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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第2章 ー絶対的な決別ー
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第10話 夢の先に見るもの

 ――その日、ギベルの町は静かだった。なんの変哲もない朝が始まり、なんの異常もない1日が過ぎていくはずだったし、多くの人間がそう思っていた。


「フリートさん……どうしましょう……」


 リクルが涙ぐんだ瞳でフリートを見る。フリートの視線の先には、穏やかな寝息を立てるテテリの姿があった。

 昨日の夜まで、彼女に異常は見当たらなかった。何の問題もなく会話をし、健康に動いていた。今も特に苦しそうな様子はなく、ただ穏やかに寝息を立てている。ただ1点、『起きない』という点を除けば、いたって普通の状態である。


「……色々、調べてみるしかない」


 フリートはリクルの言葉に対して、安易に結論を出すのは避けた。とはいえ、心当たりはある。この家に引っ越してきたタイミング、視界をよぎる人ならぬ存在――この家の幽霊。多少違和感を覚えないでもないが、奴が原因であることは十分に考えられた。


「砦に、こういうのに詳しい人がいるから聞いてみる。リクルは、とりあえずグルガンに状況を伝えて休みにしてもらえ」

「は、はい……」


 フリートは脳内でこれからの行動を考えながら、出かける準備をする。砦に向かう時間にはまだ早いが、構わない。一刻も早く、原因を突き止める必要がある。


「早い方がいい、俺はもう行くが……リクル、なんだったら一緒に来るか?」


 その言葉は、ショックを受けているリクルを気遣った言葉だったが。


「……いえ。大丈夫です、あくび亭に行ってきます」


 リクルは両目に強い意思を光らせると、立ち上がった。普段は頼りないところも見えるが、やはり本質として彼女の精神は強い。それはこの町に暮らすほとんどの人々に言えることで、彼らは意思くらいは強くないと生き残れなかったのだ。


「……そうか、無理はするなよ」


 リクルが頷いたのを確認して、フリートは砦に向かって走り出した。徐々に加速し、まだ誰も歩いていない通りを飛ぶように駆ける。リクルはその様子を見送り、早足であくび亭に向かって歩き始めた。


 二人の後ろで、家に潜む見えない影が揺らめく。


 彼女は、去っていく二人の背中を見つめ、艶やかに嗤った。







 砦に到着したフリートは、出鼻をくじかれていた。真っ先に原因を知っていそうな女性――『魔女』ベネルフィの研究室に向かったのだが、彼女は不在だったのである。そういえば、ウェデスと一緒に出掛けているということをセルデが言っていたな、とフリートが思い出す。となれば、新参者であるフリートに他にコネのある人間は少ない。


「……よくよく、貴方とは偶然出会いますね」

「……『戦乙女』、さん」


 廊下を歩きながら考え事をしていたせいで、フリートは前から歩いてくる女性の姿に気づかなかった。光り輝く金髪を波立たせ、怜悧な美貌でフリートを見つめる女性――『戦乙女』シャルヴィリア。


「そんなに身構えなくていいです。この間の大暴走スタンピードでの活躍は聞いています……前は、疑うようなことを言ってすみませんでした」

「えっ、あっ……そ、そうですか」

「私は、貴方を仲間として認めることにします。2人で、オーデルト様のお役に立ちましょうね?」


 ほほ笑むシャルヴィリアに、なにか危ういものを感じたフリート。

 まるで、腐り落ちる寸前で鮮度を保っている果実のような、薄皮1枚を隔てた狂気のような。


「そう、ですね。これからもよろしくお願いします」

「はい。期待していますよ、『無音』のフリート」


 ――あんな性格だっただろうか。大暴走スタンピードの前は、もう少し見境なしだったような気がするのだが……。


 フリートは、それどころではない、と違和感を飲み込むとシャルヴィリアの隣をすり抜けた。彼女は『祝福ギフテッド』こそ強力なものの、いわゆる魔法系統は門外漢だ。助けを求めるべき人間はほかにいる。


 『聖女』。『聖医』。この二人が、おそらく最高の選択肢だろう。そう判断したフリートは、足を聖域へと向けた。そこは、『聖女』リリーティアが祈りを行う、砦の中でも最大限の警戒が行われている場所である。


「……止まれ! ここから先は、許可を得た者だけが通行を許されている。『無音』のフリートと見たが、許可書は得ているか?」

「許可書は、もらっていない。『聖医』クロケット様に、フリートが聞きたいことがあって来た、と伝えてもらえないだろうか?」


 槍を突き付けてくる二人の兵士に、フリートが下手に出る。さすがは、人類最後の砦であるギベルの町を守護する『聖女』のエリアである。警戒が尋常ではなく、やろうと思えば侵入も可能だろうが――それは得策ではない、とフリートは考えた。


「その権限は我々にはない。おとなしく、『軍神』様か『予言者』様に許可をもらってくることだ」

「悪く思うな、『無音』のフリート。我々ですら、聖域に立ち入る権限がないのだ」

「……なるほど。わかりました」


 入ることはできなくても、『聖医』に出てきてもらえれば――と考えていたフリートだったが、まさか見張りの兵士にすら立ち入る権限が与えられていないとは思わなかった。


「今しか、言う機会がなさそうだから伝えておこう。『無音』のフリート」

「……ん?」

「兵士と冒険者は、あまり馬が合わない。出会うことも、そうそうない。だが、俺はあんたのおかげで助かった。だから――」


 ――ありがとう。その言葉を聞いて、フリートは無言でうなずいた。万感の思いを込めた言葉だったうえに、ここで働く彼らは、戦いの様子がわからない。

 フリートは知る由もないが、彼らはあくまで『聖域』を見張る役目だ。『聖女』の護衛ではない。ここから戦場に向かう『聖女』リリーティアを見送り、その間ずっとここを守り続けてきた。主が戻ってくるかどうかすらわからないまま。


 フリートは二人の兵士に背を向けると、走り出した。向かう先は執務室――そこには、『軍神』オーデルトと『予言者』ミリがいるはずだ。彼らからの許可を得て、『聖女』リリーティアか、『聖医』クロケットに訊ねる必要がある――


「説明は、若干手間だが……話しておくことに、デメリットはないはずだ」


 強いて言うのであれば借りを作ってしまうことになるが、それは今更である。むしろこの間の大暴走スタンピードの時に作った貸しを返してもらうくらいの気持ちでいいはずだ。


「っ、はぁ……」


 到着したフリートは息を整える時間ももどかしく、ノックをした直後に扉を開け放つ。突然の来訪にも関わらず、『軍神』オーデルトはいつものように穏やかに微笑んでフリートを待ち構えていた。『予言者』ミリも、感情を感じさせない表情でその隣に佇んでいる。


「やあ、フリートくん。そんなに慌ててどうしたんだい?」

「俺の知り合いの目が覚めない。たぶん、魔法的な干渉をされている。意見を聞くために、『聖域』に入る許可が欲しい」


 端的に状況を伝えるフリート。だが、『軍神』オーデルトは、冷たい目でその要望を――


「それはだめだね」


 断った。


「……今、なんて?」

「許可は出せない。特に、そういう用件ならなおさらだ」


 立ち上がり、こちらへと近づいてくるオーデルト。彼は、そのままフリートのそばに立つと、フリートの胸をまっすぐに指さした。身構えるフリートだが、そんなことは気にせずにオーデルトが口を開く。


「君は、あの大暴走スタンピードの中で、新種の魔獣に取り付かれた。『聖医』から報告は聞いているよーー君が取り付かれたのは【幻死蝶(イミーティア)】の変異体。悪いが、その魔獣が君にどんな悪影響を及ぼしているかがわからない。そんな人間を、『聖域』に入れるわけにはいかない。もちろん、『聖女』にも『聖医』にも会わせるわけにはいかない」


 鋭くフリートを見据えるオーデルト。その論理に、フリートは焦る。


「あんたは会ってくれてるじゃないか……!」

「ああ。最悪私やミリが倒れても、治療の期間はあるからね。だが、わかるだろう? もし万が一、『聖女』リリーティアが倒れたら、その瞬間人類は終わりなんだよ。町の外で渦巻く怨念や悪霊は、決してこの町には入れない。だがそれは、この場所に『聖女』がいるからだ。王都は――地獄絵図だそうだよ。絶えず人が発狂し、真面目だった青年が殺人鬼になり、健気だった少女が笑いながら首を斬る。ここに人が流れ込んでくるひとつの理由でもある。君は、この町をそんな狂気の渦に叩き込みたいのかい?」


 フリートが気圧される。それが、残った人類すべてを背負うと決めた、『軍神』の迫力だった。静かな微笑みの中に、確かな思いがある。確固たる意思がある。


 全を背負うと決めた『軍神』。一を救おうとする『無音』。二人のにらみ合いはしばらく続くかと思われたが――そのにらみ合いに、割り込んだ少女がいた。


「いつまでも無駄な時間を使わないでください、『無音』」

「『予言者』……」

「こうなった以上、この男はてこでも動きません。今の貴方は、『聖域』に入る資格がありません。貴方に近しい人の目が醒めなくなったというのなら、なおさらです。ただ――」

「ただ?」


 ミリは息を吸い込んだ。戦う手段を持たない彼女は、フリートの殺気を受けて足が震えている。だが、その程度で引くような少女ではなかった。


「『魔女』ベネルフィに連絡を取ることはできるはずです。そうですよね、オーデルト?」

「ああ。『拾声』のキッカに連絡を取ってもらうことは可能だ。もちろん、私の立ち合いが条件だがね?」


 ひどくつまらなさそうに、『軍神』オーデルトが返す。まるで楽しみにしていたおもちゃを取り上げられたかのような態度にフリートが怒りを覚えるが――


「『軍神(・・)』」

「――ああ、悪かった。少し、意地悪が過ぎたよ」


 ミリの言葉で、オーデルトは降参と言わんばかりに両手を上げた。そして、いつも通り――飄々とした『軍神』オーデルトに戻る。


「というわけで、リスクのことを考えると、君を『聖域』に入れることはできない。だが、魔法関連のことなら、『魔女』に聞くのが適当だろう。なにせあの才女は、今の魔法技術の遥か先を行っている。まるで違う世界の人間を見ているかのようだよ――それほどまでに、圧倒的な魔法の才能を持っている。それも、天才特有の感覚的なものではなく、理論と実験に基づいた、確かな魔法理論を作り上げているときた。彼女にわからなければ、それすなわち魔法が原因ではないのか、少なくとも今の人類には対抗手段がない魔法、ということになるね」


 少しだけバツが悪そうに語るオーデルト。彼も彼で、ストレスが溜まっているのかもしれない――そう考えたフリートは、怒りを鎮めた。ここで感情のままにオーデルトとやりあっても、いいことはない。


「ただ、今すぐというわけにはいかない。キッカには休みをあげているから、今この砦にはいないんだ。明日には出勤する予定だから、そこで聞くとしよう。不安はあるだろうが、第一遊撃隊としての仕事もしっかりこなしてくれたまえ、『無音』のフリートくん」


 冷静に論理を説かれては、フリートも反撃する手段はなく。黙って頭を下げると、背を向けて執務室をあとにした。

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