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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第2章 ー絶対的な決別ー
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第15話 闇へ

 夕方、砦から出たフリートとトローは夕暮れに染まる町を歩いていた。今すぐにでも家に走り込みたかったフリートだが、トローの都合もある。仮にも第二遊撃隊長である彼を、強引に連れ出すわけにはいかなかった。トローに申し訳なさそうに『ただ、今日の仕事が終わってからでいいだろうか』と言われたときは、周囲を見る余裕が全くなかった自分に辟易したものだ。


 仮眠でも取ろうと思ったが、目覚めなくなる可能性を考えれば眠ることなどできなかった。このままフリートが目覚めなくなれば、3人とも緩やかに、誰に気づかれることもなく死んでいくだろう。意地でも眠るわけにはいかなかった。


「夕焼け、か……」

「どうかしたか、『無音』殿」

「いいや……大したことじゃないです」


 赤く染まる、街並みを見る。『赤は嫌い』と言った時のリクルの泣き顔を思い出して、フリートの目が細くなった。ああ、確かに言われてみれば、赤は嫌いである。血の色、そしてなにより、守れなかった故郷が燃えていくときの色だ。


「この景色が嫌いですかな?」

「……ああ。少なくとも、赤い町は嫌いですね」


 腕を組んで頷くトロー。それに対して、フリートは質問を投げかける。


「『断罪』さんは、どうなんです?」

「トローでよろしい。そうですね、私は……町、が嫌いですね」

「町が?」

「はい」


 驚いて聞き返すフリートに対し、トローは笑う。


「かつて、ここは川が流れ、草木が生い茂るそれは美しい場所だったそうです。村、と呼べるものはあれども、ここまでごちゃごちゃとした町はなかった。まあこれはこれであるがままの姿なのでいいんですけれど、あくまで好き嫌いの話をするのであれば。自然のままにあった、かつての姿が好きですとも」

「自然信仰……いいや、精霊信仰でしたっけ?」

「その2つは、さしたる違いもないかと」

「そういうものですか……この町の姿があるがままの姿、っていうのはどういうことです? もともとは草原だったですよね?」


 フリートの問いかけに、トローは穏やかな笑みを浮かべて返した。


「人間が発展を求めて、開発するのもそれもまた自然なことです。より便利な暮らしを、より快適な生活を。私も若いころはずいぶんと悩みましたが、自分のなかでの結論は出ました。人工、自然、大した違いはありません。人間もまた自然の一部なのですから」

「んん……? ちょっと、俺には難しいですね……」

「簡単なことです。鳥は、枝を折って巣をつくるでしょう? では、それは、自然ではないのでしょうか?」

「いや、それは自然なことでしょう。巣をつくらなきゃ、子供が育てられない」

「では、人間が木を切って家を作ることは自然なことでしょうか?」

「……あーそういう、ことですか。人間がやることも、あくまで自然の一部だと?」

「多少目に余る部分はありますが、そういうことです。ただ、もし全てをあるがままの姿に戻す方法があるとしたら、それを実行することに躊躇いはありませんが……まあ、そんな便利な方法はないでしょうね」


 ごく自然に呟かれた言葉だったので、フリートはその言葉を冗談のように捉えて聞き流した。特に話すこともなくなった二人は、そのまましばらく無言で歩き続ける。やがて、フリートの家が近づいてくるにつれて、トローの表情が変わっていく。


「これは……」

「なにか感じますか、トロー?」

「……凄まじいレベルの歓待ですね。ここまでの密度で集まっているのは、久しぶりに見ました」

「……なにが?」

「精霊が、です」


 精霊。その言葉を聞いた瞬間、二人の周囲を風が渦巻いた。フリートには何も聞こえないが、トローの耳は彼らの笑い声を確かに捉えていた。


『あはははは!』

『ねえ、珍しいね!』

『僕らの声が聞こえるみたいだよ!』

『もう片方の人は全然だけどね!』

『聞こえる人は久々だね!』

『きゃははは!』

『噂の人だ、噂の人だ!』


「まさかこれほどの……風の精霊が、こんなに……」

「お、おい、トロー?」


 ゆっくりと家に近づいていくトロー。もう、フリートが案内しなくてもわかる。もっとも精霊の密度が高い方向に歩いていけば、そこがフリートの家であった。光の精霊、火の精霊、闇の精霊、風の精霊、石の精霊、土の精霊、水の精霊、種々様々な精霊たちが踊る。


「霊力線……それに、霊点……実在したのか……!?」

「な、なにをそんなに驚いて……?」


 地下深くを走る霊力線は、もはや精霊信仰の者にしか伝わっていないもの。魔力とは由来を異にする、『大地そのものが持つエネルギーが走る道』だ。精霊や、悪霊などの霊に関する者が集まりやすく、力も強化される。そして、その霊力線を走る霊力が、噴水のように噴出している場所が霊点。その場所には精霊が集まり、現実に干渉できるほどに力が強化されるという。


『私たちの声が、聞こえる人が来たのね』

『そうみたい! きゃははは!』

『ふむ……巌のような男よ』

『私たちの声が聞こえるの?』

『僕たちの声が聞こえるの?』

『汝の名を聞こう……』

『あら、いい男。少しなら手を貸してあげるわよ?』


 最初に声を発したのは、家の庭に座り込む1人の少女だった。続いて、軽やかに踊る幼女、髭もじゃの小人、両目を光らせる少年、俯く影のような少女、赤く燃える髪を持つ青年、艶やかに笑う水色の女性。その姿はフリートには見えない。だが、精霊と対話を続けてきたトローにははっきりと見えていた。


 そして、その中で最も力を持っているのは――


「お初にお目にかかります、家精霊シルキー様。私は、トローというものです」


 恭しく頭を下げるトローに対し、頭を下げられた少女は、呆けたような顔をしていた。数秒、奇妙な沈黙が流れたが、少女は焦ったように言葉を紡いだ。


『あ、あら! 少しは話のわかる人間が来たのね! そう、私は家精霊シルキー! この家を守護している者よ!』

『大きく出たね』

『大きく出たよ』

『掃除しかしてないじゃーん、きゃははは!』


 かろうじて取り繕ったはずの威厳は、仲間であるはずの精霊たちによって台無しにされた。シンプルな灰色の服に身を包んだ少女――家精霊シルキーは、非常に貴重な精霊だ。本来精霊というものは、大地が持つ霊力というエネルギーを、自然物が取得することで生み出される自然の意思だ。だが普通の精霊たちは言葉をしゃべることもできないし、そもそも意思というものがない。ここにいる精霊たちが自我を持って話しているのは、純粋に地下深くから噴出する霊力が、この場所だけ桁違いだからだ。


 そんな精霊たちの中でも家に宿る精霊……家精霊シルキーは、人間と同等の自我と思考を持ち、現実に干渉する力も強い。彼ら精霊の現実に干渉する力は、それこそ意思の強さ――つまりは確固たる自我があるかどうかに直結するのだ。そして、なぜ家精霊シルキーが貴重なのか。それだけの力を持つには、霊点から噴出する莫大な霊力が不可欠なのだ。


 霊点がある場所すら貴重なのに、その場所に家が建つ必要があり、そして精霊を認識できる人間は少ないことからも出合える人間は貴重だ。家の建築に長い時間をかければ、家精霊シルキーが生まれる前に霊点は移り変わってしまう。


「文献でしか知らなかったが……やはり、家精霊シルキー様が、この家にいらっしゃったのですね」

「お、おい、トロー……何がどうなってるんだ? そのシルキーってヤツが、俺の家に住んでたのか?」


 もはや丁寧に喋る余裕もなく、矢継ぎ早にトローに問いかけるフリート。


「そうだ。精霊だ。自我と強い力を持つ精霊だが、私も初めて会うので、どんな性格でどんな力を持っているかはわからない……が、家を掃除していたのは確かなようだ。家に宿る精霊なのは間違いない。話を聞くに、『無音』殿たちが来る前からここにいるらしいぞ」


 それさえわかれば、フリートにとっては十分だった。

 家に住み着いていた、幽霊のような存在。精霊信仰を持つトローには悪いが、こちらも二人の知人の命がかかっている。なりふり構ってはいられなかった。トローに目で訴えると、トローも意図をくみ取ったのか、声をあげてくれた。彼にとっては神にも等しい信仰対象である。本来であれば、要求を言うなど彼としては許されない暴挙だ。だが――知人の命を大切にする『無音』の悩みを解決する助けになる、と言ったのも事実。


 いざ、精霊がフリートの敵に回れば、トローは精霊側に着くつもりだったが――聞いて問題なければ、穏便に済むのが最も望ましい。


家精霊シルキーさん! 失礼を承知でお願いします! この家にいた人間の目を覚ましては貰えないでしょうか!」

「私からもお願いします、家精霊シルキー様」

『あー……そういうことかぁ……』

「なんなら出て行ってもいい……!」


 迷うそぶりを見せる家精霊シルキーの気配を感じたのか、フリートは大声で追加する。二人の命のためなら、金を払ったことなどどうでもよかった。


『え!? いや、出ていかれるのは困るよ!?』

「ん……?」

『そもそも――』


 トローが決定的な齟齬を、フリートと家精霊シルキーの主張の間に感じた。


『――ここの家の人が起きないの、私たちのせいじゃないし!』


 そして、二人の主張の違いが明らかになる。


 フリートは、すっかりこの幽霊のような存在――家精霊シルキーが原因だと信じていた。いや、信じようとしていた。なにせ、最も怪しい存在は彼女であったし、この家に越してきてから2人が目覚めなくなったのだ。今もテテリはあくび亭で、リクルはこの家で、眠り続けている。何か関係があると考えるのは自然なことだ。



 ――だが、今。全ては振り出しに戻った。



 トローが伝えた言葉に、フリートが崩れ落ちる。ついに見つけたと思った解決への糸口が、そもそもどこにもつながっていなかった。



 夕日が落ち、庭先が暗闇に包まれる。まだ見えるが、もう少しすれば視界は闇夜に包まれるだろう。


家精霊シルキー様。原因に心当たりはありませんか?」

『ないよ! だって私たち何もしてないし、何も見てないから!』


 トローが、家精霊シルキーの言葉を伝えるたびにフリートの心がひしゃげていく。ようやく、先に進めると思ったのに。


 ようやく、何かを始められると思ったのに――。




『呆然としてる場合じゃないわ――来るわよ』




 誰かの声が聞こえて。




『ちょっ、なによこれ!? こんな量の存在が――』

『うわっ!?』

『この嫌な感じ――』


「むっ!? この気配――」


 精霊たちが騒ぎ、トローが槍に手を伸ばし、フリートが顔を上げる。

 三者三様の反応を見せた彼らだったが――その全員の視界が夜の闇よりなお深い、黒の瘴気に覆い隠された。

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