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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
最終章 ー訪れる終末ー
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第2話 それぞれの願い

「まずは、居場所を突き止めなければなりません」

「どうするつもりだい?」


 『予言者』の言葉に、『軍神』が返す。『魔女』ベネルフィの目をもってしても、魔王の空間転移の行き先は見破ることができなかった。つまり、今の魔王の居場所は誰にもわからない。『天眼』で大陸中をしらみつぶしに探したとしても、効果時間内に見つけられるとは限らない。


「……それは今考えても仕方がありません。具体的な方策として、魔王に誰が、そして闇騎士と誰が戦うのかを考えるべきです」

「なるほどね。じゃあ、その分担は私に任せてもらおう」


 オーデルトが、木彫りのコマに手を伸ばす。『戦乙女』をはじめとする砦の戦力の名前が書いてある、お手製のコマだ。それを動かす。多くのコマを一気に片側に、そして残った5つを手で弄ぶ。


「砦に残るのは、『戦乙女』。『聖女』。『軍神』。『予言者』。『拾声』。この5人だけだ」

「……それでいいのですか?」

「戦線に立つのは『戦乙女』シャルヴィリアだけ。彼女を信じて、託す。そして残った全ての戦力を、魔王に当てる」


 『魔女』、『氷牙』、『無音』、『剛腕』、『建築家』、『斬鉄』、そしてリクル――人類に残された最高戦力。全ての戦うための力を使って、魔王に一撃を加える。リクルの一撃さえ決まれば、それで終わる。終わってもらわなければ、勝てない。


「最悪、魔王を倒さなくてもいい。1年も【きざはし】とやらを作っていたというのであれば、それが壊れればもう一度作り始めるだろう。『建築家』チヨと『剛腕』セルデによる【きざはし】破壊を最優先目標にする」


 木彫りを2つ、脇によける。


「さらにここに『魔女』ベネルフィを同行させる。物理的に破壊できない魔法陣なのであれば、『魔女』ベネルフィに破壊してもらう」


 さらにもう1つ、木彫りのコマを合流させる。


「そして、『無音』、『斬鉄』、『氷牙』で魔王と対峙する。別動隊だ。リクルも同行させるが、とどめというよりは足止めを主目的にしよう。魔王討伐は第2目標とする」


 目的はあくまでも【きざはし】の破壊。魔王の討伐は、もちろんできればそれに越したことはないが――おそらく難しいだろう。あれだけの魔法を操る規格外の存在を、そう簡単に討伐できるとは思えない。


 ミリとオーデルトの眉間にしわが寄る。盤面を見つめるが、2人はわかっていた。今の人類では、魔王と戦うことすらできないということを。


 魔王の居場所がわからない。


 居場所がわかっても、向かう手段がない。


 間に合わなければ【きざはし】が起動してしまう。


「……魔王が、この砦から人を引き離して始末しようとしている可能性は?」

「その可能性は考えない。魔王の言葉は全て真実として判断する」


 ミリの問いかけに、オーデルトが返す。


「嘘を吐く理由がないわけではないが、嘘を吐く意味がない。あれだけの力を持つのであれば、【きざはし】とやらを完成させずとも人類を滅ぼすことができるはずだ。それをしなかった以上は、あの魔王は【きざはし】に深い意味を持っている」


 もし、これが何かしらの罠であれば。


「どっちにしろ、人類は滅びるよ。であれば、真実だと判断してわずかな可能性にすがるしかない。完全勝利を目指してね」

「……私は反対ですが。戦争のことは、あなたに任せると決めました」


 ミリの呟きに、オーデルトが頷く。燭台の炎が揺れ、2人の思いつめた表情を照らし出す。


「この作戦は穴だらけだ。だけど、やるしかない」

「……わかりました」


 2人は、勝利するために作戦の細部を詰め始めた。



 † † † †



 『剛腕』のセルデ、という男がいる。かつて、『烈脚』のウェデスという男とともに、大陸を駆け抜けた冒険者の1人だ。その一撃は魔獣を砕き、大地を揺らすとまで謳われた、破壊を得意とする冒険者である。多くの人に慕われていた彼は今、無言で自分の手甲を磨いていた。


「……」


 腕力の強化、という単純な『祝福ギフテッド』。だが単純ゆえに、彼の破壊を受け止められる魔獣は少ない。一撃当てれば、あらゆる魔獣を葬る自信があった。


 それでも、セルデにも、苦手としている敵はいる。それは足が速いものや、隠れるのがうまいもの。すなわち、『自分の拳が届かない敵』である。殴り飛ばせばたいていの事態を解決できる自信はあれど、殴れない敵――悪霊など――には、勝てる気がしない。良くも悪くも、彼は物理専門なのである。


「……」


 手甲を磨いていた手が止まる。『拾声』キッカの『祝福ギフテッド』により、『軍神』オーデルトの声が聞こえたからだ。『魔王への対策を決めるため、準備を整えて至急執務室に集合せよ』とのこと。セルデはため息をつき、手甲を手に取った。いまの時間帯は深夜に近い。魔王が【きざはし】を起動させるのは明日。


 日が昇れば、人類は滅びる可能性がある。


「……よく保ったほうだよな」


 生ける屍(アンデッド)どもを相手にすることになるだろう、とセルデは予測していた。魔王がどこにいるのかなんてわからないし、まずはこの砦を守らないことには始まらない。自分の『祝福ギフテッド』は守るのにはあまり向いていないが、やれと言われたことならばやり抜く。


 ウェデスとともに、人類の命運を『軍神』オーデルトに託す、とあの時決めたのだから、その決定に異を唱えたりはしない。


「――死を前にして思うことなんて、大したことじゃないな。やり残したことと、後悔と、どうにもならない諦めだけか」


 『剛腕』セルデは、手甲を装着すると執務室に向かった。おそらく、これが人生最後の戦いになるだろうことを予感しながら。



 † † † †



「語るべき時は、今ではないのだ」


 さて、と呟いた『魔女』ベネルフィは立ち上がる。魔王が起動しようとしている【きざはし】、人類のほとんどにその意味がわからなくても、ベネルフィならば予想がつく。この世界の人間ではないからこその、大胆にして想像の埒外にある妄想とも言うべき予測。


「魔王、か……」


 仮説は出揃った。自分が巻き込まれてこの世界に来たのだとしても、戦わない理由にはならない。


 あるだけの触媒を鞄に詰め込み、『魔女』ベネルフィもまた、執務室に移動する。



 † † † †



 2人は、空に浮かんだ月を眺めていた。


「とても、不思議な気持ちです。フリートさん」

「……」


 月に向かって手を伸ばすリクルの横に並び、フリートは無言を保つ。リクルはフリートの方を見ずに、月だけを見て言葉を紡ぐ。隣に立つ男が、聞いていると信じて。


「怖く、ないんです。不思議と……だからって、興奮しているわけでもなくて。とても、静かで不思議な気持ちなんです」

「……強がり、ってわけでもなさそうだな」


 フリートの言葉から迷いを感じ取り、リクルはほんの少しだけ笑った。心配されていることがわかって、悔しくて、嬉しくて、笑みをこぼす。


「……機会は一度きりだ。仕留めそこなえば、魔王はリクルのことを警戒するだろう。そうなれば、もう2度と近づけないはずだ」

「わかっています……だから、絶対届けてくださいね?」


 微笑むリクルから、フリートは目を逸らす。月光に照らされた少女は幻想的で、そんな少女と二人きりという状況がフリートを動揺させた。リクルの希望でこの中庭に出てきたが、まだ魔王の告知によって喧騒に包まれている町の声が聞こえなくなっていた。


 まるで、世界にこの2人しかいないような、そんな益体もない想像が頭をよぎる。


「じゃあ、行きましょうか」

「……ああ」



 2人も立ち上がり、執務室に向かう。時間になったのだ。







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