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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第30話 終わらない結末

「ひどく哀しそうな顔をしていた。まるで、主人に見捨てられた犬のような、ね」


 フリートは、統率個体レヴェオの最期をそう語った。結局のところ、フリートが生きのびたのも偶然に過ぎず、帰りのことなど考えていなかったフリートは、レヴェオが殺されたことによって起きた魔獣の混乱によってなんとか逃げ帰ることに成功した。


 魔獣たちは人間を見つければ人間を襲うが、魔獣同士が仲が良いということはない。砦に戻ったフリートたちは、指揮官を失って無作為に人間に襲い掛かる魔獣たちを葬り続けた。


 戦いは4日間に及び、多くの魔獣、人間が地面に倒れ、その血を大地が吸い込んだ。


 無念を大地に刻んだものがいた。

 憎しみで呪ったものがいた。

 悲しみで濡らしたものがいた。

 苦痛で染まったものがいた。

 死にたくないと願ったものがいた。


 様々な想いを受け止め、癒し、聞き届け――そのすべての願いが『聖女』によって昇華され、彼らは消滅していく。だが、いくら『聖女』リリーティアといえども、何百頭からなる魔獣の群れと、百人近い人間の死者の無念を同時に晴らすことはできない。情念と怨念は狂おしいほどの願いを持つ悪霊、幻霊となって、町を覆う『聖女』の結界の周囲を渦巻くことになる。



 † † † †



「今回も……なんとか、生き延びた、か」


 大地に累々と横たわる死体たちを眺めて、『軍神』オーデルトは呟く。魔獣の亡骸からは、魔法の触媒のために使える部位ははぎ取られている。近くに、ともに戦った仲間たちの遺体も転がっているが、オーデルトは誰が死んで誰が生き残ったのかを全て把握している。


 胸は、痛まない。とっくの昔――勇者が負けた瞬間から、覚悟していたことだ。


 あの日、オーデルトという男は人類を守るために、友人と仲間と恋人を失った。


 全てを捨て、自身を『軍神』で在れ、と定めたのだ。 


「……とはいえ、まだまだか」


 この思考を行ってしまうことこそ、まだオーデルトが染まり切れていないことを示している。今回死んだ人間は87人――その数をしっかりと胸に刻み込み、オーデルトは凄惨な光景に背を向けた。後始末の実情は見た。これ以上、ここを自分が検分する必要はない。


 それでも、もう少し自分を傷つけたいというのは、彼には許されない感情だ。




 † † † †



 研究室で、紫の煙を吐き出す。

 『魔女』ベネルフィは考える。自分は生物学上人類ではあるが、人類の味方をするつもりはない。気まぐれに手を貸し、気まぐれにアドバイスを送る。


「世界の真実、ねぇ」


 興味はあるが、予測はつく。胡散臭い二柱の女神やら、“道化”のシギーやら、魔人、魔獣といった存在。魔王の存在。

 そのすべてを疑ってかかり、そもそも実在するのか、どこから生まれたのか、誰が生んだのか、だれが造ったのか。


 考えれば、疑わしいことしかない。


「光の女神カロシルと、影の女神ベレシス……」


 紫の煙が漂う。


「まあ、まずはそこから……になるのかね。私も、そろそろ本腰いれないとダメなのか」


 仮説を考えつくす時間は終わりそうだ。ありとあらゆる可能性の考察は、もうすぐ終わりを迎える。そうなれば、あとは実証あるのみ。裏付けをとらなければなるまい。


「しかし、探索に行くなら……脚が欲しいねぇ。私、移動はあんまり得意じゃないし……」


 『魔女』は彼女だけが見ている景色を眺めながら紫煙をくゆらせた。



 † † † †




「ふむ。幸福な夢と悪夢を駆使して人の心を折りに来る魔獣、か」

「よくわかんねーんだけどよ。幸せな夢ならいいんじゃねぇか? どうせ夢なんだろ?」

「阿呆が。覚醒を拒絶すれば、飯も食わずに水も飲まずに、やがて衰弱して死に至るだろう。どちらにせよ、厄介な魔獣であることは間違いない」


 『聖医』クロケットは、理解の遅い『剛腕』セルデにその厄介さを説明していた。


(ん? ……今何か、頭を掠めたような……なんだ……夢……?)


「そりゃ恐ろしいな。でもクロケット……様ならそれも追い出せるんだろ? 【悪意の蝶(イーティリアス)】だっけ?」


 クロケットの脳裏をよぎったひらめきは、セルデを相手に手柄を自慢したいという欲望に負けた。


「ふん、そうだな。今回勝てたのは私が治療した『無音』のフリートのおかげだ。つまるところ、私の功績である」


 勝ち誇るクロケット。セルデはだんだんこの男の性格が読み解けてきたので、スルーすることにした。


「そういえばクロケット様よぉ、『聖女』様のそばにいなくていいのか?」

「うむ。今は休んでおられる。一時的にでも結界の領域を砦の向こう側まで伸ばしたのでな、結界を解除したのだ」

「え、ええっ!? 大丈夫なのかよ、それ!」

「問題ない。普段は『守護神殿』と呼ばれる、悪霊幻霊の類の侵入を拒む結界を広げているが、今使われているのは『聖域』だ。『聖女』様ほどではないが、私たちの知り合いに巫女見習いがいるのでな。奴らに悪霊と幻霊の誘導を頼んである。いい感じに町から引き離しているだろうよ」

「大丈夫ならいいんだけどよ……」


 セルデの脳内にクエスチョンマークが浮かび上がるが、ここで聞き返すとクロケットの機嫌を損ねるだろうと判断したセルデは口を閉ざした。


 悪霊や幻霊を祓う手段を持っているのは、魔法に長けた者だけである。そして、彼ら悪霊は、魔力の波長を好み、『聖女』や『巫女』といった者が放つ魔力の波長を特に好む。歴史を紐解けば、悪霊たちに何故か気に入られる人間を最初に『聖女』や『巫女』と呼ぶようになったのがわかるのだが、今は置いておく。


 そういった人間を集め、力のある悪霊たちを町の外に誘導しているのだ。長期間は持たないが、弱い悪霊や幻霊ならばリリーティアの体の一部を埋め込んで自動発動している『聖域』が浄化する。リリーティアが休んでいる間は、そうして強い悪霊は外に誘導してやり過ごしてきた。


「普段は不眠不休で、愚民どもを守っていらっしゃるからな。こんなときくらい、休んで頂かなくては……」

「不眠、不休……?」


 セルデが聞き逃せずに疑問の声をあげたとき、涼やかな鈴のような声が部屋に響いた。


「――クロ、ケット。戻り、ました」

「これは失礼しました、『聖女』様。ですが、もう少しお休みになられてもいいのですよ?」

「――いえ。もう、祈りに、入ります。お願い……します」

「……わかりました」


 リリーティアが目を閉じ、クロケットがその手を取る。


「それではさらばだ、『剛腕』の。私のところに余計な患者が来ないように、せいぜい頑張りたまえ」

「ああ、そうするよ、『聖医』殿」


 苦笑しながらクロケットを送り出したセルデは、先ほど思った疑問のことなどすっかり忘れて戦いの後処理に向かうのだった。





「……クロケット。余計なこと、言わなくていい」

「……はっ。『聖女』様の、仰せの通りに……」

「私は」


 ――心配されるのは、好きじゃない。


 石の砦に反響した言葉は、二人以外の誰にも届かずに消えた。




 † † † †




「大地に還るのである」


 『断罪』のトローが魔獣をはぎ取る部隊の護衛をし、『氷牙』のアディリーもそれにならう。何十体と生み出された小型の氷生物たちが飛び交い、地面を走り、周囲を警戒する。


「便利であるな」

「めちゃくちゃ疲れるんですけどね~……」


 全力で周囲を警戒しながら、アディリーは溜息をつく。かつては称賛されたすえに疎まれ続けた彼女の氷魔法……まわりまわって、こうして役に立っているのはいいことだ。


「ふむ。しかし、悩ましいものであるな。それは生命なのか? それとも――」

「『魔女』さんは『疑似生命体』もしくは、『使い捨てではない命令権』って言ってましたけどね~」

「疑似生命体か」


 トローは糸目のまま、考え込むように腕を組む。


「……疑似であるならば、還る必要もあるまい」

「え……まさか、トローさん、私の子たちを殺す気でした……?」


 精霊信仰。『あるべきものをあるべき姿に』、というのが基本趣旨となる宗教だが、残念ながら『断罪』のトローは中身を拗らせすぎて、彼にしか理解できない宗教となっている。

 断罪信仰、とでも呼ぶべき彼の宗教は非常にわかりやすい。


 すなわち、『とりあえずみな大地に還れ』、『バランスを取れ』、この二つである。


「殺す? とんでもない。一時的に、還ってもらうだけだとも」

「戻ってこないじゃないですか?」

「戻ってこないということは、それが在るべき姿であるということだ」


 僅かに瞳を見開いて告げるトローを見上げながら、アディリーは目深に魔女帽をかぶりなおして思う。




 ――私、この人苦手。




 † † † †




 フリートは静かに目を閉じる。全ての情報をシャットアウトし、ただひたすらに自分の精神の中に潜り続ける。


(だいぶ、使ってしまったな……)


 自分の動きが落ちていることを自覚し、苦笑する。『祝福ギフテッド』を使ったあとは、必ずこの瞑想で状況を確認しなければならない。自分のこともよくわからないまま戦うのは、ただの自殺行為である。


 自分の内側まで入り込んで、精神の状態を確認する。案の定ボロボロで、見れたものではない。この状態を詳細に確認するのは自分の至らなさを痛感するだけになるので、フリートは丁寧に蓋をした。


(……さて)


 今度は反対に、世界にむけて自分の意識を広げていく。ひたすら個に閉じこもったあと、全に溶かし込むかのように自分の意識を周囲に広げていくのだ。自分の体と空気の境界が曖昧になり、音や風が自分の体をすり抜けていくかのような錯覚がフリートを襲う。


 気配を殺す、と言っても、気配というのは生物の生きる音である。呼吸、心音、それこそ思考にすら音が存在する。気配を隠しても、ゼロにはできない。卓越した戦士であれば、必ずその音を嗅ぎ分ける。


 であれば、真の暗殺者は、気配を隠してはならない。


 ひたすらに自己を薄め、気配を無くす。殺意すらも、敵意すらも、全てを薄めて空気に溶かし込む。そうすれば――


 視界に入っても、路傍の石のように、認識されない。


 ……はず、なのだが。


「フ、フリートさん!?」


 乱入してきたーーと言っても、あらかじめ気づいてはいたのだが――気配に、フリートは確認作業をやめて目を開いた。部屋の入り口には見慣れた少女の姿が立っており、どうやら仕事終わりに慌てて駆けつけてきたようだ。


(素人のリクルに気づかれるなんて、俺も鈍ったかな……)


 いや、確実に鈍ってはいるのだが、鈍り度合いの問題だ――とフリートは考え直した。


 だが、彼女が来た以上。彼には言わなくてはならない言葉があるし、彼女からも言いたい言葉があるはずだ。



「――ただいま。約束通り、生きて帰って来たよ」

「……おかえりなさい、フリートさん!」



 フリートは、一瞬迷ってから泣きながら胸に飛び込んできたリクルを優しく受け止めた。


 胸に走った痛みの理由を、考えないようにしながら。

これにて一章終了になります。ここまでおつきあい頂いた皆様、本当にありがとうございました。

第一章と言いつつも、この物語は序盤も序盤。まだプロローグ、ってところです。


これからもよろしくお願いします!

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