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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
最終章 ー訪れる終末ー
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第1話 それぞれの物語

「魔王、ねぇ。で、どうすんだよお前たちは」


 大男の問いかけに、それまではヒソヒソと噂話をしていただけの冒険者たちが全員黙った。大男はやれやれと頭を横に振る。


「い、いやよぉ……」

「いくらなんでも今回はヤバイぜ。“闇騎士”と“詩人”って言えば、聖王国を崩したコンビだろ?」

「死にに行くようなもんだよな……」


 ざわめきが広がっていく。冒険者である彼らは、自らの死期に敏感だ。『不死』の魔王とやらの告知は、ギベルの町の全住人が聞いていただろう。


「魔獣を相手にするのとはわけが違うぜ……」


 結局のところ、そういうことなのだろう。大男は溜息を吐いた。冒険者という生き物は、いつだって自分勝手で、我が儘な生き物だ。今だって口では怯えたような言葉を出しながら、チラチラと大男の方を伺っている。


 大男は無言で厨房に引っ込み、エプロンを外した。雇った従業員は、保護者ともども色々な厄介ごとに巻き込まれているようだが、奴と一緒に行動するのであればさもありなんという感じではある。エプロンをはずした大男は、奥の部屋に続く木の板を殴ってぶち破る。


「だ、旦那……?」


 そこに入っているのは、よっぽどのことがない限りは出すまいと思っていた品が2つ。木の板を殴る音に、おびえたように声をかける冒険者を無視して、大男は板を粉砕した。部屋に侵入し、品物のうち1つを取り出して戻る。


「旦那、そいつは一体……?」


 久しぶりに持ち上げたためか、やけに重い。訓練は欠かさなかったんだがな、と呟き、巨大な金属の塊――盾を、床に下ろした。


「俺も一緒に戦ってやる」


 大男は、冒険者たちの顔を見渡した。知っている顔がほとんどだ。それなりの値段で提供している以上、ここをいつも利用できるのは、それなりに腕に覚えがある冒険者だけ。中には、大男と同じように南から逃れてきた者もいる。かつて帝国でともに戦っていた者たちが、まさかと言いたげな表情で大男を見上げる。


「南の英雄、『健壁』のグルガンが一緒に戦ってやるって言ってんだ。それともあれか? 俺と一緒じゃ不満か? ああ?」


 繊細な技を持つ料理人の顔は鳴りを潜め、かつてたった1人で村を守っていた冒険者の顔つきで、『健壁』のグルガンが店にいる冒険者たちを睨みつける。しかし、それでも冒険者たちは何も言わない。ただ、何かを期待するような目で、グルガンを見つめている。


 グルガンは、もう一度溜息を吐いた。無言で奥の部屋に戻ると、今度は瓶を数本持って戻ってくる。


「……生き残れたら、シュテラ・ベルガッソの40年物を奢ってや――」


 瞬間、あくび亭は凄まじい歓声に包まれた。


「さっすが旦那! 旦那ならそう言うと思ってたぜ!」

「ケチケチすんない! 1本開けちゃおうぜ!」

「あっおいお前ら! 1本金貨5枚するんだぞ! ふざけるな!」

「お前なんかに酒の味がわかるか、俺に飲ませろ!」

「葡萄酒を一気飲みする奴に言われたくね―!」

「酔えりゃあなんでも一緒よー!」

「返せ! お前ら俺の酒を返せ!」


 どうせ戦うつもりだったのに、きっかけがないと戦う意思表示もできない敗残兵。かつて南の大地を魔人に追われた冒険者たちは、魔王の告知を聞いて心が折れる――なんてことにはならなかった。むしろ、より一層陽気に、自分たちを待ち受ける運命なんて笑い飛ばして酒を飲む。


「よし! 街に出ろ! 祝勝会の前夜祭じゃー!」

「おっ、それいいな! よーし!」

「行け行け! よし、ここでいっちょ俺の華麗な剣舞を――あれ、俺の剣どこ?」

「お前普段の武器槍じゃねーか」

「そうだった!」

「お前ら決戦前に二日酔いになっても知らんぞこの馬鹿どもがー!」


 騒ぎながら扉を開けて出て行った冒険者たちを見送って、グルガンは腕を組む。


「ったく、馬鹿どもが……」


 この町の住人は強い。もし、魔王の目的が住人の心を折ることだとしたら、その目論見は失敗したと言わざるを得ないだろう。ギベルの住人たちは、特別な力を持たない者ほど、確固たる信念と思いがあるのだから。


「人類舐めんなよ、魔人ども――」


 グルガンは、遥か遠くを見据えて、明日の決戦に思いを馳せた。




 † † † †




「で、どうされるんですか」


 問いかけに、少女はベッドから飛び降りた。悩むようにうろちょろと部屋の中を行き来する主人の姿に、問いかけた女性の顔がだらしなく緩んでいく。


「カンナ」

「はっ」


 呼びかけられた瞬間に、顔を引き締めるその反応速度は流石だが……なんとなく、素直に褒めたくはない才能である。


「我等は、魔人に因縁はない。魔王にすら、興味もない」

「――心得ております」


 『建築家』チヨ。遥か東方の島国で、ひとつの家をまとめ上げていた少女は、こちらの大陸に渡ってきてからずいぶんと変わった。美しく凛々しかった表情は鳴りを潜め、明るく可愛らしく、それこそ年頃の少女のように振る舞うようになった。それは、この大陸の開放的な雰囲気に当てられたともいえるだろうが――カンナの見立ては違った。


 彼女は、偽っていた。本来であれば、彼女は『軍神』ごときに顎で使われるような存在ではない。ともすればその身に宿った『祝福ギフテッド』は、悪用されかねないほどの有用さであった。


 『建築家』チヨは、本来人の上に立つべき――指導者、為政者、帝、国王、呼び方はなんであれ、誰かに指示を出す側の人間なのだ。


 築き上げる――それこそが、彼女の本質。


「よい、許す。存分に暴れよ。死地を定めた我等に、恐れるモノはなし。悪霊だろうと、魔獣だろうと、全てを切り裂いて進むがよい。それが、我等の役割なのだろう」


「――は」


「教えてやれ。我等の魂を。思い知らせてやれ。我等の矜持を。死を見定めた人間の恐ろしさを、追い詰められた人間の悪あがきが、どれだけの力を持つかということを」


「――仰せのままに」


 扇を広げて佇むチヨが、にっこりと笑い扇を閉じる。


「これは戦である。聞けば、千からなる死者の軍とのこと。カンナ、おぬしならいくつ斬る?」


 主の問いかけに、カンナは深々と頭を下げて刀を捧げる。


「この命に代えましても――」


 その様子を見ていたチヨが、笑みを深める。カンナもまた、凄絶な笑みを浮かべていた。


「――全てを斬って御覧にいれましょう」

「その大言。しかと果たせ」


 捨て置け、と呟き扇を放り投げるチヨ。広がって、ハラリと落ちていく扇は――落ちていく途中で、真っ二つに割れた。そのまま床に落ちて、硬質な音を響かせる扇。


 常人には見えない。今の一瞬で、カンナが主君の持つ扇を両断し、再び納刀したことなど、誰にも認識できるわけがない――それほどの速さだった。


「その扇の代金は給料から天引きであります」

「恐れながら申し上げます、我が主。天引きは我が国では違法行為です」

「器物損壊も違法行為であります」

「……御意」


 『斬鉄』のカンナは、そそくさと真っ二つに割れた扇を拾い、部屋を後にした。




 † † † †




「あー……なるほどね」


 告知を聞いた男――『天眼』スウェーティは、静かに息を吐いた。そして、隣に立つ少女に向けて視線を落とす。視線を向けられたパトは、大げさに溜息を吐いた。これ見よがしに、「納得していません」とアピールしているのだ。


「納得いきません」

「そう言われてもねぇ……」


 スウェーティの選択を、パトは切って捨てる。

 わかっていた。それがただの、自分のわがままに過ぎないことは。お互いにやりたいことをやると決めた以上、彼のやりたいことを妨害するわけにはいかない。


「私が、やめてほしいって言ったら、やめてくれます?」


 うっ、とスウェーティが怯む。年若い少女の上目遣いは、それだけの破壊力がある。


 ――そういや、俺ってこんくらいの娘がいてもおかしかねぇんだよな。


 パイプをふかし、スウェーティは考える。だが、色々と考えた結果――やはり、足りない。人類が勝利するために、足りないパーツが3つある。それは、目と、足と、手だ。


 目は用意できる。手は、考えても仕方がない。残る足は――


「仕方ない、か。聞くだけ聞いてみるとしよう」


 スウェーティの態度に、パトはつまらなさそうにスウェーティの向う脛を蹴り上げた。痛みで涙目になりながら跳ねているスウェーティから目を逸らし、パトは溜息を吐く。この男は、どうあっても意思を曲げないつもりだ。やりたいようにやって生きていくと決めたのに、どうやら面倒なことに首を突っ込もうとしている。


「贖罪の、つもりなの?」


 パトの問いかけに、スウェーティは鼻で笑って答えた。


「罪? 何が? 俺は『少しでも好かれるための努力をする』……そう言ったはずだぜ、パト」

「……ほんと、バカ」


 クールに笑って見せたつもりでも、体は震えている。かっこよく決めて見せたつもりでも、笑顔は歪だ。英雄なんてガラじゃない、どう頑張っても小悪党が精々の、スウェーティという男。


「……わかったわよ。協力するわ」

「おう。お前がいなかったら――いてっ!?」

「パ・ト」

「……お前さんがいなかったら――いだっ!? おま、今結構本気で踏んだな……!?」


 告知からずいぶんと時間が経った。『軍神』と『予言者』は、今は必死に人類が魔王に勝つための方策を考えているという。最終的な会議は、日が落ちる直前。そこで方針をまとめて、討って出る。ただ、“闇騎士”と“詩人”がここに向かってきている以上、最低限の戦力は残しておく必要がある。その戦力の振り分け方を模索しているのだろうが――おそらく、『天眼』であるスウェーティは居残り組となるだろう。


「こっちから探しに行こうと思ってたんだけどな」


 廊下の影から現れた姿に、スウェーティは親しげに声をかける。パトが警戒するように身構えたが、姿を現した女性は気にすることなく笑った。


「私の力が必要なんだろう?」


 その問いかけに、スウェーティは笑い、パトは一瞬だけ訝しむような表情になるが――すぐに理解する。


 スウェーティが持つパイプからは、一筋の煙が立ち上っていた。

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