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終末に抗ってみよう。  作者: 夜野 織人
第5章 -信頼の絆ー
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第13話 訪れる災厄

「私の『祝福ギフテッド』なら、『不死』の魔王を倒せます!」


 その、リクルの声と同時――全員が、臓腑を丸ごと握り込まれたかのような重圧に襲われた。まるで、この一帯の空気が丸ごと重くなったかのように――もしくは、急に空気が水になってしまったかのような息苦しさが、ギベル砦周辺を襲った。


「なっ……!?」

「これは……いったい……?」


 困惑の声をあげるオーデルトとミリ。誰よりも素早く動いたのは、『戦乙女』シャルヴィリアと『無音』のフリートだった。


「捕まりなさい!」

「ありがたく……! リクル、お前はそこにいろ!」


 シャルヴィリアは自分が差し出した左手をフリートが握り込むと、勢いよく地面を蹴ろうとした。砦の中は複雑な構造をしていないが、それでも屋上に出るには時間がかかる。それを見越した行動だった。『祝福ギフテッド』を最大解放した『戦乙女』とともに屋上に出る、というのが最速の案だ。心臓を締め付けるような圧倒的な重圧は、砦の上空から放たれている。


「私は、終末を願う者――そして、終わりなき戦いに、終末を齎す者!」

「これは、神が与えた試練である――我が体に宿れ、祝福の光よ!」


 リクルとシャルヴィリアの体が、同時に黄金色の光に包まれる。噴き上がるような黄金色の光の中で、フリートとシャルヴィリアは黒い靄のようなものが通路の天井に向けて伸びあがるのを見た。直撃した石の天井は、まるで寿命を迎えたかのように剥離し、細かい砂となって崩れ落ちる。


 リクルが、天井に穴をあけたのだ。


「感謝する」


 シャルヴィリアが廊下を蹴り上げ、通路の上に出る。彼らがいた場所は、図らずも屋上のすぐ下だった。まだ明るい陽光が降り注ぐ時間帯であり、太陽の光を反射して、紫色の――魔法陣が光り輝いていた。


『全員、屋上に集まれ!』


 『拾声』キッカによる、緊急招集。登録されている『戦乙女』、『無音』、『剛腕』、『魔女』、『氷牙』、『軍神』、『予言者』、その全員に一瞬で指示が通る。


「やれやれ、まさかこんなことになるとはね……」


 『魔女』ベネルフィが、氷の鳥に乗って姿を現す。その後ろには、同じように氷の鳥に乗った『氷牙』アディリーの姿が見える。どうやら、2人は偶然同じ場所にいたらしい。


「あの魔法陣はなんだ、ベネルフィ」

「ふむ」


 フリートの問いかけに、ベネルフィは上空に浮かぶ魔法陣を観察する。


「なるほど」


 紫色の文字と図形が複雑に折り重なり、球体となった立体魔法陣――そんなものを見れば、ベネルフィにもおおよその予想はつく。


「わからん!」


 ――それが、人類の手に負えるものではないということくらいは。


「おい!?」

「斬ってもいいのでしょうか」

「やめとけやめとけ。アレが出てきた以上、こちらにできることなんてないよ。斬ったらたぶん、アレに込められた魔力が周囲を薙ぎ払うだろうね」

「ひええ……私、あんなの見たことないですー……」


 魔法陣が、ひときわ強く光を放つ。人類の生き残りのなかでも魔法に対して深い造詣を持つ、『魔女』ベネルフィと『氷牙』アディリーが、そろって首を横に振る魔法陣。






「――出迎えご苦労」



 太陽を背にして、黒いローブをはためかせる男。至って普通に見えるのは、その外見だけだ。先ほどの魔法陣だけでも凄まじい重圧を感じるほどの魔力だったというのに、目の前の男はそれを大きく上回る。尊大極まりない、傲慢な態度。遥か上空から、人類最後の防衛線であるギベル砦を見下ろす男。


 今ここに、彼と出会ったことのある人間はいなかった。だが、全員が確信した。


「『不死』の……魔王……!」

「――いかにも、余が魔王である」


 不敵に笑ってみせる男。外見が普通の男にしか見えないがゆえに、その身に秘めた膨大な魔力が違和感として残る。どこまでも澄んだ狂気をその瞳に秘めて、最強たる魔王は傲然と足元を見下ろす。


「煩わしい蠅が飛び回ると厄介なのでな、これを挨拶代わりとしよう」


 何事かを囁く魔王の手に、複雑に回りうねる魔法陣が展開される。そこから魔法が放たれるのを、フリート達はただ見ていることしかできなかった。魔王が飛んでいるということももちろんあるが、それ以上に、早すぎる。


 魔法陣から放たれた紫色の魔力の塊は、ギベル町の背後の荒れ地に着弾し――そのまま、大地を削り取った。


 ゴッ、という音が、砦にいるフリート達に遅れて届く。魔王の放った魔法の着弾地点は、ギベル砦がそっくり埋まるほどの巨大なクレーターが生まれていた。


 何も言えない。抵抗すら、無意味だと思えた。


 圧倒的な魔力と、圧倒的な魔法。それは『不死』である魔王だからこそ、到達し得た頂点。


「余は魔王である。人類を滅ぼす者であり、今日はあることを伝えに来ただけだ。抵抗は無意味だ」

「好き勝手言ってくれるね、ほんと」


 魔法が組み上がる。『魔女』ベネルフィが織り成す結界は、赤い輝きとなって魔王を包み込んだ。


「ここは私の領域だ。結界用の触媒なんて腐るほど置いてあるからね、私はこういう防衛戦はわりと得意なんだ」


 “狼王”を葬った、対人結界。この結界の中では、ありとあらゆる挙動がベネルフィの手に取るようにわかる。行動さえ先読みできれば――という、ベネルフィの目論見は、あっけなく。


「くだらんな」


 魔王の一言とともに、砕け散る。


「内部を自分の薄い魔力で満たし、筋肉の収縮や重心の移動から未来予知に等しい精密さで行動を予測する――発想は悪くない。だが、結界なんてものは力尽くで(・・・・)壊せばいい(・・・・・)だけのこと」


 赤光に覆われた空間が砕け散り、ベネルフィが配置した魔力も霧散していく。


「これなら、どうですー!?」

「疑似生命体か。なるほど、器用な真似をする……これもあの忌々しい女神カロシルの力というわけか」


 『魔女』ベネルフィの攻撃に感化されたのか、『氷牙』アディリーの氷鳥が飛翔する。上空から飛翔させたのか、落下速度も相まってかなりのスピードで突っ込む氷鳥を、あろうことか魔王は素手ではたき落とした。氷鳥は勢いを増して砦に激突し、粉々に砕けて消えていく。


「……煩わしいと言っているのがわからんのか。余がお前たちを消し飛ばすのは簡単だ、とアピールしたつもりだったが……英雄というものは、本当に度し難いな」


 溜息を吐き、魔王は手のひらを差し出す。そこに紫色の魔法陣が浮かび上がり、何重にも折り重なっていく。


「星よ/その力/ソラに漂う/大いなる船よ/我が力に呼応し/縫い止めよ」


 黄金色の光を纏って、砦から跳躍したシャルヴィリアが、勢いよく地面に向かって吸い寄せられる。


「ぐっ……!?」

「こ、れはっ……!?」


 砦の屋上に出ていた全員が、まるで岩を背負っているような重さを感じていた。立てない。唯一シャルヴィリアだけが、黄金色の光を纏って顔を上げたが、すぐにその重さに耐えかねて地面に膝をつく。砦全体が、ミシミシと悲鳴を上げていた。まるで――まるで、超重量のものを乗せられているかのような。


「重力、操作……いや、これは……まさか、魔力、の……物質化か……?」

「ほう、気づいたか。そこの異世界人はどうやら、この魔法に心当たりがあるらしいな」


 魔王が感心したように言葉を漏らす。対するベネルフィは、内心歯を食いしばっていた。


(心当たりがある、だと……? 冗談ではない。魔力の物質化は魔法の初歩中の初歩だ! こんな大規模に、広範囲で、しかも重量を与えて操るなど聞いたこともない!)


 精々、手のひらサイズまでしかできない魔力の物質化を、ここまで広大な範囲で行う魔王という存在。その魔力、魔法に対する深い理解と知識。まさに『魔』の王と呼ぶに相応しい。


(しかし、その魔法陣……やはり、私の予想は……!)


「邪魔な存在が黙ったところで、告知を行うとしよう」


 英雄を4人、丸ごと封じ込めた魔王は、悠々と目的を果たすために魔法陣を組み上げていく。先ほどのような複雑なものではなく、平面で描かれた魔法陣だ。


「では、――告げる。余は魔王。『勇者』を破った、『不死』なる魔王である」


 魔王の『告知』とやらが――ギベルの町全体に響き渡る。フリート、シャルヴィリア、ベネルフィ、アディリーは、それを何もできずに聞くことしかできない。


「人類に告げる。不思議に思わなかったか? なぜ、勇者を倒した魔王が人類に直接攻め込まないのか。なぜ、魔獣や魔人は積極的に人類を滅ぼそうとしなかったのか。ああ、いや。魔獣はかなり積極的だったがな」


 息を吸い込む。


「余はこの1年、あるものを作っていた。余はそれを、【きざはし】と呼んでいる。世にも珍しい超巨大立体魔法陣である。これを壊さねば、人類は滅びる。起動予定日は――明日」


 淡々と、人類へ向けて。


「止めたくば、人類の全戦力を以て止めに来るがよい。もっとも、どこにあるかなど、余は教えんがな」


 悪意に満ちた笑い声を漏らし、魔王は再び口を開き――【最終通告】を続ける。


「ああ。全戦力とは言ったが、余の友人たちが、ここに向かっている。こちらの“闇騎士”と“詩人”、そして千からなる生ける屍(アンデッド)たちの到着予定も、明日だ。対策をせねば、負けるだろう」


 面白そうに、愉しそうに、魔王は嗤いながら言葉を紡ぐ。


「これは余の慈悲である。先の一撃を見れば、余が人類を滅ぼすのがいかに容易いかわかるであろう。だが、猶予をくれてやる。精々足掻いて見せるといい――叶うかは、知らんがな」


 魔王は再び魔法陣を作り出す。何重にも折り重なったその立体魔法陣は、凄まじい重圧を放っていた魔法陣と同じもの。


「では、楽しみにしている――さらばだ。愚かなる人類諸君よ」


 転移魔法、とベネルフィが呟く。その魔法陣の構成から、行先を見極めようとするが――複雑極まりない魔法陣からは、情報を読み取ることができなかった。紫色の燐光を残して、魔王が消える。同時、体を押さえつけていた魔力の塊も消え、フリート達は体の自由を取り戻すが――すでに、戦う相手はどこにもいなくなっていた。




「あれが、魔王……」




 誰かの呟きが、風に浚われて消えた。



5章終了です。

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