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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
余章 ー後日談ー
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Ex.後日談 1

完結しましたが、数話、後日談を投稿します。

 ――人類から『祝福ギフテッド』の力が失われてから、1年の月日が流れていた。終わってみれば、勇者の敗北から1年に満たない時間で不死の魔王は討伐された。


「……真実を覆い隠すのは、いまだに納得は行っていないけどねぇ」

「――仕方がないだろう。この大地が本来、魔獣の物だと知れたら。なにより、本当のことを公表すれば『無音』とあの少女がどうなるか、わかったものではないのだから」


 ギベル砦の屋上に立ち、『戦乙女』シャルヴィリアと『魔女』ベネルフィは眼下に町を見下ろした。北の辺境にあったこの町からも、少しずつ人が消えている。一般の民を脅かしていた悪霊たちは、姿を消していた。


「……しかし、『聖女』リリーティア様がね……」


 人がまた、南に流れていく。冒険者を護衛につけた彼らは、開拓団とも呼ばれている。魔獣によって失った支配領域を取り戻しに向かう団体だ。彼らを見て、2人は同じ思いを抱いたらしい。


「まさか、女神カロシル様の眷属だったとは……さすがの私も、それは予想外だったよ」


 いったいいつからこの世界にいたのか、それは定かではない。“道化”あたりに聞けば答えが得られるのかもしれないが、あの男は神出鬼没だ。捕らえるのは容易ではない。

 『聖女』リリーティアは、女神カロシルの消滅と同時刻、その身を光に変じさせたのだと、『聖医』クロケットから聞いている。同時、ギベルの周辺で蠢いていた悪霊たちは消え去ったと言うのだから、これは『聖女』リリーティアが消したのだろう。


 残念ながら生ける屍(アンデッド)たちは消えなかったようだが、そこは『軍神』オーデルトが指揮する軍である。すぐに体勢を立て直し、被害を出しつつも生ける屍(アンデッド)たちを殲滅することに成功していた。


「さて、では私は行くよ」

「想い人のところへ、かい? 『戦美姫』」


 【神剣クーヴァ】の隣に、【魔剣ルーガリオ】を携えた美女は、困ったように笑う。


「その二つ名は慣れないな。かといって、もう乙女という歳でもないし」


 『魔女』ベネルフィの問いかけには答えず、『戦美姫』シャルヴィリアは背を向けて歩き出した。彼女はこれから、『予言者』ミリと『軍神』オーデルトの間のメッセンジャーとなる。魔獣と戦い、人類の領域を確保しようとするオーデルト、ギベルの町から安全圏に人や物資を送り込むミリ――魔王との戦いが終わっても、彼らの戦いは終わらない。


 シャルヴィリアは二本の剣を携え、たった1人で魔獣の大地を渡る。それだけの実力を身に着けたのだ。『祝福ギフテッド』を失ってなお、彼女の剣技に衰えはない。むしろ、日々その鋭さを増しているようにすら見える。


「……想い人、ってところは否定しないんだね、シャルヴィリア」


 ベネルフィは溜息をつき、大きく伸びをした。空は青く澄み渡り、全く持って心情には合わない。仕事を掛け持っているせいで、心も体も休まる暇がない。


「あー! ベネルフィさん、探しましたよ! 学園のカリキュラム、組むの手伝ってくださいよ!」

「やれやれ、自分から言い出したこととはいえ、面倒な仕事だ……」


 シャルヴィリアと入れ替わるように姿を現したアディリーに紫煙を吐きかける。メリットの方が多いから、とミリに提案した国家運営型教育施設の提案をしたのだが、じゃあよろしく、と言わんばかりに丸投げされるとは思わなかった。あの娘も、日々変わってるってことなのかねぇ、とベネルフィは歩きながら思う。


「で、女神カロシル様については――」

「そんなの、『不死』の魔王と相打ちになったということにしておくしかないでしょう。終末の力とか、魔獣の大地とか、そういうのは全部なし。カット。うう、真実を愛する私がこんな隠蔽工作に手を貸すことになるなんて……」

「……ベネルフィさん、結構変わりましたよね~」


 アディリーが感心したように呟くが、当のベネルフィはそれどころではない。降って湧いたこの余計な仕事に加えて、執筆作業も待っているのだ。世間に流れる情報を操作するための本の作成でもあるので、そちらも手を抜くわけにはいかない。どこかの“道化”のようにほいほいと嘘八百を語られるわけにはいかないのだ。


「セルデは?」

「『剛腕』さんなら当分帰ってきませんよ。オーデルトさんと一緒に南の方です~」

「……チッ。このストレスは、あいつのところで晴らすとしよう……」

「また入り浸りに行くんですか~? 新婚さんなんですから、遠慮してあげたら~……」


 言うだけ無駄か、とアディリーは溜息をつく。そしてベネルフィとともに歩いて屋上を後にした。氷の生物を生み出していた『祝福ギフテッド』も失い、アディリーはただの氷の魔法が少し得意なだけの魔法使いとなった。そうして素直に世界を眺めてみれば、幼いころ周囲に押さえつけられて聞こえなくなっていた『彼ら』の声が聞こえてくるような気がしていた。


(精霊のみんな……また、君たちに会えるのかな……私が、もっと自分のことを信じられれば……?)


「どうした、行くぞアディリー」

「あっ、はい! 今行きます!」


 誰もいなくなった屋上を、誰かが軽やかな笑い声をあげながら通り過ぎていった。





 † † † †





「だーからよぅ。そういう面倒な仕事持ってくるなって言ってるだろ?」

「しかし、今となっては貴方の意見も貴重なのです。自堕落な生活を送っていないか見張る必要がありますし」

「そういうのはパトが見張ってくれてるか間に合ってるって」

「いえ。パトでは必要以上に貴方を甘やかす可能性があります」


 濃紺の髪を持つ少女が、少し目を吊り上げて無精ひげの男を睨めば、隣にいた桃色の頭髪をした少女が毅然として腕を組む。


「そんなことはしてませんよ、ミリ様。せいぜいご飯を食べさせてあげたり、着替えを手伝ってあげたり、体を洗ってあげたり――」

「十分アウトですけど!?」


 ミリが目を見開いた前で、スウェーティが口元に運んだコップを机に戻す。中身が空になっているのに気づいたパトが、素早くお茶を注いだ。


「あ~そういうとこですよ! そういうとこ! なんかこう、友人で済む関係じゃないと思いますよ!」


 とは言ってもなぁ、とスウェーティは困ったように笑みを浮かべる。


「俺もパトも、友人っていうのがどういう関係かわからなくてな……ミリ様は知ってるのか?」

「えっ!?」


 その質問は予想外だった、と言わんばかりにミリの動きが止まった。油を挿していないドアの蝶番のようにぎこちない動きで、パトの方を見る。


「やだなぁ、スウェーティさん。ミリ様にご友人なんているわけないじゃないですか」


 友人と呼べなくもない関係だったはずのパトにあっさりと裏切られ、ミリは撃沈した。確かに、彼女は友人と呼べる存在はいなかった。帝国でその知恵を振るっていたときも、友人はいなかったのだ。完璧な為政者を目指したミリに、友人はいない――


「いっ、いますよ! 友人!」

「ほう」

「本当ですか、ミリ様?」


 感心したような声を上げるスウェーティと、疑問の声を投げかけるパト。一瞬「嘘です」と撤回しそうになるが、形はどうあれこれも「友人」には違いあるまい、とミリは開き直った。


「オーデルトとは戦友です!」


 沈黙が居間を支配した。スウェーティは無言でカップの中のお茶を飲み干し、パトはそのカップを受け取ると、ミリのまだお茶が残っているカップも合わせてお盆に乗せてしまう。さて、洗い物しなきゃ、と呟いたパトはもう明らかにミリのことを見ていない。


 ポカンとしているミリのことがさすがに可哀想になったのか、スウェーティが恐る恐る言葉を紡いだ。


「気づいてないみたいだから言うけどな。あの、オーデルトの野郎はたぶん、お前のこと――」


 ミリは、そこからどうやって自分の家に戻ったのか、覚えていない。






 † † † †






「どこに行くのですか」

「別に……僕の勝手」

「それは困るであります。今や旅の仲間となったのですから、行先ぐらい伝えてもらいませんと」


 巨大な爪を持つ魔人――“迷宮”ローゼリッテは、胡乱な瞳でついてくる二人組を見やった。1人はやけにヒラヒラとしたピンク色の服をまとい、もう一人は薄青色の服を着ている。いずれも見覚えのない服だった。聞けば、遥か東の島国にある服だという。


「だいたい、なんでついてくるの。えーと……」

「チヨであります」

「カンナだ」

「チヨにカンナ。僕たち、敵同士だったんだけど」


 困ったように眉根を寄せてローゼリッテが問えば、2人は快活に笑った。


「私は、あのような巨大な建造物を造り上げたお主に興味が湧いたからであります。そして、このカンナは私の従者。主が行くところに従うのが――」

「ローゼリッテは可愛らしい。僕ッ娘はあまりいないゆえに――失礼。間違えました。そう、主いるところに私はいます。それが真の従者であるゆえに」


 二人分の不審者を見る目線を受け流し、カンナは飄々と笑う。


「あとは、立ち合いを果たした者の名前を知りたい。それでは納得できませんか」

「……魔王様の名前は、教えないよ」

「それは残念」


 とても残念そうに溜息をつくカンナに、ローゼリッテは眉根を寄せる。理解できなかった。


「敵だった相手と、仲良くできるわけがない……なんで」


 問いかければ、2人は一瞬キョトンとしたあとに笑い出した。


「私たちの国はですね、それはもう荒れてまして。年がら年中切った張ったを繰り返しているような国なのですよ」

「妖――こちらでは魔獣というのでしたか。魔獣が出るにもかかわらず、人間同士でも争いをやめないのであります。そして、先ほど争っていた人間と、魔獣を倒すために協力する――なんて、珍しくもないのであります」


 確かに、とチヨは続ける。


「前は敵でした。しかし、それはそれ。これはこれ、であります」


「……変なの。好きにすれば」

「ええ、好きにさせてもらうであります」

「今のは体を、という意味で受け取ってもいいのかな、ローゼリッテちゃん――」


 相好を崩しながら迫ったカンナを、爪の一撃と扇子の一撃が地面に叩き付けた。


「……」

「……置いていくであります」


 カンナを荒れ果てた大地に残し、チヨとローゼリッテの旅は続く。やがて起き上がったカンナが2人を追いかけ、そんな3人を夕日が照らし出していた。

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