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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
最終章 ー訪れる終末ー
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第12話 開かれる未来

「――不思議なものだな。私の願いが叶うというのに、この胸を占めているのは喜びではない」


 『不死』の魔王は、起動前の【きざはし】を見上げて言葉を漏らす。隣に佇む小柄な少女、“迷宮”ローゼリッテは無表情に地面を削った。

 わかりやすいその態度に、魔王は苦笑する。彼女にとって、彼の望みは裏切りにも等しいだろう。


「すまない、ローゼリッテ。君には、私の望みを言うべきだった」

「……」


 視線を向けることすらせず。ローゼリッテは地面を削り続ける。かつて同胞を失い、逃げ回り、そして“狼王”や“詩人”といった同じ境遇の魔人と出会った。さらに、魔王という庇護者も得た。


 だが、結局、また失おうとしている。


「……怒っているのか?」

「……」


 わからない。“迷宮”ローゼリッテは、誰かに怒りを抱いたことはない。だから、この胸の中に渦巻く、やり場のない感情を、どう表現すればいいのかわからない。


「……ずるいです。そうやって、1人で抱えて、逃げるつもりなんです」

「そうだな。そうかもしれない」


 死は救済だ、と魔王は呟く。死なない存在になって、永い時を生きてきた。魔法の研究をした。剣の特訓もした。死にたいという思いは日に日に強くなっていった。


 女神カロシルか。終末の神か。どこかに自分を滅ぼせる者がいることはわかっていた。けれど、いずれの手段も人類と敵対する必要があった。


 女神カロシルの元に行くためには、巨大な魔法陣を創る必要がある。さらに目的が女神カロシルの殺害ということを知られれば、人類は総力を挙げて魔法陣を破壊しにかかるだろう。


 終末の神が宿った人間は、探しようがなかった。すぐに力を暴走させて死に至り、次どの人間に宿ったのかなど探しようがない。徹底的に人類を攻め、数を減らし、追い込む必要があった。


 そして、終末の神を宿す人間を見つけた。自分の『死にたい』という願いを叶えるために、何人もの命を奪った。その責任は、全て『魔王』が背負う。女神カロシルには恨みがあるが、人類にはほとんど恨みがない。


 終末の神の力と、『不死』の力。二つがぶつかれば、どうなるかまではわからなかったが――結局、人類は滅ぶ、ということらしい。自分の『自殺』に人類まで巻き込むつもりはなかったのだが、魔王としての必死の演技も無駄だった、ということだ。


「……魔王さま」

「なんだい、ローゼリッテ」


 少女の問いかけに、魔王は問い返す。


「……名前を」


 風が吹いた。女神の力を受けた花、シラリエの花が揺れる。


「名前を、教えてください」


 魔王は、虚を突かれたように目を見開き、少ししてほほ笑んだ。ローゼリッテに向けて身を屈めると、そっと耳元で名前を囁く。


「……ありがとう、ございます」


 涙を堪え、ローゼリッテは【きざはし】に向き直った。『加工』の力の準備を整え、フリートという男が提示した方法を実行するために心を落ち着かせる。


「さあ――やろう。【きざはし】よ!」


 魔王の声と同時、うなりを上げる魔力が周囲を満たす。【きざはし】に刻み込まれた無数の魔法陣に紫色の光が走り、大地を明るく照らし出す。


「神へと至るための道を、作り出せ!」


 ぽつり、ぽつりと、【きざはし】から紫色の粒子が立ち昇る。やがて数を増した紫の粒子は、空中に階段を描き出した。


 2つの人影が飛び出し、勢いよく【きざはし】を昇っていく。黄金色の光を纏い、フリートとリクルが昇っていく。


「行け、英雄。今の時代の、人類の守護者よ」


 魔王の呟きに、2人の少女の声が重なった。



「【きざはし】の部分剥離を確認――修復します!」

「築き上げろ――!」



 魔王の全力の魔力放出を受けた【きざはし】が崩れていく。空中に描き出された階段も、揺らぎ、軋み、それでも道を形作る。『建築家』チヨと“迷宮”ローゼリッテの力を信じ、魔王は魔力の供給を緩めない。欠け落ちて、剥がれ落ちていく魔法陣を、2人の力が埋めていく。


 紫色の光を散らす【きざはし】を、さらに黄金色の光が包み込む。




「女神カロシル。もはや、貴様の守護は人類には――」




 魔王は頭を振ってその想いを振り切り、目の前の魔法陣に魔力を注ぎ込み続けた。






 † † † †





 雲を、抜けた。

 純白の光が周囲を覆い尽くす空間に、フリートとリクルは立っていた。


「ここが――」

「女神カロシルの、いる場所……」


 リクルとフリートはその空間を見渡す。立っているだけで、まるでとてつもない大罪を犯しているような圧力がかかる。


「――この場所まで至れた人間を見るのは初めてです」


 聞いただけで美しさが伝わってくるような声色が、2人の耳を震わせた。まるで春の草原で鳴った鈴のように軽やかでありながら、同時に荘厳な鐘のような威厳ある声。目の前に純白の光が集まり、やがて1人の女性の姿を形作る。


「貴女様が……いや。あなたが、女神カロシル……」


 フリートの呟きに、女神カロシルは寂しげに頷いた。その表情の意味まではフリートにはわからない。


「あなた方の目的はわかっています。私を殺すことで、人類とこの世界を救うつもりですね?」


 殺されようとしているとは思えないほど優しい声音で、女神カロシルはフリートとリクルに問いかける。フリートはその確認に、とっさに頷くことはできなかった。まさか、殺されそうになっている方から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。

 だから、口から出たのは、間違いを訂正する言葉だけ。


「人類とこの世界じゃない。俺は、リクルとリクルの望んだ未来を救うためにここに来た」


 その言葉に、女神カロシルは頷いた。


「私としては、その決断を拒否するつもりはありません。とはいえ、『不死』の英雄――魔王が魔力を使い切るまでは、少しだけ時間がありますので、今すぐ殺されてあげるわけにはいきません。私の話を聞いてもらえないでしょうか、『無音』のフリート」


 女神カロシルの問いかけに、フリートは迷いながらも頷いた。どちらにせよ、今すぐ殺すことができないのであれば、こちらとしても力を使う理由がない。


「まず、フリート。あなたが立てた予想は、正しい(・・・)と言っておきます。よくあの状況からその可能性に思い至れたものです。確かに――終末の神は、私と相打ちになることで、その存在を消滅させるでしょう」


 それは希望的観測に過ぎなかった。女神カロシルと相打ちになっても、終末の神が残る可能性はあったのだ。


「私が原初の神を照らし出すことで生まれた、『対立』の概念と女神ベレシスの存在。私という光を消すことで、影である女神ベレシスを消し、『神々は対立する』というルールも消滅させる――そうすれば、原初の神の対である終末の神も、消滅する」


 要は元を断て、という話です。そう言いながら、女神カロシルはまた、寂しそうに微笑んだ。


「私が異なる世界からの来訪者である、という話は聞きましたね? 私は元々は別の世界の女神でした。《方舟》と呼ばれる現象によって――という話は、今は関係がないので省きますね。元の世界を飛び出した私は、この世界にたどり着きました。その世界間の移動の際に、何人かを巻き込んでしまったのです。その中の1人は、お二人もよく知る、『魔女』ベネルフィ。彼女がいた世界は、この世界よりもはるかに魔法技術が進んでいました」


 フリートとリクルは驚きの表情を浮かべた。確かに、『魔女』ベネルフィが作りだす魔法は、魔法技術を1人で数百年進めたと言われていたが、そういう理由があったとは。


「彼女はこの世界で唯一の異世界人と言えます。人である以上、私よりも世界の移動に時間がかかったようですが――まあ、それは置いておきます。この世界を訪れた私はまず、人間という種族の数の少なさに驚きました。私がいた世界では、人間は魔法や科学といった分野を発展させて、多かれ少なかれ発展していたのです。しかしこの世界では人間は、言い方はあれですが、魔獣のエサでしかありませんでした。それが4000年ほど前の話です」


 女神カロシルは、当時を思い出すように目を細めた。


「私には2つの選択肢がありました。1つは、何もしないこと。もう1つは、神としての権能を使って人類に救済を与えること。結局、私は人類に救済を与えることにしました。私の光は世界を照らし出し、影の女神ベレシスと終末の神を生みだし、人々には『祝福ギフテッド』が与えられるようになりました」


「……終末の神のことは」


 フリートが口を挟み、女神カロシルは首を横に振った。


「恥ずかしい話ですが、当時私は終末の神が生まれるという可能性に全く思い至っていませんでした。そもそも、影の女神ベレシスの存在すら想定外だったのです。大地に溢れかえる魔獣、そして魔獣から進化した存在である魔人、原初の神の眷属である“教徒”、そして“道化”。虐げられる人類に、私は庇護の力を与えました」


 まずは単純に――『不死』。死なない存在は、人類の希望の旗印となった。


「死した魂は私の元に回り巡る。私が来るまでは、純粋に消費されていたようですが……私はその中から、英雄と呼ばれるに相応しい資質を持つ魂に『祝福ギフテッド』を与えました。その結果、人類は少しずつではありますが、その力を使って繁栄を始めました――」


 ここまでは、私の想定通りでした、と女神カロシルは呟く。


「終末の神の存在に気づいたのと、『不死の英雄』が狂気に染まっていることに気づいたのはほとんど同時でした。『不死の英雄』は4000年の歴史の中で、もっとも英雄としての資質が高かったと、自信をもって断言できます。しかし、永い永い生に耐えきれなかった。人類がある程度安全圏を確保したころ、彼は人類の社会から離れ、魔法の研究に没頭しました。『不死の英雄』が死を望み、『不死の魔王』となるまでにそう時間はかかりませんでした」


「大陸のどこかで、必ず暴発して死に至る終末の神を宿した人間。私はその不可解な現象を探り、そして終末の神の存在を突き止めました。虚無でありながら実在する、という矛盾した存在である終末の神は、存在が完成するまでに時間がかかったようなのです。私は自らの力を振り絞り、彼の神を封じ込めるようにしました。彼の力だけは、私が直接干渉することで封じ込めることしかできなかったのです。おかげで、私は『祝福ギフテッド』以外に現世に干渉することができなくなりました」


「『不死の英雄』。彼が狂っていくのを、私は見守ることしかできませんでした。ただ、彼は狂いながらも、人類を護ろうとしていました。彼は人々が殺されていくのを止めこそしませんでしたが、自らが積極的に人を滅ぼそうとはしませんでした。魔人たちも、彼の状況を理解したうえで、友人である彼のためにその力を振るっていました。もちろん、個人的な欲望もあったようですが」


「魔人。魔獣でありながら、人としての理性を身に着けたもの。人でありながら、魔獣としての特性を身に着けたもの。人でありながら魔獣であり、魔獣でありながら人でもある――ある意味、彼らこそが、人間の進化の証でもあります。“貴婦人”は、悪霊と融合を果たした人間。“迷宮”や“狼王”は、それぞれの要因によって進化を遂げた魔獣」


 女神カロシルの言葉を、フリートとリクルは黙って聞いていた。しかし、女神カロシルは突然言葉を切ると、穏やかに笑ってフリートとリクルを見た。


「さて、『不死の英雄』が魔力を使い切りそうです。リクル。貴女の意思で、私を滅ぼしなさい」


 リクルの表情が揺れる。その迷いを感じ取ったのか、女神カロシルは嬉しそうに微笑んだ。


「それしか、方法はありません。私は嬉しいのですよ、フリート、リクル」


 笑顔で、女神カロシルは言葉を紡ぐ。


「かつての人類は、私が力を与えなければならないほどか弱い存在でした。しかし今、ここにこうしてたどり着いた。たとえそれが、『祝福ギフテッド』の力によるものであったとしても、関係ありません。私と決別する、というその強い意思。覚悟。まるで、成長した我が子を見ているようです」


 女神カロシルは寂しそうに、それでも嬉しそうに、笑う。


「魔人と人類が協力する、という珍しいものも見せてもらいました。“教徒”と“道化”には謝っておいてもらえますか。文字通り、他人の土地で好き勝手やったのは私ですから。唯一、魔獣と人類が戦いあうことは、変わることがなさそうなのが心残りですが……」



 女神カロシルは、笑いながら、残念そうに呟いた。



「しかし、贅沢は言っていられません。さあ、リクル。その終末の神の力で、未来をつかみ取りなさい。あの時、この力が必要だ、と言ったのは貴女なのです。使うべき時、使うべき場所、使うべき相手を間違えてはいけません」



 リクルの表情が、決意の顔で固まった。その様子を見て、女神カロシルは満足そうに頷く。フリートが見守るなか、リクルの口が開き、その口から言葉が滑り落ちた。




「自らの足で歩むため――」



「優しき庇護に、決別と終末を――」



 純白の空間に、漆黒の靄が広がった。

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