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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第3章 ー神々の森ー
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第7話 魔女

「っ、これは……!?」


 “狼王”が驚いたように自分の体を見下ろす。爆発はダメージにもなっていないが、右足が動かない。見れば、三重に巻き付いた鎖が彼女の動きを封じていた。静止状態から力を込めようにも、さすがに三重に拘束されては打ち壊すことは不可能だ。


「――拘束バインドッ!!」


 足元の鎖を打ち砕こうと右手を振り上げた瞬間、地面から発生した鎖の群れが右腕に巻き付き、動きを止める。


爆裂ブラスト


 動きが完全に静止した瞬間を狙って放たれる爆発。一発一発は大したことがないが、何発――いや、何十発も当たれば、さすがの“狼王”は無傷では済まない。


「君に逃走も、抵抗も、反撃も許さない――私の領域の中ではね。拘束バインド


 赤光に満たされた空間で、“狼王”はその場を動けない。地面から生え続ける鎖が、何重にも巻き付き、必ず彼女の動き出しを封じる。


「右足で踏み出す――拘束バインド


 右足に鎖が巻き付く。


「左足を下げる。拘束バインド


 左足に鎖が巻き付く。


 “狼王”の全ての動きを先読みし、ベネルフィは魔法を起動させ続ける。鎖が伸び、爆発が起き、その全てが“狼王”の体に炸裂する。その光景を、地面に倒れたウェデスは呆然と見つめていた。


「これが……『魔女』ベネルフィの本来の戦い方……」


 この空間――領域はベネルフィの魔力に満たされている。その中でのあらゆる行動は、ベネルフィによって監視され、筋肉の動き、微細な視線の移動、呼吸のリズム、何から何までベネルフィには手に取るようにわかる。加えて、今までの戦闘の様子から、彼女には“狼王”がどんな動きをするつもりなのかが全て先読みできる。


「当てて見せよう、君は右腕を振り下ろす」


 振り下ろした右腕から、投げナイフが放たれるが――ベネルフィはそれを首を傾けるだけで回避した。速度、向き、投げる角度がわかっていれば――たとえ動きが速過ぎて見えなくても(・・・・・・)、どこに飛んでくるのかくらいは予想ができる。


拘束バインド


 振り下ろした右腕にも鎖が巻き付く。1回、2回、3回、だめ押しに4回。地面に向けて固定された右腕は、その強力な拘束力に、上に持ち上げることすら不可能になる。


「当てよう。君は隠し持っている投げナイフを、左腕で取ろうとする」

「っ……!」


 腰の付近に近づいていく左腕を、動き始める前から微妙な筋肉の収斂で分析して予測する。その予測は決して裏切らない。“狼王”が動き始めようとした時には、すでにベネルフィは魔法の設置を始めている。


拘束バインド


 腰に回された左腕ごと、鎖が巻き付く。そのタイミングは完璧で――動き始めた瞬間に、魔法が起動している。もう動き始めた以上、その動きからモーションを変えることはできない。魔法が起動する時間、鎖が到達する時間、“狼王”の動く速度、様々な要素を計算し、予測し、動きを縛る。


 その行動に一切の無駄はなく、“狼王”は反撃の余地なく鎖に捕らわれた。


「――爆裂ブラスト


 連続する爆発が“狼王”を襲う。合計で十発にも及ぶ爆発が、完全に拘束されて身動きができない“狼王”に叩きこまれ、砂塵が舞った。


 そして――ベネルフィは、この程度の魔法で、彼女を仕留められるとは全く思っていなかった。


爆裂ブラスト――からの、火山ヴォルケイノ――!」


 さらに数発の爆発。さらに動けない“狼王”の足元に設置された魔法から、凄まじい炎が巻き上がる。ベネルフィが使える魔法の中でも、威力が高い大技だ。生物である以上は、呼吸をしているはず。空気すら灼き尽くす炎の奔流が、“狼王”を飲み込んだ。


「――認めよう」

「っ!?」


 炎に巻き込まれてなお、“狼王”の声は落ち着いていた。


 拘束は――解けていない。縛られた状態で、炎に焼かれているのに、“狼王”の声は二人に届いた。


「お前らを、戦士と認めよう。俺の名前は“狼王”ディーネ――」


 体が膨れ上がった――逐一彼女の存在を観測しているはずのベネルフィが、そう勘違いするほどの威圧感。最強の魔人、“狼王”ディーネ。


 漆黒の体毛が逆立ち、額に生えた角が青白い光を放つ。炎が収まり、拘束された状態で“狼王”は獰猛に笑った。


「司るモノは二つ。『守護』、そして『復讐』だ。貴様ら人間に追いやられた魔人の一人として――死を、くれてやるッ!」


 魔力が膨れ上がる。今までの“狼王”は、純粋な魔人としての肉体性能だけで戦っていた。魔力も魔法も使用せずに、ただ純粋な体術だけで、ウェデスとベネルフィを圧倒していたのだ。


「俺の魔人としての能力は、単純だが……最強だ」


 拘束していた鎖が砕かれた。身じろぎ程度しかできないはずのディーネが、その強化された膂力だけで砕いたのだ。


 刹那という表現すら遅く感じる速度で近づいたディーネの一撃が、ベネルフィを襲う。ベネルフィは、ディーネの初動は理解していた。動き始めるタイミングもわかっていた。


 ただ、純粋に“狼王”ディーネは――速すぎた。


 肉を貫く嫌な音が、ベネルフィの耳に響いた。








「……ゴホッ」


 咳き込む音の後に、赤黒い血が大地を濡らす。肺にまで達した傷は、どう足掻いても致命傷だった。“狼王”によって貫かれた腹部からも、夥しい量の出血がある。たとえ奇跡が起きても――助かりはしない。人目でそれが見て取れるほどの傷。“狼王”の右腕は腹を抉り、そのまま背中側まで貫通していた。


「……嫌いでもないが、好きでもないな」


 湿った音とともに、“狼王”の右腕が引き抜かれる。冷徹な視線を向ける先には、1人の人間が地面に倒れるところだった。“狼王”はすぐに、興味を失くした様子で視線を逸らす。もはや死ぬことが確定した敵に、かける言葉はない。けれど――


「おい、人間。死に際の言葉があるなら聞いてやるが」


 その言葉は、戦っていた二人を戦士として認めたからこそ、出た言葉だった。


 “狼王”ディーネが、人間を許すことはない。『復讐』を司る彼女は、憎悪や憐憫などの感情はともかくとして、やられたことはやり返すのが流儀だ。かつての仲間たちが、人間に追いやられたように。住む場所を奪われ、故郷を追われたように。

 ただ、彼女の望みはもうほとんど叶っている。すでに多くの人間が殺され、故郷を失った。住む場所を失い、さまよい、偶然“狼王”や魔獣に出会って殺された。その時点で彼女の望みは叶っているため、こんな辺境の地で“道化”に言われた通りに守護の任務に就いているのだ。


 その任務の中で出会った二人の人間。殺すことに変わりはないが――死ぬのが決まったなら、それ以上の追い打ちをかける理由はなかった。


 対するベネルフィは、傷の状態を正確に理解していた。この領域内において、彼女の状況把握能力は非常に高い。それこそ、地面を這う虫の一匹一匹ですら数えられるほどに。だから理解できていた。人間がこの傷を負ってしまえば、決して助からないということを。


「……ああ」


 口を開き、すぐに血を吐く。だが、何故か安らかな顔で――


「俺のこと、忘れないでくださいね……ベネルフィさん……」


 “狼王”とベネルフィの間に割って入った『烈脚』のウェデスは、そう呟いた。腹部を貫通され、もう助からない。だが――いや、だからこそ、“狼王”ディーネは彼が最期の言葉を託すのを黙って聞いていた。


「俺は……英雄になりたかったんだ……」

「……」


 仲間を庇う精神。それ自体は、ディーネも認めている。だが、自分の命を投げ打ってでも、というのは理解できなかった。あくまでも、自分が生き残ることを前提とした行為なら、理解はできる。だが言うまでもなく“狼王”ディーネにとって一番大切な命は、自分の命である。


「俺みたいな……ただの、普通の人間でも……本物の英雄じゃあ、なくても……やれることは、あったんだ」

「……その結果、死ぬことになってもか? 無駄死にだぞ?」


 “狼王”ディーネは、思わず口を挟んだ。ベネルフィを庇ったことによって、ウェデスの死は確定した。そして、ウェデスが死ねば、そのあとに死ぬのはベネルフィだ。


「無駄死にじゃあ、ないさ……。ベネルフィさんは、この領域で、1対1なら、最強だ……」

「……ああ、そうとも」


 死にゆくウェデスの言葉に、ベネルフィは言葉を返した。光を喪いつつあるウェデスの両目は、もう見えていない。


「だから……勝って、ちゃんと広めてくださいね? 英雄に憧れた、1人の男が……ここにいたって。その男のおかげで、“狼王”に勝てたってことを」

「……ああ」


 どす黒い血と一緒に、まるで命そのものを吐き出すかのように、ウェデスは激しくせき込んだ。


「……英雄かぁ。憧れるなぁ、本当に……」

「……ウェデス君。君は、立派に英雄だったとも。私は決して、君を忘れることはないよ」

「はは……それなら、よかった。あとは……ベネルフィさんが、勝てばいいだけ、ですね……」


 ウェデスの両目が閉じる。

 今――『烈脚』のウェデスという青年が死んだ。物言わぬ骸となり、これから先、彼が何かを為すことは永遠になくなった。


 だが、だからこそ。彼が残したものは無駄ではないと、『魔女』ベネルフィは証明しなければならない。


「“狼王”、ディーネ。聞きたいことがある」

「なんだ」

「私が、神殿には入らない、立ち去ると言ったら……もう二度とここには来ないと言ったら、見逃してくれるか?」


 感情の窺えない声で、囁くように問いかけるベネルフィ。


「いいや。見逃さないね、お前はここで殺す」

「なら――」


 これで、和解はなくなった。『魔女』ベネルフィが、『烈脚』ウェデスの生き様を人類に伝えるためには――


「――勝って、生きて帰るしかないわけだ」

「――やってみろ」


 二人の間で爆発が起き、ベネルフィは再び爆風で吹き飛ばされ、“狼王”は気にせずに距離を詰めるべく足を踏み出した。瞬間、“狼王”の足元の地面が炸裂する。


 たとえ、拘束が効かなくなったからと言って、ベネルフィに手がなくなったわけではないのだ。


「戦う方法はまだある――」

「小賢しい……」


 信じていたウェデスのためにも、ベネルフィは勝たなくてはならない。この領域の中で――


「――私は、対人戦最強の『魔女』だ。負ける理由など、何一つない!」


 溢れる感情を抑え込み、冷静に冷徹に“狼王”の次の動きを予測する。


 悲しむのも、思いを馳せるのも。全ては後回しだ。今は――生き残ること。“狼王”を倒し、生きて戻ることこそが、ウェデスに託された願いと思いだ。


 ベネルフィは、静かに魔法用の触媒を握りしめた。

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