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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第27話 ネメリア

本日3話更新です。これが2話目。

「おかしい」


 【幻死蝶(イミーティア)】であれば、とっくの昔に外に追い出せていたはずである。そして、クロケットの魔法は既にそれらしき魔獣を捉えている。干渉もしている。だが、引きずり出せない。


「ぐっ……!」


 『聖医』クロケットは魔力を強める。緑色の輝きが強くなり、フリートの体の上で霊草が輝く。


「おのれ……こいつが死ぬのは別にいいが、救えると言っておいて救えずに私の評価が下がるのだけは我慢ならん……少々面倒だが本気を出すか……」


 クロケットは片眼鏡を外し、ポケットにしまう。そして両手をそっとフリートの体に触れさせる。


「くっ。下賤な冒険者などという輩にこの私の手が……いや、やむを得ん。耐えろ私。このままではあの冒険者どもに『え~? あれだけ大見栄切っといて死んじゃったんですか~? ププッ無能~!』と言われてしまう……それだけは許容できん。人の欠点をあげつらうことしかできないクズめ……」


 自分の性格の悪さを棚にあげ、言いたい放題言う『聖医』クロケット。多くの人間が彼の性格を知らないが、この性格が出回っていたら、少なくともこの2つ名がつくことはなかっただろう。


「この私にとって理想的な展開は、こいつが自力で起きてきたのをさも自分の手柄のようにすること。もしくはここで私が治療していたということを知っている冒険者どもが全員死ぬくらいか。まあ後者は『軍神』のせいで不可能に近いな。おのれ、なんとか自力で起きろ……!」


 最低過ぎる計画を呟きながら、『聖医』クロケットの手から緑の光が漏れ続ける。


「感触は【幻死蝶(イミーティア)】に近いが、意識への深度が段違いだ。新種の魔獣か……」


 『聖医』クロケットはより詳しい診察をしたことで、判断を下す。この魔獣をこの男から引きはがすのには、およそ2時間程度は必要だと。それほど深くまで、魔獣の意識が根を張っている。


(というよりも……同一化、しつつあるのか? 境界が曖昧に……クソッ! 精神系の異常はこれだから面倒なんだ!)


 理論ではなく感覚で治療しなければならず、なおかつその症状は個人によって千差万別。最適解が存在しないのが、精神に干渉するタイプの状態異常の特徴だ。


「このままだと……取り込まれるぞ……!」


 魔獣と融合した人間など、クロケットは聞いたことがない。2人以外誰もいない部屋で、クロケットは額の汗をぬぐった。



 † † † †



 ふと空を見上げる。そこで、何か声が聞こえたような……


「どうした?」

「いや……なんでもない」


 気のせいだろう。


 討伐した魔獣を解体し、それぞれ金目の素材をはぎ取った俺たちは、その素材を売りに行くべく街中を歩いていた。大して強くもない魔獣だったが、ことあるごとに何かポーズを取るカンナとセルデに、精神が疲弊した。


「んじゃ、俺はここで」

「おう」

「次は明後日だな」


 魔法用の触媒は、一度家に持ち帰り、セラに使うかどうか聞いてから売りに出さなければならない。俺とセラは一度売ったものを、たとえ割高でも買いなおすのだが、ある日それがバレたリクルに大目玉を食らった。そういう些細な浪費を、あとから後悔することになるんです、と。


「おっ、フリート今帰りか?」

「グルガン」


 道を歩いていると、顔見知りに会った。この町の顔役でもあり、有名な料亭を運営している店主のグルガンだ。この町に移動してくるときはずいぶんと世話になったものだ。


「その素材は……そうか。セラさんの、魔法の触媒か」

「ああ。リクルに、売ったものを倍額で買い戻すなって言われちまってな……」

「ははは! そりゃリクルちゃんが正しい。お前もセラさんもお金に緩すぎるんだよ。俺と会ったときも、金積んで「これでなんとかしてくれ」だっただろ? 賄賂かと思ったぜ」


 いや、あのころは暗殺者に追われていて余裕がなかっただけだ。


 余裕が、なかった……。テッタ公国は……


 ――ああ、魔獣に滅ぼされたんだった。何も問題はない。



「……グルガン。今、幸せか?」

「ん? おうよ! 嫁さんは元気だし、なんと息子は最近俺の名前をよんでくれた!」

「今いくつだっけ」

「7か月」


 幻聴では、と思った俺だが、水を差すことはしなかった。


「なんだぁ、フリート。あんなエキゾチック美人捕まえといて、幸せじゃないとでもいうつもりか?」

「エキゾチック……」

「この辺にはいないからな、ああいう女は。こう、ゾクッと来る美人だよな!」

「ああ、確かにな」


 このあたりの女性は、どうも浅黒いというか、少し日焼けをしている。セラは暗殺者時代は闇に紛れるために黒い塗料を体に塗っていたため、肌が抜けるように白いのだ。昔は闇に紛れていたが、今では彼女は闇の中で浮かび上がる人間になっている。口を開けばわりとポンコツだが、もとより妖しい雰囲気の持ち主でもある。


「今の幸せに疑問があるって顔だな」

「……ん、そうなるのかな」


 グルガンに長い溜息をつかれ、俺は若干イラッとした。


「これ以上何を望む? と、言いたいところだが……今のお前に足りていないものが1つある」

「足りていない、もの?」

「子供だ」


 子供。子供、子供かぁ。


「下世話な話だが、やることはやってんだろ?」

「……ん、まあ、なぁ」


 真昼間から通りで話すようなことではないため、俺の口が重くなる。


「子供はいいぞ。気力がわくし、なにより自分が強くなる。こればっかりは、生まれてみないと感じられないだろうけどなぁ」

「そうか。ありがとう、グルガン」

「いいってことよ。さて、そろそろ戻らねぇと息子が泣いちまうな……」


 そう呟いた直後、グルガンの店から泣き声が聞こえてきた。グルガンは頭を掻き、覚悟を決めた表情をする。


「んじゃ、行ってくる。じゃあな、フリート」

「ああ、グルガン」


 俺はグルガンと別れ、家への道を歩きながら考え続ける。やることはやっているが……それは子作りというよりも、愛情を確認する行為だ。どちらかというと、夜の間ベッドでいちゃついていると言ったほうがいいだろう。


「……」


 顔がにやけてしまった俺はことさらに厳しい表情を作り、考えを進めていく。

 子供ができてもおかしくはないが、子供を作るためにやるのは何か違う気がした。そんなつもりで、俺はセラと一緒になったつもりはない――。


 胸が痛んだ。


「ぐっ……!?」


 なんだ、この感覚は――。


 見れば、俺の胸の部分に緑色の光が浮いている。魔法で攻撃されている? 俺はその光を振り払うと、歩き出す。光を振り払えば、痛みは消えた。俺は魔法に関しては門外漢だから、これに関してはセラやベネルフィに聞いた方がいいだろう。俺は周囲を警戒しながらも、家にたどり着く。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 セラとリクルが揃って出迎えをしてくれた。リクルが小走りにこちらへ駆け寄ると、ぺたぺたと顔や腕や足を触ってくる。


「な、なんだいったい? どうしたんだ?」

「昨日は体調が悪そうだったので、念のため確認です。大丈夫そうですね」

「そうか……触る必要はあったのか……?」

「ないと言えばないですね」


 それだけ言い残すと、リクルは反転して居間へと消えていった。俺がその行動を訝しんでいると、セラが優しく笑った。


「許してあげて、フリート。ちょっと、拗ねてるのよ」

「なぜ……?」


 リクルが拗ねる理由に全く心当たりがない俺は首を傾げるが、セラは意味ありげにほほ笑んだだけだった。

 俺は首を傾げたまま廊下を進み、居間に出る。そこには、いつもの夜に比べると、多少以上に豪勢な夕食が並んでいた。まるでパーティでも始まりそうな雰囲気である。


「おいおい、これどうしたんだ? ケ……ん約家のリクルがこんなに豪華な食事を」

「まさかとは思いますけど、今兄さんケチって言いかけました?」

「いや」


 危ない。


「……怪しいですが、まあいいです。私が節約していたのは、まさに今日のような日のためなんですよ」

「そうね、リクルちゃん。ありがとう」

「2人で盛り上がってないで、ちゃんと俺に説明してくれないか?」


 置いてきぼりの俺が抗議の声を上げると、二人が笑顔で俺を見る。セラは幸せそうに、リクルは眩しそうに俺を笑顔で見つめる。


「しばらく、魔法の修行はいいって、師匠が」

「おめでとうございます、兄さん、姉さん」

「……免許皆伝、ってことか?」


 俺が首を傾げて聞き返すと、的外れな答えだったのか、二人の表情が呆れへと変わる。


「カイニン、ですよ」


 リクルの言葉を、俺はうまく脳内で変換することができなかった。

 かいにん。解任? ……いや、懐妊、か。


「ええ、フリート。このお腹に私たちの子供がいるのよ」


 愛おしそうにお腹を撫でるセラ。俺はあまりの衝撃にその場で立ち尽くし――あふれ出る感情が、両目から零れ落ちた。


「ちょっ、なんで泣くのよフリート!」

「……兄さん?」

「いやっ、これは違……なんで……」


 まるで長年の苦労が報われたような達成感が俺を襲う。ああ、今確かに俺は――幸せだ。この二人と、生まれてくる子供と、仲間たちと、町の人と、緩やかで穏やかな時間を過ごす。


 ああ、なんて幸せな生活なのだろう。幸福だ。間違いなく俺は今――幸せを、感じている。


 幸せすぎて怖い、というのはこういう状況のことを言うのだろう。まるで、他者が作り出したかのような幸福な世界。


 だからこそ。



 ここで言わなければならない。







「――出てこい、ネメリア」




 悪意の影が揺らめいた。

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