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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第4章 ーその瞳で見据えるものー
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第1話 仮面

「ねぇ、スウェーティさん! 今度、外に遊びに行きませんか?」


 スウェーティは何の肉かよくわからない料理を口に運びながら、いきなり妙なことを言い出した目の前の少女を見る。相も変わらず外にハネている薄桃色の髪に、好奇心と希望で煌めく黄色い両目。人生を楽しんでいることが一目でわかる彼女の様子に、スウェーティは内心湧き上がってくる嫉妬の感情を押し殺す。


「……あー、どうかな。俺も結構忙しいからなぁ」


 この天真爛漫な少女――『転写』という『祝福ギフテッド』を持つパトという少女は、自分とは真逆の性格をしているように、スウェーティは思う。その両目は希望に輝き、薄暗い感情なんて持っていないように思える。その様子が無性に苛つくが――苛ついている、ということを見せるわけにはいかない。


 しょうもない見栄と意地が、スウェーティに『優しいデキる男』を演じさせていた。内心で盛大に舌打ちするが、虚栄心に彩られた彼の行動は変わらない。自らを偽り、他人を騙し、そんな自分に罵倒と悪態をつきながらまた嘘を吐く。


「やっぱりスウェーティさんってすごいんですね!」


 両手を合わせて、尊敬のまなざしでスウェーティを見つめるパト。その純真な少女の様子に、とっくに擦り切れてなくなっていたと思っていたスウェーティの良心が疼く。だが、口から飛び出たのは――


「まあ、そうだな。俺がいなかったらどうなっていたことやら」


 ――という、勘違いを加速させる嘘だった。また自己嫌悪に陥るスウェーティ。自分がどれだけしょうもない人間なのかはわかっている。わかっていて、大きく見せようと嘘を吐くのだから始末に負えない。


「というわけで、忙しいから外出は無理だな」


 というか、外出の権限がないのである。『予言者』ミリに命じられたことは、砦から出ないこと。実際問題、衣食住、生活に必要なモノは全てこの砦にいれば与えられる。外の様子は『天眼』である程度知ることができる。


「そうなんですかー、残念です!」


 一瞬表情を曇らせたパトだが、すぐに明るくスウェーティに笑いかける。年若い少女に向けられる好意――尊敬の感情に、スウェーティは少し気分がよくなる。しかし、また、騙している罪悪感で自己嫌悪に陥る。


(だめだ。こいつと話していると気が狂いそうだ……!)


 苛立ち、しかし表に出せず、そしてその感情の大元の原因は自分にあることを理解しているからこそ、再び自己嫌悪のループに嵌まる。


 自虐的、自罰的、『天眼』スウェーティは、自分がクズであることを理解している。わきまえている。『天眼』という女神から与えられた『祝福ギフテッド』を極めて利己的な理由で使い、人類の守護者である『軍神』に能力を過少報告している。そんな自分が、年若い少女に尊敬の眼差しを向けられていいわけがない――いいわけがないというのに、その視線を心地よいと感じてしまっている自分がいる。


 そんな自分が、嫌で嫌で仕方がない。


「あ、そういえばスウェーティさん。この間の『無音』さんの戦い、どこまで見てました? よければ、全部見ます?」

「……ああ、そうだな。気になるところだ」


 “貴婦人”の襲撃。【幻死蝶イミーティア】の生み出す夢の世界に捕らわれていても、スウェーティの『天眼』に影響はない。空間、距離を無視して『見たいモノを見通す力』であるため、たとえ異空間に閉じ込められようと見えなくなるということはないのだ。


 だが、そこまで長時間見続けることができるわけではない。なにせ『無音』と“貴婦人”の戦いは長かった。『無音』がいつ負けてもおかしくない状況であったために、スウェーティも戦いの序盤に長時間『天眼』を使っていた。そのため、後半全ては見れていない。せいぜい、怨嗟人形が生み出されていたところまでだ。


 あの戦いで、『無音』が勝利したのは『今自分が生きているという現実』から考えてわかるが――いったいどうやって倒したのか? それ自体は、スウェーティも見れていなかった。


「じゃあ、スウェーティさん。右手をどうぞ!」

「お、おう……」


 ズボンで何度か手のひらを拭って、テーブルの上に差し出すスウェーティ。自分が、あまり女性に好まれる容姿の持ち主ではないことを知っているため、不必要に緊張してしまう。


「じゃあ行きますねー」


 気負いなくスウェーティの右手を握りしめたパトから、映像が流れ込んでくる。第三者の視点で見ているスウェーティの『天眼』は、移動もできるが基本的には一点からの観察になる。パトの『転写』は、思い浮かべている光景をそのまま伝える映像だ。『無音』フリートが見ていた光景を読み取り、それを記憶した結果の映像なので、細部はぼやけているし視界は揺れる。


 『天眼』の映像に慣れているスウェーティは、少し酔いそうになりながらもその映像を見続けた。絶望的な状況からの復活、抗い続けた先に見えた一筋の希望。


 『戦乙女』が『祝福ギフテッド』を使っている時のように立ち昇る金色の光――


(――ん? こりゃ立ち昇ってるんじゃあないのか……? むしろ逆――)


 上から降り注いでいるような光の奔流。リクルという少女が『祝福ギフテッド』を使って光を発しているのではなく、まるで少女を上から光で押さえつけているかのように――


「ここです! ここすごい、かっこいいですよねぇ!」


 スウェーティの感じたことは、パトの声によって押し流された。慌てて映像に集中すれば、ちょうど怨嗟人形の一体がリクルの攻撃によって崩壊するところだった。


「私の『祝福ギフテッド』じゃ、音は拾えないので会話はわかりませんが……なんか、お姫様と勇者様って感じですよねぇ、いいなぁ……」

「っ、そうだな……」


 陶然とした表情で呟くパトに、嫉妬の感情が溢れそうになる。先ほどまで自分に向けられていた尊敬やあこがれの感情は、今は『無音』のフリートとリクルという少女に向けられていた。まるで与えられていたものを奪われたかのような喪失感と、それを奪っていった二人に対する醜い嫉妬心が膨れ上がる。そして、スウェーティはまた自虐的に嗤う。


 醜いにもほどがある、と。


「やっぱりすごいですねぇ、英雄のみなさんは!」

「……そうだな」


 さすがは、人類の危機を救った者だ。自分以外の住人が眠っていて、たった一人で勝ちが見えない相手に、抗い続けるということは――どれだけ困難なことなのだろう。あらゆることを諦めて腐ってきたスウェーティには、わからないことだった。


「でも、こんな恐ろしい魔人が、まだ何人もいるんですよね……」


 ふと表情を暗くして俯いたパトに、スウェーティはなんと声をかけるべきか迷った。


 「大丈夫」と根拠のない励ましを言うべきだろうか?


 「なんとかなるさ」と明るく笑って見せるべきだろうか?


「もし、私がピンチになったら……スウェーティさんは、助けてくれますか……?」


 不安に揺れる黄色の瞳。わずかに潤んでいるその両目に、スウェーティは気圧された。普段の明るく希望に溢れているパトからは想像もできないほどに弱った姿だった。恐ろしい“貴婦人”の戦いを思い出して、不安になったのだろう。


 『天眼』スウェーティは、その問いに対する答えを持たない。戦う力も覚悟もない彼は、『ただ見ること』しかできない男だ。卑怯で、小狡くて、情けない――そんな、弱い男だ。何も言えず、だが『何かを言わなければ』と口を開いたスウェーティが、弱弱しい呟きが漏れる。


「俺、は――」

「……なーんてねっ! 冗談ですよ、冗談! なんか変なこと言っちゃいましたね、私!」


 パトが明るく笑い、スウェーティの発言をかき消す。スウェーティは気づかれないようにホッと安堵の息を吐いた。

 ただ、自分が『何も言えなかった』という最悪の間違いを犯してしまった事実から、必死に目を逸らしながら。


(ああ、きっと……失望されただろうな……)


 当然だ。どんな女性だって、こんな年を食った情報収集しか能がない男より、若くて戦う力のある青年のほうがいいに決まっている。『剛腕』、『無音』、見た目だけは若い『軍神』――それ以外に、スウェーティより『マシ』で『まとも』な人間なんてものは腐るほどいる。


 今、こうしてパトが自分と会ってくれているのは、彼女が自分のことを『凄腕の情報収集屋』だと思っているからに過ぎない――そう思い込んでいるスウェーティ。互いに互いを勘違いしたままの関係は、当分変わりそうもない。


「スウェーティさん、今度の休みはいつですか?」

「結構先だが……すまんな、俺はミリ様の許可がないと外出できないんだ」


 結構先、というのは嘘だ。基本的に、『祝福ギフテッド』を使うために拘束される時間以外は休みと言ってもいい。ミリの許可がないと外出できない、というのは本当だ。もっとも、最初から『砦から外出しない』ことを条件に契約をしたあの女が、そう易々とスウェーティを外に出すとは思えないが。


「……スウェーティさん、私のこと嫌いですか?」


 また瞳を潤ませ、泣きそうな声色で問いかけるパト。


「……えっ? いや、そんなことはないが」


 本当は面倒に思っているが、その尊敬の眼差しは捨てがたくてとっさに嘘を吐くスウェーティ。


「じゃ、じゃあ、私からもミリ様にお願いしてみますね! スウェーティさんと外出したいって!」

「はは、ありがとう。じゃあお願いするよ」


 うまくいけばラッキー、くらいの気持ちで同意するスウェーティ。別に外に出たいわけではないが、自分を尊敬してくれているこの少女との外出ならば、少しは楽しいかもしれない。


 いずれ、嘘がバレてこっぴどい目に合うのは目に見えているが、それでも目先の快楽から逃れられない。どうせ後悔することはわかっているのに、楽な道を選び続けるスウェーティ。


 それでも嬉しそうにうなずくパトの笑顔を見ると、釣られて喜んでしまうどうしようもない男なのであった。

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