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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第2章 ー絶対的な決別ー
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第23話 新たな可能性

 “貴婦人”クァリルを討伐したことは、市民に知らされることはなかった。街中に残る戦火の跡は、魔法による暴発事件ということで、『軍神』と『予言者』は隠蔽する道を選んだ。知らずのうちに魔人に侵入され、結界を解除されたことを告知すれば、恐慌による暴動が起きることは間違いない。


 犠牲者、32人。『断罪』のトローは死体すら見つからなかったが、そのほかの全ての犠牲は“貴婦人”が放った魔法によるものだ。どうやら、自我を失った【悪意の蝶(イーティリアス)】は“貴婦人”がすべてをコントロールしていたようで、“貴婦人”の討伐と同時に人々は目覚め始めた。異界化していた砦は、『聖女』リリーティアが再び結界を張り直し、悪霊が浄化されたことで元の姿を取り戻した。


 そして、ボロボロの状態で気を失った男と、その男に縋り付いて涙を零していた少女は無事に保護され、砦の医務室へと放り込まれた。


「到底信じがたい話だけどね……まだフリート君が、『断罪』を暗殺して死体を隠し、町中に破壊工作を行ったというほうが信じられるが……」

「ちっ。それはねぇよ、俺が視てたからな」


 上半身だけを起こした、包帯だらけのフリート。その正面に立つのは、気だるげにポケットに両手を突っ込んだ壮年の男と、今ばかりは真剣な表情で考え込む男。


 『天眼』スウェーティと、『軍神』オーデルトである。さらにその横には、『聖女』リリーティア、『聖医』クロケット、『転写』パト、『拾声』キッカ、『戦乙女』シャルヴィリア、『予言者』ミリの姿がある。この砦における重要人物が一堂に会すことなど、よっぽどの緊急事態だ。『剛腕』と『氷牙』、『斬鉄』はそれぞれ砦の警備に回っている。


 ベッドに横たわるフリートと、その服にしがみついて離れないリクル。リクルは肩から落下したために、右肩の脱臼、小指及び中指の骨折で済んだが、力を使い果たして落下したフリートの体はボロボロだった。無数の火傷、切り傷、打撲に、左わき腹からの出血。あばら骨は2本折れているし、落ちたときに右足の骨も折れた。頭部からの流血もある。


 あの激戦から3日の時が過ぎ、ようやくフリートは喋れるほどに意識が回復した。夢に捕らわれ、脱出手段がないながらも『天眼』で状況を観察していたスウェーティの言葉があって、砦の人間はその戦いを把握した。『聖女』リリーティアが眠ったことにより結界が解除されていたこと、何かと戦っていたかのように、砦から伸びる破壊の跡。それを裏付ける恐ろしい事実――“魔人”によって侵入されていたという事実が、『軍神』の心を締め付ける。


「じゃあ、パト、ミリ。頼む」

「はいです!」

「わかった」


 『天眼』スウェーティの言葉をさらに裏付けるために、『転写』のパトがフリートの頭に左手を乗せる。服にしがみつくリクルの肩が震えるが、特に言葉は発さない。さらに右手を伸ばし、『予言者』ミリの頭の上に乗せた。


「では、行きます。フリートさんは、始まりのところから回想をお願いします」

「ああ」


 パトは大きく息を吸い込み、自らの『祝福ギフテッド』を開放させる。黄金色の光が医療室を照らし出し、フリートは始まりを思い出す。


 『断罪』のトローと一緒に向かった自分の家で出会った、精霊たち。


 直後、噴出した黒い奔流がぶつかり意識を失ったこと。


 魔人――“貴婦人”クァリルとの出会い。


 足止めのために残った『断罪』のトローとの別れ。


 異界化したギベル砦を目撃し、その瞬間に飛来した“貴婦人”。


 悪霊による干渉を弾き飛ばした、【鏡感の蝶(フェリオ・ティリアス)】のネメリアとの再会。


 放たれる無数の火球と、氷の槍。そして生み出される怨嗟人形と呼ばれる魔法生物ゴーレム


 リクルとの再会、そして――決着。



「――確かに、『無音』のフリートの回想・記憶確認しました。いずれも、リクルさんとスウェーティの証言と矛盾点は見つかりません。信じていいかと思います」


 『予言者』ミリが、自分の『祝福ギフテッド』を使って、その情報の精度を確かめる。その『未来予測』の『祝福ギフテッド』の関係上、彼女は情報の扱いには慣れている。その彼女が問題なしと言い、3人の証人がいるのだから、『軍神』オーデルトとしても信じざるを得ない。全員に向かって淡々と、ミリが自分とフリートが見ていた光景の意味を説明していく。特に、魔獣であるネメリアのところは、根掘り葉掘り尋ねられた。それに関しては、フリートにもわからないことが多いので、答えられることは少なかった。


「そうか、ありがとう。そうしたら、パトとスウェーティとキッカは通常の業務に戻ってくれ。ここから先は、少し聞かれるとマズイ話をするからね」

「ああ、そうかい。んじゃ、俺は先に戻るぜ」

「あっ、待ってくださいスウェーティさん!」

「じゃあ僕も失礼するですって」


 こんな物々しい雰囲気の場所にいられるか、と率先してスウェーティが出て行けばその後をパトとキッカがついていく。

 いざというときのためにキッカにはいてもらったが、これから先の話は、成人したばかりの人間には聞かせづらい。そう判断したオーデルトによって、キッカとパトは部屋を出る。


「さて、『無音』のフリート。非常に心苦しいんだが、君には尋問のように根掘り葉掘り尋ねる必要がありそうだね」

「……『軍神』。貴方の仕事上、そうせざるを得ないのはわかるんだが、答えられないこともある」

「聞こう」

「俺と彼女――リクルの『祝福ギフテッド』の詳細だ。それだけは答えられない、ということを承諾してもらいたい」

「……それはここで戦う意思にはなれないということかな? 人類の守護のために、この砦で戦うのであれば、能力――『祝福ギフテッド』の把握は必須だ。それがわからなければ、私だって作戦の立てようがない」

「……わかった。俺の『祝福ギフテッド』の詳細は伝える。だが、リクルの『祝福ギフテッド』は伏せさせてもらう。彼女に、戦う意思はない。『祝福ギフテッド』を持っているだけの一般人に、戦いを強要するつもりか? あと、俺が教えるのは『軍神』だけ。それでいいか?」


 オーデルトは悩む。“貴婦人”を滅ぼした少女の『祝福ギフテッド』の存在も気になるが――それよりも、協力体制にあり、ある程度話も通じるフリートを確保しておきたい。『戦乙女』とまではいかないが、『剛腕』クラスの戦力を確保できるならば、それでもいい。


 オーデルトが頷く。フリートは、ホッとした表情で息を吐いた。フリートにとって、最も死守しなければならないのは、リクルの生活の平穏である。助けると言っておきながら、自分のせいで生活を崩させるわけにはいかなかった。


 ある可能性に思い至ってしまった以上、リクルの『祝福ギフテッド』を人に知られるわけにはいかなかった。



「わかった。それでいい……ほかに、聞きたいことがある者は?」


 オーデルトが問いかけると、クロケットが手を挙げた。


「『無音』……お前の中に存在するという魔獣、【鏡感の蝶(フェリオ・ティリアス)】のネメリアと言ったか。そいつは、まだいるのか?」

「それは、わからない。俺も、体の中にいるネメリアを認識できているわけでは――」

『ふぁ~……はいはい、呼びましたー? ……あ』


 黒白の線がフリートの体から伸び、蝶の形を作る。誰もが唖然とその光景を見つめる中、シャルヴィリアとオーデルトが剣に手をかけた。


『……』


 無言で黒と白の線になってフリートの中に戻っていくネメリア。その光景を、周囲の人々は無言で見つめた。最初に口を開いたのはフリートだ。


「……いるみたいですね」

「……まあ、お前がいいのであればいいが。もし何かあれば、私に声をかけろ。引きずり出すのに協力は惜しまない」


 『聖医』クロケットが締めくくると、『聖女』リリーティアが手を挙げた。ほかに話す人間がいないことを確認した彼女は、静かに目を開いて言葉を口にした。


「――ごめんなさい」


 その一言だけ告げたリリーティアはすぐに祈りに戻る。悪霊に隙を見せない、確かな浄化の領域が再び広がる。


「『聖女』様は、一時的に『結界』が消えてしまったことを謝罪しておられる」

「……いえ。お恥ずかしい話ではありますが、今回の件で、いかにこの町が『聖女』様に護られているか実感できました。いつも、ありがとうございます」


 フリートとしては、あれは不可避の攻撃だったと思う。むしろ、『聖女』リリーティアの結界が消えただけで、あれほど危機的状況に陥るのが問題なのだ。フリートといえど、ネメリアがいなければ悪霊に憑りつかれて発狂死は免れなかった。


「ふん。その通りだ、お前たち愚民はもう少し『聖女』様に日々感謝しながら生きるがいい」


 クロケットが吐き捨てるようにそう告げ、リリーティアを連れて退室する。特に聞きたいこともなかったほかの面々も、釣られるように退室していく。オーデルトだけは、怪我が治り次第自分のところに来るように伝えるのを忘れなかったが。


「……リクル」

「フリートさん……ありがとうございます」


 仕事の話だから、と黙っていたリクルだが、フリートの意図は正確にくみ取っていた。自分の秘密を話してでも、リクルの秘密を守ってくれたのだ。申し訳ないとは思いつつも、それがとても嬉しくなる。


(私の『祝福ギフテッド』を知ったフリートさんなら、絶対その可能性にたどり着くと思ってた……)


 だから話せなかった。テテリも、リクルにきつく言い渡していた。



 決して――今の状況で、リクルの『祝福ギフテッド』が人々にバレるようなことがあってはならないと。


 リクルがどう思おうと、決してそれは幸せな未来には結びつかない。


 リクルの『祝福ギフテッド』、あらゆるものに終わりを与える『絶対的な決別』ならば。




 『不死』の魔王を、殺せる可能性がある。




 人類の前に立ちふさがる、最も巨大な絶望の壁を、ひっくり返す可能性があるということを。


 それを知った人類が、どのような行動に出るのかは予測ができない。だが、祭り上げられるか、詰られるか。いずれにせよ、リクル個人の意思や幸せなど踏みにじられるだろう。『人類のため』という名目で、まだ成人したばかりの少女を絶望的な戦いに放り出す可能性すらある。


 フリートは、両肩にのしかかる責任の重さを感じながらも、決意を新たにする。


 この、人類の命運という重すぎる荷物を背負ってしまったリクルという少女を、護り続けることを。



これにて、2章完結になります。

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