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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第4章 ーその瞳で見据えるものー
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第17話 騙る者

 そろそろ、日も落ちようかという時間に、少女は自分の部屋で静かに目を閉じていた。今日はレベッカと遭遇することも、殺人が起きることもなく、パトロールをするだけで終わっていた。普段世話になっている彼に贈る贈り物も購入したし、充実していたと言えるだろう。あのカンナとかいう女は、勘が鋭すぎるので手が出せないが、今のところは計画通りに進んでいる。


「……これは、あなたたちの物語じゃない」


 呟いた言葉が、空中にほどけて消える。この世界で戦う英雄たちの顔を思い浮かべながら、パトは笑う。絶望に侵されながら育った少女にとって、彼らは唾棄すべき存在だった。


 アルディヤ国で生まれ、成長するにしたがって『祝福ギフテッド』――『転写』の能力が開花し始めた。人の記憶や風景を盗み見ることができる彼女の力は、両親にとっては魅力的に映ったようだった。あらゆる悪事や恐喝に加担させられ、パトの心は少しずつすり減っていった。


 やがて、母親が殺された。パトたちが作り上げていたグループを、とあるグループが危険視したからだった。父親は命を握られ、パトはその力を新しいグループのために使うことを約束させられた。両親のために使うのも、見ず知らずの他人のために使うのも、幼いパトにとっては大差なかった。


 いつものように記憶を読み、それを伝えるだけでよかった。少なくとも新しいグループの男はパトに暴力を振るわなかったし、暖かい寝床もくれた。


 転機となったのは、ある冒険者の男だった。「君の力は、もっと正しく振るわれるべきだ」――そう告げた男が、組織を滅ぼすために潜入してきた勇者の仲間であると知ったのは、ずいぶんあとになってからだ。何度も何度も外の世界の話をしてくれた男は、善い人間だったのだろう。善い人間であるがゆえに、パトの心に燻る憎悪を見過ごしたのだろう。


 幸せに生きる人々。自分を正しいと信じて進む英雄たち。パトは彼らを羨むと同時に、心の底から憎んだ。自分は産まれたときから悪の道が用意されていたのに、何も迷わず、悪事に道を踏み外さず、自分の人生に自信を持てる人々を、心の底から羨ましいと思ったのだ。


 そして憧れは、身近な存在への憎悪と成った。そもそも両親がこの力を悪事に使おうとしなければ、自分は健全な少女として成長できたはずだった。人間の後ろ暗い部分ばかりを見ないで成長できたはずだった。母親は既にいないが、父親はまだ生きている。絶望の末に殺さなければ、復讐は成就しない――。


 パトはまず、冒険者の男を説得した。滅ぼすためにいる、自分たちについてくればいい――そう語る冒険者の男を、『この組織は私が滅ぼす』『もっと町のためになる集団に変えるから』と説得し、組織から去ってもらった。男は、パトの言うことを信じたわけではないだろう。ただ、彼もまた悩んでいたのだ。結局のところ、彼もパトの言葉を――信じたかったから、信じた。


 そして自由になったパトは、まず組織の長に体を捧げた。すでに少女として成長していたパトは、『転写』によって人間たちの後ろ暗い欲望を覗いていた。性欲に顕示欲に、金銭欲などの浅ましい欲望たち。だが、パトは誰よりもその欲望の扱い方を熟知していた。もともと賢いというのもあったが、なにより多くの人間たちの欲望を『転写』し、その行動を見続けた少女にとって、欲望を刺激された人間がどう動くのかを予測するのは至極簡単なことだった。


 そして、組織はたった一人の少女によって造り替えられた。傍目からは何が起きているのかわからなかっただろう。安定していた組織が急激に内部抗争によって弱体化し、それをパトが求心力で急激にまとめ上げたのだ。だがそれは英雄たちが持つカリスマなどではなく、ただひたすらに『逆らえばどうなるかわからない』という恐怖心によって支配された集団だった。


 パトは父親を救い出した。見るに堪えない状態だったが、それでも暖かい食事を与え、身なりを整えさせ、女をあてがい、望みをかなえさせた。時には口に出していない望みも答えてやった。甘えるように後ろから抱き着いて、甘い言葉を囁いてやればすぐに父親はしたいことを思い浮かべた。それを『転写』で読み取るなんて容易いことだったし、間違いなくそのとき父親はシアワセだっただろう。


 それを壊した。幸せを打ち壊し、徹底的に父親の精神を追い詰めた。急に娘に裏切られ、父親は組織から追われる身となった。『見つけ次第殺せ』という指示を与え、父親は恐怖を抱え込んだまま逃げ回った。そどうせなら幸せなまま自殺でもすればよかったのだが――一度知ってしまった欲望を満たされる快感が、父親に『生きる希望』を与えていた。それが、娘であるパトに圧し折られるために作り出された偽りの希望だったとしても、父親はそれを信じていた。


 そして、パトはあっさりと父親を絶望に叩き落として殺し、復讐を成就させた。彼女に訪れたのは、復讐を遂げた後の虚無感――などではなかった。


 一人の人間の人生を、思うがままに操って叩き壊すことへの快感だった。


 父親の死にざまは、それはもう惨めなものだった。顔からあらゆる体液をまき散らしながら許しを乞い、指を詰めながら拷問すれば自らの罪を滝のように喋りだした。それを嗤いながら見ていたパトは、かつてないほどの『喜び』と『幸せ』を感じていたのだ。


「この『転写』の力があれば、なんでもできる――」


 そう考えたパト。実際復讐を遂げたパトはもっと多くの人間の人生を狂わせて破綻させるために、組織を広げ始めていた。そしてそれは順調に進んでいたが、一つの事件が彼女の予想を狂わせた。


 それが、『純白ホワイトアウト』の事件である。


 アルディヤ国を中心に広がったその騒動は、一般人は知る由もなく滅ぼされて終わったが、当然ひとつの組織の長であるパトは、その顛末を知っていた。パトが『純白ホワイトアウト』に手を出さなかった理由は単純で、パト自身が『純白ホワイトアウト』よりも強い中毒作用があることを知っていたからだ。体に触れながら質問をして『転写』を使えば、パトはその人間の欲望を読み取れる。何がしたいのか、何が欲しいのか、何が不満なのか。それを解決してやれば、人は面白いようにパトを信じた。


 だがそれでも国を傾けかねないほどの大騒ぎになった『純白ホワイトアウト』の事件は、パトの組織にも少なからず傷を与えていた。それを立て直している最中だった。忌まわしき魔人、“狼王”がアルディヤ国を襲ったのは。


 襲った理由まではわからない。だが、そのときパトは悟った。自分がいくら小細工を仕掛けても、絶対に敵わない暴力の化身がいるのだと。その様子を見たパトは組織の人間全員に迎撃を命じた。町のために、国のために、と思ってもいない言葉を嘯き、焚き付け、自分は逃げた。まず間違いなく全員が死んだだろう。最後の最後に、多くの人間を希望の道に巻き込んで絶望させたパトは、アルディヤ国からの避難民に身を潜めて脱出した。


 その旅の中でも彼女は権力者に取り入り、食事の分け前や移動時などの脚を優遇してもらっていた。彼女への不満が高まるまえに避難民のグループを渡り歩いたり、時にはほかのグループ(・・・・・・・・・・)を襲わせて物資を略奪(・・・・・・・・・・)した(・・)。やがて、彼女の信奉者とも言うべき集団が出来上がりつつあったが、パトはそれを密かに解散させた。調子に乗った悪人がどういう目に遭うかはわかりきっていたし、そもそも避難民のなかでいくら成り上がっても意味がない。目的地であるギベルの町は、多くの英雄たちが集っているという。そんな中で悪目立ちするのはデメリットが大きい――そう考えたパトは、夜の間にこっそりと魔獣のそばに近寄り、夜明けと同時に魔獣を避難民のもとへと誘導した。戦う術などない避難民たちは、多くの犠牲を支払ってその困難を乗り越えた。パトは普通の少女のように逃げ惑い、求心力を低下させた。


 結局のところ、少女であるパトに彼らを守る力はない。


 わかりきっていたそのことを改めて実感した避難民たちは、パトに頼るのをやめた。パトの狙い通りに。


 そして、パトは疑われることもなくこの町に入り込み、持ち前の力を使って『予言者』ミリの子飼いの諜報員にまでなった。この立ち位置に来るまでは、趣味である『人壊し』を控えていたので、久々の獲物に心が躍る。


 小部屋の月明りを遮って、パトはどこまでも続いていく荒野を見通した。


 まるで世界の果てまでこの光景が続いているかのように、荒れ果てた大地。終末が約束された人類に、つかの間の希望を見せて心を叩き折る。ぶるり、と体を震わせたパトは恍惚とした表情で空を仰いだ。


「スウェーティさん……」


 熱く、唇からこぼれる吐息。歳に見合わないほどに妖艶な表情をして、パトは高ぶる自分の体を抱きしめた。


「きっと、すごく醜く壊れてくれるよね……?」


 パトから見て、彼は間違いなくクズだった。歯が浮くような綺麗ごとがまかり通るこの町で、だれよりも愚かで、醜悪で、救いようがない人間。そんな男にすり寄り、希望を謳い、少しずつ意識を弄っていった。褒めて、肯定して、尊敬の眼差しを向け、自意識を少しずつ肥大化させていった。


 無意識に彼は自信を持ち始めている。自分という存在を認めてくれる人間に、心を許し始めている。隠しているつもりでも、パトには態度でそれがわかる。苛立ちの表情が減り、生を謳歌し始めた。


「もう少し熟してもいいんだけど、そろそろかなって」


 独り言をつぶやき、パトは月光を背景に振り返る。


 一人しかいなかったはずの部屋に、もう一つ人影が増えていた。


「――来ると思ってた……ううん、信じてたよ?」

「お前に聞きたいことが……ある」


 冷徹な視線を飛ばす侵入者に、パトは妖艶に笑った。


 滑稽だった。愉快だった。誰も彼もが自分の手のひらの上で踊り、誰も自分を止められない。町中で噂になっている人間だって、情報さえそろえば思い通りに動かせる。誰よりも人の欲望を熟知した少女は、月光を背景に艶やかに嗤う。


「ようこそ。質問ならいくらでも受け付けるわよ?」


 少女は、目の前の侵入者に話しかけた。

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