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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第2章 ー絶対的な決別ー
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第5話 生活基盤

 フリートは若草色のワンピースと、さらに2着をリクルのために購入した。少々高くついたが、完全に嗜好品と化しつつある布の服は割高だ。仕方のない出費と諦める。


(まあ、リクルも年頃の女の子だ。お洒落のひとつやふたつ、したいだろうさ……)


 フリートは、こういった一般的な買い物をした経験がない。暗殺者時代は表の顔こそあったが、その世話は国から派遣されていた人間が行っていた。ついでに高給取りであったこと、冒険者になってからもお金に苦労したことがなかったため、金銭感覚がおかしい。


「こんなに高い服を……3着も……」


 リクルは慄いていた。金貨1枚には届かなかったとはいえ、数か月程度なら生活するのに問題ないほどの金額が3着の服に消えていった。今、自分が持っている服はそれだけの価値があると思うと、手が震える。


(ななななんでもないことみたいに振る舞ってるけどおかしいよね!? カロさんも割と驚いてたし! 私も1着くらいだろうと思ってたのに……! 結局試着した服全部買ったよね!? 私としてはどれが似合ってるかよくわからなかったからフリートさんに1着選んでもらうつもりだったのに、まさかの全部買い!)


 リクルの金銭感覚は比較的まともだ。フリートを家に招いたとき、銀貨に驚いていたが、それは平民ではなく貧民の驚き方だ。だが、しばらくあくび亭で働いたことで、庶民の金銭感覚を養っていた。もとより持っている貧乏性と、冒険者たちの金払いの良さが混ざりあい、リクルの中で絶妙なバランスで成り立っている。


「さて、家具を揃えたいが……どうやって運ぼうか」

「……正直、力仕事に自信ないです」

「そうだよね」


 とりあえず行き当たりばったりで行くか、と決めたフリートは家具店に向かった。向かったとは言っても、どこに家具店があるのかなんて知らないので、道行く人に尋ねながらの探索である。しばらくうろちょろと歩き回った末に、一軒の家具店にたどり着いた。


「疲れました……」

「座って待ってて」


 リクルを店の中にあった椅子に座らせ、フリートは中を見て回った。棚やベッド、机に椅子など生活するのに必要な家具が並んでいる。が、その数はそう多くはない。


(確か……机はあったな。食器棚も残っていた。椅子もあったが……ベッドがなかったな……)


 家の中を思い出しながら、フリートは家具を見ていく。滑らかに整えられた木製の家具を撫でながら、わからないなりに「ほう……」とか言ってみる。もちろん良し悪しなどわからない。


「気に入ったものがあったか?」

「……いや、すごくいい手触りだな、と思っただけだ」

「当然だろう。最北端に生えている木は、どれも樹皮が滑らかだ。このあたりの木は風が強くないおかげで、まっすぐ歪まずに育つ。だからこそ加工もしやすい。柔らかいしな」

「へぇー……」


 そうなのか、と素直に関心するフリート。確かに触った感触は滑らかで、撫でたときに引っかかるような手触りがない。柔らかい、というのがよくわからないが――


「ようこそ、ベーシ家具店へ。気に入ったものがあれば買って帰ってくれよな、もちろんオーダーメイドも受け付けるぜ」

「……ああ。オーダーメイド?」

「全部の家に合うサイズを作って置いておくとキリがないからな。サイズを指定してもらって、造るのが基本だ。仕事の量にもよるが、だいたい五日くらいかかる。家はいつ買うんだ?」

「もう買ったんだが……?」


 軽薄な雰囲気を持つ青年――ベーシが、あちゃーと言わんばかりに額に手を当てた。


「あんた冒険者だろう? いくら冒険者が即断即決とはいえ、家具も注文せずに家を買うとは……それまでは宿暮らしか?」

「そうなるな」

「で、何が足りないんだ? ベッドか? 机か?」


 ベーシの言葉に考える。とりあえず急いで揃えなくてはならないのは……


「ベッドだな。病気の女性がいるんでな、寝たきりでも大丈夫なやつが欲しい」

「……なるほど。ちなみにベッドはいくつ?」

「3つだな。今言ったやつは1つでいいし、俺は……」


 置いてあるベッドを見る。少々窮屈そうだが、問題なく寝れるだろう。


「これでいいな」

「……まあ、あんたがそれでいいならいいけどよ。ほかは?」

「とりあえずは大丈夫だな」

「うーん、寝心地に関しては俺のとこより隣の寝具店に行った方がいいぞ? 俺は木材、あっちは綿とかだからな。土台を作るのは専門だが、それ以外は隣を頼れ」

「あーなるほどな。わかった。じゃあ、ベッドを2つオーダーメイドで頼む。で、このベッド買うと合計でいくら? あ、あと運搬方法とかが知りたい」


 確かに周囲を見渡せば、木製の製品ばかりだ。この上で寝るのは辛かろう。そのあたりは隣の店でそろえることにして、俺は気になっていたことを聞いた。


「金持ちだなお前……ベッド3つで、そうだな。銀貨80枚ってとこだな。んで運搬方法だが、こっちでお抱えの冒険者がいる。そいつらを呼び出せば、運んで組み立ててもらえるが……これは追加別料金で銀貨6枚。合わせて銀貨90枚でどうだ?」

「それでい……」


 フリートが了承しようとしたが、違和感を覚えて言葉を止めた。


 ベッドで80枚。別料金追加で6枚。


「お前、足しても86枚じゃねぇか。なんで増えてんだ」

「……冗談のつもりで言ったから、気づいてもらえてホッとしたぜ。了承されたらどうしようかと思ったわ……お前、もうちょい考えて買えよ……」


 86枚な、と呟いてベーシが奥から紙を持ってくる。その2枚の紙は、フリートにも見覚えがある。高額な買い物をするときに、現物を用意できない――今回のように、注文を受けて作るとき、互いに売買契約を交わすための紙だ。


「金額は銀貨86枚でいいな? で、字は読めるか……?」

「問題ない。この契約内容で構わない、サインをしてくれ」

「なんでこれは手慣れてるんだよ、おかしいだろ。早々これを書く機会なんてないぞ……」


 サラサラと流れるように自分の名前を記入し、ベーシもそれに習う。契約内容は、前金として半額を支払うとのことだったので、フリートは金貨を渡した。それを見たベーシは少し嫌な顔をしたあと、店の奥に戻る。そしてしばらくしてから、店の奥から革袋を持ってきた。


「これ、おつりの銀貨57枚だ。確認してくれ」

「あいよ」


 銀貨を数えて、問題なく57枚あることを確認したフリートは、革袋を腰にくくりつけた。ずっしりとした重みがフリートを襲う。これだけの量の貨幣は、それだけで鈍器になり得る重みだ。


「じゃ、5日後だったか? そのころにまた来る」

「おう。完成させて待ってるぜ」


 ベーシが手を振り、フリートは店の外に出た。店頭に並んでいた椅子を見ると、そこに座っていたリクルが立ち上がる。


「終わりました? すみません、休ませてもらっちゃって……」

「ああ、気にしなくていい。あれだけ歩き回れば疲れるさ。で、ベッドのことなんだが……」


 フリートは、完成までに5日ほどかかることを説明する。これではせっかく買った家に移り住むのに時間がかかる。生活環境が整っていない家に、テテリを住まわせるわけにはいかない。


「そうですか。なら、もうしばらくはあくび亭ですね……」

「そうなるな。まああの宿も、悪いところではないし……だが、問題が1つある」

「問題……?」

「俺の休みが、あと3日しかない」


 そう。フリートは今までの自由気ままな冒険者ではなく、ギベル砦に所属する遊撃隊の一員である。ゆえに、『通常業務』というものがある。偵察、間引き、警戒と言った仕事だ。今までは、この間の大暴走スタンピードの活躍を配慮し、休息期間ということで休みがあったが、それが終われば砦に仕事をしに行かなければならない。


「あ、そうでしたね……フリートさんもお仕事が……というか、結構休んでましたね?」

「7日も休日を貰ったからね……」


 英気を養って来い、ということで長期の休みと引っ越し資金をもらったわけだが、引っ越しを終わらせるには若干足りなかったようだ。


「まあでも、砦の仕事もそんなに忙しいというわけでもない。休みは申請すれば貰えるだろう」

「そうなんですか、よかったです」


 両手を合わせて喜びの笑みを見せるリクル。フリートはその表情に目を細めながら、隣の寝具店に向かう。残り3日の休みで、できるだけ生活に必要なものを揃える必要がある。フリートは落ち始めた太陽を眺めて、少しだけ早めた足運びで寝具店に足を踏み入れた。





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