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悲しみの連鎖

 中国製人型決戦兵器「銃腕」らしき機体が6機見える

 搬送用大型シャトルはその後ろに控え中国軍の軍服を纏った東洋人の兵士たちが守っている。

 戦闘は6時間にわたったが、現在は静寂に包まれた大地。


 ここは、グリーゼ581c ハビタルゾーンに位置する地球型惑星。

 開発途中のテラフォーミング中の移民惑星だが移民は始まっていない。


「不時着したロシア代表団は現状無事です。合流したギリシャ軍と共に離脱します。発砲及び応戦の許可を!こちら幕僚第三連隊、佐々木」

 シャドーグリーゼへ向かっていたロシアの宇宙戦が被弾して不時着した事を知り救助に赴いた自衛隊とギ リシャ軍が連携して守っていたのはロシアの代表団だった。


「隊長!負傷者の搬送準備は整いました。本部からの返事は?」

 佐々木の元に走り寄った山本が敬礼して問う。

「山本か…本部から返答はないが、我々は自衛官だ。やるべき時にやるべき事はやらねばならん。覚悟を決めてくれ」

 眼光に強い意志を表し山本に向き合った佐々木の腕を銃弾を受け負傷したギリシャ兵コイノスが握った。

「9条の戦士が戦場で死んではいけない。9条の戦士は人を殺してはいけない。我が軍に任せろ!」

「友軍では無いあなた方を守るすべを自分たちは持たない。9条は命を守るためのものと我々は理解している。あなた方を守る事は9条に反しているとは思わない。」

 コイノスは涙を浮かべ佐々木と山本に握手を求めた。

「預かってくれ。わたしが銃弾を浴びたら正当防衛として個別的自衛権と周辺事態法で殲滅戦に突入してくれ」

 装備を外して山本に渡しジープに乗り込む佐々木。

「隊長!」

 山本をはじめ、すべての自衛官が起立して敬礼で見送る。

 佐々木は丸腰で敵陣へ突入し玉砕し、反撃の口実を作るつもりだ。


 1時間ほど前、ロシア代表団を救助し避難させる途中、佐々木を庇ってギリシャ兵のコイノスが負傷する結果となった。

 しんがりでガードしていた佐々木の発砲を止め、佐々木の盾になったコイノス。

「9条の戦士は撃ってはいけない」

 自衛官たちの心に強く突き刺さった重い言葉だった。


 走り出したジープに呼応するかのように「銃腕」の一団も動き出す。

 乾いた風が佐々木の頬を打つ。

 射程距離内まで数分。

「いまいましい似非銃腕にやられるのは不本意だが、突破口は開く!」

 アクセルに力が入ったその時、上空から紅い機体が爆風と共に舞い降りた。

 佐々木の操るジープの前に降り立った紅い機体は紅の悪魔といわれた自衛隊の機体。

 ブレーキをかけジープを停止させた佐々木の無線から流れたのは新たな命令だった。

「幕僚第三連隊はこれよりわたしの指揮下に入る。個別的自衛権行使による戦闘を開始せよ。発砲は個の判断にゆだねる!」

 コックピット中の小鷹狩の表情がやや緩み口元はかすかな笑いを浮かべる。

「追加!これはただのお願いや。なるべく殺さんようにな!」

「小鷹狩1佐?」

 唖然として紅い機体を見上げる佐々木だが、すぐに我に返りジープを後退させた。

「佐々木1尉。銃腕もどきは任せろ!みんなを頼む。」

 コックピットでモニター越しに敬礼をした後、紅い機体は前方の6機の似非銃腕に突き進む。

 「そんな重い鎧を纏っておったら後悔するで。」

 ニヤリと笑って速度を上げて敵陣へ飛び込んだ小鷹狩の機体が大気を切り裂き紅に光っていた。



 銀河系と呼ばれた星系。

 その中の太陽系と呼ばれていた惑星系の第三惑星のとある場所に龍をかたどった島国があった。

 他の国が緊張状態にあって一触即発の情勢の中でも、新聞のトップ記事がアイドルの恋愛発覚だったりするほどに浮かれた国である。

「領空を侵犯されても決して初弾は撃たない」という己の命も盾にする覚悟を持った戦士達が守っていた国だ。

 戦争という愚かな事態を経験し、敗戦国という屈辱にまみれながら彼らはその遺伝子に愚行の結果を刻み込んで未来の光を見いだそうと試行錯誤した。

 敗戦国として結果的に押しつけられる格好となった憲法を最大限に利用して復興による繁栄と平和を持続する事にも成功した。

最大の美徳は彼らには執着する宗教も思想も存在しなかった事である。

その惑星での戦争は宗教による対立が発端のものが多かった。

彼らにはその壁が最初から無かったのである。

 他国の災害時には率先して医師団や救助隊を派遣した。

 そのメンバー達には手を携える事の意味とその喜びが遺伝子に組み込まれていく。

 そうして、血を繋いでいく過程で子孫にも刻まれた記憶は受け継がれていったのである。

 その国の民族の血と遺伝子はその星の各国に散らばり、ひとつになっていくかのように思えた。

 些細な小競り合いはいくつかあったけれど大きな戦争とは100年以上無縁だったこの惑星から遙か20光年離れた惑星系。

 戦争のつらさや恐ろしさなんて過去に消え去ってしまっているかに思えた。


 3ヶ月前、シャドー・グリーゼで唐突に始まった紛争は時間と空間を超越し広がりつつあった。



「接近する飛翔物体は現状では不明。進路を変更する様子は有りません。現状では1時間45分後に当艦に接触します。」

 シャジーの音声がブリッジに流れた。

 TOY BOXの艦橋に集まっている乗員たち。

 グリーゼ581cに降り立っている友梨耶と真梨耶と莉乃からの連絡が途絶えてから既に7時間を経過して焦りの色は明白であった。

 一ヶ月前にシャドーグリーゼで別れてしまった日菜と百花とも途絶したままだ。

 計画では3日後には合流できるはずだが、行動を敵に察知されるのを恐れて電波は発信できない。

 艦内に重い空気が流れる。

 「質量解析によれば接近する物体は1t弱。宇宙船とは考えられません。当艦と軌道を同一にしていますが修正した形跡もなく、いぜんとして正体・意図、共に不明」

 世蘭が最初に口を開いた。

 百花との連絡が途絶えたまま不安な日々を送っていた世蘭がブリッジに現れたのは12時間前。

 再び仲間を失う恐怖から逃れようと自分が出来る事を必死に探している。

 亜紗美が操縦席に入った。

 TOY BOXの進路を変更するわけにはいかない。

 少しでも軌道を変えると、3日後に予定している日菜・百花とのランデブーが不可能になる。

 強襲シャトルに搭載できた酸素と燃料はギリギリ、軌道を変える余分な燃料は殆ど無いはずだ。

 「プライムで降りるわ…あさみん…あとを頼める?」

 優那が亜紗美の肩をつかんでいた。

 「ゆうにゃん…降りた地点しか分からないのに、友梨耶たちと合流できると思う?」

 顔だけで振り向いた亜紗美が心配げな表情を浮かべながら優那に問いかけた。

 「帰りが予定時間を3時間もオーバーしている…何か有ったんだと思う…負傷者がいるのならわたしが必要でしょ?お願い…」

 亜紗美は前方のモニターに視線を戻しただ頷いた。

 走り出す優那。

 「プライムへの医療資材搬入完了。出せます。」

 ガーディアンスーツの中で至高の名を冠したプライムは単独で大気圏への突入が出来る。

 搭載ロケットでの重力圏離脱も可能な唯一の機体である。

 その強硬なボディーと重量を増した機体の運動性能を支えるパワーユニットもα・β・Γを大きく凌駕している、優那専用の機体だ。

 ブリッジのモニターにプライムに乗り込む優那が映し出された。

 見つめる亜紗美・真凛・そして世蘭

 「こんな時にモモとひなちゅんがいない」

 真凛は言葉を飲み込んだ。

 戦闘力という意味では圧倒する存在である二人が欠けていることの意味を乗員全員が理解していた。

 拳を握ったままモニターを見つめる亜紗美。

 真凛は子供たちを守るという誓いを新たにαの待機ルームへと向かう。


「こんな時間に何だね?岸くん」

 東京都千代田区永田町

 首相官邸に岸外務大臣と稲田文部科学大臣が吉川首相の元を訪れていた。

 国会を終えたのが23時。

 間髪入れない訪問に吉川首相は困惑を隠せない。

「なぜ、今回の審議に中国との戦争を明言されないのでしょう?」

 岸は吉川首相に対しての不満を隠さない。

「ご子息を殺した中国に対して明確な対応をされると思っておりましたが、この期に及んでグリーゼクリスマス戦線に言及せずに国会を閉会するつもりですか?」

 稲田も岸と同様に吉川の国会運営に不満をもっていた。

「グリーゼ・クリスマス戦線というのはマスコミが騒いでいるだけのことでは無いですか?中国は否定しているし息子と娘の消息も不明なだけで、死んだとは限らない。まして、わたしはこの国の首相。個人の感情で国民を無益な殺戮にかり出す事はしないよ。」

 温和な表情を浮かべる吉川首相に拳を握りしめた岸。

「それでは困るんですよ。」

 ドアの外で待機していたSP5人が稲田の合図と共に入ってきて吉川首相の腕を取り拘束した。

 あっという間の出来事。

 吉川首相は慌てた様子もなく岸に向かって物静かに言い放った。

「やはり、そういうつもりだったか…血は争えないということか…残念だよ」

 SP5人に連れ出されていく吉川首相を見送りながらほくそ笑む岸と稲田。

「始末はここではなくどこかのホテルででもやってくれたまえ。あくまでもテロの犠牲者として扱われるようにな」

 岸の冷たい声が薄暗い官邸に消えていった。


「都内のホテルでテロが発生したというニュースが流れています。死亡者の中に吉川首相と閣僚が数名いるようです。吉川首相・福島厚生労働大臣・志位農林水産大臣・山本環境大臣・前原官房長官…小鷹狩防衛大臣…が、死亡だそうです。」

 小鷹狩の紅の機体が動きを止めた。

 銃腕の偽装を脱いだ【重脚(ヘビー・フット】が小鷹狩の機体の足下に崩れ落ちている。

 本来の機体性能を出さなければとうてい相手にならないと偽装の装甲を脱ぎ去ったヘビーフットを持ってしても紅の悪魔には太刀打ちできなかった敗者の姿だった。

 無線から入ってきたテロのニュースに機体の動きを止めた小鷹狩だが、既に敵の姿は無く立ち尽くしている。

「小鷹狩1尉…」

 佐々木の問いかけに意を決する。

「吉川首相は最後まで粘ってくれた。おかげで予算は既に通っている。退職金が要る者は今、除隊してくれて構わない。六ヶ月後には自衛隊は防衛軍に再編成されるだろう。幕僚第三は機密部隊だから再編成には加わらない。自衛隊として終わる部隊である。…」

 悔しさを隠すかのように強い口調の小鷹狩。

 唇を噛み血が滲んだ。

「このまま現状の任務を続ける限り、数ヶ月後には予算を使い切るだろう。君たちと共に生きたことに感謝する」


「地球の日本でのニュースです。東京都内のホテルでテロが発生。吉川首相・福島厚生労働大臣・志位農林水産大臣・山本環境大臣・前原官房長官・小鷹狩防衛大臣が死亡。」

 ブリッジが静寂に包まれる。

「藍花ちゃんには…知らせないで!」

 ブリッジに真凛が駆け込んできた。

 目を腫らし涙をぬぐいながら項垂れている真凛。

 「乗員、吉川藍花は就寝しています。今のニュースは伝わってはいません。安心してください。」

 シャジーの言葉に崩れ落ちる真凛。

 世蘭が駆け寄り真凛の肩を抱き泣き出す。

「モモになんて言えば良いの?藍花ちゃんにどう接すれば良い?」

 真凛と世蘭が抱き合って泣いている横で亜紗美も泣いていた。

「どうしてこんな時代になってしまったの?悲しみが拡散していく…憎しみが増大していく…なぜ?こんな事は終わらせて…」

 凍てつく空間に悲しみが溢れ時代の色を変えていく。 

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