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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第5話 青年が持っていた夢

 翌日。リクルはフリート立ち合いのもとでグルガンと話し、無事に就職が決まった。なにより、グルガンの『手が空いているときなら、料理も教えてやれるぞ』という言葉が響いたらしい。さっそくグルガンに教わりながら消化のよい料理を作り、部屋で寝込むテテリのもとに運んだ。テテリは娘が働くことを聞いたとき、少し心配そうにしていたが、グルガンが不安を解消するように話をすると、何度もうなずきながら料理を口に運んでいた。


 リクルがあくび亭で働き始めるのは今日の夜から、という話になったので、そのあとフリートとリクルの二人で生活必需品を買いに行く。数は少ないとはいえ、リクル達が住んでいたあばら家にも家具の類があったのでそれを回収し、足りないものを市場で購入する。王国のあちこちから人が流入してくるギベルには、こういった物を売っている店も多い。半日かけて回れば、おおむね必要なものは揃えることができた。


「疲れたな」

「そうですね……」


 女性二人分の生活用品を揃えるのに、一度の買い物で揃えることはできなかった。なので、複数回の往復と別の店を回ることで、なんとか買いそろえたのだ。冒険者として鍛えているフリートも、さすがに疲れた顔を見せていた。そして体力がないリクルにいたっては、顔色が悪くなっている。


「夜の仕事まで休んでおいたほうがいいな」

「はい……そうします……」


 リクルはフリートの言葉に従い、ふらふらと部屋に戻っていった。朝から動いたので、時刻はまだ昼過ぎ。夜まで仮眠をとれば、それなりに体力も蘇るだろう。

 フリートは体を左右に揺らしながら部屋に戻っていくリクルを見送ると、静かにあくび亭を後にした。リクルに返してもらった暗褐色のコートを纏い、フードを目深にかぶって、通りを歩く。


 フリートが目指すのは砦――人類最後の前線として、魔獣を押し留めるギベル砦だ。不定期に起こる大暴走スタンピードと呼ばれる大量の魔獣の襲撃の際には、緊急事態ということで戦える者は招集され、臨時の給金が出る。基本的にはその緊急事態に対応することでフリートはお金を稼いでいた。なにせ、緊急事態ということで金払いがいいのだ。


 だが、大暴走スタンピードはいつ起こるかわからないので、定期的な収入にはならない。定期的な収入を得ようとするなら、フリートの場合、魔獣討伐遊撃隊に加わるのが最も早い。砦の周りには、常に数匹の魔獣が出歩き、危険領域として封鎖されている。もはや、ギベル砦から南は、人類が安心して生活できる環境ではないのだ。そんな徘徊する魔獣を定期的に狩り、素材を供給する部隊――それが、魔獣討伐遊撃隊だ。端的に、遊撃隊と呼ばれることが多い。


「んじゃま、行くかね」


 『無音』の二つ名を持つフリートは、静かに呟きギベル砦に向かう。相も変わらず道は入り組んでいるが、ギベル砦は町のほとんどどこからでも見えるほどの偉容を誇るため、道に迷うことはない。左右の山を繋げるように作られたギベル砦は、『祝福ギフテッド』を持つ人間と魔法士の力であっという間に建設された。大小さまざまな岩を組み合わせて作られたその砦は、人類最後の牙城だ。


 もっとも、魔王を殺す方法がない以上、いずれ落ちることが決まってる牙城だが。



「ちーっす」

「――っ! ふ、フリートか。驚かせるな」


 フリートは砦に到着すると、そこに見知った顔が立っていたので話しかける。金色の髪を波立たせ、薄暗い道をも照らし出しかねない明るさを持つ女性。今年22歳になるという話だったが、まだ顔には少女らしい顔つきを残している。体は年齢に応じて成長しているようだが。


 『戦乙女』シャルヴィリア。かつて聖王国の軍事を一手に担っていた『祝福ギフテッド』持ちの女性だ。その美貌と、気位の高い言動から住民からの人気も高い。


「……大暴走スタンピードなら起きてないが、なぜ来た? 金なら貸さないぞ」

「……俺、あんたに金借りたことあるっけ?」

「ない」


 フリートは溜息を一つつくと、この女性への意識を改める。何度も一緒に戦った仲とはいえ、幾分嫌われているらしい、と。


(まあ胡散臭いしな、俺。しょうがないしょうがない)


 地味にショックを受けたフリートだが、気を取り直して用件を伝える。


「俺、遊撃隊に雇ってもらおうと思ってきたんだけど。ベネルフィはどこにいる?」

「ああ、あいつなら研究室に……」


 フリートの質問にごく自然に返しかけて、シャルヴィリアは目を見開いて腰の剣に手をやった。【神剣クーヴァ】――神の剣と名高き、『戦乙女』が持つ魔法剣だ。その一振りは人類に害為す者を一撃で両断するというが、フリートは彼女がそれで何度も魔獣を切りつけている様子を見ている。噂は噂、ということだ。

 だが、人一人の命を奪うのはあまりにもたやすい。そんな戦闘態勢に入ったシャルヴィリアは疑惑のまなざしでフリートを見つめる。


「――待て。お前が遊撃隊に入るだと? 何度勧誘を受けても『面倒くさいから』というしょうもない理由で断っていた、死んだ小鬼のような目をしたお前が遊撃隊に入る? 何を企んでいる……?」


 不審者扱いだった。


「そろそろ俺も歳だし? 身を固めておいたほうがいいかなって」

「阿呆め、そんな適当な嘘が通じるわけないだろうが。お前は将来のことなんかなにも考えてないふわっふわの屑だ」

「自覚はあるけど、人に言われるとむかつくな、やっぱり」

「やかましいわこの無職が! オーデルト様の勧誘を何度も蹴っておいて、そんな都合のいい話があるか!」


 今にも剣を抜きかねない勢いでまくしたてるシャルヴィリア。フリートはまさかここまで嫌われているとは思わなかったこと、聞きたいことは聞けたし面倒だな、と思ったので、普通に振り切ることにした。


「あっ!」

「ん?」


 フリートが驚いた声をあげながらシャルヴィリアの後ろを指さすと、まんまと引っかかったシャルヴィリアが後ろを振り返る。当然そこにはなにもなく、砦の壁がそびえたつのみ。


「おい、フリート何もないぞ……」


 異常が見つからなかったシャルヴィリアが向き直ると、すでにフリートの姿はなかった。『無音』の名に恥じない、見事なまでに静かな逃走だった。


「フリートォォォ!!」


 シャルヴィリアもバカではないので、すぐに騙されたことに気づいて走り出す。目的地を聞いた以上、そこに向かうのだろうと判断したのだ。ベネルフィがいる研究室は砦の奥の方にあるので、到着するまでに追いつける可能性は十分にある。


「……冷静さが足りないよな」


 眼下を走り抜けていくシャルヴィリアを見届けたフリートは、軽い掛け声と一緒に地面に降りた。砦の通路に飛び込んだフリートは、即座に天井に張り付いてシャルヴィリアをやり過ごしていた。そもそものスペックからして、フリートはシャルヴィリアに敵わないのだ。全力疾走勝負などしようものなら2秒で捕まってしまう。だからこそ、フリートはやり過ごすことを選んだのだった。


「さて、このままだと研究室で待ち伏せされるだろうし……」


 フリートは目的地を変更し、その足を階段へと向けた。砦の内部構造は守りやすいように複雑な道になっている。しかも、建築系の『祝福ギフテッド』を持つ人間を脅――説得し、大陸中の英傑たちが過ごしやすいように増設しているため、余計な部屋も多くある。ベネルフィの研究室なんて最たるものだ。植物園とかもある。


 フリートは階段を上り、すれ違う兵士や冒険者に挨拶しながらすり抜けていく。多くの人が死に、最も多くの人間が集うこの砦で、全員分の顔を把握している者はいない。見覚えのない冒険者など、スルーされるのが常だった。堂々と不法侵入を果たしたフリートだが、前から歩いてくる男性を見て足を止めた。


「よっ」

「お前、フリート……暇つぶしか? なんだってこんな昼間から……」


 呆れたように頭を振る男。グルガン以上に筋肉を蓄えた彼の名前はセルデ。『剛腕』のセルデ、かつて右腕一本で魔獣の頭部を握りつぶしたと言われる冒険者だ。今は遊撃隊に所属し、フリートとは顔見知りでもある。ある程度フリートの実力を知っている数少ない人物だ。


「いや、遊撃隊に入ろうと思ってな」

「はぁ!? お前が!?」


 セルデは心底驚いた表情で後ろにのけぞった。その反応を見て、自分がこの砦でどういう扱いをされているのかを察したフリート。シャルヴィリアの対応が特別なものではなく、基本的に信用されていないということを知ったフリートは苦笑した。


「ん、まあお前が入ってくれるのは心強いけどよぉ……でもお前、多分単独の方が強いんじゃないか?」

「あー……」


 セルデは、フリートの能力を正確に把握しているわけではない。だが、野性の勘とも言うべき嗅覚で、フリートの実力を見抜いている。適度に手を抜きたいフリートとしてはやりづらい相手だった。


「ま、いいけどな。冒険者は実力を隠すのが癖みたいなもんだし……こんな状況になっても、なかなか癖って抜けないよな!」


 冒険者であるセルデは、フリートの口ごもりをいい方向に解釈してくれた。これがシャルヴィリアとかなら、『仲間に実力を隠す=怪しいヤツ!』という計算式が成立してしまうのだが、さすがにセルデはそう考えてはいないようだった。何度か一緒に戦ったことがあるというのも影響しているだろう。


「じゃあ、オーデルトのとこに行くのか?」

「ああ、そうするつもりだ」

「この先、右だぜ」

「ありがとな」


 セルデが体を寄せて道を譲ったので、フリートはこれ幸いと横をすり抜けてオーデルトの部屋に向かう。フリートが歩き始めると、セルデが後ろから声をかけてきた。


「ああ、そうだフリート。最近町の方で、衰弱死が増えてるらしいんだが……なんか知ってるか?」

「衰弱死……? 悪霊の仕業か?」

「わからん。リリーティア嬢が言うには、《結界》自体に異常はないらしいがな」

「『聖女』様の《結界》で感知できないのに、俺にわかるわけないだろ?」

「ん、まあそうか……『予言者』様が、原因がわからないって言ってるから少し心配してるんだが」

「俺、魔法系そっちの素養ほぼないからな。まあ覚えておくが期待するなよ?」

「ああ、なんかわかったら教えてくれ」


 そう言って、ヒラヒラと手を振りながらセルデは姿を消した。その背中を見ていたフリートは、突然襲い掛かって来た悪寒に背筋を震わせる。


(悪霊か……嫌な存在を思い出させてくれるぜ……)


 それを、自分の過去の記憶から来る悪寒だと判断したフリートは、足早にその場所を離れた。長い間悪霊について考えることは、悪霊を呼び寄せる――それは迷信でもなんでもなく、魔法士たちが実験のもとに証明した厳然たる事実である。足早に歩いたことが功を奏したのか、少し気分が持ちなおしてきたころに、フリートは目的地についた。


「……ここか」


 砦のなかでも、最も特別な部屋。この部屋に入るときは、さすがにフリートも緊張する。怪しい研究器具が大量に置かれている研究室よりも、毒草が生い茂る植物園よりも、この何の変哲もない扉を開けるのが怖い。恐る恐る拳で扉をたたくと、中から涼やかな青年の声が返って来た。


「どうぞ」

「失礼します!」


 フリートは唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせると、一気に扉を開いた。陽光が入る窓を背にして、1人の青年がニコニコとほほ笑んでいた。


「フリート君か。久しぶりだね」

「お久しぶりです、『軍神』殿」


 勇者と並んで歴史に刻まれるであろう青年――『軍神』オーデルト。噂では30を超えているらしいが、ニコニコとほほ笑む様子からは、20代の青年にしか見えない。二つ名を持つ人間はそれなりにいれど、『神』の名を冠する二つ名を持つ人間は少ない。優し気な微笑みの裏では、無数の軍略と戦略が展開されており、この砦を守る『防衛戦』を展開し続けた傑物。なによりも、南部を放棄し、このギベル砦を建設して魔王軍を押し留めるという対応策を行った人物である。そのために故郷を捨て、国を見捨て、『勇者が敗北した場合の保険』のために各地の英傑を説得して回っていた、希望。


「――『無音』のフリート。大暴走スタンピード参加回数13回。生存率100パーセント。13回もの大暴走スタンピードに参加して、無傷で帰還している稀有な冒険者ですね」

「いらっしゃったのですか……『予言者』様」

「貴方がここに来ることはわかっていました。その理由も用件も。スラムで拾った母娘のために遊撃隊に所属したいのですね、すでに手続きは済んでいます」


 もう1人。『軍神』オーデルトの横に立つのは、小柄の少女。オーデルトの優しく明るい水色の髪と違い、どこまでも深い、黒に見間違えそうなほどに深い群青色の髪を持つ少女――『予言者』ミリ。


 『軍神』オーデルトが魔王軍に対して全力を振るえるのは、彼女が人間の町の運営をサポートしているからだ。たぐいまれなる頭脳と、【未来予測】という『祝福ギフテッド』を持つために、雑事に関しては彼女が一手に担っている。砦の物資の管理や、給料、予算の計算、景気、犯罪率――内政のすべてを彼女が受け持つからこそ、『軍神』オーデルトがその能力のすべてを防衛に向けることができるのだ。


「うんうん。恒常戦力が増えるのは嬉しいことだね。できればフリート君には『全力で』戦ってほしいけど――こればっかりは個人の問題だからね」

「あ、ありがとうございます……」


 見抜かれている――フリートが、手を抜いていることが。

 いや、手を抜いているのではなく――全力を出せない(・・・・・・・)ことすら、この男には見抜かれているのかもしれない、とフリートは冷や汗を流す。全てを見通すかのような恐怖に晒されるのも堪えてここに来たのは、理由がある。

 オーデルトとミリ。この二人の決定に、『否』と言える人間はいないからだ。ミリがいたのはフリートとしては予定外だったが、二人から雇うという言葉をもらったいまこの瞬間から、フリートが雇われるのは確定したのだ。


 この二人は、間違えない(・・・・・)。それだけの信頼と実績があり、できる手段で最善手を打てる。その二人が雇うと決めた以上、これが覆されることはない。この町の内政を司るミリと、人類最後の防衛ラインである砦の軍事を司るオーデルトの二人の言葉に逆らえる人間はいないのだから。


「うん、できる限りで頑張ってくれ」

「期待しています、フリート」

「はい!」

「では、この書類に目を通しておいてください。明日の朝、日が昇る前には砦に集合です。そして――とりあえず、『剛腕』セルデの部隊に入って、彼の指示に従ってください」

「わかりました」


 書類を受け取ったフリートは、人類を守り続ける二人に一礼して部屋を後にした。フリートがいなくなった部屋で、オーデルトとミリが会話を始める。


「ミリ、彼の能力は?」

「まずはその二つ名の通り、『極限まで音を消した移動』があげられます。もう一つ、非常に軽い身のこなし。過去の大暴走スタンピードの時には、多くの魔獣を剣で突き殺しています」

「『祝福ギフテッド』持ちかい?」

「……ほぼ間違いなく。ただ、これは確認がとれていません。限りなく黒に近い灰色です」


 ミリの言葉に、オーデルトは驚いたように眉を寄せた。


「君の『祝福ギフテッド』でもわからないことがあるのかい?」

「……何度も言っていますが、私の『祝福ギフテッド』は未来予知ではありません。多くの情報から未来を予測する【未来予測】です。なので、情報が不足しているときはわからないこともありますし、間違えることもあります」


 知らないものは知らない、知っていればその無数の情報のなかから可能性の最も高い未来を予測することができる――それが『予言者』ミリの『祝福ギフテッド』だ。そもそも無数の情報を集め、情報を記憶する頭脳を持っていなければ、決して生かすことはできない『祝福ギフテッド』。その力を十全以上に引き出しているのが、ミリという少女なのだ。


「そうか……まあ、このご時世、ここまで生き延びているんだ。『祝福ギフテッド』程度、持っててもらわないと困るね」

「『祝福ギフテッド』程度とか言うと、カロシル教の信者に怒られますよ」

「信者っていうか、リリーティア嬢に怒られそうだよね」

「怒ってる彼女、可愛らしいですよね。不思議です」

「僕は常時仏頂面の君も、そんなに嫌いじゃないけど?」

「頭が茹だったんですか?」

「酷いな、恋だって戦いだというのに」

「恋してるなら真面目に対応しますが、からかうために言っているとわかるので、適当に返します」


 ミリが仏頂面で淡々と返せば、オーデルトがニコニコと鉄壁の微笑みを浮かべながら言い返す。平和な光景だが、この状態でも彼らの頭脳は、人類を守り抜くための方策を考え続けているのだ。


 今のところ、妙案は浮かんでいないが。


 魔王、という根本を断たねばならないのだが、その根本を断つ方法がないのだから、いくら『軍神』と『予言者』でもどうしようもないのだ。


 護れるが勝てない――そんな絶望的な戦いだが、『軍神』たるオーデルトは笑みを絶やさない。戦いこそが、彼の生きる理由でもあるからだ。戦いが続く限り、オーデルトは全力でこの砦を守り続けるだろう。

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