29.早朝の湖を考える
鞭毛を持つ緑藻らユドくんたちと小ヴォルは、半日休んだ後にすっかり元気になっていた。むしろ、水泳速度を競い合って遊んでいるところを見るに、元気が有り余っているくらいだ。
これならば重力や水流に逆らい、水たまりまで泳ぎ戻る体力は十分にありそうだった。
「ねえ思うんだけど。まだ秋でもないのに、ここを冬を越す場所と定めたのは早急じゃない?」
傍らから競争を見守っていたステファンが、なんとなしに考えを声に出した。
「定まった後に言ってどうするのヨ」
それを、シアノちゃんがもっともな言葉でバッサリ切り捨てる。
「いや……雰囲気に流されてオーケーしちゃったけど、よく考えたらそこまでする必要なかったかもって」
「いいじゃないの」
ふとステファンはピンとくるものを感じた。
いつになくのんびりとしたシアノちゃんの返答――やっと故郷たる湖を再び訪れることが叶った彼女にしてみれば、急いで去りたくないのも当然だろう。納得したステファンはこの話題を畳むことにした。
――突如、激しい衝撃が皆を襲った。
「うわあ!?」
「きゃ!」
大波である。
たちまち周囲はパニックに陥った。何がなんだかわからない。
運良くステファンはシアノちゃんの長いコイル状のボディにひっかかって、離れ離れにならずに済んだ。そしてその長さが救いでもあった。
ステファンだけだったら、体が小さいせいで仲間たちにあっさり見失われていたかもしれない。
「大丈夫か!」
「なんとかね……」
状況が掴めないまま、まずはユドくんたちの呼びかけに応じる。小ヴォルとも合流してから、とりあえずは混乱の発生源から遠ざかることにした。
その性質は波というよりも渦だった。飛び込んできた大きなものの体積に押されて、水が下へ下へと逃れようとしている。一度では終わらず、何度も繰り返された。
やがてご近所の大きめの緑藻たちが果敢にも偵察に向かっていった。
生還した群体が伝えたキーワードは「人間」と――
スキニー・ディッピング。
「日の出前でまだ肌寒いはずなのに人間が飛び込むなんて、何事かと思えば。そういうことね」
裸体水泳とは数ある人間の水遊びの内の一種である。男女混合、一糸まとわぬ姿で水浴を楽しむイベントらしいが、この地域ではそれほど頻繁に行われることではない。若気の至りやら性的欲求やら「集団で羞恥心を乗り越えよう」論やらが絡んで発生するものだという。
あくまで集団で取り組むことに意味があり、乗り気でない者が混じったり部外者に目撃されては社会的にアウトだからと、深夜や早朝に執り行われるのが常だとか。
いまひとつ「服」や「水着」を着用する必要性を理解できていない藻たちには裸体水泳の特異性もつかめないわけなのだが、それはこの際どうでもいい。
「ぼくらにとってはただのはた迷惑な話だねー!」
小ヴォルの絶妙な感想に、
「「「それな」」」
他の者が一斉に同意した。
作中時間では秋なので大学生は来ていないはずなんですが、じゃあオトナの研究者か地主とゆかりのあるものが全裸水泳に来たのかというと、真相は謎n……これはファンタジーです。
ちなみに夏期講習生ならよく取り組んでます。




