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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第4章 ーその瞳で見据えるものー
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第15話 推理

「ルートが、途切れたな」


 根本を断つために動いていたフリートは、途方に暮れていた。『純白ホワイトアウト』――かつてアルディヤ国周辺で猛威を振るった麻薬の販売ルートを辿っていたのだが、残念ながら辿るルートがことごとく途切れてしまっていた。


「あまり複雑なルートじゃなかったしな……もとから、切り捨てるつもりの道だったのか……」

「どうしますか?」


 『風』の問いかけに、フリートは顎に手を当てて考え込む。フリートは『純白ホワイトアウト』を調査するにあたって、『予言者』ミリから一人部下を預かっていた。『烈脚』ほどではないが足が速く、諜報に使える男だ。最初はフリートのことを信用していない様子だったが、フリートの諜報員としての技能を見ることで協力的になっていった。

 『惨殺鬼』としてのフリートはいわば副業で、暗殺者としてのフリートが本来の姿だ。腕は衰えたとはいえ、もとよりテッタ公国は諜報と暗殺の国。そんな国で一流として扱われていたフリートが、そうそう遅れをとるはずもない。


「……ここで一網打尽にするのはマズい。撤収が早くなるだけだろう……販売をしている大物、もしくは生産場所を叩く必要があるな」


 フリートは出した結論を伝えると、そのまま目の前の男に向き直る。雇い主に見捨てられ、虚ろな瞳でフリートの方を見ている。捕らえたときに抵抗されたため、少し強めに心を折ってやっただけだが――騙されて『純白ホワイトアウト』を掴まされたならともかく、中身が何かを知っていた以上罪は重い。


 壺商人のフリをしていたその男の両手の爪は剥がれ、血を流している。実に古典的だ、とフリートは思う。しかし、これが強い意思を持って悪事を働いている人間ならともかく、切り捨てられる程度の人間の心を折るのならば、『痛み』が手っ取り早い方法であるのも事実。


「さて、レステさん。貴方に残された道は多くはありません」


 丁寧に喋る。その口調の方が、相手に威圧感を与えられると知っているから。ここまでの拷問の結果で、目の前の青年についてわかったことはそう多くはない。


 壺の底に『純白ホワイトアウト』を詰めて売っていたこと。


 それが悪事だと認識していたこと。


 そして、背後で糸を引いている存在のことは知らないということ。


 フリートは彼が喋った内容を思い起こしながら話しかける。すると、レステと名乗っていた青年が笑った。


「……はっ。どうせ、俺は使い捨てだ……そんなことは、わかってたんだ。だけど……」


 余計なことを話し始めた、と判断した『風』がダガーを構えるが、フリートはそれを制した。喋ってくれるならそれに越したことはない。


「あんたみたいな英雄が出てくるのは、予定外だ……あいつらも慌てて俺を切ったんだろうよ……」


 英雄。その言葉が自身に向けられていると気づいたフリートは、顔をしかめた。自分は大層な理想もなく、ただ自分にできることをやっただけだ。確かに赤毛の獅子にとどめを刺したのは自分だが、それだってその成果に至るまでに様々な人間の苦労と犠牲があったのだ。素直に受け取ることはできなかった。


「……それは、君が重要な情報を持っているという認識でいいのかな?」

「――取引だ、『無音』のフリート。情報を喋る。かわりに、俺の罪を――」

「貴様ッ! 交渉ができる立場だと思って――!」


 激昂した『風』がレストに詰め寄る。だがフリートが『風』を止める前に、『風』の言葉に反応したレストが弾けるように顔を上げた。その瞳にはギラギラと憎しみが宿っており、『風』が息を呑む。フリートはただ無言でレステを見下ろした。


「――くそが。立場、立場、立場! わかってるよ! 俺みたいな雑魚商人には交渉する権限すらないってか! 勇気ある人間じゃないと生きていく資格すらないのか!」


 体を揺さぶり、ため込んだ感情を吐き出すように叫ぶレステ。


「ああ、俺は勇気と誇りを持つ一般人じゃねぇし、お前らみたいな強い人間じゃねぇ! 今だって後悔してるんだ!」


 その叫びに、フリートはこの『レステ』という男の本質を知った。


「『予言者』と『軍神』が作り上げたこの町は完璧さ! 人間がそんなに強くいられるのならな!」


 この男は、悪でもなければ善でもないのだ。


「ああくそ、生き辛くて仕方ねぇんだよこの町は! でも生きる場所がここしかねーんだ! 金も食料もきっちり分けられている、終わりを待つしかないこの町で、どんな希望を持って生きればいいんだよ!?」


 ただ、将来に希望を持てなければ生きられない、という……ただそれだけの青年だった。


 確かに、このギベルの町は完璧だ。『人類』という種族が生き延びるために、貴重な食料や木材は『予言者』によって管理され、飢えることのないように、絶滅することがないように計算されている。予測されている。生産量から分配量まで決まっているが、それを取り合うことによってスラムというものが生まれた。


 いや――『予言者』ミリが、スラムをわざと作ったのだ。


 人は愚かで脆いものだ。スラムという掃け口を作ることで、『予言者』はこの町に溜まっていくはずだった『不満』の逃げ場所を作った。『スラム街の住人になるよりは……』という予防線を作った。そのおかげで、町の中では一見健全そうな社会の生活が営まれている。


 だが、本来そんなことは不可能だ。ほかの都市はほとんどが滅び、今や数か所の村を残すのみ。そこには『聖女』はおらず、貨幣システムなどとっくに崩壊している。このギベルの町がまがりなりにも、まともな人間の町のように機能しているのは、『予言者』ミリが操作しているからだ。


「俺は金の流れを追って、それを知った。砦には大量の金が詰め込まれていて――要は、経済が活性化する程度の金しか出てこないってな。そしてそれはだいたい、金使いが荒い冒険者に渡されるのさ」


 吐き捨てるように告げるレステ。


「商人である俺に、成り上がるチャンスなんて万に一つもない――そんな町で、なんで俺まで清く正しくいなけりゃならねぇんだよ!?」


 商人であるレステにとって、この街は牢獄に等しかった。確かに、暮らしては行けるし、飢えることもない。だが、毎日食費は切り詰めなければいけないし、贅沢なんてたまにしかできない。いくら売り上げを伸ばそうとしても、町の中で暮らしている人間の経済状況に、大きな違いはない。大量に売れるなんてことはあり得なかった。


 そして、若い商人であるレステにとって――それは耐えられなかった。たとえ危険な橋を渡ってでも、変化を望んだ。成長を望んだ。上に行きたいと願ったのだ。


 人類のための最後の砦。最後の町。


 それはつまり、人類の存続のためなら個人の幸福を封殺する町だということ。


「……」

「だから俺は、喋らねぇ。俺は俺のために生きてんだ、断じて人類のためなんかじゃねぇ。俺にメリットがないなら、話す理由はない!」

「き、貴様ァッ!! 言うに事欠いて『予言者』様を……!」

「……ちなみに、どこまでを望んでいる? さすがに無罪放免とはいかないぞ?」

「『無音』様ッ!?」


 譲歩の姿勢を見せたフリートに、『風』は狼狽え、レステは笑った。


「俺は、原料の買い付けもやっていた。そいつの名前を教えてやれる。いるだろうだいたいの場所もだ。見つかったらでいいから、無罪にしてくれ」

「……無罪は無理だと言っただろう。見つかるまでは砦で拘束。もしその情報で事態が解決したら監視付きで解放。的外れだった場合は減刑はなしだ」


 レステが計算高い商人の顔つきとなり、その利益とリスクを天秤にかけ始めた。悩み、結論として、すぐに譲歩したこの男相手ならばもう少し好条件を引き出せると顔を上げた。もう少し交渉すれば、よりよい条件で捕まることができる――


 そう考えて顔をあげたレステが見たのは、冷酷な瞳でこちらを見据え、剣を喉元に突き付ける英雄――『無音』のフリートの姿だった。


「あ、あ……?」

「俺がお前の交渉に乗った理由は、お前の立場に同情したからでも共感したからでもない。ただ『時間が惜しい』からだ。とっとと喋らずに時間を無駄にするようなら、喋りやすいように舌を2枚にわけてやる。最終的には思い出しやすいように、頭に穴を開けてやる」


 フリートは、獰猛に見えるように笑った。


「まさか、お前の頭が魔獣の皮より硬いとは思ってないよな?」


 顔を青ざめさせたレステは、その名前と居場所を告げた。居場所と言っても生活している場所などではなく、普段待ち合わせに使う場所や、おそらくそのあたりに住んでいるという曖昧な情報だったが――だからこそ、彼は『見つかるまでは拘束していていい』と言ったのだろう。


 フリートは不満げにしている『風』に命じて、レステを逃げ出さないように縄で縛りつけ、砦へと連行するように頼んだ。『風』は熱の籠った口調で、自分を連れて行ったほうがいいことを力説したが、結局はレステを移動させることに納得した。

 フリートはずいぶん懐かれたな、と苦笑しながら『風』に礼を言い、レステが喋った人物を探すべく移動を開始した。もし尻尾を出さないようなら、数日監視をするのもありだろうと思いながら。


「――ネフィ、ね」


 完全に根本を断ったわけではないとはいえ、『純白ホワイトアウト』の調査は進んでいた。


 † † † †


 スウェーティ達が、“埋め込みのレベッカ”を取り逃がした翌日のことである。


「お、お前は……!?」


 休んでいた男は悲鳴をあげそうになり、かろうじて悲鳴を抑えた。その正面に立つ女は、無言で右手を持ち上げた。その手に武器が握られていないことに気づき、男は少し気持ちを落ち着かせる。


「何が目的だ。金か? 金ならやるが……」


 ふむ、と男は自分の状況を考え、相手の様子を窺う。ここは自室で、警備の者もいたはずなのにいとも簡単にすり抜けてきたようだ。


「その目、私を恨んでいるな? 復讐か?」


 あくどいこともやってきた男は、その目に見覚えがあった。復讐者の目だ。


「……殺す……お前のせいで、私の家族は……」

「待て待て。それは私がやったという証拠があるのかね?」


 男は、あるわけがないと開き直って告げる。悪事をするときは誰よりも細心の注意を払ってことを重ねてきた。証拠を残すなどというヘマはしないし、ともすれば相手の勘違いということもあり得た。


「証拠がないのならば、勘違いしているのだろう。少なくとも、私は君に見覚えはない」


 誠意を込めて話す。実際男は女の顔に見覚えはなかった。まぎれもなく悪の塊である男は、悪であるがゆえにやましいことは何もない。ただ悪のままに生きてきたのだから、罪悪感など覚えるはずもないのだ。


「……確かに、証拠はない……」


 内心ニヤつきながら、男は真面目な表情で頷いた。ボソボソと喋るその声は、目を引く赤髪には似合わないほど澄んだ声色だったが――


「でも、関係ない。怪しいから――殺す」


 一瞬の油断だった。男の頭は急に動いた右手に掴まれ、次の瞬間男の視界は暗やみに閉ざされた。男は悲鳴をあげようとした。口が動かなかった。見えない。喋れない。聞こえない。そして、息が――できない。


 迫りくる死神の足音に怯えながら、男は必死に体を動かした。両手で壁を叩き、足で壁を蹴り、しかし全く頭は動かない。


 やがて男は力尽き、部屋には頭を壁に埋め込まれた死体だけが残った。

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