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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第4章 ーその瞳で見据えるものー
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第22話 力の意味

 黄金色の光を完全に取り込んだ女性が、暗闇を駆ける。駆けるとは言っても、足音はせず、そもそも足を動かしてもいない。光の残滓だけを残し、現れては消え、消えては現れる。時に空中に、壁の向こう側に、神出鬼没で動き回っていた。


 まるで亡霊のように短い転移を繰り返す殺人鬼――“埋め込みのレベッカ”。しかし、彼女の強力な『祝福ギフテッド』をもってしても、『無音』のフリートを追い詰めることができない。


「どこだ……!」


 焦りから言葉が漏れる。暗闇は彼の味方であり、レベッカの味方ではなかった。気配を消し、音を殺し、闇に潜む暗殺者。いくら強力な『祝福ギフテッド』を持っていても、レベッカは戦士ではない。暗殺者でもない。『殺害』は得意でも、『戦闘』は経験がないのだ。


「っ、!?」


 咄嗟に『祝福ギフテッド』を使ってその場を移動する。死角から襲いかかったフリートの剣が空を切る。かすかな月光を反射して煌めく銀の光。人の命を奪って余りある、武器の輝きだ。


「……!」


 避けなければ死んでいた。背筋を走った悪寒が、胸の中に溢れだした恐怖心が、レベッカの口からあふれだす。敵意と殺意を言葉にすることで、死んでいたかもしれないという恐怖を覆い隠そうとする。


「フリートォッ!!」

「……やっぱりかなり鈍ってるな。まさか気づかれるとは」


 反射光を防ぐため、剣を収めて暗褐色のコートに身を包むフリート。かつてのフリートであれば、標的に悟られることなどあり得なかった。剣先が入り、致命傷となったところで気づく――そうでなければ、情報を扱うテッタ公国で、一線級の暗殺者として活躍できはしない。ただ、『祝福ギフテッド』である『再誕』を、短い期間で使いすぎた。その弊害は間違いなく実力の低下という形で表れており、実際に今、必殺であったはずの間合いを外した。


 互いに必殺の一撃を持つ二人は、薄暗い廊下で向かい合う。


 気配を殺してレベッカから逃げることができるフリートと、短距離の転移を繰り返して逃げ出すことが可能なレベッカは、だからこそ交渉が成立し得る。


「“埋め込みのレベッカ”。お前の目的はなんだ?」

「――復讐よ。私の家族を、生活を滅茶苦茶にした、『純白ホワイトアウト』への復讐」


 隙を窺うように姿勢を低くし、いつでも移動できるように身構えるレベッカ。対するフリートは自然体で、体の力を抜いて立っている。


「……俺は、『純白ホワイトアウト』の原料であるシラリエの花の生産地を突き止められる。俺も『純白ホワイトアウト』の根絶のために動いている。争う理由はないと思わないか?」

「……殺人者である私を見逃すの?」

「ぶっちゃけた話、お前を捕らえておくことは不可能だ。空間転移を可能にする『祝福ギフテッド』なんて完全に想定外。お前の凶行を止めるには、殺すしかないわけだが……」


 フリートは溜息をついた。


「殺すのも手間取りそうだし、正直俺は今それどころじゃない。さっきも言ったが、娘が反抗期でね」

「……どういうつもり?」

「俺はお前を見逃す。お前は俺から逃げ切る。『純白ホワイトアウト』の販売ルートは、俺と『予言者』と『軍神』で潰す。あと何人だ? 殺したいのは」


 フリートの問いかけにレベッカが言葉に詰まる。まさかこの砦に所属する人間がそのような取引を仕掛けてくるなんて想定していなかったし、しかもそれが英雄と謳われる『無音』のフリートであるとは考えてもいなかった。


「犯罪者と、取引するのか?」

「取引? 俺は無事に“埋め込みのレベッカ”を追い払い、そのあとレベッカは数人を殺すが、なぜかそれ以降被害は出なくなる。『純白ホワイトアウト』は知らぬ間に根絶され、町には平和が戻りました、めでたしめでたし、ってわけだ」


 レベッカは、唖然と目の前の男を見た。どこか気怠そうにこちらを見るその姿からは、相変わらず隙は見えない。強力な『祝福ギフテッド』に恵まれただけのレベッカとは違い、気の遠くなるような修練の果てにたどり着いた1人の人間としての限界値なのだろう。

 だが、噂に聞いている『英雄』としてのフリートと、目の前に立つ男はイメージと違った。声には苛立ちが混じり、娘の反抗期などということを気にするこの男は――


「……そんなにひどい反抗期なのか」


 どこまでも、ただの人間であるような気がする。

 そう感じたレベッカが問いかけると、『無音』のフリートは顔をしかめた。


「ん……反抗期っていうか、ちょっと暴走気味というか……実の娘じゃないんだが……って、そんなことはどうでもいい。お前が条件を呑むなら、俺はこれ以上お前を追ったりしない。もちろん、お前の殺害の対象者を聞いてからだが?」

「殺したいのは……あと3人。流通に関わっていた3人組のうち2人、そして生産者の1人だ」

「生産者は少し待て。彼らはシラリエの花を、『純白ホワイトアウト』の原料と知らずに売っていた可能性がある。こちらには真偽を確かめる方法もあるから、そのうえでしかるべき判定を下す」


 フリートの言葉に、レベッカは考え込む。家族と生活を滅茶苦茶にされたことを考えれば、できればのちの禍根となり得る生産者は殺しておきたい。しかし花を育てていただけなのであれば――罪はない。一流の暗殺者に狙われ続けるリスクと、自分の信念を計りにかけ、レベッカは自分を納得させた。


「……わかった。殺すのは2人だけにしておこう」

「……助かる。これで俺もようやくこの仕事から解放されそうだ」


 やれやれ、と肩を竦めたフリートの姿はどこか疲れた様子だった。思わぬ『英雄』の姿を見たレベッカは、口から笑い声がこぼれるのを抑えきれなかった。


「……なんだよ」

「いや……噂に聞く『英雄』フリートとやらも、人間なんだなと思っただけだ」


 レベッカの何気ない言葉に、フリートは妙に納得した様子を見せた。


「俺は『英雄』なんかじゃないさ。できることがあったからしただけで……あの真紅の獅子を倒したのだって結果論に過ぎない。ただ……」


 ひどく悩まし気な表情をしたフリートは、その先を言うべきかどうか悩むように口を濁した。訝し気に顔を覗き込むレベッカは、次の言葉を待つ。


「……俺たちが持つ、この『祝福ギフテッド』の力。これを与えられたのには、何か意味がある(・・・・・・・)んじゃないか、とは思うけどな」


 何か意味がある――その言葉を聞いたレベッカの思考が止まる。この男に出会ってから、驚かされることばかりだ。与えられた『祝福ギフテッド』の力。これを犯罪に、殺人に使うことに忌避感がなかったわけではない。女神カロシルに与えられた力である『祝福ギフテッド』だが、自分の力でもある。ゆえに、自分の人生を滅茶苦茶にした麻薬を再び流行させようとする者たちに力を振るうのに躊躇いはなかった。否、わずかにあった躊躇いも、復讐という正当性で塗りつぶした。


 レベッカにとって『祝福ギフテッド』は便利な力という認識で、なぜそれが与えられたのか――なんてことは考えたことはなかった。


「……幸せな夢を見たんだ」

「……?」


 今度はフリートが訝し気な顔をした。それに構わず、レベッカは呟くように何があったかを語り出す。


「目覚めたくなくなるような幸せな夢だったんだ。『純白ホワイトアウト』のせいで死んだはずの母さんも父さんもいて、私と弟も売られることもなく、平和な家庭で過ごしている夢だった。まるで私が望んだ未来が再現されたかのような――」


 フリートの表情が変わる。訝し気な顔から、何かを堪えるような表情に変わるが、レベッカにはその意味まではわからない。


「……目が覚めた時、私は独りだった。もう一度あの夢のなかに逃げ込みたいと、何度も思った。だけど、二度とそんな幸せな夢は見れなかった……」

「そう、だろうな……」


 頷くフリート。

 何か思い当たる節でもあるのだろうか? レベッカの脳裏を疑念が掠める。


「なあ、教えてくれフリート。もし私の力に意味があったとしたら……この使い方は、間違っていたんだろうか?」


 かつて自分の人生を破壊した悪夢のような薬が、この町でも密かに流行りつつあると知ったとき。レベッカは、何を犠牲にしてでも止めなければならないと決意した。『純白ホワイトアウト』の根絶は困難を極め、なによりも秘密裏に行わなければならない。なぜならば、この終末の町で、『純白ホワイトアウト』がもたらす効能が知れ渡るのは危険すぎるから。


 依存性。多幸感。そして――名前の由来にもなった、『祝福ギフテッド』の異常な強化。


 ともすれば使用が正当化されかねないほどの危険な薬物。レベッカはまだいくつか所持しているが、売る気もなければ使う気にもなれなかった。見せしめと警告のために、関わった人間をわかりやすいように殺して見せたが、『純白ホワイトアウト』の流行は控えめになることはあっても止まることはなかった。


「もっと正しい使い方が、あったんだろうか?」


 フリートが一瞬押し黙る。言葉を探して口を動かし、何かに気づいた表情で言葉を飲み込む。


 そして、自分に言い聞かせるようにゆっくりと、レベッカに向けて言葉を紡ぐ。


「……力に意味はあっても、正しさなんてものはない……結局のところ、『自分が何をしたいか』によるんじゃないか」


 まるでここにいない誰かに語り掛けているかのように、フリートの視線はレベッカを見ているようで見ていなかった。だが、レベッカはフリートの言葉に納得した。


 どう使うかは自分次第なのであれば……きっと、自分の力が今この場にあったのは偶然ではないのだろう。必要だったのかどうかまではわからないが、自分のやりたいことをすればいいのだ。


「……復讐を果たしたら……やりたいことはなくなるな。また、探すことにしよう」

「ああ。こんな力、使わないに越したことはないけどな……」


 疲れた呟きを漏らしたフリート。その言葉で、レベッカは改めて彼が『英雄』ではなく――1人の『人間』なのだと感じた。英雄は、自分の力を忌避したりはしない――。


 いや、とレベッカは考え直す。


 英雄であることと人間であることは矛盾しない。どこまでも人間である彼は、人間らしく英雄なのだろう。思えば、この終末の町に人類が閉じ込められてから、英雄という言葉は一人歩きを始めているような気がする。


「……取引は成立、でいいんだよな?」

「ああ。俺はお前を追わない。もう二度と会うこともないだろう」


 会いたくもない、という様子で背を向けるフリート。その背中に向けて、レベッカは最後の言葉を投げかけた。


「いや――私はなんだか、もう一度だけ会いそうな気がするよ」


 そして、黄金色の光を残してレベッカの姿が消える。向かった先は、先ほど殺し損ねたパトとスウェーティがいる部屋だ。とはいえ、彼女にもう殺意はなかった。殺害対象以外の人間を殺してしまえば、取引が無効になってしまう。一応の警告と、訊きたいことがあるだけだった。



「ひっ!」

「……なんだ、今更俺たちを殺しに来たのか?」


 まだ部屋にいた二人を確認して、レベッカは訊ねた。


「『純白ホワイトアウト』の販売や使用には関わっていないな?」

「……」


 小さく頷く二人を確認し、レベッカは肩の力を抜く。


「『無音』と取引をした。『純白ホワイトアウト』に関わった2人を殺したら、私はこれ以上人を殺すことはない。だからそちらも私を追跡するな。いいな?」


 こくこくと頷く二人を確認し、レベッカは頷く。


「……これは個人的な質問だが。自分の『祝福ギフテッド』に、意味があると思ったことはあるか?」


 レベッカの質問に、二人は顔を見合わせた。中年の冴えない男と、悪意を振り撒いていた少女は、顔を見合わせたまま、盛大に噴き出した。


 小部屋に笑い声が響く。いったいなにがそんなに面白かったのかわからないレベッカは、目を白黒させるが――すぐに、二人から正解が告げられた。


「死ぬほど思ったよ」

「意味があるに決まってるでしょ」

「でも、意味があっても関係ない」

「知ったことか、ってね」

「そうやって生きていくことにした」

「後悔もたくさんしたけどね……」

「せめて、これからはやりたいように生きていくさ」


 2人は口を揃えて言う。


 「もう散々、やりたくないことはやらされたからね」、と。


 その答えを聞いたレベッカは、もう一度深く頷いた。


「……ありがとう。確かに、この力に意味があったのだとしても……やりたいように、か。私も、それに習うとしよう。あと、ひとつ頼みがあるのだが……」


 レベッカの頼みを、スウェーティは快諾した。過去視の力を得た『天眼』を用いて、指定された二人の動向を追う。最近までの動きはレベッカが知っていたので、彼らの密談の様子と、根城にしている場所を確認し、それをパトが『転写』を使ってレベッカに伝える。


 レベッカは黄金色の光と感謝の言葉を残して、小部屋を後にした。





 そして、その翌日の昼――商人たちを取りまとめていた男と、スラム街を支配しかけていた女性の体が、遺体で発見された。悪事を働きつつも証拠が掴めなかった彼らは、ただの殺人鬼と、冴えない男と、開き直った少女によって裁かれたのだ。


 そして、陽光を生み出す『祝福ギフテッド』を持っていたネフィの父親は、無事に無罪となった。彼ら親子は、これからも純粋に花を咲かせ続けることになる。シラリエの花に関しては、栽培禁止となってしまったが、彼らは笑ってそれを受け入れた。代価として、珍しい花の種を複数渡されたからだが……実験材料を没収された、と『魔女』ベネルフィが文句を言っていたことを知っている人間は少ない。


 そうして、町を襲っていた2つの脅威はなくなったのだ。




スウェーティとパトのファンアートを頂きました。



挿絵(By みてみん)

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