助けになるような事はなんでもするような人。娘にもそう育って欲しいって、言って聞かせてたらまあそんな感じに育って。たまに貴方達みたいな困ってる人を連れてくるのよ。流石に慣れたわ。」

  

  「成程…… 失礼ですが、魔女に対する偏見とかは無いのですか?」

  

  アーリはあの騒動があってから一言も言葉を発さない。もとより彼女は自分が魔女である事にかなりコンプレックスを感じている。周りと違う事、何より[俺]と違う事を気にしているのだと、前にぽつりと発したのを聞き逃さなかった___

  

  「まああの子が連れてきたんだ、悪い人じゃないってのははっきり分かるさ。実物を見るのはアーリちゃんが初めてだけどね。」

  

  少し目が泳いだような気がした。が、深追いはせずここまで面倒を見てくれた申し訳なさとありがたさを伝えなければと思い、会話を続ける。

 

  「本当に助かりました、名前も伺っておらず申し訳ありません」

  

  「いいよそんなによそよそしくしなくても。私はメイリア、こっちの娘がテリス。よければ今晩泊まっていきなさい、ちょっとだけ店も手伝ってもらうかもだけどね」

  

  「ありがとうメイリアさん、では、お言葉に甘えて。」

  

  正直アーリがこの状態では動こうにも動くことができない。いまだにぼーっと遠くを眺めているような、考え込んでいるよな、上の空も空、カラと言った方が正しいかもしれない。とりあえず今日は様子を見ることにして、明日からどうすればいいかを考えよう。時刻は夕方五時あたりを過ぎたところで、ひとまずカフェの後片付けを手伝うことにした。

  

  一段落したところで[から]のアーリを上の階へ連れていき、メイリアが貸してくれた部屋のベッドへ運ぶ。2階が宿になっているようで、掃除も行き届いており、過ごすにもかなり快適な空間だ。

  

  「ねえ、ツキくん」

  

  「どうした」

  

  「やっぱり魔女って、人間とは共存できないのかな」

  

  「…今は余計な事考えずにゆっくり休め」

  

  「うん…そうだね、ごめん」

  

  「でも俺はな、1度だって魔女と人間が共存できないなんて思ったことはない。こうやって考えも交わせるし、共存できない理由なんて1つもないしな。」

  

  「あれえ、ツキくんそんな事言うキャラだっけ?」

  

  くすすと笑って、また黙りこむ。

  一年同じ屋根の下で暮らしているとはいえ、お姫様抱っこをする機会はおろか、身を触れる機会さえあまりないのだ。どことなくお互い照れ臭く、ここまで何があったかの考えの整理がどんどん追いついてきて、アーリは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。

  

  「じゃ、じゃあおやすみなさい! いろいろありがとうね、ツキくん」

  

  「おう、ゆっくり休めよ」

  

  そうベッドに座るアーリに告げて、並ぶ一室のドアを閉めようとするが、一瞬目を留まらせてしまった。窓から射す、丁度満月の白い光が彼女の髪や白い肌に反射して、いつもの彼女特有のふわふわ感に神々しさがプラスされたような。家にいる時も[可愛い]と思う事はあっても、自分でそれを隠してきた。だが、今日の騒動があって、自分の中で勝手に気付かないふりをするのもそろそろ意味の無いようなことのような気がしてならない。結局の所、問題を先延ばしにしているだけに過ぎないのは重々承知だ。

  

  何秒ほどそうしていたかは分からないが、アーリが不思議そうにこちらを見て首を傾げたところで現実へと引き戻された。あわてておやすみと言って、ドアをバタンと、少し強めに閉めてしまった。

  

  ___今日あった色々な体験。久しぶりに触れたその柔肌の感触がどことなく残っているような気がして、恥ずかしげが抜けずにいたのは否定できない。

  

  

 

  カフェはそこそこに繁盛しており、店自体はそこまで広くはないが、売り上げとしては悪くないようだ。全ての仕事を終えて、俺とメイリアさんだけでテーブルに向かいあって座り話す。今日の労働を全て終えた趣のあるサイフォンが、静かにこちらを見守っている。

  

  「まあ趣味でやってるようなものなんだけどね。夫が仕事で二ヶ月に一回くらいしか帰ってこないものだから。退屈で仕方ないから始めたのよね~」

  

  そう言ってメイリアは、何故か悲しげな目をした。夫がもっと帰ってくればいいのに~とか考えているのだろうか。

  

  皿やカップを洗い終え仕事が全て終わり一段落着くと、俺のためにコーヒーを注いでくれた。店じまいもして灯りも落としている為、テーブルの真ん中に置いてあるろうそくの火が、輝いて暖かく、ふわりと心地よい。

  

  「ツキ、あんたアーリちゃんの事好きでしょ」

  

  口含んでいたコーヒーを噴き出す。突然なんなのだこの人は。

  

  「いきなりどうしたんですか。そもそも魔女との交際は禁じられていますよ」

  

  「それは勝手に国のお偉いさんたちが決めたことでしょうよ。じゃなくて、ツキの意見を聞いてるのよ」

  

  「…好きとか、そういうのはどうでもいいような気がするんですよ。現に今アーリとは同じところで暮らしてますし。今の生活が続けれるなら別にこのままでも__」

  

  「それは甘いわよ。いつまでも同じ状態が続くとは限らないもの。たしかに国の法では禁じられているわ。まあでも、あんたならひっくり返せる気がするけどね、[東の傭兵]さん」

  

  「…やっぱり知ってたんですか」

  

  「知ってたというより、流石に分かるわよ。白髪の魔女を連れた左目の見えない剣の使い手なんてあんたくらいよ。」

  

  「剣なんて、男なら誰でも護身用で持ってるでしょうに」

  

  「だってツキのそれ、どう見ても魔剣じゃないの」

  

  「…メイリアさん、あなた何者ですか?」

  

  「たまたま知ってただけよ。客に剣のコレクターがいてね。別に言いふらしたりはしないわ。ただ疑問なのよねえ。どうして貴方達くらいの人が普通に生活してるのかなって。あの大騒動以来全然姿表さないと思ったら、まさか本当に人助けしながら隠居してたなんてねえ…」

  

  「別に俺達は名誉が欲しいってわけではないんです、普通の生活があればそれで。」

  

  「王様から次期国王にならないかとか言われたんじゃなかったっけ?民衆の間じゃ物凄い噂になってたわよ。魔女を良い目で見るようになった人が増えたのも、大体あんたのお陰よ。」

  

  「そんな大層なものでもない。自分にできることをしただけですから。それに俺だけではできなかった事なんだ。アーリがいてくれたから、なんとかなっただけ。」

  

  「…噂に違わず謙虚なやつだね、あんたは。とりあえず今日はゆっくり休みなさい。明日のことはまた明日考えればいいからさ。」

  

  「ありがとう。そうさせてもらいます。」

  

  

  

  

  __丁度今から1年程前に、この世界を揺るがす大事件があった。霊龍暴走事件と呼ばれたその一件は、俺とアーリの働きによって大きな犠牲を出しながらも鎮圧された。代償は大きく俺は左目の視力を失い(普通の人は、俺の左目が見えてないことは分からない)、アーリは髪の色を失い、紅に近い朱から真っ白な銀へと変わった(尚魔女にとって髪の色は親から受け継ぐ一番の、最大の財産であるとされている)。その時から色々あって、俺とアーリはずっと一緒に過ごしているが、特にこれと言った関係に進展は無い。確かに長い期間一緒にいるのでお互いのことはよく知っているし、実は相思相愛である事も一年前の段階で分かっている。それでもどちらからも、何もその事について触れないのは、話してもどうすればいいかわからないし、話したところでどう変わるかも分からず、結局のところ[怖い]というのが理由なのだろうか。

  

  シャワーを借りてから上に上がり、アーリと同じ部屋の扉を開けて中に入る。家でもいつも寝る時は同じ部屋だが、今日は色々な事があって変に意識してしまう。

  

  ____しかし少し遅かったが、ここで気が付いた。なにか様子がおかしい。成程窓は粉々、部屋は荒れ放題。この部屋はもっと清潔で綺麗で、少なくとも地面にこんな血は着いていなかった…血?

  

  そして言葉を失った最大の要因は、アーリがどこにも見当たらなかったことだった。

  

  

  

  

  

  

  「大変だメイリアさん!アーリが!アーリがいない!」

  

  急いで下に降りて報告したが、

  

  「う、嘘!! …なるほど、そういう事ね。いまツキに言いに行こうとしてたことがあるのよ。大変なことになったみたい。とにかく、落ち着いて聞いて欲しい。」

  

  話の顛末を要約するとこうだ。俺達が昼頃に遭遇した騒動は街でそこそこに広まり、三人組の貴族の親玉にも伝わったようだ。何が不幸かというと、実はその貴族達は盗賊のほうと深い繋がりがあり、そしてまあなんと、そいつらは俺達が依頼で追っていた盗賊のそれと同じらしい。白い髪の魔女はあまりに珍しい、なんとしてでも欲しかったのだろう。なんとその情報を昼に聞きつけて、夜になるまでには全員移動させて、片っ端からこの街を襲っては探しているらしい。北の端のほうにいたはずなのだが、それだけの大人数を車レベルの早さで動かすなんて大したものだ。

  

  

  「そしてまんまとやられたってわけだ。今から探してくる。メイリアさんは待っててほしい」

  

  「ダメだ!いくらなんでも無茶よ。東の英雄なんて言われても、向こうは魔法使いもいるんだ、やめといたほうがいい! なんなら私が探しに行く!」

  

  「…メイリアさん、たしかに貴方はお人好しだな、でもいくらメイリアさん、あなたが[魔女]とは言え、魔法使う相手に大勢の人数を相手に回すのはきつい」

  

  「…! ツキ、あんた何故それを…」

  

  「嫌でもわかるさ。俺の魔剣は柄も鞘もさして普通の剣と見た目が変わらない。刀身を抜かない限り、魔力を感じられる人間にしか魔剣だって事は分からないんだよ。それに俺が左目の見えない事についても知っていた。はたから見ただけじゃ普通これは気付かないんだよ。その事実を知ってたって事は、見たんだろう?魔女にしか見えないはずだったぜ、これは」

  

  「…ええ、見たわ。左目に[死んだ龍]がいた。正真正銘の[東の傭兵]だってことは分かったし、アーリちゃんが[西の魔女]だって確信を持てたわ…」

  

  「この目のせいで身体まで化け物になっちまったよ。血が濃ゆくなったり、運動能力が跳ね上がったり。そのせいで毎日鍛錬しなきゃあ左目に身体が乗っ取られる。 …それは置いといて、とりあえず俺はアーリを探してくるさ、安心して待っててくれ。確かに向こうも手練だろうさ。なんせ窓を粉々にしてアーリを攫っても、ここから聞いた限りでは物音1つしなかったんだからな。まあでも今日は愛剣もあるし、どうにかなりそうさ。街全体襲ってる奴らも全員なんとかしてくるから、ここで待っていて欲しい。」

  

  「待って、それはだめよ。さっきも言った通りなの。魔法使いがいる。魔力を持たないツキじゃあ勝ち目が無いわ……… 実は私の旦那もね、あんたみたいな兵だったの。ツキと違う所は傭兵か衛兵かって所かしら。強かったわ。でもね、1年前の戦いで命を落としたの。…大体察しはつくでしょう、そうよ、君たちが解決してくれた、あの霊龍暴走事件の、その時にね。…二ヶ月に一回帰ってくるっていうのも嘘。テリスも本当は実体の身体はないの。いわゆる霊体ってやつよ。」

  霊体。この世界では大きく認知されている存在形式の一つ。

  カウンターの奥に座っていたテリスがそれを聞いてメイリアのほうへ寄ってきて、膝の上へちょこんと座った。

  

  「…ああ、なんとなくそれは分かっていた。言うなら、アーリも一応霊体だからな」

  

  「え…!? でも、アーリちゃんはちゃんと触れたわよ…?」

  

  「まあ色々レアなんだよ。事件の当事者ってこともあって。魂を魔剣と結んでるのさ。親和性が高すぎて、結局そのまま人間の身体として取り入れる事ができたんだけどな。」

  

  「そんなことがあるなんて…」

  

  「まあなんだ、ひとまず今は時間が惜しい、詳しいことは落ち着いてからにしよう。行ってくる」

  

  「あ、まって______」

  

  

  メイリアの言葉を最後まで聞かず飛び出す。

  

  向こうからわざわざ来てくれるなんて、仕事が早く片付くのを喜ぶべきなのだろうか。ただ、アーリくらいの実力者なら、ただの盗賊くらいならば一対一のタイマンでもそれなりに余裕を持って勝利を収めるはずだ。だが2階にいた時に力を使った形跡も無かった。つまり一切抵抗しなかった__いや、できなかったわけだ。恐らく先に声を封じられた、窓を割った段階でもアーリが気付かないほどに潜入に慣れていた。魔法使いは声が出なければ一般人となんら変わりはない。魔女は少々例外だが、今日のアーリはコンディションが著しく悪い。無抵抗のまま丸め込まれてしまったのだろう。技術的にも経験的にも非常に高度なものであることが分かる。

  

  「だがまあ、許せるわけ無いよな」

  

  アーリに手を出す奴は、地獄であれ天国であれ、追って殺す。絶対に守らなければならないのだ。1年前にそう決めたあの時から、その考えだけは変わる事が無かった。

  

  

  

  

  

 

  

  

  「どうだ嬢ちゃん、ここの居心地はよ」

  

  地下の入口からここに来るまでの、部下と思われる者達の扱いから、彼がこの組織のトップである事は間違いないだろう。ただただでかい身体 。顔には幾つもの傷を縫った後、趣味の悪い黒いフード。いかつい目に汚い喋り方。こんなのが世界の国中を騒がせてるなんて、なんと言えばいいかよく分からないけど、多分、[悔しい]だ。

  

  「…最低」

  

  「早く慣れてほしいものだなあ、これからはもっと酷いところで寝て食べてってするんだから」

 

  対魔法様の金属でつくられた檻。手と足、首に魔力に反応して起爆する枷のせいで迂闊に手出しはできない。杖か、せめて本一冊さえあれば全て難なく解除できたのだけれど。

  

  「多分そうはならないよ」

  

  「ほーう、あのナイト様が助けてくれるってか。」

  

  「言っときますけど、ツキくんはあなた達なんかより何千倍も強いですから」

  

  「ほーう、まあ無駄だな。こんな地下深くのアジトはまず見つけられないだろうし、そもそも俺らは2000人以上からなる大軍。賊なんて品のない言葉でくくるのはやめて欲しいものだな」

  

  

  「貴方達、酒場を襲った人達ね…! それにこの速さでこっちまで来れたってことは、間違い無く風属性の魔法使いがいる… 確かに凄い人達。」

  

  「流石、[西の魔女]様だ。よくお分かりじゃねえか。そこまで頭がいいなら諦めるほうが早いってことも分かってほしいもんだがな。準備ができたら追っ手が来る前にすぐにこの国を出る。ここの軍は強いからな。ここを出ればお前にも色々と手伝ってもらうだろうよ」

  

  「そんなのが私に通ると思って? やってみようとするだけ無駄だと思いますけど」

  

  「通るさ。魔女とはいえ魔法が無ければただの人間、無力な女なんだからな」

  

  「……外道」

  

  「なんとでも言えよ、ああ笑いが止まらんわ、まさかこんな収穫があるなんてな。これで俺らはまた一つと勢力が拡大できる」  

  

  「…貴方達の目的は何なの?」

  

  「目的? そうだな、[略奪]する事自体が目的だ。それ以外に理由がいるか?」

  

  「…つまんない」

  

  「小娘には分からんだろうさ、この男のロマンってのがな。部下が着いてくるのには理由があるのさ。このロマンを解す奴こそ、俺に着いてくる価値があるってもんよ」

  

  __その時、大きな轟音と悲鳴。そして壁ごと綺麗に大きく四角に粉砕され、衝撃波が四本飛び出て大きな空洞を形成する。その穴から来るシルエットは、いつも聞く少し低めの、少し耳に触れるだけでも絶対に聞き違える事の無い優しい声を発した。大鷲の親鳥の翼に包まれた様な安心感をもたらすその声の主はこう悪態をつく。

  

  「____へえ、そのロマンで男を一括りにされるくらいなら、じゃあ俺男やめてもいいぜ」

  

  「つ、ツキくん!」

  

  「__どこから入ってきた。どうやって入ってこれた」

  

  「真正面さ。部下は皆快く通してくれたぜ。なんでかそのまま皆寝ちまったみたいだけどな」

  

  表情は平静を装っているが、一年の時を朝起きる時も寝る時も歩く時も同じ時間を過ごしたアーリには、一発で、(ああこれはめっちゃ怒ってるなあ)という察しができる。

  

  「[東の傭兵]、噂によればお前は肉弾戦では無敗らしいな。じゃあこれならどうだよ!」

  

  大男はそう言って懐に隠していた杖でツキに高速で詠唱を始める。だがまあツキならばこの間に決着を決めることができただろうが、敢えてそうしないらしい。

  

  「喰らいな、3属性魔法だ! 通常の肉体なら灰のひとつすら残らん取っておきをやるさ!」

  

  そして大爆音と同時に強力な発光__火、光、闇を混合させたその上位魔法を3秒ほどの詠唱で完成させるとは、彼は魔法使いの中でもトップクラスだろう___

  

  「でもまあツキくん相手じゃ、ちょっと分が悪いような気もするけどなあ…」

  

  「はっは、これを喰らって生きれるやつがいるか。そんな死肉憑きなんて俺は人間と認めんがな」

  

  しかしまあ、アーリからすれば結果は目に見えていた。この魔法は昨日アーリ自身がツキに何発も放っていたもので、その結果として___

  

  「おいおいなんだよこのマッチの火にもならんような飛び火はよ。なめてんのか?」

  

  彼女からすれば予想通りも通り。煙から出てきた彼は傷の一つはおろか、汚れ一つさえ見当たらない。

  

  「なんだこの化け物…お前人間か!?」

  

  「俺じゃなくてこの剣が化け物なんだよ。俺はちょっと振っただけだ」

 

  ツキの素振りはまず普通の人間なら目で追えない。彼のちょっとは私達の思うちょっととは話が違う。

  そしてとうとう怒りに満ちた目を隠せなくなったのか、物凄い覇気がこちらにも伝わってくる。どうやら事の運びに退屈してきたらしい。

  

  「アーリを攫ったくらいの人間だ、どれほどの物かと思ったが、期待外れだった。殺す価値もない。大人しく軍に引き渡すことにするさ」

  

  

  「お前、その言い方、自分の立場が分かってるのかよ…!」

  

  大男は言葉で牽制しようとするが、彼にとって先程の飛び火はかなりの大技だったようで、それを息を吸うように凌がれた今となっては、彼は恐怖の存在でしかないだろう。言葉に威勢は無く、おどけているのがアーリから見ても丸わかりだ。

  

  「そうか、じゃあ逆にお前の立場を分かりやすく表してやろう。アーリ、ちょっと手伝ってくれないか?」

  

  「うん、分かった。」

  

  そう返事を返すと、彼は一冊の本を檻越しに投げ渡そうとしてくる。彼が本を投げ、檻と本が触れる瞬間に檻自体が幾十にもスライスされたように崩壊する(恐らく少し前から、気付かない内にツキが切り刻んでいたのだろう)。いつの間にか足首や手首についていた枷も全て切って外されていた。そのお陰で身体も軽く、難なく本を受け取ることができた。私が普段使っている魔導書の一つで、表紙は青く重量も軽く、扱いやすい。お気に入りの一冊で表紙に沢山シールを貼っているので、魔法の知識の無いツキでも、見れば一瞬でそれと分かる。

  

  「本があればこっちのもの!手っ取り早く片付け…」

  

  「あーいや、待って、あれを使おうと思ってさ。本物ってのを見せてやろうと思って」

  

  「……あー、はい、わかりました。ドウゾオスキニー」

  

  「ごめんごめん、今度ちゃんとなんか埋め合わせするから…じゃあ行くぜ。 本物の魔法と物理が合わさったらどうなるかよく見ておけ、自称[軍]のリーダーさんよ」

  

  話す言葉を失ってしまったのか、そのままその場で口をもごらせて何を話しているのか全く分からない。

  

  

  まず初めにアーリが詠唱をすると、部屋中を大量の魔法陣が覆い囲み、ツキの左目とアーリの全身が同じ赤い光の色で共鳴する。そのままアーリは無数の白い光の粒となって、ツキのほうへと引き寄せられていく。ツキは自分の持っていた魔剣を鞘へと戻し、その場で拳を2つ握って、その拳で左手から右手へと横へ刀を引き抜く動作をすると、どういうことだろうか、その動作を辿るようにして光が収束していき、一つの刀剣へと姿を変えていく。そのままアーリだった光の粒は完全に刀へと変わり、展開されていた魔法陣は全てツキの左目へと吸い込まれるように収束される。残った舞う光はツキの全身へとまとわりついて、目に見えるオーラとして構成されているかのようだ。

  

  

  

  

  「調子は大丈夫か、アーリ」

  

  「うん、大丈夫! というより、やっぱりこの状態のほうが私は楽かなあ」

  

  「ずっとこれならいいんだけどな、流石に俺が死んでしまう」

  

  先程まで大口を叩いていた大男はとうとうこの光景に脳の処理が追いつかなくなったのか、その場で口を開けて呆然としていた。

  

  

  一日に3分が限界だが、この状態が「俺とアーリ」の最終奥義とも言える。アーリに結び付いている霊体と魔剣の結び目を解いて、俺の左目を通しながらもう一度結ぶ。するとアーリの霊は俺を憑代にし、魔剣も俺を憑代にして再構築…と言ってもあまりよく分からないだろうけど、ともかくこの状態ならば、今まで相手にしてきた者の中で苦戦したものはない。

  

  「そうだな、ともかくお前はもう魔法を使うべきではないな。その魔力は貰っていく」

  

  そうツキは言うと、刀を大男に突き出し、額のあたりをすっと小さく、紙で切ったくらいの切り傷の大きさで裂く。ほんの少しだけ痛い、くらいで済むはずだが、先程までの光景を目にした大男はその事から気絶してしまい、とうとう白目を剥いてしまった。

  

  「あーあーツキくん、ちょっとやりすぎなんじゃなかったかな…刀化(とうか)してまで本物を見せてやるーって言ったのに、まだなーんにもやってないよ…」

  

  「あーあダメだなあこれは…まあアーリにした事を思えばよっぽど許されてると思うけどな… とりあえず魔力は貰ってこうぜ」

  

  そう言うと刀をその傷のほうに向けると、刀が血を吸収していく。俺がこの状態で三分しか耐えられない理由として、この状態であるにはともかく血が必要だからである。刀化しているだけでも俺の血は刀を通してどんどんと少なくなっていく。身体の全ての血を使えば10分程は動ける計算だが、それでは本当に俺が死んでしまう為、三分が限界である。正直な所他人の血を吸った所であまり意味は無く、活動時間の延長にもならない。一年前に色々あって、俺の血は他人の40~50倍濃い為、そこに普通の血と比較してもあまり意味が無いのは当然とも言える。

  

  「血を通して魔力を吸うってのも慣れたもんだよなあ、まあこれでこいつも当分悪さはできないだろうよ」

  

  「どうする?この人、置いていっちゃう?」

  

  「置いといても勝手に軍が連れて行くだろうさ… じゃあ俺たちは上に戻って、好き勝手やってる奴らを仕留めに行くか。この状態でいれる間に全部な」

  

  「うん、りょーかい!」

  

  

  

  

  事は恐ろしく早く解決した。そもそも刀化してる状態ならば、生身の状態でも、前に俺の世界にあった宇宙用のロケットくらい早く移動できるし、全ての感覚がアーリによって強化される為、敵意の判断、つまり精神の干渉まで遠距離から行うことが出来る。刀化の説明は今後に置いておくとして、残党狩りも俺とアーリによって完全に完了。こうやってこの一件は幕を降ろすことになった。

  

  

  

  

  

  

  アーリも元の身体へと戻り、メイリアのコーヒーの店まで屋根の上を飛ぶようにして回る。

  

  「3分の1の血が無くなってるはずなのに、よく私を抱えてそんなに動けるよね…」

  

  「まあ身体能力だけが、前の世界にいた時からの唯一の取り柄だったからな…これが無くなったら俺もおしまいさ」

  

  「おしまいなんかじゃないよ、もしツキくんが全然動けなくなっても、ずっと私が支えてあげる」

  

  「…なあ、一つ聞きたかったんだけど、アーリ、実はやろうと思えば誘拐されないように戦うこともできたんじゃないのか? アーリがあいつらにあっさり負けるってのは、あまりにも考えられない。道中にいた魔法使いなんて、技術はあっても、それこそ俺らには足下にも及ばないような奴らばっかりだったように感じられたしな… でも一切抵抗した形跡が無かったんだ、口を封じられたってわけでも無さそうだし…」

  


  「…だって、拐われたら助けてくれるもん。」

  

  「へ?」

  

  「最近ツキくん、なんだか冷たいし、ノリ悪いし…」

  

  「いやだって、それはアーリが最近変な話の振り方しまくってくるからだろ」

  

  「…一年前から好きって気付いてるくせに、なーんにもそのことに関して言ってこないんだもん」

  

  「…俺も俺で色々考えてるんだよ、ほら、やっぱそういうのって成り行きでなるようになるってのは良くないだろ…?」

  

  「はいはいそうですか!いくじなし! 本当に好きって思ってるなら世界中の国敵に回したって好きーって言ってほしいものですけどね!!」

  

  「…そうだな、本当にそう思ってるならもっと確実な方法で俺は示すけどな」

  

  「…? 確実な方法?」

  

  

  「ああ、そうさ。例えば____

  全部の国中の考えを変えてやる、とかな」

  

  

  「なにそれ! 凄く面白いけど、非現実的すぎるよー」

  

  

  「さあ、どうだろうな。まあ今に見てろ、絶対に、もう魔女と人が争わないでいい世界を作り上げてやるさ… それより腹減ったな、パンのあまりって持ってきてたっけ…」

  

  「もーっ照れくさくなって話そらすの禁止! …でも私もお腹空いたかなー、お肉食べたいな、にく!」

  

  「また肉かよ…たまには魚でもいいんじゃないか…俺魚派なんだけど…」

  

  

  

  

  この世界では珍しい黒髪の男の子と、この世界では珍しい白髪の女の子。二人は笑い、会話を交わしながら、まるでさっきまで2000の悪人を相手してたなんて思わせないような、歳相応の笑みを、月の下でそれぞれ浮かべている。

  

  

  これは一人の傭兵と一人の魔女が、命をかけた恋に落ちた事から始まる、何の変哲もない、ただのパン屋の日常と、後に幾度も世界を救ったとして讃えられた、二人の勇者の物語の序幕に過ぎない。

続きとか一番最初の霊龍暴走事件とか、

ツキくんの転生する前(実を言うと転生では無い)の話とかもあるので、もっと読みたい!と思った方はレビューやコメントをして頂けるとめちゃくちゃ嬉しいです。


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