第12話 合流
「うむ、非常に可愛らしい容姿をしているな!」
第一声で放たれた言葉に、パトは瞳に浮かんだ警戒の色を強めてスウェーティの後ろに隠れた。薄い青色の民族衣装をまとい、腰に曲がった剣――刀をぶら下げた女性は、初対面であるパトになれなれしく話しかける。
「どうした? 何をそんなに怯えている。容姿を褒めただけではないか、仲良くしよう!」
「しゃーっ!」
もはや人語すら喋れなくなったらしいパトが、警戒心丸出しで女性を威嚇する。スウェーティの体の端から、外にハネた桃色の頭髪が、ひょこひょこと揺れる。その様子を見ていた女性はやれやれと言わんばかりに手を持ち上げ、首を振る。
「警戒されてしまったようだね。怯える姿も猫みたいで可愛らしいが、なぜそんなに警戒しているのか聞いてもいいかい? まさかスウェーティ、君が吹き込んだわけじゃないだろうね?」
「自分の胸に手を当てて、よーく考えな」
「思い当たる節がない。あと柔らかいな」
飄々と言い返す民族衣装の女性――『斬鉄』カンナ。『建築家』チヨの付き人であり、強烈な戦闘能力を持つ女性である。刀、と呼ばれる独特の剣を振るえば、壁や柱、時には鍛えられた鉄すらも切り裂くという脅威の女性だ。残念ながら、性格は品行方正というわけではなく、変な方向に歪んでいる。
「ほーら、やっぱり私は大丈夫だ。おいで、パトちゃん」
「ふしゃーッ!!」
「おいやめろ。パトがどんどん人じゃないものになっていくから近寄るな」
よだれを垂らしそうになりながらパトににじり寄っていたカンナは、スウェーティからの静止の声に立ち止まり、背筋をまっすぐ伸ばす。その怜悧な美貌に見据えられ、スウェーティは鼻白んだ。真剣な表情でスウェーティを見据え、カンナは口を開く。スウェーティも、先ほどまでのふざけた雰囲気から切り替えたカンナの瞳を見つめ、唾を飲み込んだ。
「で、彼女は処女か? 恋人は?」
真剣な表情で問いかけるカンナに、スウェーティは一度ゆっくりと瞬きをした。思考が追い付かない。
「……なんて?」
聞き間違いか――いや、聞き間違いであってくれと願いながら、スウェーティは聞きなおす。
「面倒くさいやつだな。彼女は男とヤッたことがあるのかどうかを聞いてるんだ。二度も恥ずかしいことを言わせるんじゃない」
腰に手を当てて堂々と居直るカンナのどこに『恥ずかしい』という感情があるのかは、残念ながらスウェーティには理解できなかった。いや、おそらくほとんどの人間が理解できないだろう。
「ちなみにだな……私の嗅覚によると、彼女の経験人数はそうだな……3、いや4人か……?」
「なっ、何てこと言うんですか失礼な! 取り消してくださいー!」
意味ありげにとんでもないことを言い始めたカンナに、パトがようやく人間の言葉を思い出して猛抗議する。
「ははっ、冗談冗談。2割くらいは」
「冗談の割合ひくっ!?」
けらけらと笑うカンナを、怒りと羞恥で真っ赤に染まった顔で睨みつけるパト。ああ、とスウェーティは嘆く。やはり、自分やパトのような一般人では、この変態の相手をするのは不可能だ――と。
女性が好き、特に年下の少女が好き――という性癖は、別にいい。ただそれを暴露するタイミングが早すぎる。そして、発言がひどすぎる。思わず正気を疑うような発言がポンポン飛び出し、スウェーティはすでに頭痛を感じ始めていた。真面目堅物一辺倒である『予言者』ミリが、彼女を苦手とするわけである。
「ふむ、こう冷静さを欠いた相手では仕事の話ができんな。仕方がない、スウェーティ、説明を頼めるか?」
「……え、これ私が悪い流れなんですか?」
愕然とした表情で立ちすくむパトを心の中で慰め、スウェーティはうんざりしながら仕事の内容を説明する。とは言っても、調査は基本的にパトとスウェーティが行い、カンナはあくまでもいざというときのための護衛である。
「なるほど、用心棒というわけだな。任せろ、得意だぞそういうのは」
したり顔で何度も頷くカンナに、思わずスウェーティは冷たい目線を送ってしまう。おそらく同じ説明が『予言者』から行われたはずなのに、何も聞いていなかったのだろうか?
「なにせこの仕事を無事にこなせば、さらにミリちゃんを膝にのせてなでなでしていいという約束をしたからな。頑張るとしよう」
『予言者』ミリが説明を放棄して全てスウェーティに押し付けたのか、それともカンナが全く説明を聞いていなかったのか――どちらなのかはスウェーティには判断できなかったが、とりあえずあの紺色の髪を持つ少女の疲労具合を思い浮かべ、思わず同情してしまった。普段であれば『いい気味だ』と笑うところだが、カンナと正面切って交渉をすればどれだけの精神ダメージが行くかわかってしまった。スウェーティは、初めて本気で人に同情したかもしれないと思うほどにミリに同情していた。
「ていうか、あんたなんだっけ……チ、チヨ? とかいう女の子の付き人じゃないのか? いいのかそんな、あちこちの女の子に色目使って?」
色目、というのもおかしな話だが、スウェーティの疑問も最もだ。もちろんカンナは、チヨを至上の主と定めているし、どんなに気に入った女の子がいようとも主を変える気はない。
「私たちの国には、とてもいい格言がある――」
真剣な目つきをして口を開くカンナ。
「――『それはそれ、これはこれ』、だ」
「……行ったことないけど、お前の故郷の国、ろくなとこじゃなさそう」
「私も同意見ですー」
言葉の意味を、なんとなく感じ取ったスウェーティとパトが同時に重い溜息を吐いた。つまり、どうあっても彼女が女の子を口説くのはやめないということである。
「しかし、なんというかしっくりこない三人組だな?」
全てを見通す『天眼』を持つ、『覗き屋』スウェーティ。
映像や記憶を、他人と共有できる『祝福』、『転写』を持つパト。
遠い異国の武器である刀を携え、『祝福』を持たずに強力な戦闘力を持つカンナ。
カンナの言う通り、寄せ集めにしか見えない三人組である。『天眼』や『転写』は調査に向くが、カンナの戦闘方法はあまり護衛に向いているものではない。敵を切り伏せる――要人警護も経験はあるが、基本的に『斬鉄』カンナの剣は攻める剣である。
逆に、護るための戦いというのは、カンナの記憶にある限り一人だけだ。槍使いにして、物体を巨大化させる『祝福』を持っていたという男、『断罪』のトローくらいなもの。彼だけは攻める戦いではなく、生き延びるための戦い方を知っていた。
しかし、いなくなった人間に護衛はできない。
「しっくりこなくても、ちゃんと仕事はしてくれよ?」
「ああ、それは任せたまえ。そうそう遅れをとることはないだろう」
自信ありげに頷くカンナだが、スウェーティとパトは表情から不安の色を消しきれない。『斬鉄』カンナが強いことは、スウェーティは見て知っているし、パトも他者から伝え聞いている。一応、カンナが戦っていた場面の映像も、記憶として持っている。だから彼女が強いことは知っているのだが、戦闘時と通常時の性格の違いが2人を困惑させていた。
「まあ……癖が強い奴ほど、生き残りやすいみたいだからな……」
「そう……ですね……」
自分を納得させるようにスウェーティが言葉を絞り出す。続いてパトも、不承不承、それで納得してやるという、不満が見え隠れする態度で頷いた。そんな二人――特にパトへと視線を移すカンナ。体を跳ねさせてコソコソとスウェーティの後ろに身を隠すパト。
「ずいぶんと慕われているのだな」
感慨深そうに告げるカンナに、スウェーティはなんともいえない表情をしながら返す。
「いや、お前がかなり怯えさせてるんだと思うぞ……」
スウェーティが慕われているというよりは、カンナがとても恐れられてるとみるべきだ。事実としてパトの右腕は震えている。欲望に忠実に自分を狙う変質者が、自分よりも強いともなれば、怯えるのも当然だろう。
「手、出すなよ……?」
「安心したまえ。私は嫌がる女子に無理やり手を出したことは、あんまりない」
「嘘でも『ない』って言いきってほしかったぜそこは……」
げんなりとした表情で溜息を吐くスウェーティ。もはや取り繕う余裕もない――スウェーティはこの女が苦手である。いや、彼はありとあらゆる他人が苦手だが、その中でも自分を煙に巻くタイプの人間は特に苦手だ。あまり考えるのが得意ではないスウェーティにとって、他者の感情や思考を察しろというのは無理な話なのだ。話してるだけで疲れる――『斬鉄』カンナは、あらゆる人間にとってそういう女性だった。
「……行くか」
「どこに?」
「とりあえず、街中をぶらつく。で、事件が起きたら急行する……という方針に切り替えた」
「ふむ」
これはパトの提案だ。スウェーティとしては危険な橋を渡りたくはないのだが、結局のところ解決しない限りはこの仕事が続く。『斬鉄』という、人類の中でも上位に位置する戦力を手に入れたことだし、積極的にレベッカを追いかけることになる。壁に埋め込まれても、カンナなら壁を切り裂くことによる救助も可能なはずだ。
「事件が起きる場所の予測はできているのか?」
本来、それは『予言者』ミリの役割だが――集めた情報を使っても、次の現場を予測することはできなかった。ならば、次善の策。起きた現場に急行し、“埋め込みのレベッカ”の足取りを追うしかない。障害物を通過するレベッカの足取りを追うのは困難を極めるだろうが、それ以外に方法は思いつかなかった。
「できていない」
「なるほど、完全に運任せというわけか。それはそれで、面白そうだ」
好奇心に輝く瞳をスウェーティとパトに向けるカンナ。他者にそのような視線で見られたことがないスウェーティは居心地が悪そうに身じろぎし、パトは再び警戒の色を強めてカンナを睨む。
いろいろな意味で、先行きが不安になる三人組だった。