表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/40

<幕間6>Lately

「大変だ、たいへんだ!」

「どうしたのユドくんたち」


 今日はだいぶ冷えるなぁ、気持ちいいなぁ――とぼんやり思いながら光合成していた珪藻Stephanodiscus属の個体は、ぶるぶる震えて泳いでくる友を呼び止めた。


「おお、ステファン。あけましておめでとう」

「あけましておめでとう……いや明けてからずっと顔合わせてるよ」――藻類に顔と呼べる部分は無いがそれはさておき――「この挨拶は旧暦のお正月には早くて、新暦には遅すぎるね。で、何が大変だって?」

「我らが【さくしゃ】が引っ越すのだ」

「ああ聞いたよ。年末辺り、混乱に乗じて一軒家を買ったらしいね」


 しかしながら大変なのはまだ荷造りを終えていない当事者であって自分たちではない、とステファンは考える。それに対して緑藻Eudorina属の群体はまず同意したが、重要なのはそこではないと応じる。


「なんと、湖が近いそうなのだ。住所にその名が入っているくらいに」

「湖? いいね、長年検討していた顕微鏡のひとつさえ入手できれば、ぼくらの同胞にまた会うチャンスが到来するわけだ」


 ユドくんたちは意外そうに「ぬ」と鞭毛を揺らした。


「何も湖からでなくても、藻に会うチャンスはいくらでもあろう。たとえば加湿器の中などにイイ感じにバイオフィルムができていれば」

「まあ、うん」


 そうだとしても、人間は己が毎夜吸い込んでいる水蒸気に微生物が紛れ込んでいることを、必要以上に意識したいものではないはずだ。当然、加湿器に留まらない。ありとあらゆる家庭的アイテムの中で、藻は繁殖できるのだ。水差しの内側、風呂場に浮かべるおもちゃの中、窓辺など――水気あるところに同胞あり、だ。


「それが大変ってのはどういうこと?」

「【さくしゃ】の心の中の一番の湖がそこになってしまうやもしれないではないか。北の水域のことなんて忘れてしまったら悲しいではないか」

「そんなことあるかな。ダグラス湖や五大湖は思い出の場所だから、何年経っても他の湖に行っても関係ないよ」

「でも今度の湖って人工的らしいよねー!」


 会話に割って入ってきたのは、数百の細胞数を誇る巨大群体、緑藻Volvox属のヴォルたちだった。

 ステファンとユドくんたちは揃って「なん……だと」「なんだって……?」と訊き返した。


「むかしのひとがダムを建てた副産物らしいよー? 数年前の干ばつの時には底が見えたこともあったとか。なんとなんと、底に街の跡がみつかったってー!」 *真偽は不明です

「人工の湖なんて邪道だよ」


 聞けば、存在してからまだ八十年も経っていないという。そんな新しい環境に、いかほどの生命の進化があったというのか。ステファンは友人の言わんとしていることを段々と理解してきた。


「キャンピングにカヌーイング、観光地として有名なところでもあるぞ。研究者と学生が生命を観察するために集まるダグラス湖とはわけが違う――【さくしゃ】が意識の低い有象無象に成り下がるかもしれない」

「研究者も学生も研究ついでにレジャーをめいっぱい楽しんでるのは確かだけど、うん。なんか、なんとなく、モヤるね」

「アナタたち、余計なこと考える必要ないワ」


 藍藻Spirulina属のシアノちゃんが、冷静に言い放つ。


「【さくしゃ】は子孫むすめに珪藻図鑑を読み聞かせようとしたくらいには、ワタシたちのことをおぼえているから。どこに住んでたって根の生物好きは変わらないでショ」

「……なるほど。そう言われると、そんな気がしてくるよ」

「余計な心配であるか」


 ステファンとユドくんたちが納得したところで、ヴォルたちがムフフと笑い出した。


「あっちの湖にはどんな藻がいるんだろー」

「はて、どこにだって我らはいるからな。そうなればやはり顕微鏡を購入するか」

「引っ越しで金欠になってるから当分は趣味に使うお金なんてないわヨ」

「…………世知辛いね」


 それもこれも当人の問題だ。

 まったく人間というものは、生きるためになんともたくさんのモノを要する――難儀な生物である。

健やかにお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ