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30.チャンスと複視を考える

 夜明けを迎えた。

 ダグラス湖に流れ着いてから幾日か過ぎた頃の話である。

 久しぶりの翳りなき太陽光を求めて、緑藻の群体ことユドくんたちが己の生まれ持った道具――光の射す方向を感知できる細胞小器官アイスポット鞭毛フラジェラ――を頼りに水中をさまよっていた。

 その朝のステファンは彼らにも小ヴォルにもくっつかずに、ただの一個体として浮遊している。近くの見知らぬバクテリアと「この頃のDNA複製の具合はどうか」などと雑談を交わしながら、光合成を始める。

 今頃はシアノちゃんも似たようなことをしているだろう。先日、知り合いだった藍藻の子孫と偶然はち合って以来、彼女は折を見てそちらの皆さんと楽しそうに話し込んでいた。


(あー……これだよこれ)


 日向ぼっことはただ怠惰に陽光を浴びて温まる行為にあらず。こうしている間にも、複雑な生化学反応の数々が行われているものだ。


(ここで冬を越すって決めたからにはアレをやっておきたいね。水温も悪くないだろうし)


 越冬といえば、細胞分裂に取り掛かりたいところである。

 基本的に、珪藻Stephanodiscus属は冬に栄える。特にステファンが分類されるalpinus種には2℃以下の環境が望ましく、更には、澄んだ水と高い酸素濃度が好ましい。

 しかしそれを思えば複雑な気分になる。


 ――澄んだ水とは、つまり。


 藍藻や緑藻の著しい個体数減少を意味する。

 ステファンにとっての最大の繁殖チャンスである冬季は、ユカイな仲間たちにとっての存続の危機と同義であった。冬の水域は栄養素が少なく、氷や雪で陽光が通らなくなれば、ますます彼らは活動しにくくなる。

 競争する他者がいなくなれば、自然と珪藻は生き残る。何せ、栄養素が少なくとも平気なのだから。


(いざとなったら別行動もやむをえないかもね)


 後で全員で今後の生存戦略について相談すべきかもしれない。

 そう結論付けたのと同時に、多くの細胞で形成された巨大群体がコロコロとこちらに向かっているのに気が付いた。


「あれ。小ヴォル、もう戻ってきたの」

「んー? 小ヴォルってなんのことー」

「ごめん、Volvox違いだったね」

「あははは! 別にいいよー。長さ250ミクロンのぼくたちでも流されてきちゃったー」


 と、人懐っこい声でその群体が近付いてきた。

 それだけなら別にいいのだが、何やらその姿がブレているではないか。明らかに錯覚だった。


「ドッペルゲンガー……己の邪心を表す分身、ダブル、生霊……」


 ――な、わけがなかった。言ってみたかっただけだ。


 そもそも視覚を持たない微生物に「複視ダブル・ヴィジョン」の概念は当てはまらないが、そのことを置いといても、だ。


「おかえり小ヴォル。そして隣の君たちは、ぼくらと同じ水たまりに生息していたヴォルたちだったりしないかい」

「そうだよー! よくわかったね!」

「わかってしまったよ、うん」

ダジャレ帳を作るべきか否か。

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