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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第3章 ー神々の森ー
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第12話 日常

 朝日に目を細めながら、フリートは隣を歩くリクルに視線を向けた。どう見ても緊張しているのだが、フリートにはその緊張の理由がわからない。生活物資の買い出しや、家の下見をしたときなど、二人で出かけることは多かったが、そのときは緊張していなかったのだ。


 だが、今はなぜかフリートの顔すら見れないほどに緊張しているようだ。


(なんだろうな……嫌われたってことはないだろうが……)


 ある意味自信に満ち溢れている考えだが、フリートはリクルの恋心を正確に把握はしていた。ただ、フリートから見てリクルは妹か娘のような存在であり、恋愛対象としては見れないというだけの話であり――そして、リクルもいつか目が覚めるだろうという思いがあるからこそ、彼女の恋心に応えるわけにはいかないと考えていた。


「うーんうーん……」


 何か悩んでいるらしいリクルを、微笑ましいものを見る視線で観察するフリート。


(あんた、相変わらず性格悪いわね)

(いや、これくらいいいじゃないか。微笑ましい)

(いつまでそうやって余裕の態度でいられるか、見ものね……)


 意味ありげに囁くネメリアを無視し、フリートはリクルと一緒に進んでいく。最初に向かう場所は、この町の名所と呼ばれる場所だ。昨日、家に戻る前にグルガンに訊ねて場所を教えてもらったのだが――


「うわぁ……」

「おおー……」


 ――ニヤニヤしながら、行けばわかると教えてもらった場所に行くと、そこは少し広めの広場となっていた。中央には、少し高くなった台座があり、そこには数人の銅像が立っていた。


「これ、オーデルトさんですか……? 再現度高いですね……」

「こっちは、『聖女』様の石像か……? なんだこれ……」


 見覚えのある面々の石像に出迎えられ、若干以上に気圧されるフリートとリクル。砦で療養生活をしている際に、多くの重要人物と顔を合わせたリクルも、その再現度の高さに驚いている。


 『軍神』オーデルト。

 『予言者』ミリ。

 『剛腕』セルデ。

 『聖女』リリーティア。

 『戦乙女』シャルヴィリア。

 『氷牙』アディリー。

 『断罪』トロー。


 それぞれの遊撃隊の隊長と、有名どころの4人の石像がたっていた。どれも再現度が高く、細かい表情や服などもうまく作られている。妙にこだわった造形から考えて、腕のいい石細工の職人が作っているのだろう。


「……」


 ふと思い立ったフリートは、たなびく様子までも再現されている『聖女』リリーティアのスカートの前でしゃがんでみ――


「――フリートさん?」

「じょ、冗談だよリクル……」


 身を屈めた瞬間に立ちふさがるように姿を現したリクルに怯えながら、フリートは背筋を伸ばした。歴戦のフリートですら感知できないほどの速度だった。


「あっちはなんだろうな、なんか作りかけみたいだけど……」


 リクルの非難する目線から逃げ出すように、フリートが話題を逸らす。石像は広場のあちこちに立っているが、その中でも一か所、布で覆われている石像があった。中ではカンコンとノミの音が響き、まだ製作途中であることが窺える。


 フリートは内心首を傾げる。砦のだいたいの重要人物はすでに石像になっている以上、新しく作られているのはいったい誰なのだろうか。


(ベネルフィあたりかな……あの魔女も、目立った功績がないだけで実力者だからな……)


 その布の周囲をウロウロしていると、中からひょっこり青年が顔を見せた。


「あーっ!?」

「えっ!?」


 急にフリートの後ろの方を指さして叫んだ青年に反応し、とっさに後ろを振り返るフリート。しかし、後ろを歩いている人たちは特に物珍しいものがあるわけではなかった。怪訝な表情をしながら青年に向き直ったフリートだが。


「後ろじゃねぇよ! あんただあんた! やっほーっ、今日はツイてるぜ! まさかマジモンに出会えるとは!」

「マジ……」

「……モン?」


 首を傾げるフリートとリクルに、青年が照れくさそうに言葉を続ける。


「ああ、俺っち、南東の方の出身だから、変な方言は許してくれよな! あんた、『無音』のフリートだろ!?」

「そ、そうだが……」

「やりぃ! ちょっとそこで動かないでくれよ! スケッチすっから!」


 首を傾げたままの二人を置き去りに、奇抜な髪型をした青年は布の奥に引っ込むと紙とペンを持ってきた。そのまま台座の上に座り込むと、チラチラとフリートの顔を眺めながらスケッチを開始する。手慣れた様子で描かれていく自分の姿を、フリートは感心しながら眺めていたが。


「って、なんでだよ。お前はいったい誰なんだ?」

「ああ、俺っちかい? 俺っちは、芸術家のベルリタってんだ。絵画に石像、文学に歌、なんでもござれの気まぐれ野郎さ! んで、今は『予言者』様から依頼を受けて、石像制作の真っ最中~っと」


 フリートが動いているのに、数秒顔を見ただけで正確に模写していくのは流石としか言いようがない。芸術家、というのは本当なのだろう。


「石像? 誰のだ?」

「あれ、知らないっすか? この間の大暴走スタンピードの立役者――すなわち、獅子を葬り去った『無音』のフリートっすよ!」

「……ごめん、今なんて? 聞き間違いかな」

「あんたの石像っすよ。今作ってるの」

「今すぐやめろ。直ちに取り壊せ」


 真剣な表情で迫るフリートに、ケラケラと笑って見せるベルリタ。


「それは無理っすねぇ。俺っち、すでに前金で報酬貰っちゃってるんで。『予言者』様と『軍神』様から」

「またあの二人か……!」

「ふ、フリートさんって実はすごい人だったんです……? このメンバーと並んじゃうほどに……?」

「いやあれは偶然だから――」


 『聖女』や『軍神』、『戦乙女』と並んで石像が作られていると聞いたリクルが呆然と呟く。凄腕の冒険者であることはわかっていたつもりだったが、それでも石像が建てられている面子に比べるほどではないと思っていた。“貴婦人”との戦いを通じて、実力者であることはわかっていたが――リクルにとってフリートはあくまでも『フリートさん』であり、酒に酔って飲んだくれている第一印象が強かった。一緒に生活するうえでだらしない恰好のフリートを見ていることも影響している。


「またまたそんな。今、町中大盛り上がりっすよ! 1人で魔獣の群れを蹴散らして、真紅の獅子を仕留めた英雄――『無音』のフリート!」

「――ああ、わかった。クソッ、またしてやられた……!」


 舌打ちを一つして、フリートは頭を掻いた。『予言者』と『軍神』の情報統制だ。“貴婦人”との戦いによる被害は、砦で行われた魔法実験の事故、ということで片が付いているはずだが、それだけでは弱いと思ったのだろう。もしくは、自分たちの人気や権威に傷がつくのを恐れたのか。


 ――いいや。あの『軍神』のことだ、それが本当に人類にとって『必要だから』行ったのだろう。


 マイナスのイメージがついて回る噂を払拭し、プラスの印象へと操作する。それはフリートが暗殺者をやっていたころにもよく見た、権力者の手法だ。特に戦争中の国家は、戦況がよく見えるように印象を操作することに長けていた。そういった印象操作、情報統制は、テッタ公国の得意分野だったのでフリートにも理解はできる。それを思いついて、実際に実行できるかは別にして。


「酒場とかでも、詩人が歌にしてるぜ? 最近よく聞く」

「ああ、あいつがここを勧めた理由がわかったよ!」


 そういえば、グルガンはここをニヤニヤしながら勧めたのだった。あの大男は、このことを知っていたに違いない。一瞬『軍神』に抗議をしに行こうかと思ったフリートだが、これが人類のために行われていることなら覆しようがないし――なにより、おそらく自分が療養生活をしている一か月間で、浸透してしまっている。今更、『軍神』にやめてくれと言っても、彼ですらひっくり返せる段階ではなくなってしまっただろう。

 住民たちが常に娯楽を求めている以上、凄まじい勢いで広まったのだろう。その明るい知らせと鬱憤を晴らすための酒の肴になる話をかき消せと言われても、消えるものではない。


「……フリートさん、すごい人だったんですね……」

「……一応、そんなことはないよと言っておくね……聞いてなさそうだけど……」


 『軍神』、これは一つ貸しだぞ――と、遠い砦を見据えながら言葉を飛ばしたフリート。リクルは何かを考え込むかのように目を伏せ、フリートは現実逃避するように砦を睨み、ベルリタは笑いながらスケッチを続けている。混沌とした空間を生み出した三人が現実世界に戻ってくるまで、数分の時を必要としたのだった。




 石像ショックから立ち直ったフリートは、リクルを連れて広場を離れた。一刻も早く『自分が石像として建てられている』という事実を忘れ去りたかった。できる限りその記憶を思い出さないようにしながら、フリートは黙りこくっているリクルを連れて歩く。


「さて、午前中のことは忘れて、服を買いに行こうと思うんだが……リクル、大丈夫か?」

「えっ、あっ、はい大丈夫です! 行きましょう!」


 何かに気づいた顔をして、意識を現実世界に戻したリクルが勢いよく歩き出す。フリートが後ろを歩き出すが、前を進むリクルの歩き方に違和感を覚えた。


(なんかぎくしゃくしてる……?)


 午前中、広場に向かうまでの緊張とは別種のぎこちなさだ。そしてフリートは、そのぎこちなさに覚えがある。新人の暗殺者がよく見せるぎこちなさだ。


「……」


 緊張している、というのももちろんあるが――それ以上に周囲の目を気にしているぎこちなさだ。まるで、後ろめたいことがあるかのように、周囲を窺いながら歩いている。


「リクル、どうした?」

「どっ、どうもしませんよ!?」


 明らかに怪しいが、フリートには原因がわからない。首を傾げつつも、様子を観察することにしたフリートは、見失わないようにリクルの後ろをついていった。

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