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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第20話 崩れてゆく世界

 赤く燃え上がる。すべてを飲み込む炎と魔獣たちが、俺の故郷を滅ぼしていく。


「なんで……俺のせい、なのか……?」


 答えを求めていない俺の呟きに、答えがあった。


「いやぁ? 違う違う、それは違うね『惨殺鬼』フリート君」

「お前は……魔人か?」


 剣を構える。もはやテッタ公国の滅亡は避けられない。ここまで魔獣に侵入されてしまっては、自前の軍隊を持たないテッタ公国には勝ち目はないのだ。いったいどうやって国の情報網を潜り抜けてここまでやってきたのかはわからないが――


「魔人かどうかはともかくとして、私は“道化”のシギー。面白おかしく盛り上げるだけの役割の、しがない男さ!!」

「……“道化”のシギー」


 魔人でないはずがない。細く歪な右腕と、醜く肥大化した左腕。口が裂けているかのように悪趣味な仮面に、頭から生える二本の角。


「ここを狙ったのは私の趣味だ。別に、君の『魔人狩り』が迷惑だったからじゃあない。ただ面白そうだから、滅ぼしただけだ。よかったじゃあないか! 君に責任はなにもない!」


 これも俺の過去の記憶なのだろう。俺は“道化”と出会ったときは、もっと問答無用に戦闘になっていた。だが、記憶が組み替えられて印象的な出来事を繋げている。


 なら、この次に視るのは――


「で、この女は君のフィアンセか何かなのかい?」


 投げ捨てられた体。その顔に俺は見覚えがある。否、見覚えがあるなんて生易しいものではない。俺に答えられない問いを投げかけて、喧嘩別れのように別れた女性の顔だ。


 セラ。


 夜を映し出すかのように深かった紫の瞳は光を喪い、そのしなやかな肉体に力がこもることはない。


 俺は死んだ目で彼女の体を眺め――口を開いた。


「趣味が悪いな、“道化”」

「あ、気づいちゃったかー。おかしいな、結構丁寧にやったんだけどね?」


 息絶えたはずのセラの体が起き上がり、顔が醜悪な笑みの形に歪む。死者がよみがえった――わけではない。この空間において、そんな常識などいくらでも捻じ曲げられるというだけだ。


「どうやってやっているのかはわからないが、これもお前の仕業なんだろ、シギー」

「せーいかーい! いや、牙が抜けたとは言ったが、頭はよくなったみたいだね、『惨殺鬼』!」


 セラの顔、セラの声で醜い笑い声をあげる“道化”のシギー。だが、俺は不思議と気分が悪くなったりはしなかった。ただ、冷徹なまでの怒りが心と体を支配していた。

 熱く、それでいて冷たく。俺は握った剣をシギーに向ける。


「【幻死蝶(イミーティア)】の呪縛は、そんな簡単に気付けるものではないんだけどね。君はどうして気づいたのかな?」

「別に。冷静に考えれば、セラが生きているはずがない――それだけだ」

「冷静に考えるだけの余裕はなかったと思うんだが……まあいいや。気づかれてしまった以上、君は自力でも現実に戻るだろう。私は無駄な時間はあまり好きではないんでね」


 “道化”のシギーと、セラの死体が消える。だが周囲の熱は引かず、故郷は燃え続け、魔獣の雄たけびと人間の悲鳴が聞こえ続ける。


 ああ、確かに。故郷であるテッタ公国が滅びたときは、こんな感じだった。嘆いても、戦っても、俺一人の力では何もできず――“道化”の魔人、シギーに勝つこともできずに力尽きたのだ。


 俺はヒラヒラと、視界の端を横切ろうとした紫色の蝶を捕まえる。


「お前が、【幻死蝶(イミーティア)】か」


 逃げようとするでもなく、ゆっくりと翅を動かす紫の蝶。見覚えがあった。現実世界で『祝福ギフテッド』を使って魔獣たちを惨殺するなか、殺した内の一体からふわりと飛び立ったのを見ていた。今も生み出される紫の鱗粉は、まるで絵具のように風景を塗り替えている。


「……そうやって、悪夢を見せているのか」


 黒と紫で構成されている【幻死蝶(イミーティア)】の翅の付け根部分に、緑色の光が灯る。するとそれまでおとなしかった【幻死蝶(イミーティア)】が急に暴れ始め、俺の手から逃げようとし始めた。この空間を作り出しているのがこの蝶ならば、ここに長居する理由はない――


 俺は即座に【幻死蝶(イミーティア)】を握りつぶそうとしたが、右手が言うことを聞かなかった。いや、気づけばーー右手も左腕も両足も首も動かない。微動だにしないのだ。


「……なに?」


『……コ。ココキャハケヒハアハハッ!!!!』


 醜悪な笑い声が周囲を支配する。


『ココハ私ノ世界。《揺蕩ウ幻世界》。オマエノ行動ナド、自由ニ縛レル』

「……お前が、喋っているのか? 【幻死蝶(イミーティア)】……」


 勢いよく翅をばたつかせ始めた【幻死蝶(イミーティア)】に、俺は話しかけた。周囲は炎と瓦礫と死体が支配しており、ほかに生物の姿は見つからない。それさえも【幻死蝶(イミーティア)】が作り出した幻なのかもしれないが――


『私ハ【幻死蝶(イミーティア)】デハナイ。アンナ自意識モナイ低級ノ魔獣ト一緒ニスルナ。私ハ“貴婦人”ニヨッテ生ミ出サレタ、新シイ魔獣ダ』


 “貴婦人”。闇と夜を友にし、幻霊や悪霊を率いる魔人――。


『忌々シイコトニ、私ヲ引キズリ出ソウトシテイル奴ラガイル。ソノ前ニ、オ前ノ心ヲ殺ストシヨウ――』


 景色が砕けた。



 † † † †



「新種の魔獣? ああ、『惨殺鬼』と『戦乙女』にぶつけたやつかい?」


「あれは“貴婦人”が開発した魔獣でね、実戦投入するのは初めてなんだが――精神に寄生し、記憶を読み取り、悪夢を見せ続ける」


「え? 【幻死蝶(イミーティア)】とは違うよ。【幻死蝶(イミーティア)】は本能によって悪夢を見せるが、あの蝶は記憶から思考を学ぶ。人間の感情の変化を学ぶんだ」


「そしてより的確に、精神を抉る世界を作り出す。【幻死蝶(イミーティア)】が見せるのが、『過去の辛い記憶』なら、新種の蝶が見せるのは『あり得るかもしれない未来』なんだ」


「違いがわからないって? 説明してあげてもいいけど、理解できないと思――ああ、わかったわかった。説明しよう!」


「過去に失った女性の記憶を見せられるのと――今、護ろうとしている存在が失われる未来を見せられるの、どっちがキツい? って話なんだよ、ようは。魔獣である君に理解できるかい?」


「ああ、いや、バカにしたわけではないよ。君たち魔獣はそういうふうにできているからね」


「あの蝶、“貴婦人”が名前をつけなかったから、私が名前をつけようじゃないか。なぁに、私は名前をつけるのは得意なんだ」


 戦場を見据えて“道化”が嗤う。


「【悪意の蝶(イーティリアス)】、だ」



 † † † †



 油断していたわけではなかった。引いていく魔獣に、違和感は覚えつつも――ここでこちらが退くわけにはいかない、と判断を下しただけだった。敬愛するオーデルト様からも『ほどほどに追撃してほしい』と言われていたこともあり、私は【神剣クーヴァ】で魔獣を切り裂いていた。


 切り裂いた魔獣から、一匹の紫の蝶が飛び出してきた。その蝶が私の体に触れた瞬間――意識は暗転し、世界は暗闇に包まれた。



「いっ……たぁ……?」


 冷たい石床で目覚めた。前には鉄の格子が嵌められ、逃げ出せないようになっている。そしてなにより、両手両足は巨大な枷と鎖によって壁に埋め込まれていた。


「え……?」


 状況が理解できない。さっきまで私は、戦場で魔獣相手に――


 右手を見る。その手に、【神剣クーヴァ】は存在しなかった。


「ぐ、軍神様……! オーデルト様……!」


 普段であれば、キッカが拾って届けてくれていたはずの声。自分の喉から出たとは思えないほど震えている悲痛な叫びに、しかし返事はなかった。


「落ち着いて……冷静になるのよ……」


 見覚えがある。この鉄格子と、冷たい石の床、はめ込まれた鎖に、見覚えがある――。


「お目覚めですかな、『戦乙女』様」


 もう聞くことはないと思っていたその声。


 醜悪な欲望を美辞麗句で覆い隠すその濁った声。


 私がどうやっても逆らえない相手――。


「あ、ああ……!」

「おや、体調がすぐれないのですかな? 安心されよ、ここに魔獣も兵士の類もいないゆえ」

「ひっ……!」


 格子越しなのに。その男が身を乗り出してきただけで、届かないとわかっているのに。その声を聴いて、近くに寄ってきたとわかるだけで、どうしようもできない恐怖が私を縛る。


「ああ、なにか心配事があるのであれば申されよ。私、トレシュター卿が、責任を持って悩みごとの解決を図って見せましょうぞ!」


 狂気。

 彼を支配しているのが狂気であることを私は知っている。その優し気な風貌に騙され、何人もの人間が犠牲になったことを知っている。


 だがおかしい、彼は死んだはずだ。ここにいるはずがない――。


 視界を、紫の蝶がよぎったような気がした。

 そんなはずはない、ここは地下牢だ。蝶が入り込むような隙間は存在しない。


「では、また後程お会いしましょう。私の愛しき『戦乙女』殿……」


 絶望だった。私はこらえきれない嗚咽を漏らす。しかし、それを奴に聞かれるわけにはいかない。嗚咽を聞きつけた奴が何をしてくるか――私は知っている。


 論理の破綻。滅茶苦茶な思考回路。狂っているとしか思えないその言動。


「うっ……うう……!」


 足音が聞こえなくなるのを待ってから、私は涙を零した。なぜこうなってしまっているのかはわからないまでも、こうなっているという絶望が、ゆっくりと私の心を壊していくのを感じた。


 地下牢に、悪魔のように醜悪な笑い声が響いた気がした――。

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