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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第4章 ーその瞳で見据えるものー
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第5話 写し取る者

 現場に到着した二人は、改めてその場所を観察した。周囲に立ち並ぶ露店の数々は、まるで触れたくない禁忌でもあるかのように、ぽっかりとその部分だけスペースをあけていた。周囲の露天商が割ける場所――そここそが、“埋め込みのレベッカ”による最初の被害者が出た場所だ。


「被害者の名前は、ヴァルン。木彫り細工やアクセサリーを売る、ごく普通の露天商だったみたいですね」


 いつの間に抜き取ったのか、スウェーティが持っていたはずの資料を手に持っていたパトは、1人目の被害者の特徴を読み上げながら周囲を見回す。不自然なほど周囲の露天は離れており、そしてなにより、こうして調べ回っている二人に話しかけてくる商人がいない。


 商品の売り込みくらいしてもいいはずなのに、それがない。


「恨みを持っている人間、という線は全て当たってみたが、成果なし。人の頭を壁に埋め込むことができるのは、“埋め込みのレベッカ”しかいないことから、犯人と断定。逃走の際に見かけられた後ろ姿、赤髪も過去にアルディヤ国にいた彼女の姿と一致しているそうです。顔は正面からは見れていないようですが」


 打ち壊されている壁を覗き込み、パトは首を傾げる。ここにアクセサリー商人のヴァルンが埋め込まれ、救助のためか、遺体を回収するために崩したのか。だが壊したとしても、助かる見込みはほとんどないだろう。壁はそう簡単に打ち崩せるほど脆い作りはしていない。必死に壁を打ち壊している間に、おそらく被害者は窒息死する。


「『魔女』さんとか、『戦乙女』さんとか、『鳴滅』さんとかなら、一撃で壊せるんでしょうけど……」

「……ああ、そうかもな。『鳴滅』はたぶん、被害者ごと壊すだろうけど」


 『祝福ギフテッド』のコントロールが効かない『鳴滅』の存在は割と有名だ。その異常な破壊力も、知っている人は知っている。


「私の『祝福ギフテッド』で情報を集めてみましょうか?」

「聞き取り調査だな……」


 スウェーティは自分の内心に生まれた違和感を、そのまま口に出した。


「でも、こいつら話しかけてこないな」


 スウェーティと目が合った露天商は、無言で目を逸らした。その様子から考えても、彼らが調査に積極的に協力してくれるとは思えない。


「誰か、ここで起きた事件を目撃してた方はいませんか!?」


 パトが声を張り上げるが、商人たちは無言で目を逸らすのみ。


「……怯えてる、のか?」

「……悪いことは言わねぇ。あんたらも早く逃げな」


 気まずそうに声をかけてきた商人は、目を伏せたままぼそぼそと囁くように喋る。


「あの女にバレたら、殺される。調べ回ってるあんたらもだ」

「……」


 その様子は異様だった。まさか脅されているというわけでもないだろうに、商人の男は商品を売り込むわけでもなく、ただ『逃げろ』と言うだけだった。


「――ちっ。こいつらじゃあ、ろくに情報はとれなさそうだな」


 もとよりやる気があったわけではないので、スウェーティはそれほど残念なわけではなかった。早々と彼らから情報を引き出すことを諦めて、背を向ける。もし彼らの恐怖に理由があり、万が一本当に『あの女』レベッカが調べ回っている人間を殺しているのだとしたら、これ以上ここにとどまるのは危険だった。

 そもそも、死ぬ危険性がある仕事なんて、スウェーティは取り組む気がなかった。それらしいことを言ってさっさと退散するのが吉だ。


「ね、商人さん。名前を教えてください」

「お、俺か? 俺は……レステだ」

「レステさんって言うんですね! 私はパトって言います、よろしくお願いします!」


 朗らかに笑う少女の笑顔に影響されたのか、レステと名乗った商人の相好も崩れた。年若い青年だ、まだまだ商人としての修行がたりていないのだろう。愛らしい容姿をしているパトに満面の笑みを見せられれば、ガードも緩くなる。パト、という名前に耳ざとく反応した商人もいたが――レステと名乗った青年は、その反応に気づかなかった。


 そしてパトから差し出された右手を、両手で握ってしまう。それは敵意がないことを示す挨拶。その対応に何の問題もなく、接客業が身に染みついている商人だからこその反応なのかもしれない。


 だが、触れてしまった。


「――ここで、何を見たんですか?」

「――何って……!?」


 パトの体から黄金色の光が立ち昇り、すぐに消える。僅か数秒程度の光だったが、その時間があれば十分だった。


「情報提供、ありがとうございます♪」


 くすりと笑う、『転写』のパト。問われた青年は、思わず思い浮かべてしまっていた。あの日、ここで起きた残酷な殺人事件の風景を。それは断片的で、精度も荒い映像だったが、確かに彼はここで見ていたのだ。


「え、今――『祝福ギフテッド』……? なん、え……?」

「私の『祝福ギフテッド』、知りたいですか? でも、貴方には教えられません。女の子になって出直してきてくださいね」


 他者の思い浮かべた記憶を伝える、他人が見た光景を映像として伝える――それが、パトの持つ『転写』という『祝福ギフテッド』の力だ。少しでも思い浮かべてしまえば、パトはその情景を読み取れる。相手があらかじめ『祝福ギフテッド』のことを知っていたり、警戒して体に触れないようにしていれば防げるが……見た目も相まって、初対面でパトのその『攻撃』を防ぐことは困難だ。


 慌てて手を振りほどいたものの、呆然とした表情を隠せない青年を放置して、パトは軽やかにスウェーティのところに戻る。


「さあ、行きましょスウェーティさん」

「お前……結構えげつないことするな……」

「ひどーい! 私だって本当はやりたくなかったんですよー!」


 可愛らしく頬を膨らませて見せるパト。本心はわからないが、少なくとも彼女の行動で情報が得られたのは間違いない。だが、商人たちはすでに警戒態勢に入っており、商品をまとめて撤収しようとしている商人もいる。これ以上、ここで粘るのは愚策だった。


「行くぞ、パト」

「はい!」


 呆然としている、レステと名乗った青年を放置して、二人は市場を去った。目立たないように路地に入り、細く曲がりくねった道を抜けて、顔を合わせる。


「『転写』で、レステの記憶を読み取ったのか?」

「えへへ。思い浮かべてもらえてよかったです。油断してたみたいですね……スウェーティさんも見ましょう?」

「……ああ」


 スウェーティは若干、パトの『祝福ギフテッド』に対する認識を改める。他人同士の記憶・情景を共有させるだけでなく、『他人が思い浮かべた光景を自分に共有させること』ができるのだ。それは、記憶の読み取り能力に違いない。警戒していれば、自分の脳内映像を読み取られることはないだろうが……警戒していなければ、あのレステと同じように知られたくない記憶も見られてしまうだろう。


「はい、どうぞ!」


 そしてレステを前に、笑顔で近づいて記憶をのぞき見した鮮やかな手腕。スウェーティはその様子に、パト自身に対する警戒もあげるべきかと考えるが、何も考えてなさそうな笑顔で両手を差し出した彼女を見てどうでもよくなる。


(気のせいだろ、たぶん……)


 やけに、手慣れているように見えたのは。


「ああ」


 パトの両手に触れた瞬間、その風景がスウェーティの脳内に流れ込んでくる。

 灰色の壁を背にして、赤髪の女と会話する小太りの商人。位置としては商人の正面から見ていたのか、女の顔は見えない。

 そして、商人が女に何かを手渡し、会話を続ける。口は動いているが、何を言っているかまでは読み取れない。そして、女が突然商人の頭を掴み――


 気づけば灰色の壁に、商人の頭が埋まっていた。そして、女も溶けるように壁に吸い込まれて消えていく。


「断片的なもので申し訳ないんですけど……あのひとが咄嗟に思い浮かべた映像は以上です」


 申し訳なさそうに告げるパトだったが、『無音』のように同意の上で一連の流れを思い出してもらったわけではない。不意の質問で、強引に引き出した情報なのだ。断片的で端々が不明瞭なのも、仕方がないこと。


「いいや、気にしなくてもいい。これは一つの成果と言っていいだろう。だが、さっきみたいなやり方はこれから先は控えるようにしてくれ」

「はーい!」


 明るく笑って返事をするパトと、平静を装って動揺を押し隠すスウェーティ。先ほど、パトが『祝福ギフテッド』を使った後。周囲の商人たちが2人を見る目は、完全に敵を見るものだった。殺人鬼の行方を追っているのに、町の住人から敵対視されては、手に入る情報も手に入らなくなる可能性がある。


 戦闘能力がないスウェーティとパトでは、周囲の商人に襲われるだけで抵抗できないのだ。喧嘩慣れしている一般人にも勝てないだろう。


「護衛もつけない、ってあたりが期待度の低さを示してるよな……」

「え?」


 パトが襲われる可能性を考えていないのか、それとも凄腕の調査員だと思い込んでいるスウェーティをあてにしているのかは知らないが、少なくとも『予言者』ミリは二人に戦闘能力がないことを知っていたはずである。“埋め込みのレベッカ”を追ううちに、戦闘になることはあり得ない話ではないというのに、護衛もつけずに調査させるあたり、『予言者』ミリは本当に期待していないのだろう。


「なんでもない」


 スウェーティとパトを外出させる口実なのか、襲われることはないとタカをくくっているのか、どうでもいいと思っているのか、はたまた別の目的があるのか――。

 『軍神』と並んで、人類の守護者に名を連ねる『予言者』。前々からわかっていたことだが、何を考えているのかわからないあの少女は恐ろしい――と、スウェーティは体を震わせた。


「あっ……」

「どうした?」


 パトが、手に持っていたものを見下ろして悲しそうな声をあげる。


「しおれちゃいました……」


 長時間握りしめていたからか、純白のシラリエの花はしおれて、力なく頭を垂れていた。


 それがなんとも不吉な暗示のようにも思えて、スウェーティはその考えを振り払うように花から目を逸らした。

 まるで、見たくないものを見せられたかのように。

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