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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第25話 守るべきモノ、守りたいモノ

「ちょっと、起きてもらっていいかしら?」


 呆れたような声に、目を開く。そこには紫の瞳を呆れたように細めるセラの姿があり、俺は混乱する。


「いつまで寝てるつもりよ。リクルはすぐに起きてきたっていうのに……」


 ぶつぶつと呟く彼女は、黒装束ではなくクリーム色のエプロンを身に纏い、ダガーの代わりにお玉を俺に突き付けていた。


「こ、ここは……?」

「まだ寝ぼけてるの? 私たちの家でしょ」


 適度に柔らかいベッドの上で身を起こす。ひどく頭が重い。


「私たちの……家……?」

「まぁた悪夢でも見たの? 昔のことは忘れなさいって。もう暗殺者に追われることはないんだから」


 昔のこと。悪夢。思い出せない。


「……こういう言い方はあれだけど、テッタ公国が滅んでくれたのは正直助かったわ。なにせ追われることがなくなったわけだし」

「テッタ公国が滅んだ……?」

「……本当に大丈夫? ほら、逃げ出した後にしばらくしてから魔獣の残党がテッタ公国になだれ込んだじゃない。そのあと勇者が魔王を倒したわけだけど」

「……ああ、そうだった……か?」


 それまで不満げに口を尖らせていたセラが、屈んで俺の顔を覗き込んでくる。心配そうに下がった目じりが、俺の罪悪感を加速させた。俺の額に当てられた右手が、ひんやりと俺の体温を奪っていく。


「熱はなさそうね。頭痛は? 吐き気は?」

「頭痛……」


 痛くはないが、酷く頭が重く、倦怠感がある。


「……なんだかキツそうね。今日は休みましょうか」


 セラが優しく俺を抱きしめる。奪った体温を戻すかのように、人の温もりが伝わってきて俺は安堵の溜息を吐いた。なんだかひどい悪夢を見ていたような気がする。


「……あー……朝ごはんができたんですけどー……」


 セラが勢いよく離れる。俺が名残惜しくその様子を見送ると、部屋の入り口に立っていた少女があきれたように目を逸らした。


「リクル! いたなら声かけてよ!」

「最初からいましたし、声かけましたよ?」


 悪戯っぽく笑う少女は、どうやら俺とセラのやり取りを見ていたらしい。


「ち、違うからね。フリートが辛そうだったから、落ち着かせようとしただけで……!」

「はいはい、ごちそうさまです義姉さん。ていうか結婚してるのになんでまだ照れてるんですかおかしいでしょ」

「ぐっ……!」


 結婚。俺と、セラが?


「兄さんもボーっとしてると愛想尽かされちゃいますよ?」

「それはない! それはないから!」


 普段冷静なセラが、リクルに翻弄されている。


「墓穴掘ってますよ。義姉さん恋愛経験皆無すぎて、反応がいちいち面白いんですよね。からかいたくなります」

「ぐ……なんか、あなたたち、そういう嫌なところはそっくりよね……そ、そういうリクルはこの間の彼氏はどうしたのよ?」

「ああ、デニィですか? 彼ならもう別れました。どうも幸せな家庭を築くイメージが持てなかったので」

「……普通に育てば、そういう思考になるのかしら」

「……いや、どうでしょうね?」


 お互い特殊な環境で育ったことを自覚しているらしい二人がそろって首を傾げる。セラはテッタ公国で暗殺者として幼いころから訓練漬けの毎日だった。リクルは――


 『片親だったところを、俺が養子として引き取った』


 んだ。ただ、養子と言ってもどちらかというと妹のような感覚に近い。最初は遠慮気味だったが、打ち解けてきてくれたようでなによりだ。


「私、たぶん『幸せな家庭』に対する執着が強いんですよ。だからなんか、お遊び感覚で恋人作れないんですよね」

「まずその、お遊び感覚で恋人作るっていう感覚が理解不能なのだけれど。普通、恋人って運命の人を選ぶものでしょ?」

「堂々と朝から惚気ないでもらえますか、義姉さん。義姉さんのように結婚に満足している人の方が少なくて、結局は打算と妥協の産物であることが多いんですから」

「……そうなの?」

「そうなんです」


 女同士でしか話せないことを話しながら、二人が部屋を出ていく。扉を開けて部屋を去る際に、二人が少しだけ会話をやめた。


「とりあえず寝ておきなさいフリート」

「キツいならちゃんと休んでくださいよ、兄さん」


 もう、1人で頑張ることないですからね。


「……ああ、そうするよ」


 リクルとセラの言葉が体にしみわたり、俺はゆっくりとベッドに倒れた。酷く頭が重く、考えがまとまらない。今はただ、休んでいいという二人の言葉に従って眠りに身を任せることにした。




『ドウカ、幸セナ夢ヲ……』




 † † † †



「オオラァッ!!」


 セルデが黄金色の光を纏い、巨岩を持ち上げる。その岩は、人間10人分よりなお大きく、とても人間1人が片手で持ち上げられるサイズではない。


「さあ、ボール遊びと行こうぜぇ!」


 それを、2つ。まずは1つ、巨大な岩が投擲される。地面を転がりながら突き進む岩が、魔獣をなぎ倒していくが、さすがにトローの槍ほど巨大なわけではないため、魔獣たちは素早く移動してその岩を避けていく。


「もういっちょ!」


 対し、セルデは左手で掲げた岩を真上に放り投げ――右手で殴りつけた。


 鈍い音が響き渡り、岩が粉々に砕け散る。さらに、両手が自由になったセルデの拳が唸る。


「オラァッ!!」


 その場からほとんど動かず、拳がかすんで見えるほどの連打。その攻撃によって叩かれたのは魔獣ではなく、空中に漂う岩の破片たち。たまに砕けるものもあるが、ほとんどの岩の破片が、セルデに殴られて高速の弾丸と化す。


「ラァッ!!」

「ウェデス!」

「えぇ……まあ行きますけど……無茶ありませんかね、これ」


 まっすぐ前に向かって飛んでいく岩の弾丸が、下敷きを免れた魔獣たちを貫いていく。さらに、下からアッパー気味に打ち出された大きめの岩を見て、オーデルトが声をかける。

 かけられたウェデスは、一瞬だけ嫌そうな顔をしたあとに、黄金色の光を纏う。


「峻烈なる轍を刻め! 『烈風』ッ……!!」


 地面を削り、ウェデスの姿が消える。空中に打ち出された岩を経由して、空を駆け上っていく。


「『氷牙』、援護を」

「もう向かってるわ~」


 セルデが打ち上げた岩が尽きれば、そこからは『氷牙』アディリーが操る氷の鳥たちの出番だ。さらに蹴って高く舞い上がったウェデスが、なすすべなく落下していた『断罪』のトローを回収する。


「おお、助かりました。正直このまま墜落して大地に還るのもアリかな、などと考えていたところです」

「いや、冗談キツイっすよトローさん。トローさんがいなくなったら俺が死ぬ気で戦わなきゃいけないじゃないですか」

「そのときは諦めて大地に還ればよろしい」

「……」


 『物を巨大化させる』という『祝福ギフテッド』を持つトローだが、能力使用後は移動もままならないほどに体を強烈な疲労が襲う。ここだけ勝てばいいわけではない人類にとって、彼を失うわけにはいかなかった。


「おっと、これが【幻死蝶(イミーティア)】という魔獣ですかな?」


 地面を見れば、10数匹の黒の蝶が二人を目指して上ってきていた。触れればアウト、という厄介な魔獣が自由に動けない空中で大量に近づいてきているのに、二人は怯えた様子も見せずに冷静に観察する。


「ま、対策済みですしね」

「やっちゃって~」


 間の抜けた声とともに、氷の鳥が【幻死蝶(イミーティア)】の群れに突っ込んだ。驚いたように逃げ惑う【幻死蝶(イミーティア)】を容赦なく食らい、氷に閉じ込め、翼ではたき落とす。


「もう一発ね~」


 水色の光と黄金の光が入り混じる。果たして、『氷牙』アディリーの手に生まれたのは、数十匹からなるカマキリの群れだった。


「やっぱり、蝶の天敵といえばこの子よね~」


 『疑似的な生命を魔法に与える』という非常に特殊であやふやな『祝福ギフテッド』を持つ『氷牙』アディリーだが、彼女はその『祝福ギフテッド』を氷の彫像型の魔法に付与することで、複数の氷生物を作り出すことができる。


 あまり複雑な行動はできないが、ひとつやふたつ程度の命令は聞く。


「蝶を狙って~!」


 カマキリの群れが飛び立ち、氷の鳥が始末しきれなかった分の【幻死蝶(イミーティア)】を始末していく。


「疲れた~」


 単身突撃した『戦乙女』をフォローするために、10数匹のカマキリを仕込んでいたアディリーは、珍しく顔を疲労で染めて溜息をついた。


「お疲れ、『氷牙』。助かったよ」

「貴方の護衛に、各戦力へのフォローなんて重労働です~休暇を申請します~」

「人類が滅びたら永遠に休めるからそこに回してくれ」

「鬼~」


 泣き崩れるフリをするアディリーを無視して、オーデルトは戦場に散っていた各戦力と連絡を取り合いながら魔獣の群れを蹴散らしていく。


『シャルヴィリア、そこから5度左方向に道を作って!』

『セルデ、前方に【怒れる大猪(レヴェリアント)】が3頭! 直接ぶん殴って沈めてくれ!』

『ウェデスはトローを砦に返して、『無音』が戦場復帰できそうなら連れてきてくれ! 無理そうなら戻ってこい!』

『シャルヴィリア、いいぞ! そのまま旋回して一度帰還!』


 『断罪』のトローの一撃によって混乱状態にある魔獣たちは、オーデルトが指揮する英雄たちによってその命を刈り取られていく。


「あっ……!?」

「キッカ!?」


 一瞬のスキをついて接近した【石化の凶鳥(スティグルム)】に睨まれたキッカの脚が石化する。勝ち誇った顔をした【石化の凶鳥(スティグルム)】は、氷の狼に喉元を食い破られて絶命するが、キッカの脚から徐々に石化が進んでいく。このままでは、キッカが持つ『祝福ギフテッド』が使えなくなる。


「ごめんなさい、キッカちゃん!」


 珍しく焦った顔をして、自分のミスを謝る『氷牙』。二人の護衛はアディリーに一任されており、なにより複数の生命体で周囲を見張れる彼女がもっとも適しているのだ。セルデやシャルヴィリアに頼んだ方が安全ではあるが、あの二人の殲滅力、突破力、継戦能力を護衛として使うわけにはいかなかった。


 だから、オーデルトはそのリスクを十分に配慮していた。


『クロケット!』

『そんな遠くまで無理に決まってるでしょう? 聖女様が奇跡を授けてくださいますからあとで泣いて感謝しながら土下座してくださいね』


 そこは土下座して感謝ではないのか、とどうでもいいことを思いながらオーデルトは砦を振り返る。そこは岩影丸の上に立ち、黄金色の領域を広げる聖女リリーティアの姿があった。


『――ッ……』


 鈴の音が鳴るような声が響くと、黄金色の領域がさらに広がった。シャルヴィリアの倦怠感が緩和され、セルデの拳から流れる血が止まり、キッカの石化の侵攻が止まる。


『これ以上進まないようにはできますが、完全に癒すには時間が必要とのことです。抱えて走ってください』

『ありがとう! でも、そういうのは事前に教えてね!』

『私は別に貴方に忠誠を誓っているわけではありませんので』


「英雄ってのはどいつもこいつも自分勝手だなぁ!」


 キッカから注がれる『それ、お前が言う?』という視線を笑って受け流し、オーデルトは走る。すでに、統率個体であろう獅子の位置は突き止めている。何も『眼』だけが人類の情報収集機関ではない。『予言者』が持つ『耳』も、『風』も、位置を特定するのには役に立った。

 あんな大声で高らかに叫ばれ、最初はオーデルトも罠を疑ったが――どうやら、そういうわけではないらしいという判断を下した。やつは、咆哮でしか魔獣を操れない。


「気まぐれながら助太刀を」


 近づいてきていた【双頭の獣王(ベリエンディア)】の首が落とされる。


「『斬鉄』!?」

「はぁ……我が敬愛する主がですね。うわごとのように『岩影丸は無事かぁ……壊れてないか……?』と呻くのですよ。あまりにも鬱陶し――もとい、不憫でならないので助太刀に来ました。かなり大きな戦力になると思いますので使ってください」

「そこは微力ながら力を尽くしましょうとかいうもんじゃないの?」


 オーデルトが言えば。


「私強いので」


 振り向きもせずに、一刀のもとに【噛み砕く巨狼(クラトラス)】を切り伏せた『斬鉄』が、獰猛に笑った。

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