表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第5章 -信頼の絆ー
99/117

第10話 魔王として

 大陸某所。人類たちが、内部から蔓延る『純白ホワイトアウト』の処理に右往左往し、なんとか根絶しようとしていたころ。そびえ立つ巨大な建築物を眺め、彼は口を開いた。


「そろそろ、完成か」


 風が吹く。一度更地になったとはいえ、生物の持つ力は凄まじい。1年前の戦争――否、虐殺から、大地はあるべき姿を取り戻していた。花が咲き乱れ、まるで絨毯のようだ。もっとも、建築物の周囲は、巨大な爪で抉られたように、焦げ茶色の大地を晒している。


「……そうです、ね。魔王様」


 建築物、【きざはし】を見上げる男の隣に、1人の少女の姿がある。【きざはし】の建築を一任され、“貴婦人”から『加工』の属性を受け取った魔人。その名は、“迷宮”ローゼリッタ。両腕は巨大な爪の形をしており、あまり細かい作業には向かない。彼女のその腕は、地面を掘り進めるための腕であり、本来は【きざはし】のような精緻な作業には向かないのだが、そこは魔王が魔法によるサポートを行うことで補っていた。


 そうして、建設を始めてからおよそ1年の月日が流れた。魔王の望みはたった1つであり、人類を攻撃したのも、ここに【きざはし】を作ったのも、突き詰めれば1つの目的にたどり着く。だが、“迷宮”ローゼリッタは、その目的を魔王本人から聞いたことはない。


「ところ、で、魔王さま……」

「なんだ」

「今さら、なんですが。お名前は……?」


 2人の付き合いは、人の寿命を大きく超える。それこそ、100年、200年単位の付き合いだが、ローゼリッタは魔王の名前を知らなかった。質問をされた魔王は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑って答えた。


「私に名前はない。私は『魔王』だ。そうでなければならないし、そう在り続ける」

「……そう、ですか」


 しょんぼりと俯くローゼリッタに思うところがあったのか。魔王は、少し慌てたように言葉を繋いだ。


「しかしまぁ、ここまで【きざはし】の制作を手伝ってもらったお礼だ。私にできることなら、何か願いを叶えよう」

「う?」

「もちろん、名前でもいいが……名前があったのは大昔の話だぞ」


 この【きざはし】の建築は、ローゼリッタなりの恩返しのつもりだった。それこそ人間の感覚で言えば大昔の話になるが……迫害されていた自分を救ってくれた魔王さまへの。そして、自分というはぐれ者の魔人を拾って、多くの信頼できる魔人たちに紹介してくれた魔王様への、恩返しのつもりだった。


 信頼できると言っても、ローゼリッタが信頼しているのは、彼らの『忠実さ』だけだ。自分の欲望に対する。

 そして、ローゼリッタも彼らに習い、自分の欲望を考えてみる。願いを叶えてくれるのだ。膨大な魔力を持つ魔王であれば、たいていのことはできるだろう。


「う……どうし、よう……」


 強いて言うのであれば。言う必要のないことではあるけれど。


「……生きてて、欲しいです」

「ん?」

「魔王さまに、生きてて、欲しいです……」


 その答えを聞いた魔王は、酷く驚いた顔をした。ローゼリッタもわかっている。『不死』である、死なない魔王に、『生きててほしい』などという願いは筋違いであることは。だが、願わずにはいられない。


「僕の、故郷は、焼かれました。みんな、みんな、みんな……いなくなりました」


 風が吹く。ローゼリッタは、煽られた焦げ茶色の髪を手で抑えた。


「もう、僕の仲間は……魔王さましか、いません。ディーネさんも、やられてしまいました」


 魔人たちの中で最も死にそうになかった、最強の魔人である“狼王”ディーネもやられてしまった。仇を討とうとは思わなかった。彼女が負けた相手に、ローゼリッタが挑んで勝てるわけがない。

 けれど、同じ孤独を抱えた者同士――彼女の敗北に、思うところがなかったわけではない。


「……そうか。すまないな、ローゼリッタ。だが、こればかりは保証はできない」

「……わかって、ます」


 せめて、せめて。できるだけ近くで、彼の行く末を見守りたい。誰よりもそばで、彼に仕えてきた。知り合ってからの年数は短くて、彼のことを完全に理解できたわけではない。それでも、誰よりも彼を理解しようとしてきた。だから。


「せめて、そばに、いさせてください……」

「……ああ」


 しばらく静かに、【きざはし】を見上げる二人。そろそろ日が落ちようか、という時間になって、魔王とローゼリッタの耳が2種類の音を捕らえた。1つは、金属がぶつかり合う耳障りな音。そしてもう1つは、ゆったりと流れる楽器の音楽だ。


「この音は……」

「あの、お二人ですね……」


 2人はその音を聞きながら、到着を待つ。ほどなくして、3つの人影が姿を現した。


「お久しぶりです、魔王殿。そして小さきレディよ」

「ああ、出会いと別れ。生と死。その溝は広く深く、それでもなおなんとかして橋を渡さん――」

「……」


 漆黒の鎧をまとって姿を現した“闇騎士”と、相変わらず意味の通じない唄を歌いながら現れた“詩人”。そしてもう一人。フードを目深にかぶって顔を見ることはできないが、体格的に男だろう。彼は無言を保ち、地面を見つめていた。魔王は一瞬訝し気に目を細めたが、すぐに納得して視線をはずした。


「準備ができましたので、出立の報告を。つきましては申し上げたいことがございます」

「凱旋を! 勇士たちは叫ぶ。勝利を! 決定的な勝利を! 憎き奴らに、敗北の苦渋を!」

「言うがよい、“闇騎士”よ」


 “詩人”の唄を聞き流し、“闇騎士”と『魔王』は会話を続ける。甲冑で覆われた“闇騎士”の表情を伺うことはできず、無表情の『魔王』からは感情を読み取ることができない。


「わずか300年程度の時間でしたが……貴方たちとともに過ごせたことを、誇らしく思います。私の、私たちの間違いを正しに行って参ります」

「……そうか。深くは問わん、“闇騎士”よ。お前の隣にいる男が、300年前のおぬしか」

「彼が我々とともにいるのは、また別の理由ですが……確かに。立場は似ていますな」

「そうか。なんにせよ、止める理由はない。では……人類たちに、告知をするとしようか」


 魔王の言葉に、“闇騎士”が身動ぎした。


「……よろしいので?」

「なに、【きざはし】の建築は終わった。あとは起動を待つだけ、であれば古くからの友人を応援する程度はやらせてくれ。それとも、不意を打つか?」

「いえ。正義は我らにあります。可能であれば、真正面から」


 真面目な“闇騎士”の答えに、魔王は微かに微笑んだ。普段は老人のような老成された雰囲気と口調を持つ“闇騎士”だが、戦を前にして精神が高揚しているのか。もしくは、こちらが素なのか。


「であろうな。私も……否、余も。『魔王』として、人類に告げるべきことがある。ついでと言ってはなんだが、そのときにお主の用向きを伝えるとしよう」

「感謝します。愛すべき我が朋友よ」


 “闇騎士”が流れるような動作で膝をつき、剣を捧げた。その様子を、フードをかぶった男と“詩人”、そして『魔王』が見守る。かつて最強と呼ばれていた“闇騎士”は、その身を闇に落としてなお、あらゆる所作に気品があった。


「では、向かうのだな。……騎乗は」

「“貴婦人”より、幻霊馬を3体預かっています」


 地中から浮かび上がるように姿を現した、半透明の馬。瞳は空虚に揺らぎ、生き物の鼓動や呼吸は聞こえないが、地面を駆けるその蹄は本物である。3人は手慣れた様子で幻霊馬に飛び乗り、魔王を見下ろす。


「では。また会えることを楽しみにしています」

「……後悔のない戦いをするのだ、“闇騎士”よ」


 かつての彼を知っているがゆえに、魔王のくちからこぼれたのは心配の言葉だった。信じていた者に裏切られ、膝を屈し、憎悪と怨讐を持って蘇った復讐鬼。そんな彼に付き従う“詩人”もまた、苦しみの一生を謳ってきた。


「“道化”ではありませんが……さあ、闇に堕ちた復讐の化身よ。嗚呼、切なる望み、高貴なる志、過去の清算! 今ここでこそ果たすべき約束!」

「喉は取っておくものだぞ、“詩人”」

「構いません、必ずや“闇騎士”様の全てを讃えて歌い上げて見せましょう」


 花が生い茂る【きざはし】の周囲から抜け出し、ゆっくりと幻霊馬を進めていく3人。なぜ、幻霊馬を走らせないのか? その答えは、地面から這い出てくる彼らが応えた。


『殺セ……殺セ……!』

『ウオオ……アアアアア……!』

『寒イ……腹ガ減ッタ……ヨコセ……』

『復讐ヲ……!』


 かつて、この地で死んでいった人間たちが、地中から現れていた。肉は腐り落ち、ぞっとするような腐臭を放つもの。骨だけになってなお、憎悪を振り撒くもの。

 女神カロシルの元に行けずに、生きる屍(アンデッド)となった者たちだ。彼自身も生ける屍(アンデッド)である“闇騎士”の手によって、彼らは人間への憎悪を振り撒く。中には魔人への憎悪を抱いて死んでいった者もいるだろうが、この地で殺された人間の多くが“狼王”に恨みを抱いている。同族である“闇騎士”はもとより、似ても似つかない“詩人”に襲い掛かるような者はいなかった。


 死者の行進は増え続ける。3人が足を進めれば進めるほど、死者たちは地中から這いだし、彼らに続いて歩いていく。膨れ上がる。膨れ上がる。


 3人の歩みが十数人に、十数人の闊歩が百の前進に、百の前進が数百の行進に、そしてやがて、千の進軍となる。


 死者の歩みは止まらない。昼も夜も、速度は変わらずに歩き続ける。フードをかぶった男が、自分の跡からついてくる死者の群れを見て、顔をしかめた。


「……この世の地獄のような光景だ。主義に反する」


 その小さな呟きは、“闇騎士”に聞きとがめられた。


「気持ちはわかるがな。だが、少しの辛抱だ」

「……ああ。私は私の望みを果たす」


 “闇騎士”も、フードの男がこのような光景を嫌うことは重々承知しているようだ。そして、フードの男もこうなることがわかっていて“闇騎士”と“詩人”に同行している。思わず恨み節が漏れてしまったが、言っても仕方のないことだ。


「同行は許可したが、くれぐれも私の邪魔をしてくれるなよ」

「わかっているとも、“闇騎士”。“詩人”の影響化では、私も思うように戦えない」


 だから、邪魔などしないさ――そう呟くフードの男から目線を外し、“闇騎士”は前を見据えた。背後からは相変わらず生ける屍(アンデッド)たちの呻き声があがっているが、そんなものは関係ないと言わんばかりに、眼光鋭く彼方を見る。


「目標、ギベル砦。人類を滅ぼしに行くとしよう」


 同行者である2人の返事も聞かずに、“闇騎士”は少しだけ幻霊馬の速度を上げた。昼夜関係なく行進を続けるとはいえ、移動は速いに越したことはなかった。








 “闇騎士”と“詩人”、そしてフードの男と千からなる生ける屍(アンデッド)の軍団が、ギベル砦に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ