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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第5章 -信頼の絆ー
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第7話 悩み

 『予言者』ミリから命じられ、『純白ホワイトアウト』の調査に向かうフリートだったが。全力でその仕事に取り組んでいたかどうかは、怪しいと言わざるを得ないだろう。


(リクルの力……本当に、『祝福ギフテッド』なんだろうか……?)


 “貴婦人”との戦いを思い出す。あの時、リクルの体は黄金色の光に包まれていた。だが決定的な破壊をもたらしたのは、黄金色の光ではない。怖気が走るほどに不気味な気配をまき散らす、黒い靄だ。リクルの体から噴出した黒い靄を、さらに黄金色の光が覆っていた。


(考えても仕方のないこと、か。だがそもそも、あの力が『祝福ギフテッド』ではないのだとしたら――)


 バカな、とフリートは自分の考えを否定する。全てに終末をもたらす力、そんな強力な力が『祝福ギフテッド』でないわけがない。『祝福ギフテッド』は女神カロシルによって人類に与えられた力だ。人類の敵である『魔王』を滅ぼす手段として、女神カロシルがリクルに託したと思うのが普通だ。


「私は、君を完全に信用しているわけではない。『予言者』様から従うように言われているから従うだけだ」

「ああ、わかっているさ」


 その気配には気づいていた。『風』と呼ばれる、『予言者』子飼いの諜報員だ。優秀とは聞いているが、それはあくまで一般的な国の諜報員としての話だ。軍隊を持たず、外交と情報戦だけで存在を維持していたテッタ公国の暗部ほどのレベルではない。いくらフリート自身の実力が落ちているとはいえ、そもそもがテッタ公国の暗部の2流諜報員は、ほかの国の1流の諜報員を凌ぐ。そんな場所で、フリートはほぼトップクラスの暗殺者だった。フリートを超える実力を持つ者は、『穿花』セラを含めてほんの数名しかいなかったのだ。


「こんな仕事、とっとと片付ける――」


 人類を襲う麻薬、『純白ホワイトアウト』。『祝福ギフテッド』を異常強化する代償として、その『祝福ギフテッド』の影響を受けた体の器官の機能を永久に奪う麻薬だ。多くの人間には知られておらず、ただ危険な薬として知られているが、テッタ公国にいたフリートはその効能の詳細を知っている。


 幻覚、幻聴、依存性。そこまではほかの禁制薬物と変わりはない。


「どこぞの蝶みたいだな……」

(一緒にするんじゃないわよ)


 内部からの文句を聞き流し、フリートは思考を続ける。まさか堂々と『純白ホワイトアウト』を銘打って売れるわけがない。販売、使用、ともに裏の界隈で流行しているはずだ。


「スラムに向かおう。重点的に調べるのは、スラムの中でも力を持ってる奴らのところだ」

「了解しました」


 依存性のある薬物を扱うには、一定以上の力が必要だ。権力、財力、求心力。そういったものを持っている人間は少ない。総当たりしていけば、どこかしら怪しい場所や者が見つかるはずだった。


(こんなことをしている場合じゃないのに……)

(全くもってその通りね)


 『純白ホワイトアウト』とリクルの『終末』であれば、リクルの『終末』の方が重要度は高い。しかし、その内容を『軍神』や『予言者』に話すわけにはいかない。話したが最後、リクルは『魔王』にぶつける弾として、再び魔王討伐隊が組まれるだろう。


 彼女がそれを望まない以上、フリートはそのことを知られるわけにはいかない。


(そもそも、勇者が辛うじて勝てた相手に勝てるわけがない……)


 フリートは勇者に憧れていた。そして、情報を扱う機関にいたからこそ、『勇者』という存在がどれほどぶっ飛んだ存在だったのかを知っている。剣の一振りで大河を割り、拳で魔獣を砕き、蹴りの一撃は大地に罅を入れた――そういう存在なのだ。『応援されればされるほど強くなる』という『祝福ギフテッド』は、人類の希望を一身に背負った勇者におあつらえ向きの力だった。


 そうして人外の力を手に入れた勇者が、死力を振り絞ってようやく勝てる相手が、『魔王』だ。膨大な魔力を持つ、人外の化け物。


(俺の『再誕』は人類の限界を超えられない……可能性があるとすれば、『戦乙女』か。奴の『信仰の強度を身体に反映する』『祝福ギフテッド』があれば、人類の限界を超えて戦える。だが、切り札であるリクルの身体能力は並だ。それこそ『烈脚』が生きていれば……可能性はあったが……)


 フリートは脳内で戦いを予想してみるが、勝てるビジョンは見えない。それこそ、『魔王』がわざとリクルの攻撃を受けてくれでもしない限りは、勝てる気がしなかった。


 そして、同じころ、全く同じことを考えている人間がいた。







「だーっ、だめだ! 勝てん!」


 羽ペンを放り投げ、『魔女』ベネルフィは椅子の背もたれに体を預けた。不死である『魔王』の魔力量は未知数だ。生きた年数が魔力量に反映されるのであれば、少なくとも人間の限界を遥かに超えた魔力量を誇っているのは間違いがない。そんな彼が本気を出して戦ったとき、勝てる予想が全くできない。


 リクルの『終末』さえ直撃すれば、問答無用で『魔王』を葬れるのだが、当てる手段が全く思いつかなかった。


「む……こうなると、君の力を借りたくなってくるな、ウェデス君……」


 誰よりも速い、最速の男『烈脚』のウェデス。彼が生きていれば、リクルの一撃を魔王へと届かせることもできたかもしれない。だが、彼はすでに亡くなっている。


「……参ったな。死者を頼ろうなどと。あとはもう、希望的観測にすがるしかないのか」


 『魔女』ベネルフィは大きく溜息を吐き、椅子から立ち上がった。紙には人類側の戦力、彼女が知り得るだけの『祝福ギフテッド』の詳細が書かれている。それを持って歩き回りながら、ベネルフィは思考を続ける。


 あの『不変の神殿』に刻まれていた言葉。



「光が訪れ。影が生まれ。我らが大いなる大地の神は、対立した……」



 そうだ、対立したのだ。対照の概念を得た神々は――光の女神カロシルと、影の女神ベレシスは――



「……まさか」



 ベネルフィは、ひとつの仮説にたどり着いた。そして、十人以上の『祝福ギフテッド』の詳細が書かれている紙に指を走らせる。その目は見開かれ、今自分が思いついた仮説を否定する要素を必死に探しているように見えた。


 だが。否定する要素は、見つからない。


「……はっはっは。なるほど、そして終末が訪れる、か。どうあがいても人類に救いはない、というわけか」


 『魔女』ベネルフィは肩を竦め、再び椅子に戻る。気だるげに溜息を吐き、体重を全て椅子の背もたれに預けた。


「魔王に勝つ手段は見つからないが、勝てるかもしれない(・・・・・・)。そして、勝てたところで人類は滅びる――なるほど。これは酷い結末だ」


 物語ならば、そんな結末は認めないだろう。敵を倒し、生き残った人々は喜びを分かち合い、めでたしめでたし――そんな、文字通り絵に描いたようなハッピーエンドがあるのだろう。だが、現実はそう甘くはなかった。


 人類を滅ぼすのは敵ではないのだ。



「これは……今、話すわけにはいかない。『軍神』も『予言者』も、なんだかバタバタと忙しそうだ。私の胸に秘めておくとしよう」


 疲れた様子で机に向き直ったベネルフィは、新しい紙を取り出した。びっしりと文字が綴られているその紙の束は、まだまだ薄い。


「さて、どこまで書いたっけな。ああ、ここか……勇者と魔王の戦いは、目撃者に取材を行いたいところだが。『聖女』様はお祈り中だしな……それに、なんだか聞いてほしくなさそうだし」


 羽ペンを走らせる。『烈脚』ウェデスの本は、すでに発売されている。英雄フリートの物語ほどではないが、それでも根強い人気作のひとつだ。『予言者』が集めた情報によると、『作者の思い入れが伝わってくる。フリートの物語にはなかった、悲哀や切なさなどの感情が込められている』から人気らしいが……そんなものを込めたつもりはないベネルフィには、わからない。


「しかし、超一流の天才である私は、結局こうして執筆まで行っているわけだが、人類に協力するとは言ったがいささかハードワークすぎないかな……?」


 愚痴を漏らすが、結局のところ彼女は自分から忙しくしてるだけなのだ。誤魔化す手段も方法も想いつくが、彼女自身が知りたがっているのだから。






 『惨殺鬼』フリートと、“貴婦人”の戦い。その映像を脳内で思い返しながら、『予言者』ミリは悩んでいた。


「どうして……」


 『戦乙女』が『軍神』に告白をした。あの時、『軍神』オーデルトは見るからに動揺しており、『予言者』としてのミリが、激しく警鐘を鳴らした。『軍神』が、オーデルトに戻るのは危険すぎる。正解が見えているミリならばともかく、正解も見えずに孤独に戦うオーデルトが、発狂しかねない。


 人類種を背負う、というのはそういうことだ。並の人間であれば、否。たとえ英雄であったとしても、その重圧には耐えきれない。


 ゆえに、ミリはその重圧を早々に放棄した(・・・・)。背負えば潰れるとわかっているのに、わざわざ背負うのは愚か者のすることだ。そしてミリは、自分の感情を封じ込め、全ての判断を『予言者』としての力に託した。


 『未来予測』は間違えない。膨大な情報を記録し、未来を予測し、最善の選択を選ぶ。


 ミリという少女(・・・・・・・)が選ぶよりも(・・・・・・)その選択は遥か(・・・・・・・)に信頼できる(・・・・・・)


 もう間違えない。勇者が勝つはずだという人間らしい希望的観測などに縋りはしない。冷徹に、冷静に、ただ正解だけをつかみ取る。それこそが人類という種族が生き延びるための、『予言者』と『軍神』の役割だ。


「だから、貴女の選択は間違っているんです……」


 『戦乙女』の行動を振り返り、ミリは呟く。人類という種族を生き延びさせる機構なのだ、このギベルという場所は。そしてミリとオーデルトはその機構を形作る歯車のひとつに過ぎない。外敵を排除する『軍神』と、内部を支える『予言者』の力で、この町と人類を支えている。


「私の、『未来予測』の選択が間違っているわけがない……!」


 『転写』のパトが、『無音』のフリートから受け取った記憶がある。“貴婦人”と孤独に戦うフリートの姿だ。人類のほとんどが眠りにつき、自分たちがいる砦すら異界化した。あの状況で、しかしフリートは戦っていた。


 人類の未来を背負って。それでもなお、フリートは諦めずに戦っていた。


 理解できない。理解できない。


 ミリにはその理由が理解できない。傷つきながら、心を痛めながら、なぜ立ち上がるのかがわからない。


「理屈ではない。もちろん、正誤の問題でもない……」


 苦しみながら、諦めながら、それでも怨嗟人形と“貴婦人”を前にして不敵に笑うフリート。勝ち目はない戦いだった。負けるしかない戦いだったはずだ。それこそ、この段階でフリートに逆転の目は残されていなかったのだから。


「感情は、厄介なものです……」


 封印したはずの感情が溢れてくるのを感じながら、ミリは静かに自分の胸を押さえた。

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