表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第3章 ー神々の森ー
59/117

第6話 対人戦

「魔王さま」

「……うむ。直接出向くという、その行為がすでに1つの結果か」

「……はい」


 暗闇で彼は呟く。その視線は、大地に築き上げられたひとつの建造物に向けられていた。これを作るために、この大陸のほとんどから、人類を追い払う必要があったのだ。なにせ、あまりにも巨大なこの建造物は、かなりの広範囲で目につく。そして、こんなものが造られていると知られれば、人類は躍起になって破壊しにかかっただろう。


「……【きざはし】の建築も進んでいます。この調子で行けば、あとひと月もあれば完成します」

「ああ、頼むぞ“迷宮”」


 魔王と“迷宮”の2人は、そびえたつ球体の建造物を見る。ここまで巨大な建造物を作るのに、魔王が魔法を駆使し、“迷宮”が細かい部分を整えた。そのサイズは途方もなく大きく、近くで見れば山にすら思えるだろう。


「……魔王さま。これはいったい、なんのために――」

「神だ。私が神に至るための、【きざはし】だ」


 そっと建造物の表面を撫でる男。その表情は無表情で、“迷宮”には真意を推し量ることができない。彼女はずっと怯えて暮らしてきたのだ――人の隠された感情を察するのは苦手だ。


「“貴婦人”は――失敗、したのだな」

「……おそらく。仕掛けたあと、必ず開くと言っていた愚痴の言い合い――あっ、いや、報告会もなかったんです」

「よい。魔人たちには息抜きも必要だろう。……“道化”と“教徒”はどうだ?」

「お、お二人はいつも通り……よくわからない話で盛り上がっています……」

「……そうか。あの二人は、相変わらずだな」


 “迷宮”――ローゼリッタは、その巨大化した爪で地面を掻いた。


「ぼ、僕は……何があっても、魔王様の味方なので……」

「そうか。ありがとう、ローゼリッタ」


 少女の言葉に、魔王が微かにほほ笑む。滅多に感情を表に出さない魔王の笑顔に、ローゼリッタは驚いた。


「しかし、私には許されないことだ。私に味方なんていてはいけないのだよ。ここまで自分ののわがままのために、多くの犠牲を払ったのだ――私は、生まれないほうがよかったのだ」

「そんな……!」

「仕方のないことだった。しかし、私の人生は多くの苦痛に彩られている。最たるものがこの『不死』だ。お前たちのような魔人と知り合えたのが望外の喜びだったが……」


 黙り込むローゼリッタに、魔王は目も向けない。ただまっすぐ、濁り切った澄んだ瞳で、建造物を見据える。狂気と信念、そして喜びと悲しみが入り混じった表情だ。


 ――気なんて、とっくに狂っている。


「この【きざはし】で出てくるならば、それもよし。出てこないならば、破壊し尽くすだけだ」


 魔王と魔人たちは、主人と部下という関係性ではない。仲間であり、友であり、ライバルだ。人類を滅ぼすという利害の一致で、『お互いに邪魔はしない』というルールだけがあり、彼らに頼むときは魔王といえども命令はできない。あくまで、友人としてお願いするだけである。


 人類は魔王軍と言ってはいるが、実のところ魔王を頂点にした軍隊でも、国でもないのだ。彼らはただ、好き勝手に暴れているだけ。最低限のルールさえ守れば、何をしてもいい――それが魔人たちと魔王の契約であり、約束だ。


 “道化”も、“教徒”も、“狼王”も、“闇騎士”も、“詩人”も、“貴婦人”も、“迷宮”も、そして魔王も、自分の目的があってそれに向けて動いている。


「ああ、こんなところにいたのですか魔王サマ!」

「――お前に様付けされると違和感しかないな、シギー。どうした」

「イエイエ、この“道化”のシギー、魔王サマのことを敬愛しておりますとも! 我らが愛しの魔王サマに、耳に入れておきたい情報がございまして! どうやら、“貴婦人”が負けて帰らぬ人になったようですな!」


 興奮したように語る“道化”のシギーに、“迷宮”ローゼリッタは怯えて魔王の陰に隠れた。彼女が懐く相手は魔王と“闇騎士”くらいのものだが、それ以上に“道化”のテンションが怖いのである。


「ああ、そうらしいな」

「いやはや残念至極ですな。新型の魔獣も、かなりえげつない魔獣だったのですが――それを打ち破り、“貴婦人”を殺した存在がいるようでして!」

「……お前のその意味のわからない能力も、役に立つときがあるんだな」


 いつの間にか、“道化”の巨大な左腕には一冊の分厚い本が握られていた。さらさらと、右手の細い指が血文字を描いていく。それを読み上げるシギー。


「その少女の名前はリクル。彼女は、『無音』のフリートと協力して、見事“貴婦人”を討伐しました! めでたしめでたし! と、こんなところですね!」


 ぱたん、と本を閉じれば、その巨大な本は空中に溶けるようにして消えていく。色々と意味も理屈もわからない摩訶不思議な能力を持つ魔人たちの中でも、“道化”のシギーが司る能力は不可思議だ。『物語』を司る彼は、この世界に起きている『物語』を、時間差付きではあるが――本に記すことで知ることができる。全てを知ることはできないし、知りたいことを書けるというわけでもない。ただ、そこに記される『物語』には、ふたつ重要な特徴がある。


 それは、決して外れないということ。彼が記す物語に嘘はない――“道化”が正直に語るかどうかはともかく。


 もう一つは、重要な事柄は必ず記される、ということだ。物語において、重要な転機の部分は、必ず記される。記されたからといってそれが重要な情報とは限らないが――少なくとも、覚えておいて損はない情報である。



「わざわざそれを伝えに来たのか?」

「ええ! 気になるか(・・・・・)と思ったので!」


 笑う“道化”に、魔王は無表情で頷いた。


「ああ、助かったよシギー。お前はこの後どうするんだ?」

「んー……何か面白そうなことがあちこちで起きそうなので、決着点で待とうかな、と。“教徒”もどうやらそのつもりのようですし! まあ私は気が向いたら見に行きますけどね! つまり未定です!」

「相変わらずだな」

「しかしまあ、無駄足だったみたいですけどね! “迷宮”、貴女でしょう? “貴婦人”から“加工”を引き継いだのは」


 シギーに問いかけられたローゼリッタは、肩を跳ねさせた。その反応が何よりも、シギーの問いかけが真実であることを告げていた。


「ど、どうして……」

「どうしてもなにも、私も“教徒”も作り上げるタイプじゃない。“狼王”は壊す側だし、“闇騎士”も然り。強いて言うなら“詩人”ですが、物理的に物を作るならば、貴女の方が適格じゃないですか。当然の帰結というものです。そして、その“加工”の力があればこの――【きざはし】も、もう少し早く仕上げられる。違いますか?」

「……そうなのか、ローゼリッタ?」

「……力が、馴染むまでに時間がかかるけど。確かに、もう少し、早くできると思う……」


 “迷宮”の巨大な爪が地面を抉りとり、その土砂が新たなパーツとなって【きざはし】に吸い寄せられるように付着する。


「そうか。悪いが、可能な限り早く頼む――また、勇者みたいな人間が出てきても困るからな」

「……はい」


 魔王の要望に、ローゼリッタはゆっくりと頷いた。その様子に、“道化”のシギーは満足そうに頷き、笑い声高らかにその場を去っていくのだった。




 † † † †




 地面が爆ぜる。あまりにも強い蹴り出しによって、あちこちの地面が破裂するように土砂をまき散らし、土台に使われた木がへこみ、へし折れる。


 “狼王”がベネルフィの正面に姿を現し、ウェデスがベネルフィの隣に並び立つ。全身から血を流し、疲労で立っているのがやっとのウェデスに対して、“狼王”は無傷。汗すら見せず、息も乱れていない。ただ、つまらなさそうな瞳で二人を見ているだけだ。


「わからねぇな。ああ、わからん。やはりここで終わりにしよう」

「……ベネルフィさん」


 再び構えた“狼王”を無視して、ウェデスが呟く。


「終わりました」

「……お疲れさま」


 ウェデスが倒れる。すでに、体力気力ともに限界。なにより、血を流し過ぎた。これ以上は走れない――黄金色の光が霧散し、『烈脚』ウェデスは地面に横になる。傷は多いとはいえ、浅い。今すぐに処置しなければならない傷はなく、とりあえず作戦の前段階は成功だ。


「――勝てるんすよね?」

「さあね。やってみなくちゃわからないけど……抗ってみようかな。なに、少し君の気持がわかったよ」

「……なにが?」

「勝てるかもしれない、未知。それにワクワクする気持ちさ。なにより、強者に大技を使うのが、こんなに面白く気持ちが高揚するとはね」

「……は。男の子の気持ち、ってやつですよ」

「存外悪くない――起動せよ」


 “狼王”が周囲を見渡す。


「これは……? そうか。もとより、これが狙いか……!」


 ウェデスが走りながら刻み続けた、大地の傷。彼の血が染み込み、戦いながら魔法用の触媒をばらまいていたウェデスが作り上げた、たった一つの魔法。


「君たち魔人は、願うだけで魔法を起こせる。制御に角が必要とはいえ、そのハードルの低さは弊害も生んだのさ」


 ベネルフィが高らかに謳いあげる。


「これは、君たち魔人が知らない、人類が持つ魔法への可能性だ――隔離せよ。剥離せよ。断割せよ」


 ――魔法陣。人類が研究の末にたどり着いた、魔法を起動させるためのもう一つの方法だ。とは言っても、その効能は複雑にはなり得ない。大雑把に地面に描かれた魔法陣に撒かれた触媒たちが赤光を放つ。その範囲は広く、“狼王”も取り込んでいる。


「君は知らないだろうが、そもそも私はね」


 魔力が満ちる。


「『領域内において、対人戦最強の魔女』なんだよ。自分の領域なら、私はたとえ『戦乙女』だろうが『断罪』だろうが、負ける要素はない。唯一、『無音』だけは苦手だけど」


 赤い輝きに照らされたベネルフィが、手に触媒を持つ。


「……簡易の結界か。こんなものでなにができる?」

「さあ、それは――戦ってみてからのお楽しみ、だね。そもそも、戦いにはならないけれど」


 ベネルフィが持つ触媒が光を放ち、動こうとした“狼王”の眼前で、魔法が炸裂した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ