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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第1章 -滅びゆく世界で抗う者たちー
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第18話 『戦乙女』

 『軍神』オーデルトは薄氷を渡るような恐怖に興奮していた。『剛腕』のセルデに撤退命令を下し、入れ替わるように『断罪』のトローに出撃の命令を下した。ほんの少し、ほんのわずかに魔獣の軍勢の勢いが緩んだ隙を狙った言葉だった。これ以上戦えば第一遊撃隊は疲労と損傷で使い物にならなくなっていただろう。スレスレまで粘り、一歩間違えば岩影丸に撤退することもできずに蹂躙されていたと思われる。


(個々の実力が突出しているかわりに、第1遊撃隊は連携があまりうまくない……それに比べて『断罪』のトローを除いて比較的高い実力でまとめてある第2遊撃隊の方が足止めには向いている……ここで食い止めてくれ、トロー)


 わずかだが岩影丸に迫りつつある魔獣の軍勢を見据え、オーデルトは次の手を考える。


『シャルヴィリア、今出れるか?』

『はい、いつでも行けます!』


 ここでできれば一撃当てておきたい。“道化”への対策として温存しておいた『戦乙女』だが、ここで向こうが動かないのであれば投入することも可能だった。


『全力で戦う必要はない、力を温存しつつ蹴散らしてくれ』

『わかりました!』


 あまり期待せずに、それでも一応ということでオーデルトはシャルヴィリアに告げる。シャルヴィリア『手を抜く』『力を温存する』ということが得意ではない。正直、“道化”という存在がいる以上、それに対する備えは常に必要だ。この砦において、“道化”と戦える実力を持つ者は『戦乙女』、『聖女』、『魔女』。この三人が最も戦闘力に優れた存在である。


(いいや……もう一人)


 『無音』のフリート。この屋上から彼の戦いぶりをかすかではあるが見れたことは大きい。複数の魔獣を相手に立ち回る彼の実力は、オーデルトの想定を大きく上回っていた。


「やはり君は……テッタ公国の……」


 その鬼気迫る戦いぶり。もしも彼がテッタ公国の『惨殺鬼』であるならば、魔人である“道化”とも互角以上に戦えるはずである。なにせ、『惨殺鬼』はテッタ公国を滅ぼした“道化”と戦ったことがあるはずなのだから。


「今は休ませたほうがいい……だが、わずかだが希望が見えてきたぞ……!」


 オーデルトは歯を食いしばり、脳内に存在する戦力を計算し、最適な配置を探っていく。個々の人間が強い戦力となるこの戦いで、彼らの精神状態によって戦力は大きく変化する。それでも、彼なら彼女なら支え切れる、生き残れる、帰ってこれる――そう判断を下すのは自分だ。


 1つミスをすれば、貴重な戦力を失う――だが、多少無理を通さなければ、人類は負ける。そのぎりぎりのラインの上を歩く。


(全く……何回やってもこの感覚は慣れないな。だが、僕はそんなギリギリの戦いこそ望んでいる……!)


 恐怖を押し込み、不敵に笑う。ここで滅ぼさせはしない。人類のためなどではなく――『軍神』オーデルトは、どこまでも自分のために戦う。戦略的視点で見れば、人類の敗北は決定的でも、自分が持つ人類軍だけは負けぬと――これまでも、これからも戦い続けるのだと。


 それこそが、『軍神』オーデルトの願いである。



 † † † †



「我が祈りはここにありて――」


 砦から出た彼女は【神剣クーヴァ】を抜き放ち、天に掲げる。彼女の信仰は女神カロシルに向いている。そして、女神カロシルが彼女に授けた『祝福ギフテッド』はすなわち――


「――これは神が私に与えた試練であるッ!」


 ――信仰が強ければ強いほど、彼女の身体能力を増幅させる、という単純なもの。


 シャルヴィリアの体を黄金色の光が包みこみ、数秒後には収まった。全身を黄金色に染めて、『戦乙女』が地面を蹴る。まるで爆発したかのように地面が爆ぜ、シャルヴィリアの体が宙を駆ける。次々と爆発する地面は、きっちりとシャルヴィリアの靴の形に抉れていた。風を切りながら、シャルヴィリアは遠くの魔獣の軍勢を睨みつける。


(全盛期のころとは程遠いけど――)


 まだシャルヴィリアがその2つ名に相応しい少女だったころ。女神カロシルに向けた信仰は、確固たるものだった。今も、別に女神カロシルを信じていないというわけではない。信仰は己の内にあり、その力は生半可な魔獣相手では小動こゆるぎもしない。


 だが、ただひたすらに女神カロシルを信じ――否、盲信していた少女の頃に比べれば、その力は落ちている。大人になったという意味もあるだろうし、自分の祖国を滅ぼした2人の魔人にも影響されている。


 “闇騎士”。“詩人”。謎の多い二人組だが、その戦闘力は折り紙つき。


「伝説の聖騎士、トーマンには及ばないかもしれないけど――それでも、私はここで戦うと決めたのだから!」


 伝説に謳われる、最強の聖騎士。引き合いに出す、ということそのものが不敬にとられかねないほどの英雄だが、彼女は、『戦乙女』の彼女だけが彼と自分を比べることを許される。


「消えなさい、神に仇なす魔獣たちよ」


 一閃。

 【神剣クーヴァ】は、一撃のもとに【噛み砕く巨狼(クラトラス)】の首を落とした。突然乱入してきた女性の姿に、魔獣たちの行動が一瞬止まる。今まで目の前をふさぐ一団と戦っていて、押し込めないまでも少なからず互角の戦いを繰り広げていたはずだ。脱落者も多かったが、それと同じくらい敵も殺している。【噛み砕く巨狼(クラトラス)】の頭を一撃で落とす女性など――一団にはいなかったはず。


 その一瞬の沈黙。数瞬の戸惑いが、さらに魔獣2匹の命を奪った。神速で振るわれた【神剣クーヴァ】が、風を巻き上げ首を切り裂く。


 圧倒的な速度。圧倒的な暴力。


 血液が流れていたことを今思い出したかのように、首を失った魔獣の胴体から血しぶきが噴き出す。そうしてようやく魔獣たちは知るのだ。


 『戦乙女』シャルヴィリアという――人類が持つ、勇者に匹敵する最強の女性の存在を。



 † † † †



「え? 厄介な奴が出てきたって? どれどれ……」


 その男はまるでそうすれば見えるかのように、額に右手を当てて遥か彼方を見つめる。並大抵の視力で見えるはずはないのだが、彼の両目は、よく切れる鎌で草刈りをするかのように魔獣を吹き飛ばしていく女性の存在を捉えていた。


「ああ、彼女か。健気だよねぇ、爺さんと病み病み娘に故郷滅ぼされたのに、まだ人類に手を貸すっていうんだからさ。真実を知ったとき、どうなるのかだけが楽しみだよ」


 “道化”は呆れたように肩を竦めると、そのまま戦場に背を向けた。周囲には多くの魔獣が憎しみを露わにして砦の方角を睨んでいるが――彼だけは、たいして感情を見せることもなく、飄々としていた。普段から大仰に感情を表現する“道化”にしては珍しく、あまり興味がわかない様子だった。


「え? いや、ぶっちゃけ彼女はどうでもいいんだ。それこそ、牙が抜けた『惨殺鬼』以上に興味がない。『戦乙女』はもう終わってるからね」


 訝しむように唸り声をあげた魔獣に、“道化”は面倒くさそうに返した。彼との付き合いがそこまで長いわけではないが、初めて見る“道化”の様子に、その魔獣は首を傾げた。だが、彼の精神状態を考えるほどに付き合いが深いわけでもない、と思考を打ち切る。結局のところ、魔獣にとって“道化”が上司であり契約者であり、仲間ではない。

 この“道化”に比べれば、先ほどこちらの指示を無視して砦に飛んでいった奴の方が、まだ『仲間』と言えなくもない……と、魔獣はあまり明瞭ではない思考で考える。


「でもまぁ、この戦いにおいては、彼女の存在は邪魔だね。いずれ終わるとは言っても――今終わらせない理由にはならないし? 私が出てもいいんだが、まだまだ物語は前奏曲だ。序奏が終わったら、さっそく行進曲に移行するとしようか……レヴェオ。あいつらを出せ。いくら『戦乙女』と言えども、人間であることに違いはない」


 レヴェオ。そう呼ばれた魔獣は、頭を持ち上げた。上司である“道化”に命令されれば逆らう理由も力もない。そういうふうにできて(・・・・・・・・・・)いる(・・)


 咆哮。長く尾を引くレヴェオの咆哮は、魔獣たちにとっては恐怖と信頼の象徴である。波が引くかのように、無謀にシャルヴィリアに襲い掛かっていた魔獣たちが引いていく。


 まるで軍隊が撤退をするかのように一目散に逃げていく。


 シャルヴィリアも逃げる魔獣を追ってできるだけ葬ろうとするが、今までのように効率的に狩ることができない。向かってくる敵を『切るだけ』でよかったのに、『狙いを定め』『追いつき』『切る』という工程になったのだ。いくら身体能力に優れる『戦乙女』といえど、先ほどのように刈り散らすことはできなくなった。


 それでも、とシャルヴィリアは逃げる魔獣たちに追い縋る。


「そうだろう、そうだろう、そうするしかあるまい! ああ、悲しきは君のそのさが! 英雄足らんとするその性格! 君の『祝福ギフテッド』は長時間維持できるものではないのだから!」


 あまりにも有名な、『戦乙女』という存在。その『祝福ギフテッド』――『信仰還元』の性質は知れ渡っている。一時的に超常的な身体能力を得る代わりに、時間制限が存在するのだ。それは、彼女の肉体の限界でもあり、どうあがいても越えられない壁でもある。


「加えて、君は責任感が強い! 『自分が戦える間に可能な限り敵を倒さねば』『敬愛する『軍神』様のためにも』『砦に侵入されたことなんて今までなかったんだし』『大丈夫私は負けない』『少なくとも砦に帰る時間、『祝福ギフテッド』が切れるまでは』……」


 “道化”が嗤い、口が開く。誰も知る由もなかったが、そのとき。シャルヴィリアも同時に口を開いていた。


「「私が砦を守るんだ!」」


 レヴェオの咆哮が、再び力強く戦場に響き渡った。

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