表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第2章 ー絶対的な決別ー
43/117

第13話 精霊信仰

 この世界において、『無かったことにされている』ものはかなりある。例えば、魔人信仰。精霊信仰。魔獣信仰など、認められなかった宗教たち。それは、この世の中が人間の社会として発展していくための妨げになるとされ――政治の、経済の、ほかの宗教団体の都合で消された。


 もはや魔人信仰は形も残っていないし、魔獣信仰も立ち消えた。それは彼らが明確に人類の敵となったからで、人類の敵に与する者も当然人類の敵となり、迫害を受けた。今人類の中にある宗教は、主に2つ。


 人類に『祝福ギフテッド』を授けた女神カロシルを信仰する、カロシル教。


 人類に『魔法』を授けたとされる、女神ベレシスを信仰するベレシス教。


 カロシル教の方が勢力としては強いが、そもそも宗教というもの自体が、人類の間では下火である。彼らは思い知ったのだ。いざというとき、神は助けてくれないと。中には強固な信念で信仰を持っている者もいるが、人類全体の雰囲気としては――『いざというとき、頼りになるのは自分と友人』。そういった意識がある。


 かの『戦乙女』ですら、胸中に潜む不信の芽を拭えない。変わらず女神カロシルを信仰してはいるものの、その想いの強さは揺らいでいる。


 そんな中でも、確固たる意思を持って、信仰を続ける者たちがいる。



 『聖女』リリーティア。『断罪』トロー。


 『聖女』リリーティアは、女神カロシルを。『断罪』トローは精霊たちを、それぞれ信仰している。祈りを続ける『聖女』リリーティアの想いは、それこそ『聖医』クロケットしか知りようがない。だが、『断罪』トローの想いは、多くの人間が知っている。そして、その想いの詳しい内容を知ったとき、思うのだ。


 あいつは――危ない奴だ、と。





「ふむ……今日の調子はよさそうですね」


 トローはその日、砦の中庭で槍を振るっていた。たった一人で旅を続けていた彼の体は程よい筋肉で引き締まり、禿頭と相まって迫力がある。幼い子供が見たら泣き出しそうなほど威圧感がある彼だが――


「っ、当然です……いついかなる時も、有事に備えることが私の役目です」

「まあ、それはそうですね」


 ――対峙する女性は、全く怯えた様子も見せずにトローへと言い返す。腕が鈍っては困る、という理由で訓練場として開放されている中庭だが、今日ばかりは周囲の冒険者たちも見学に回っていた。


 『戦乙女』シャルヴィリア。


 『断罪』トロー。


 両者とも性格に難ありと言えども、音に聞こえた猛者である。噂を聞きつけた休みの冒険者たちまで集まってくる始末だ。


 シャルヴィリアが【神剣クーヴァ】を構え、トローが槍を構える。


「行きますよ」


 気負いなく踏み出したシャルヴィリアが走る。2人とも『祝福ギフテッド』の使用はなし、と決められているものの――そもそもシャルヴィリアは一国で騎士をしていたほどの猛者であるし、1人で旅を続けていたトローも、技量に関してはほかに及ぶ者がいないほどの腕を持つ。


「受けましょうッ!」


 左から右へ、横薙ぎに振るわれた【神剣クーヴァ】を、トローの銀槍がはじき返す。銀光と銀光がぶつかり合い、二人の間に無数の軌跡を描く。


「むっ」


 片や、国宝級の武器である【神剣クーヴァ】に対し、トローが持つのは一般的な鉄の槍。よく磨かれてはいるが、なんら特別な由来もない武器である。打ち合ううちに、刃毀れが出てくるのは必定。とはいえ、【神剣クーヴァ】の切れ味を考えれば、柄で受け止めるのは下策。いずれ両断されるだろう。


「その槍、いつまでもちますか?」

「やれやれ……これは模擬戦ですよ、『戦乙女』さん」


 甲高い音が止まる。お互いの手が止まったわけではない。むしろ、シャルヴィリアの動きは一層加速してトローの体を狙っている。打ち合う音がやんだのは、純粋に互いの武器がぶつかっていないからだ。


「体に似合わず、巧いですね!」

「魔獣と打ち合うなど、愚の骨頂だったゆえに、回避のすべもそれなりに心得ていますとも」


 屈む。後ろに下がる。ときには前に出る。


 流れるような体捌きで、【神剣クーヴァ】の軌跡を掻い潜る。


(なんだ、これは……まるで、攻撃が全て読まれているかのように……?)

(魔獣相手であれば問題ないでしょうが。人間を相手にするには、彼女の剣はいささか素直にすぎる)


 騎士の剣。聖騎士の剣。彼女が学んできたのは、実直に豪快に正面から攻める剣だ。そこに駆け引きなどの要素は存在せず、ただただ魔獣を倒す、国を守るための剣として築き上げられた剣術。


 対して、トローの槍は『生き残るための槍』だ。1人で旅を続けるとき、隣に仲間はいない。怪我をすれば、それが即刻死につながる。どんな些細な怪我でも、動きが鈍って魔獣に遅れをとれば、致死の一撃は近くなる。


「――はっ!」


 鋭い一撃を放ち、トローを下がらせる。人間の体は、空気の補給なしに動き続けられるようにはできていない――一度動きを止め、空気を吸い込む。戦闘において、呼吸の瞬間は大きな隙になる。そのことを知っているシャルヴィリアは、最大限の警戒をしながらトローを見るが、後ろに下がったトローに動きはない。


 それでも、呼吸中は気を抜いていなかった。いつ動くかわからないトローを、最大限警戒しながらの呼吸だった。


「ここ、ですね」

「……は?」


 警戒、していたはずだった。呼吸が終わり、もう一度攻め込むつもりで意識と姿勢を整えた瞬間――喉に、槍の穂先が突き付けられていた。


 いつ動いたかわからなかった。いや、見えていなかったわけではない。初動は見えていたし、踏み込みから鋭く槍が突き出されたのも見えていた。ただ、あまりにも綺麗に――意識の虚を、つかれた。


(相手が動かないのを見て、私が自分のことに集中した瞬間を見切った……?)


「……まいりました」

「良い腕をお持ちですな。もう少し、人間と戦えば、すぐに私を追い抜くでしょう」

「お世辞、ですか?」

「いいえ、本気ですとも。そもそも、私の技術はあまり魔獣相手に有効ではないので。『祝福ギフテッド』ありきの勝負になれば、負けていたのは私の方ですし」


 シャルヴィリアが持つ、信仰の強度によって身体能力を上昇させる『祝福ギフテッド』。魔獣を吹き飛ばすほどの力を発揮させるその力で殴られれば、トローなど一撃で戦闘不能だ。防御も回避も、純粋な威力と速度で吹き飛ばされる。


「貴女は強い。この砦の最強として、人類の命運を背負うほどに。だから、これ以上余計な荷物は背負わないほうがよろしいかと」

「……それを言うためだけに、私と戦ったのですか?」

「はて? 年若い女性が悩んでいれば、人生の先達として教訓のひとつでも垂れてやらなければいけないかと思ったまで」


 飄々と、シャルヴィリアの言葉を受け流すトロー。


「彼らはいつでも周りにいます。せめて大地に思いを残さずに還れるよう、悩みを聞くのも私の役目」

「……そう。正直、胡散臭くて悩みを話す気にはなれませんけど」


 シャルヴィリアは、トローの槍を掴んで固定すると一歩踏み出した。当然、そんなことをすれば槍の穂先が刺さる。浅く首に食い込んだ槍の先端から、朱色の血が流れ始める。


「舐めないでください、『断罪』のトロー。貴方が信じる精霊たちと同じように、私にも信じるものがある。まだまだ大地に還る気はありません、と彼らにお伝えください」

「……いやはや、なんと。素晴らしい信念です、『戦乙女』様。いいでしょう、ありとあらゆる事象は、あるがままにあるもの。貴女がその生き方を信じるなら、私からは何も言いますまい」


 穂先を首から抜き、わずかに顔をしかめて血のりを拭いとるトロー。とっさのことで抵抗できなかったとはいえ、砦の最高戦力であるシャルヴィリアに怪我を負わせてしまった。


(まだまだ、修行が足りませんか。もっとあるがままを受け入れられるように……ならなければ)


 精霊信仰。それは、かつてこの土地に根付いていた信仰だ。自然信仰と言い換えてもいいのだが、彼らは精霊の声を聴く。風の声を、炎の声を、水の声を、大地の声を、木々の声を、草の声を、虫の声を――ありとあらゆる自然が生み出す、『精霊』と呼ばれる存在の声を聴く。


 この精霊信仰は、かつてこの北の大地で細々と続いていた宗教だが、今はもうその存在を知る者は少ない。理由は、この信仰の行きつく先が、『自然体であれ』『自然とともに生きる』という、一種禁欲的な生活であったこと。人類が発展していくために、その自然に配慮した考え方は深くは浸透しなかった。もう一つが、精霊と呼ばれる存在の声を聴ける人間が非常に限られたためである。


 持って生まれた才能。それこそ、『祝福ギフテッド』と同じほどに稀有な才能なのだ。おまけに、子供のころに気づいて、その才能を伸ばさなければ、大人になるにつれて精霊の声は聞こえなくなっていく。その不可思議な自然があげる声を、精霊と認識できない人間が増えたことにより、精霊の声を聴ける者はいなくなったのだ。


 いまや、精霊の声を聴ける大人は、ここにいるトローだけだと言ってもいい。彼こそが、強烈な自意識を持って生まれ、何者にも頼らずに自分の力だけで生きていくことを良しとしている存在だ。彼は、幼少期に大人から「その声は幻聴だ」と言われてもそれを跳ねのけた。自分が聞こえているのだから、これは存在するのだ――そんな強い意思を持って、精霊たちの声を聴き続けた彼は、やがて精霊信仰の存在にたどり着く。


「……なんだか、風の精霊たちが騒がしいですね。噂好きにも困ったものです……」


 小さいころから共にいる精霊たちは、彼にとっては親友であり、戦友であり、信仰の対象だ。ほかの誰にも理解されなくても、彼だけは精霊たちの存在が真実であることを知っている。誰に否定されようとも、自分が思ったことをあるがままに実行する――それこそが、精霊を信仰する自分が歩む道だと信じて。


 誰よりも強い、誰にも頼らない精神力を持つ男は、槍を担ぎ上げて砦へと戻る。


 そして、そんな彼の性格を知る者は思う。自分のやることに、一切の迷いがない奴ほど、恐ろしいやつはいない、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ