スイーツ戦争
こちらの作品は他サイトの企画(お題:チョコレート)参加作品 です。
1.闘いの火蓋
この世界には〇〇対決だとか〇〇の戦いだとか〇〇戦争だとか〇〇対戦だとかそういった争いごとが溢れている。
たとえば、世界大戦。戦争が終わり、世界は様々な視点から二分された。東西ドイツをはじめとしたヨーロッパしかり、アメリカ対ソビエトしかり。
たとえば、関ヶ原の戦い。徳川家康率いる東軍対石田光成を中心とした西軍にわけられる。
また文化の違いからも二分したたとえがあげられることもある。たとえば、東京対大阪。
それから、ペットの好み。たとえば、猫派・犬派。
そして、食べ物に焦点をあててみるならば、洋菓子と和菓子。
ここ朝日町でも目下二分する闘いが熱い様相を呈していた。今朝も洋菓子と和菓子を代表するそれぞれが朝日町の光源氏のもとへ向かっている。
朝日中学校。
「ショコラさま、おはようございます!」
「おはようございます!」
東門から入ってきた生徒たちが見える。
ザッザッザと足並みを揃えて歩く集団。
それを見つけた生徒たちはみな、モーゼの十戒よろしく、道を開ける。そして、目の前を通ると生徒たちは口々に挨拶をし、深々とおじぎをするのだった。
「ショコラさまは今朝も見目麗しゅう」
「本当にステキなお方ね、ショコラさまは」
「こないだも、東京へ遊びに行った時にはスカウトされたそうよ」
「さすがね」
そして、その集団が去ったあとにはきまって先頭を歩く女生徒への賛辞がやまないのだ。
彼女の名は通称・ショコラ。
中学二年にして168センチ。体重は45キロ。顔はとびきり小さくいわゆるモデル体型をしており、今はやりのアイドルにも劣らない顔立ちをしていて、一部では一億年に一人の逸材だとウワサされているほどだ。
当然、朝日中学では主に女子に人気があり、彼女のファンクラブもある。
もちろん、異性にも人気はあり、交際を申し込んだ男子生徒は数知れず。
「アンさま、おはようございます!」
「おはようございます!」
一方、西門から入ってきた生徒たちが見える。こちらもまったく同じ様子だ。
どこぞの国のマスゲームよろしく足並みを揃えて歩く集団。
それを見つけた生徒たちの人垣が割れる。やはり、目の前を通ると生徒たちは口々に挨拶をし、深々とおじぎをするのだった。
「アンさまは今朝も眩いわー」
「本当に艶やかなお方ね、アンさまは」
「こないだも、東京へ遊びに行った時にはアイドルと間違えられて握手やサインまで求められたそうよ」
「さすがね」
そして、その集団が去ったあとにはきまって先頭を歩く女生徒への賛辞がやまないのだ。
彼女の名は通称・アン。
145センチ。体重は38キロ。いわゆるミクロ体型、しかし巨乳。そしてベイビーフェイスをしているため、そのギャップがたまらないと、一部では一億人に一人のグラビア候補だとウワサされているほどだ。
こちらも、朝日中学では特に男子に人気があり、彼女のファンクラブもある。
彼女に好意を持つ男子生徒は数知れず、他校の男子も彼女見たさに足しげく朝日中学へ来るほどでそれがストーカー化したこともある。女子からの羨望も厚い彼女をそんな男子から守ろうと鉄壁の布陣が敷かれている。
東と西、ひいては洋と和の対決はいつも二年二組の教室が戦場と化す。
ふたつの集団が教室の前に到着したのはほぼ同時。洋対和、にらみ合う攻防が繰り広げられる。
ふたつの集団はそれぞれ前方と後方のドアからそれぞれ教室へと進入。
目指すは光の君、ただ一人。
光源氏は窓際の席に座っており、先頭のふたりを見るとニッコリと笑う。
彼が笑うとそこらじゅうの女子、いや男子、つまりは老若男女問わず、それどころか動物までもが瞳をハートマークにして彼にぞっこんラブなのだ。
今朝も彼の笑顔を拝んだ瞬間にあちらこちらから悲鳴に似た歓声が飛び、卒倒する者まで出ている。
「おはよう千代子ちゃん、餡子ちゃん」
ふたりは目つきを鋭くさせると、急いで歩み寄る。
そして、
「千代子って呼ばないでって言ってるでしょ!」
「餡子って呼ばないでって言ってるでしょ!」
と声をハモらせた。
そう、ふたりの本名は、ショコラは千代子、アンは餡子だ。それが嫌いでふたりは絶対に本名では呼ばせない。
光源氏はふたりが声をそろえたのをきき、一瞬ポカンとするものの、クスクスと笑う。
「ふたりは本当に仲がいいね」
「違うってば!」
「違うってば!」
これまた声をハモらせるふたり。一瞬顔を見合わせるものの、すぐにそっぽを向いた。
三人はいわゆる幼なじみという間柄である。
そして、二人が彼のもとへ馳せ参じる朝の恒例行事は彼女らがヨチヨチ歩きする時期からの、いわば朝日町名物なのだ。
「光輝くん、これウチの試作品。今度のバレンタインに出す予定なの」
先に彼にプレゼントを渡したのはショコラ。ショコラ色のきれいな箱だ。
「光輝くん、ウチの新製品なの。和菓子もね、今バレンタイン用にステキなのたくさん出てるのよ」
負けじと贈り物を差し出すアン。うぐいす色のきれいなふろしき包みだ。
朝日町の光源氏こと光輝は喜色満面、「ありがとう!」と手にする。
「食べていい?」
「もちろん」
「もちろん」
「じゃあ、今日は洋菓子からだね」
いつしか決まった暗黙のルールがある。それは差し出されたものを食べる順番を交互にするというもの。
なので、昨日はアンの持ってくる和菓子から食べた。
ショコラの持参した洋菓子は近々あるバレンタインに向けた新商品。
ショコラの父は全国的に有名なショコラティエで、曽祖父が横浜でパン屋を始めたのを起源とする伝統的な洋菓子職人の家だ。
「うわーきれ~い!」
光源氏は箱を開けて、中身の美しさに目を奪われる。
そこにはまるで宝石のようにきれいにデコレートされた一口大のチョコレートが並んでいた。
「食べるのもったいないなー。うわーどれから食べよう」
光源氏の数々の言葉をきき、ニヤリとしながらアンを見るショコラ。アンはフンと鼻を鳴らし、よそを向く。
「これにしようっと」
やがて光源氏が手にしたのはラズベリージャムが表面に塗られているルビーをイメージしたチョコレートだ。
口にポイッと入れ、舌先でじんわりと溶け出すうまみはやがてのどを潤していく。
「う~ん、おいし~~! 相変わらず、パティスリーナカジマのチョコは鉄板だね」
ほっぺたが落ちるとはまさにこのこと。光源氏は本当に嬉しそうに笑っている。
それを見ていたショコラ一派はほれ見たことかと鼻高々に、対するアン一派はギリギリと歯ぎしりをせんばかり。
当の光源氏はそんな様子など意に返さず、チョコを一口食べては賛美していく。
「さ、次は私の番よ!」
ひとしきりショコラの貢ぎ物を堪能した光源氏を見て、やきもきした様子でいたアンはさぁここからは私の独壇場だといわんばかりにショコラより一歩前に立つ。
当然おもしろくないショコラはキッとアンをにらみつけた。
「うん、そだね~」
バチバチと散る火花も慣れっこ。飄々とした様子でアンから受け取っていた包みを開ける光源氏。
そこには紅白のハート、クマが花束や手紙をもっていたり色とりどりの練りきりが並んでいた。
「うわーーーー、これも和菓子独特の見映えですごいやー。食べるのがもったいないほどだね」
光源氏の賞賛に、アンは小さくガッツポーズ、ショコラは歯ぎしりをしている。当然、彼女たちの取り巻きも後ろで一触即発の体をなしている。
アンの持参した和菓子はこちらもバレンタインに向けた新商品。
アンの父は全国的に有名な和菓子職人で、曽祖父が浅草でだんご屋を始めたのを起源とする伝統的な和菓子職人の家だ。
「これにしようっと」
やがて光源氏が手にしたのは桃色のハートだ。何口かに分けて食べていく。
その様子を固唾をのんで見守る二つの集団。
「う~ん、さすが大黒屋さんの練りきりだね。特にアンコがサイコーだよ」
アンの本名がアンコなので、それにこじつけたアンの取り巻きは「やっぱりアンさまにキマリよね」と囁き合っている。
それに対し、当然おもしろくないショコラの取り巻きは「フン、バカバカしい。ショコラさまにきまってるじゃあないの」と対抗する。
「光輝くん!どっちがよかった?」
「光輝くん!どっちがよかった?」
ふたりは当然のごとく光源氏に詰め寄る。
そして、彼は言ってのけるのだ、「う~ん、どっちもおいしくって決められないや」と。
2.闘いの狼煙
その日の昼休み。
二年一組の教室はショコラを中心にまるでサロンと化していた。
「ショコラさま、今日もおいしいチョコレートをありがとうございます」
「パティスリーナカジマのスイーツは本当においしすぎるわよね!」
彼女が持参したチョコレートを食べて、取り巻きは絶賛している。
「そうそ、朝日町だけじゃなく、全国的にも有名だもの。昨日もテレビで羽田空港のおみやげランキングでは洋菓子部門一位を獲得していたわ」
ショコラがピクリとした。
「洋菓子部門?」
発言した人間はもちろん、その場にいた全員が肝を冷やす。
「えぇ……」
「じゃあ、和菓子は?」
「……」
「答えなさい!」
「……大黒屋です」
「きいいいい」
大黒屋はアンのウチの屋号ではないか。
当然、ショコラは発狂した。
「ショ、ショコラさま! 私はスイーツの中でもパティスリーナカジマは世界イチだと思っています!」
「わ、私もです!」
「私も!」
「それに、いつかは光輝さまだって! ショコラさまをお選びになるに違いありませんわ!」
「えぇえぇ、そうに違いありませんわ!」
「そうよ、そうよ」
「……ふぅ」
自身の取り巻きの反応に、ショコラはため息をついた。
幼い頃からなにひとつ思い通りにいかないことなどなかった。ただひとつ、光輝のことをのぞいては。
アンはショコラにとってなんら不足のない相手である。だから、光源氏が両天秤をかけるのも悔しいがショコラもわかってはいる。
しかしだ。
ショコラにとって十四年ほどの片想い。脇目もふらず、彼にだけ想いを向けてきた。
周りには少しずつではあるが、男女交際をする人間が増えてきて、ショコラもそろそろ真剣に勝敗を決めてほしいと思っている。
「たのもうーーーーー!」
教室の後ろのドアからなにやら紙を掲げてあらわれたのはアンの腰ぎんちゃく、いや失礼、アンの参謀だ。
敵地に独り乗り込んでくるとはなかなかアッパレである。ショコラたちも彼女の心意気を汲み、行方を見守っている。
彼女は大将の前に立った。
「アンさまより、ショコラ殿へ果たし状です!」
「果たし状ですって!?」
バッと奪うようにして受け取ると、確かにそこにはイマドキの女子中学生らしいかわいらしい文字で大きく“果たし状”と書かれている。
**********
にっくき恋カタキの千代子へ
私たちもうすぐ中3よ。まわりを見回せば、カレシカノジョとリア充ぶりを見せつける人が増えてきたわよね。
もうすぐ世間はバレンタイン。
最近では男性へ愛の告白としてのツールというパターンではなくなっているわ。だけど、今年のバレンタインを機に、真剣に告白をしようと思うの。
どう? 千代子、勝負しない?
もちろん、私の圧勝だってわかってるけれど、これは今までフェアに戦ってきた相手へ、いわゆる敵に塩をおくるってヤツよ。あなたにも告白するチャンスを与えてあげようと思ってね。
**********
「売られたケンカ、買ってやろうじゃないのよ!」
ショコラは瞳の奥にメラメラとした炎を燃やして立ち上がる。
「それでこそ我らがショコラさま!」
「絶対にショコラさまの勝機よ」
「ついに、今世紀最大のビッグカップルの誕生ね」
「きゃステキ。光輝さまとショコラさま、とってもお似合いだもの」
「ステキ~」
「フンッ、こんなもの!」
ビリビリビリ! ショコラは果たし状をビリビリと破り捨てた。
「ショ、ショコラさま!?」
「そ、そうよね。こんな果たし状叩きつけられて、黙っているはずはないわ」
「そ、そうよそうよ。アンのクセにナマイキですわ!」
「アンのヤツ! 千代子言うな!」
どうやら一番の怒りの原因はそこだったらしい。
こうして、朝日町名物のトライアングルラブファイトの決着試合は三日後のバレンタインデーに迫ったのだった。
3.頂上決戦
聖・バレンタインデーがやってきた。この日は世界各地でカップルの愛の誓いの日とされる。
そして、ここ朝日町でもまさに今世紀最大のカップルが誕生するのだろうか。さてはたして勝負の行方はいかに。
そんな見出しの、朝日中新聞部による号外が朝から配られ、その試合は放課後グラウンドにて行われることが全校生徒や教諭に知らされた。
そして、このトライアングルラブファイトを長年追いかけてきた町の人々も黙ってはいられない。
ある生徒が自分の親へ、その親が近所の住民へと知らせ、またある生徒は他校の友人へと知らせ。試合時間にはその熱戦の模様を一目見ようと、大勢の人間が方々から詰めかけた。
学校関係者は主に校舎から、それ以外は邪魔にならないように、じっと見守っている。もちろん、視線の先は校庭にいる三人だ。
光源氏と向かい合って、ショコラとアンが立っている。
光の君はいつものように飄々と二人を見ている。
一方、恋敵の二人―ショコラは今日のために父親に作ってもらった特別なチョコレートを、アンもショコラ同様に特別な練りきりを持って―は瞳を潤ませ、女子を全力でアピールしている。
「さぁ今世紀最大の対決が始まりました! 司会はワタクシ放送部部長のミスター天王山こと天野天です! よろしくお願いします!」
三人の真ん中に立っているミスター天王山はマイク片手に嬉々として実況を始める。
「では、今回果たし状を突きつけたアンさんからどうぞ!」
そう言ってミスター天王山はアンにマイクを渡す。
アンはそっとそれを握ると、身長の低さを生かし、あえての上目遣いで光源氏を見る。
「光輝くん。私は幼い頃からずっと光輝くんだけを見てきました。今度、ふたりで抹茶めぐりの旅を京都でしませんか?」
マイクを返し、持ってきたとっておきの贈答品を光源氏の前に差し出した。
「では、ケンカを売られたショコラさんどうぞ!」
ショコラは切れ長の瞳で大人っぽさ全開で光源氏を見ながら、マイクを受け取った。
「光輝くん。私の想いは誰にも負けない自信があります。今度、ふたりでチョコレートの食べ歩きをしに神戸に行きましょう」
ミスター天王山にマイクを返したショコラは持参したとびきりのギフトを差し出す。
「お願いします!」
「お願いします!」
二人が頭を下げたその時。
「ちょっと待ったーーーー!」
伏兵現る!
校舎の影から手を挙げて三人のもとに駆けつけていくのは、光源氏の親友・頭中将だ。
当然ざわつく場内。
「おおおっと、これはどういうことでしょうか!?」
ミスター天王山が口の端にツバをいっぱいためて叫んだ。
ショコラとアンもぎょっとしたカオで顔を上げ、お互いの顔を見合わせている。
そして、光源氏は一瞬驚いたものの、「マサくん……」と顔を上気させて親友のことを目で追っている。
マサシがショコラの隣に並んだ。
「コウたん! ボクたちは男同士。叶わぬ恋だと、あなたへの想い、ずっと心に秘めていました。だけどもう限界です! ボクはあなたのことが好きです! 友だち以上の関係に前進してください、お願いします!」
マサシが頭を下げると、ショコラとアンは戸惑いながらも慌てて頭を下げる。
三人は光源氏に手を差し出した。
そして、光の君が手を取ったのは。
4.休戦協定締結か?
「あーやっぱり大黒屋のみたらしはサイコーだよね」とショコラは口の端にタレがつくのもかまわず本当においしそうにほおばっている。
一方、アンも「あーパティスリーナカジマのフォンダンショコラはホントおいしい」と唇にチョコがつくのもかまわずムシャムシャと食べている。
ここは朝日町にあるショッピングモールのフードコートである。
闘いを終え、お互いの労をねぎらう好敵手の二人はそれぞれ持ち寄ったスイーツを堪能中だ。
結局、二人は闘いに敗れてしまったのだ。
今をさかのぼること数時間前――
光源氏は親友・頭中将に思いきり抱きついた。
歓声とどよめきが上がる。
渦中の二人はその様子を卒倒しそうな勢いで眺めていた。
「マサくん好き~~~~!」
「コウたん、ボクもだよ~~~~!」
二人は熱い抱擁を交わしている。
ライバルの二人はその光景をどこか他人事のように見るしかなかった。
「ね、マサくん。今からフルーツパーラー行こう?」
「うん、いいね。コウたんとならどこだって行きたいな」
「ボクも~」
そうして、二人はお手々をつないで、学校をあとにしたのだ。
「マジでさー、光輝のヤツ見る目ないっつーの」
「だよねー、私とショコラ以外を選ぶなんてさー」
「だよねー。アンと私、こんな美女ふたり、フツーフるかね」
「マジで光輝ナイわーー」
「あ……」
「あ……」
二人が一瞬にして止まった。視線の先にはチョーイケメンのオニイサン。
二人はお互いの顔を見合わせる。
「アン! 勝負よ!」
「フン、ショコラには負けないわよ!」
そうして、二人はそのオニイサンのもとへ走り出した。
闘いのゴングは再び鳴ったのである。
朝日町名物は新たな展開を見せ始めた。さてさて、二人の恋の行方はどうなることやら。
結末? それはまだ誰にもわからない。
とりあえず、スイーツ戦争はこれにて終戦いたす!