表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
最終章 ー訪れる終末ー
106/117

第4話 終末の戦い

「……驚いたな」


 夜明け前。空は少し白んではいるが、いまだ暗闇が支配する時間。


「くくくっ、人間もなかなかやるじゃないですか! ああ、楽しくなってきましたねぇ!」


 暗闇の中に浮かび上がるシルエットが4つ。巨大な球形の建造物の前に佇む、4人の人影。


 翼を広げて、無言で立っている男。巨大な爪を地面に突き立てた少女。アンバランスな両腕で自身を支える男。マントを翻し、腕組みをしたまま睥睨する男。 


 その4人の視線の先、少し離れた位置に光り輝く純白の光。見慣れた忌々しい黄金色の光でこそなかったが、それが女神カロシルの授けた『祝福ギフテッド』の光であることは容易にわかった。


「――女神カロシルの加護。私は特になんとも思っていませんが、“教徒”。あなたはどうなんですか?」

「“道化”である貴方がなんとも思っていないのに、“教徒”である私が何か思うことでもあると?」


 “道化”のシギーの問いかけに、翼を折りたたんで“教徒”が答える。平坦な口調は変わることもなく、その答えを聞いたシギーが大げさに肩を竦める。会話を聞いていた“迷宮”ローゼリッテが顔をしかめ、魔王はいつものこと、と聞き流す。


 そもそも、魔王の周辺にいる存在は、全員が魔人というわけでもない。


「さてさて、もうこれも要らないですかねェ?」

「……前から悪趣味だと、思ってた」


 “道化”は、自分の額から生えている二本の角に手をかけると一気に引き抜いた。なんとも間抜けな音が周囲に響き、シギーはたった今引き抜いた捻じ曲がった二本の角を手の上で弄ぶ。


「魔人のフリをするのも楽しかったですが、これより物語はいよいよ最終楽章。私も『語り部』としての出番があるかな、と思うのですが。いやはや、この役割を“詩人”に奪われて久しかったですが、今は“詩人”はいませんからね! 存分に語り尽くすとしましょう!」


 角を投げ捨てて、何が面白いのかケラケラと笑いながら奇妙なステップを踏む“道化”。


 “道化”、そして“教徒”。ルーツすら定かではない2人。単に気が狂っているだけの存在なのか、それとも――それは魔王にすらわからない。


「英雄たちのご到着だ。せいぜい盛大にもてなすとするが――ローゼリッテ。君は無理する必要はない。自分の命が惜しくなったら、すぐに逃げるんだ。これは、魔王としての命令だ」

「……はい」


 怯えたように竦んでいた少女が、決意を秘めた目で純白の光があった場所を睨む。巨大な爪を持つ両手を構え、【きざはし】を背負って前を向く。


「では、魔王サマ。私は見学しますので、気が向いたら手を貸します」

「“道化”に同じく」

「わかった。せいぜい、そこで見守るといいが……自分の身は自分で守れよ」


 魔王は呟き、移動を開始した。【きざはし】のそばで戦えば、余波で【きざはし】が吹き飛んでしまう。


「さて――こうして来た以上、私の願いはいずれ叶う、か」


 心を覆い尽くすのは絶望と諦め。だが、ほんの少しだけ残った奇跡を願う心があった。




 † † † †




 純白の光に包まれて移動した先は、大陸中央の、元アルディヤ国。そこに到着した6人の英雄と1人の少女。

 『無音』、『剛腕』、『魔女』、『建築家』、『斬鉄』、『氷牙』、そしてリクル。


「……ふむ。状況説明だ、『無音』」

「“埋め込みのレベッカ”の『祝福ギフテッド』は空間転移を可能とする。おそらくだが、その力だろう」


 白い光を放つ人影に、フリートが近づく。


「……満足か?」

「――ああ、やりたいことをやれた。あとは任せたぞ、フリート」


 ギベルを震撼させた殺人鬼が、白い光の粒子となって消えていく。見るだけのスウェーティと違い、複数人を長距離転移させた代償は重かった。自分の存在を維持できず、明滅する光に紛れて人影の部位が欠損していく。


 そして、やがて人影のすべてが粒子となって消えていった。周囲を暗闇が満たす。


「……ああ。任された」


 明るすぎる白い光のせいで、表情は見えなかったが、それでもフリートはレベッカが笑って消えていったような気がしていた。


「――あれが、俺たちがぶっ壊す【きざはし】とやらか」

「でっかいであります。あれを壊すとなると手間でありますよ」

「魔法陣を刻んであるのであれば、全てを破壊する必要はない。2割程度原型を失わせればそれでいいはずだ」


 『剛腕』セルデ、『建築家』チヨ、『魔女』ベネルフィが口を開く。


「まずリクルちゃんの力でアレをぶっ壊すわけにはいかないかい?」

「リスクが高すぎる。魔王にリクルの力がバレれば終わりだ」

「ふむ、まあ。それはそうか」


 太陽が昇り始めている。あと一時間もすれば、日の出だろう。フリートに意見を否定されたベネルフィは、文句を言うでもなく納得した。


「申し訳ないが、『氷牙』、『斬鉄』。俺とリクルは別行動だ」

「理由は?」

「リクルの一撃を当てれば終わる。俺がリクルを連れて隠れるのが一番いいだろう。不意打ち一択だ」

「……わかりました~。私も、覚悟を決めますね~」

「了解した」


 『氷牙』アディリーが大量の触媒を取り出し、地面に並べていく。『斬鉄』カンナは自身が持つ愛刀を持ち、気軽にうなずく。


 フリートがリクルを伴ってその場を離れ、すぐにその気配が消える。カンナが目を閉じてその気配を追ってみるが、フリートの気配は完全に消え、この場ではただの少女でしかないリクルとやらの気配も、英雄である彼らの存在感にかき消される。


(ふむ。なかなかの腕前、そしてなかなかの愛らしさ……こんな時でなければ愛でるのに!)


 憤りを感じつつも、動きはスムーズに刀を抜き放つ。人類を救うための一戦ともなれば、相手に不足なし。勇者とやらが敗北したという魔王相手に、どれだけ自分の力が通用するかは不明だが――やるだけやってみよう、と前向きに決意するカンナ。


 そんなカンナを、主であるチヨは胡乱気な目で見ていたが、すぐに切り替えた。


「では、とりあえず明かりを出すが――」


 ベネルフィが魔法で周囲を照らす許可を得ようと口を開いたが、すぐにその口を閉じることになった。強烈な光が【きざはし】の方角から天頂に向けて打ち上げられ、周囲を照らし出したのだ。


「――やれやれ、こっちでやる必要がないのは助かるけどね。バレてるってわけだ」


 それが魔王の魔法であることは、容易に予想がつく。周囲が照らし出され、ベネルフィは咄嗟にフリートの姿を探すが、どうやらうまく隠れたらしくその姿を見つけ出すことはできなかった。


「行きなさい!」


 アディリーによって生みだされた氷の鳥が、勢いよく飛翔して【きざはし】に向かう。いったい相手がどのような布陣で来ているのか、それを探るのにアディリーの魔法は都合がいい。空中を飛翔する氷の鳥は、しかし地面から放たれた土砂の塊によって撃墜された。


「うわあ……ここに来て、初めて会う魔人かぁ……!」


 短い髪を持ち、額から生えた紫の角。なにより特徴的なのは、肥大化した両手の爪。それで土砂をすくいあげ、投げ放ったのだろう。彼女が、【きざはし】の防衛を担っていると思って間違いはない。であるならば、魔王は――


「ふむ。いつまで経っても来ないから、こちらから出向いてやったぞ」

「――ッ!?」


 突然、ぞっとするほどに近くに現れた魔王の手に火球が生み出される。それはあっという間に肥大化し、カンナとアディリーを巻き込まんと2人に迫った。チヨとベネルフィは、セルデに投げ飛ばされて【きざはし】に向かう。


「――刀式:絶」


 火球が左右に切り裂かれ、2人をかすめて背後に着弾する。周囲を草が燃える匂いが漂う。妙に香しいその匂いに、カンナが顔をしかめる。


「しっ、死ぬ! 死ぬかと思った~……!」


 アディリーがひきつった笑みを浮かべながら魔王を見ているが、その頭上にはいつの間に生み出したのかすでに水の龍が待機している。カンナが火球を切り裂かなくとも、彼女は彼女で防ぐ算段があったのだろう。


「行って!」


 水の龍が弾かれたように動き出し、牙の生えた大口を開けて魔王に迫る。その口は端の方から凍り始めており、噛みつかれれば無事では済まないことが見て取れる。いくら『不死』の魔王といえども、氷漬けにしてしまえば身動きがとれないだろう、というのがアディリーの考えだった。


「くだらんな――」


 魔力の輝きを纏った魔王が、両腕で氷の龍の噛みつきを受け止める。そのまま力を籠めれば、圧倒的な膂力で氷の牙が砕け散る。二つ名の由来にもなった十八番の魔法をあっさりと打ち砕かれ、アディリーのひきつった笑みがさらに歪む。


「――む!?」


 氷の破片が宙を舞う中、魔王の目は自身に迫る白刃を捉えた。咄嗟に魔力を固定化させて壁を生みだし、攻撃を防ぐ。だが、その壁も一瞬しか持たなかった。


「刀式:壊」


 カンナの持つ刀が一瞬ブレ、次の瞬間魔力の壁が砕け散る。稼いだわずかな時間ですでに距離を取っていた魔王を傷つけることはできなかったが、それでも魔王を退かせた。魔王は魔力を練り上げ、吹き飛ばすべく右手を構えるが、あることに思い当たり魔力をほどく。


「なるほど、余の相手に選ばれるだけのことはある!」


 魔王とカンナの位置を結んだ直線の先。カンナの後ろには、巨大な建築物――1年の歳月をかけて完成させた【きざはし】が存在した。適当に魔法を放つだけならば一瞬でできるが、威力や範囲を計算して魔法を編むとなると、時間がかかる。目の前の圧倒的な剣の使い手が、そんな時間を許すはずもない。


「付き合おうか。あまり、剣は得意ではないのだが――」


 襲い来る刀の一閃を、魔力を固定化させて生み出した剣で受け止め、払う。続いて、流れるように放たれる刀の6連撃すべてに剣を合わせて打ち払った。自分の攻撃を全て受け流されたカンナが、思わずといった様子で叫ぶ。


「――どこが得意じゃないんだ!」

「長い間生きていると、無駄なことばかり上手くなる」


 背後から襲い掛かった氷の龍を左手から放った魔力の放出で消し飛ばし、力強く剣を押し込んでカンナを下がらせ、横から飛びかかってきていた氷狼を蹴りで薙ぎ払う。刹那の空白時間に、魔王は【きざはし】の方向を確認した。


(ローゼリッテ……巻き込んでしまってすまないな。いざというときは、うまく逃げてくれ)


 【きざはし】の手前に、無数の土壁がそびえたつ。“貴婦人”クァリルから『加工』の力を受け継ぎ、自身も土の扱いに成熟している“迷宮”ローゼリッテ。


「“迷宮”ローゼリッテは、今まで表舞台に立つことはなかった。余とともに、ここで【きざはし】の建設を行っていたからな」

「――何が言いたい」


 鍔迫り合いの状態で魔王が独り言のようにこぼす。カンナは額を汗が垂れるのも気にせずに、即座に魔力剣を壊そうとするが、察した魔王が剣を離す。行き場を失った破壊のエネルギーが、2人の間で爆ぜる。


「あいつは、攻めるのは得意じゃないし、本人もそう強くはない。争うのも好きではない。だが、こと防衛に関しては――」


 轟音が響く。一瞬たりとも目を離せる相手ではない、というのを理解していてもカンナとアディリーが思わず視線を向けてしまうほどの轟音。




「――ローゼリッテは、強いぞ?」




 2人の視線の先で、【きざはし】に匹敵するサイズの岩石の巨人が立ち上がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ