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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第3章 ー神々の森ー
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第8話 禁じられたもの

「――ッ!」


 爆風で飛んでくる土のかけらを手をかざすことで防ぐ。もとより今のこの領域の中では、ベネルフィに視界は必要ない。自分の魔力で満たされた空間は、あらゆる情報を彼女に伝えてくる。

 この魔力による情報を集めて、次の“狼王”の動きを予測する。その予測は決して外れることはないが、物理的に間に合うかどうかは別問題だ。


 ディーネが踏み込んだ地面が爆発する。あの“狼王”を拘束し切るのは不可能と判断したベネルフィは、ひたすらに火力を叩き込み続ける。地面を破裂させて体勢を崩し、崩れた先に再び爆発が起き、踏ん張りが効かない“狼王”は吹き飛ばされ続ける。大したダメージは入っていないが、攻撃させる隙は与えない。


「――くっ!」


 『火山ヴォルケイノ』の魔法でもダメだった以上は、あの堅牢な防御力を突破する手段を考えなくてはいけない。『魔女』である自分でも、たった一つしか持ち得ない攻撃手段。とあるトチ狂った研究者が生み出し、他の研究者たちが禁忌として封印した手法だ。その情報は秘匿されていたが、ベネルフィは目にする機会があった。


(ああーーしかし、私の頭脳はそれが最適解だと告げている。いや、それしかないのだ、と)


 なのに、なぜ。こんなにも、心がその方法を拒絶するのか。今までの彼女であったなら、躊躇いなくその方法を取っていた。だが、彼の――『烈脚』ウェデスの生き様に触れて、心に変化が起きている。その状態すら、冷静に把握することができる。分析と考察は、ベネルフィの得意分野だ。それは自分の心境であっても変わりはない。


 つまりは、今までどこか夢のように感じていたこの世界が、現実だと認識したのだ。


 身近な人間の、鮮烈な生き方を目にして。


「私にもまだ、そんな感情が残っていたのか」


 彼女は――そもそも、この世界の人間ではない。物理も魔法の法則も常識も、全てが異なる世界からの来訪者だ。ゆえに魔法理論は、この世界と元いた世界の融合だし、当たり前のように浸透している『祝福ギフテッド』という異能力にも疑問を持っていた。持つことができた。


 だが、そのことを自覚しているからこそ、この世界の人間たちに対して興味が持てなかった。もとより違う世界、違う常識で育った人間たちは、彼女にとって理解できない存在だった。


 『魔女』ベネルフィは孤高だった。


 彼女は、決定的にこの世界の住人たちとは違っていた。彼女はこの世界の真実を知りたがっていた。さらに言うのであれば――元いた世界に帰る方法を探していたのだ。


「……私にとって、ここはあくまでも夢の中でしかなかった」


 人が死んでも、人類が窮地に陥っても。親身になれるはずがなかった。一緒に悲しんでやることすら、不可能だった。いや、必ず一線を引いて接することで、『魔女』ベネルフィは自分の精神を守っていたのだ。


 平和な世界で育った彼女にとって、この世界の人類は窮地に追い込まれ過ぎていた。


「私は帰る。何があっても私の世界に帰る。世界を渡ってしまった理由にも、見当はついている(・・・・・・・・)。その答えが見えてきそうなところなんだ――」


 この世界の人類に、この奥にある物を見る理由がなくても。異なる世界から来た『魔女』ベネルフィには意味があるのだ。この世界の全てを知り尽くしたとき、帰る方法もわかるはずだ。もしくは、帰れないということが。調べ尽くしてもいないのに、諦めることは許されない。


「――ウェデス。君の人生、しっかりと私の心に刻んだよ」

「貴様――」


 爆発は止まらない。いくら“狼王”ディーネが驚異的な防御力と身体能力を有していても、空中を掴むことなどできるはずもない。決して地面には降ろさない――連続する爆発が大きくディーネを吹き飛ばす。他の人間がやろうとしても、爆風や体重、体の動きなどが邪魔をしてそこまで正確に吹き飛ばす位置に魔法を設置できない。


 『魔女』ベネルフィは、領域内の対人戦では最強。一度、パターンに嵌まれば抜け出す手段は魔力切れを待つしかない。


 しかし、“狼王”ディーネにダメージはなかった。軽度の火傷程度の物で、今は焼かれないために目を閉じてすらいる。魔力による鎧をまとっているディーネは、ベネルフィが連発できる程度の魔法ではダメージが通らないのだ。このまま魔力切れさせれば、なんとでもなる――それがディーネの考えだった。


「誇りたまえ、『烈脚』のウェデス。この『魔女』ベネルフィが認めた、この世界の英雄はただ1人」


 爆発が連鎖する。


「短い旅ではあったが――君の全て、私が生き残るために私が貰い受ける」


 爆発が連鎖する。


「その罪も、思いも、私が生涯を賭けて伝えることを約束しよう」


 『魔女』ベネルフィは、両目から流れ落ちる涙を拭うこともなく、足元に横たわるウェデスの遺体に触れる。服や手が血で汚れることも気にせずに、彼の体を撫でた。


 ――自分の戦いに巻き込むつもりはなかった。


 ――最悪、自分だけが死ぬつもりだった。


 ――だからこそ、逃げ出すであろう彼を選んだ。逃げる能力を持つ彼を旅の共に選んだ。


「君の弱さも。君の強さも。最後は『祝福ギフテッド』なんて関係なく、私の前に飛び込んだ、君の精いっぱいの勇気を讃えよう」


 ウェデスの体から光が立ち昇る。ひどく幻想的な、深緑色の光だ。


「君はどこまでも普通の凡人で、それでも最期は確かに英雄だった」


 落ちてくる“狼王”を見据えて、ベネルフィは言葉を紡ぐ。爆発は止まり、静寂が周囲を支配していた。


「この世界では見つかっていないようだが――私の世界では、禁忌とされている研究があった。あまりにも人道に反するために、発見自体が封印された魔法だ」


 深緑色の粒子が線を作り出していく。


人間の遺体を触媒(・・・・・・・・)として、魔法を生み出す技法だ。これを知られれば、世界中で惨い事件が多発するだろうということから、決して公にされることはなかった」


 それはなぜか――


「人間の遺体は――非常に触媒に(・・・・・・)向いている(・・・・・)のだ。もっとも、異様なほど強力な魔法にしか使うことはできないが」


 深緑色の粒子が、空中に魔法陣を作り出す。研究を続けていたが、決して使うことはないだろう――使ってはならないと考えていた禁呪。


『さあ 終わりを 始めよう』


 残りの魔力全てをつぎ込まれた魔法陣が震える。落下する“狼王”が体を動かし、なんとかその射線から逃れようとするが――無駄だ。この領域内において、『魔女』ベネルフィが狙いを外すことなどあり得ない。


『摂理を捻じ曲げ 現れよ 其は全てを飲み込むもの』


 詠唱が終わる。


『――黒点』


 落下を続ける“狼王”の下に小さな漆黒の点が生まれ、静かに“狼王”の体を飲み込んで消えた。そして同時に――ウェデスの遺体も、黒点に飲み込まれて消えていった。“狼王”を飲み込んだ黒点は、ウェデスの遺体からは離れていたというのに、ウェデスの遺体も消失したのだ。


「っはー……」


 ベネルフィは、止めていた息を大きく吐き出すと、地面に倒れた。赤光を放っていた彼女の領域は静かに消えていき、後には爆発で何度も抉られた地面と地面に倒れたベネルフィだけが残された。


「本当に……罪深い魔法だよ……」


 ベネルフィは仰向けになって空を見上げながら、静かに両目を隠した。そうでもしないと、延々と流れ落ちる涙を、止められそうもなかった。

 『黒点』の魔法は、対象と触媒を飲み込んで消滅する。『黒点』に飲み込まれたものがどこに行くかは明らかになっていないが、少なくとも戻ってきたという話はない。魔人“狼王”は、1人の英雄とともにこの世を去ったのだ。


「遺体すら、持ち帰ってやれないとはね……何が、天才だ……情けないったらありゃしない……」


 ようやく、世界の真実にたどり着けるかもしれないというのに――驚くほどベネルフィの心は沈んでいた。まるで、世界の真実よりも、元いた世界への帰還よりも、大切なものを喪ったかのように、ベネルフィの心は晴れなかった。


「――ああ、困ったな。これじゃあ、死ねないな……」


 静かに呟いたベネルフィは、ゆっくりと体を起こした。責任が生まれてしまった。『烈脚』のウェデスという男の人生を、語り継ぐという責任が。もしこの世界の人類が救われるとしたら、そこには確かに『烈脚』のウェデスという男の功績があったのだ、ということを語り継がねばならない。


「……調べなきゃね」


 今、世界の真実と引き換えに、ウェデスが蘇ると言われたら、私はどちらを選択するのだろう――そんな答えの出ない考えを続けながら、ベネルフィは足を神殿に向けて進めた。その足元に、風に飛ばされたらしい一枚の紙が落ちた。


「……『あなたの人生に幸運を』、か。私に見初められたのは、君の人生の中で最大の不運だったかもしれないね……」


 ウェデスに託した一枚の紙。戦闘中にウェデスが落としたのだろう。それだけが、黒点に飲み込まれることなく残っていた。逃げ出すことを前提にした自分からウェデスへのメッセージに苦笑する。


「ああだけど、私にとっては君がついてきてくれたのは最大の幸運だったよ」


 神殿に足を進める。この中にどんな真実が隠されていようと、その全てを受け入れて先に進まなければならない。『烈脚』ウェデスの死を、決して無駄にしないためにも。


 ベネルフィは、決意を新たにすると、神殿の内部へと足を踏み入れた。

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