第5話 “迷宮”ローゼリッテ
時は少し遡る。魔王からの魔力の放出を強引に回避したセルデ、ベネルフィ、チヨの3人組はそのまま【階】へと向かっていた。だが、その行く手を阻むように、土砂の塊が現れる。
「どけェ!!」
迫る土砂に対し、セルデの両腕から黄金色の光が迸る。無惨にも巻き込まれたシラリエの花が周囲を舞う中、“迷宮”ローゼリッテが放った土砂をセルデの拳が打ち砕く。その真後ろにいたベネルフィとチヨは無事だ。だが、土砂による攻撃は1回では終わらなかった。
「チヨ、お前は俺の背中に捕まってろ!」
「了解であります!」
「私は!?」
「自力でなんとかしてくれ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、『魔女』ベネルフィは触媒を取り出し、自身の正面に爆発を起こすことで土砂を回避していく。放たれる土砂を爆散させながら、じりじりと【階】に近づいていく3人だったが、ベネルフィが離脱した。
「すまないが、これ以上は無理だ! 見たところ、【階】とやらは魔法陣をあの球体に刻んでいる! 私が魔法的に干渉しなくても、物理的に壊せば起動は難しくなるはずだ!」
「わかった!」
ベネルフィが足を止め、サポートに専念する。設置型の魔法を駆使するベネルフィにより、迫る土砂が吹き飛ばされる。隙があれば本体――“迷宮”ローゼリッテを拘束するつもりだったが、さすがに遠すぎる。とはいえ、これ以上近づこうとすれば土砂が飛んでくる。機動力のないベネルフィでは、襲い来る土砂を避け切ることができないのだ。
(なんにせよ、これでほぼ互角。“道化”と“教徒”に動く様子はないが――魔王とは、やはり……)
奴ほどの魔法の腕前を持つのであれば、この周辺を焦土にしてでも、【階】を守り切ることはそう難しいことではないはず。馬鹿正直に戦う必要すらない。空中を飛ばれてしまえば、こちらから手出しするのは難しくなるのだから。
「つまり、魔王には別の目的がある――」
人類の滅亡は最重要事項ではない、ということだ。あくまで目的は別にあり、【階】の完成は手段のひとつに過ぎないと考えるのが自然。
「“狼王”の時も思ったが、魔人ってのはとんでもない……!」
どうやら、突き進んでいたセルデとチヨのチームはついに、“迷宮”ローゼリッテの『効果範囲内』に入ったようだ。
「冗談じゃねぇぞ……!」
セルデとチヨの周囲の地面が蠢き、一斉に天に向かって伸びあがる。“貴婦人”クァリルから受け継いだ『加工』の力は、繊細な操作こそ集中力が必要だが、人1人を囲い込むくらいは容易に実行できる。全方位から迫りくる土壁に背筋を震わせながら、セルデは冷静に拳を叩き付けて土の牢獄から脱出した。
「っ……!」
土の壁を砕いて進んだ先に、地面から生えた土の壁が立ちふさがる。
「この【階】には、近づけさせない……!」
一瞬だけ視認できた“迷宮”ローゼリッテの姿が、土壁に阻まれて見えなくなる。この恐ろしいまでの防衛力、即座に作り上げられる迷宮のような世界。
それこそが“迷宮”ローゼリッテの真骨頂。本来であれば魔法を用いて築き上げる防衛施設だが、“貴婦人”クァリルから『加工』の力を受け継いだことにより、さらに高速での操作が可能になっているのだ。今、彼女が作り出す魔人としての魔法は、別のことに割かれている。
「お――ラァッ!」
一撃で砕いて進む。今のところセルデは土壁を砕くことはできているが、その歩みは遅々として進まない。砕いても砕いても次々と土壁が作りだされていく。岩を殴って打ち出そうにも、壁にぶつかると砕けてしまう。
(進むしかねぇ……!)
触れるだけで崩壊に持ち込める『建築家』チヨの存在は切り札に等しい。回数制限があるチヨの『祝福』は温存し、セルデの拳で可能な限り近づく、というのは2人の間で決められた暗黙の了解だった。
「……壊すのは何回行ける?」
「……大きさにもよりますが、2回が限度であります」
チヨは鋭い目線で【階】を見つめる。触れさえすれば、『造り変える』応用で、【階】を壊すことができる。だが、【階】まではまだ距離がある。この距離を埋めようとするセルデ、なんとか近づけさせないようにしているローゼリッテ。
「けど、このままいけば――」
「――近づけるのであります」
手こずってはいるが、徐々に進んでいるのも事実。いずれ、【階】にたどり着く。
そう確信し、目の前の壁を壊すセルデ。そして視界が晴れた先に見えたのは――
セルデの数倍の身長を誇る、岩の巨人。
「魔法式:岩石生命創成――」
「お――おいおい、マジか……!」
それが、3体。
轟音とともに振り下ろされる拳。セルデは、とっさに殴り合いではなく回避を選択した。超重量の拳が地面に衝突し、局所的な地震を引き起こす。今までは静止状態の壁を殴っていたわけだが、今度は動きまわる岩の塊だ。まともにぶつかりあえば拳も体ももたない。
「デカブツは動きが鈍重って相場が決まってんだよ!」
セルデは素早く回り込み、ゴーレムの右足を殴りつける。片足を半分失ったゴーレムが傾き、セルデはその1体を放置して前に進む。機動力さえ奪ってしまえば――
「っ!?」
【階】のそばに待機していた残り2体のゴーレムが右腕を振りかぶり、振るう。右腕の先端から分離して飛来する巨岩。うなりをあげて飛んでくるその巨岩は、狙いこそ正確ではなかったが、殴れば四散する土砂と違って巨大な岩だ。殴って拳が無事でも体が引き潰されない保証はない。思わず足を止め、飛んでいく先を冷静に見極めてかわす。轟音とともに落着した巨岩を無視し、【階】に向けて踏み出したセルデだったが。
「っ、セルデうしろ!」
「!?」
右足を再生させたゴーレムが、セルデに向けて拳を振り下ろす。
「――あいつがいる限り、不死身ってわけかよ!?」
無限に再生する3体のゴーレム。かつて“狼王”が訓練相手として戦っていた存在だが、ローゼリッテが“貴婦人”の『加工』の力を得たことで、再生速度があがっている。
もう一度足を砕いたセルデだったが、地面から巻き上がった土砂が再びゴーレムの足を形作る。再生回数に限界があるのかどうかは不明だが、なんにせよこれ以上【階】に近づくのは難しくなった。2体のゴーレムが目を光らせているし、気づけば横をすり抜けられないように無数の土壁が生み出されていた。
セルデの背中を、冷や汗が流れる。
(間違いなく、今まで人生で1番のピンチってやつだ……!)
「潰して!」
振り下ろされたゴーレムの両腕が、地面を揺らす。魔人という存在の恐ろしさを、セルデは身をもって味わうことになった。諦めるつもりは毛頭ないが――
(こいつを抜けて【階】を壊すのはちょいと手間だぜ……! 無茶言ってくれるぜ、オーデルトさんよぉ!)
『嬉しいニュースだ、『剛腕』』
『この声、ベネルフィか? 今忙しいから手短にな!』
逃げ場を限定するように生み出された土壁をぶち抜きながら、セルデは脳裏に響く声に返事をする。『拾声』キッカによる通信だ。
『この規模の魔法陣を起動させるためには魔王クラスの魔力量が必要不可欠だ。つまり、君たちが無理に壊さなくても魔王を倒せれば問題ないってわけだな』
『ああ、そうかよ! で、倒せたのか!?』
『いや、押され気味だ』
『じゃあやっぱり壊すしかないじゃねぇか!』
余計な期待は隙を生む。自分たちが壊さなければ人類は滅びる――そのつもりで戦う。
「ああ、クソッ! こういうの、絶対ウェデスの方が向いてると思うんだけどな!」
ゴーレムの拳をかわし、壁を打ち砕き、セルデは吠える。
もしもこのゴーレムに本体とでもいうべき場所があるのだとすれば、それを砕くことが一番の解決策になるのだろう。
頭か。胸か。それとも、別の場所か。
「とりあえず、片っ端から砕いてみるか――」
セルデの両腕から放たれる黄金色の光が、さらに強まった。